後編
椅子の卓上に置かれていた容器に手を伸ばすと、その蓋を開けた。
途端、周囲に甘くよい香りが広まっていく。
部屋に入った〈神殿従女〉たちは元より、台車の上に乗せられた女性も、先ほどまで強張っていたその顔が幾分か和らいで見えた。
〈白の神官女〉は容器をそのままにして、従女たちへと声を掛ける。
「こちらにお願いします」
その手が示されたのは、部屋に備え付けられた木製の寝台の上。そこに女性を運ぶようにとの指示である。
あるじより命を受けた〈神殿従女〉たちは、言われるままに台車へと近寄り、縛っていた縄を解いていく。
ランプの灯りに照らされた彼女たちもまた、〈白の神官女〉と同じ衣装をその身にまとっていた。
違いがあるとすれば、その顔に頭巾を被り、隠しているかどうかだけだろう。
従女たちは女性を寝台へと運び終えると、部屋の端へと控えた。
〈白の神官女〉は寝台に寝かされた女性の側に近寄り、片手の裾を捲る。
と、露わとなった白い手を差し出し、相手の腹部へとかざした。
膨らんでいた部分に手を当てて、念じるように目を閉じる。
途端、その白い手のうちから、突如として光輝が発せられた。
夜闇の中、ランプの灯火にも負けない緑色の光が、周囲へと輝きを見せつける。
その光は、近くにいる者たちにも熱を感じさせるほどに温かかった。
すると、手を当てていた腹部が、みるみるうちに小さくなっていく。
同時に、浅く繰り返していた女性の呼吸も、深く落ち着いたものに変わっていった。
やがて、その状態が元の大きさであろうぐらいに戻ると、〈白の神官女〉は服の裾を戻して、手を引っ込めた。
「……終わりました」
額に汗を垂らしながら、治療が終わったことを告げる。
その側をいつの間にか用意していた杯を持った従女が近寄った。
「お疲れさまでした。こちらをどうぞ」
「……ありがとうございます」
渡された杯を受け取り、神官女は礼を口にした。
「……すぅ」
元の体に戻った女性が眠ったのを確認して、〈白の神官女〉はもう一度己の従者たちへと向き直る。
「もう大丈夫なので、後はお願いします」
「承りました。神官女さまもどうぞ、お休みになってください」
労りの言葉に頷きを返す。と、部屋の隅で成り行きを見守っていた従女たちが、女性を起こさないようにゆっくりと台車まで担ぎ入れた。
そのまま彼女たちは部屋を退室して、外の闇の中へと消えた。
それを見送り、神官女は一人残った部屋の中で、息を吐く。
先ほど光を発した手のうちを広げると、そこに茶色の種が一粒、どこからともなく現れていた。
それは、オリーブの種である。
――この世に未だ生まれ落ちる生命を、オリーブの種子に変える。それこそが、代々の〈白の神官女〉に引き継がれた能力であった。
神官女は備え付けの机へと向かい、引き出しを開けて、中にある瓶へと種子を仕舞う。
他にも多くの瓶が置かれており、その中にも大量の種子が入っていた。
「……今度、引き取ってもらいませんと」
独りごちながら、引き出しを閉じる。
その後、部屋に備え付けられた小窓へと向かう。
星の光が瞬く夜空に向けて、神官女は祈りを捧げた。
「神よ。どうか迷える我らに、安らかな眠りをお与えください」
祈りを終えて、神官女は先ほど女性を寝かせた木製の寝台に体を横たわらせた。
まぶたを閉じると、眠りは案外早く訪れた。