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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
二章:理性の眠りは怪物を生む
16/31

2.

 一人で悩んでいると、背後から声を掛けられた。


「〈白の神官女〉さま」


 反応して振り向くと、そこに〈神殿従女〉の一人が立っている。


「お悩みごとですか?」


 難しい顔をしていたからだろう、〈白の神官女〉が心配になって声を掛けてきたのは。


 ダフネは笑みを返した。


 当然のことながら、〈神殿従女〉の中にも様々な人物がいる。


 世俗との関わりを断ち、自身の名前を隠すこととなった彼女たちだが、元来の性格というのを変えるのは難しいらしい。


 目の前の相手のように、誰かが心配だと声を掛けてくれる従女もいる。


 それはとても素晴らしいことのように思える。


 実際、彼女のような人物に救われた者もいるだろう。


 しかし、ダフネにとってはそれも悩みの種といえた。


 本来、〈神殿従女〉と個人的な関係を築くのは、許されないため。


「……いいえ。何もありませんよ?」


「……そうですか」


「?」


 今、確かに相手の様子が変わったように思えた。


「ああ、でも。そうですね」


 どこかゆったりとした彼女の口調から察するに、疲れていたのかもしれない。一人で悩みを抱えることに。


 だから、平時であれば滑らない口も、この時ばかりは開いてしまった。


「ひとつ、変わったことがあります。……聞いてくれますか?」


「もちろんです!」


 ダフネは今胸のうちに抱えている問題について、打ち明けることにした。


 


「それはきっと、神さまの呪いですよ!」


 話を聞き終えた従女が、開口一番飛び上がるようにいった。


「呪いだなんて、そんな……」


 それをやんわりと否定しようとしたダフネの脳裏に、先日の言葉がよみがえる。


 ――この血は呪われておる。これまでも。そして、これからも。


 心当たりがないわけでない。実際に、自分はあの時それを口にしてしまった。


 〈赤の王〉と共に迷宮で落下した際のこと。


 迷宮の地下深くで、ダフネたちは楽園に辿り着いた。


 そして、危機的な状況であったとはいえ、果実を食した。


 今さらながら、あれは許されざる行為だったのでないだろうか。


 もし、そうだとするなら。


 自分は、取り返しの付かないことをしてしまったのでは。


 そんな胸中に渦巻く後悔の念を知ってか知らずか。


 目の前の相手はさらに自説を続ける。


「やっぱり、迷宮になんて入るべきじゃなかったんです!」


「……そうですね」


 この時ばかりは、相手の意見に頷く他ないダフネ。


 やはり、自分ひとりで抱えるよりも、一度誰かに相談してみるべきだろう。


「ありがとうございます。おかげで決心がつきました」


「そうですか? 何よりです!」


「ええ。さて、そろそろお役目に戻るとしましょう。他の方々に怒られてしまうやもしれませんから」


「それは、勘弁ですねぇ」


 二人は笑い合って、秘密の話し合いはそこでお開きとなった。


 


 その後。


「〈白の神官女〉さま!」


 一人の〈神殿従女〉が、神官女のもとに焦った様子で現れた。


「どうしたのです? そんなに慌てて」


「実は、従女の一人が失踪しまして……」


「失踪……?」


 その言葉に、ダフネは目を剥いた。


 一度、神殿に仕えた者が神殿を出ることはある。


 金銭を溜めて、故郷に戻る者。


 市民権を得て、街で暮らす者。


 など、その種類は多岐に渡る。


 しかし、無断で抜け出すことは禁じられていた。


 もしそうなった場合は、罪人として裁判に掛けられ、しかるべき処置を受けることとなっている。


「どこに行ったのです……」


 一人、つぶやいたダフネの言葉。


 その問いに答えられる者は、この場にはいなかった。


 後日、ダフネのもとに、〈神殿従女〉の一人が訪れた。


「〈白の神官女〉さま、先日お送りしたお手紙のお方が、こちらにご到着されたとのことです」


「わかりました。すぐに向かいます」


 既に支度は整えており、部屋を出て、神殿の前室。その入口に向かう。


 立ち並ぶ列柱の隙間から出ると、その人物を見つけて、ダフネの頬が自然と綻んだ。


 相手は、ダフネよりも一回り年上の大人の女性。


 地面へと流れる銀髪が、海砂のようにさらさらと煌めいている。


 女性はダフネの姿を見て微笑んだ。


「一年ぶりね、〈白の神官女〉さま?」


「――カサンドラさま!」


 ダフネは普段にない、明るい声で相手の名を呼んだ。


 それに、カサンドラと呼ばれた女性が苦笑を返す。


「さまは止してちょうだい。今はあなたが、〈白の神官女〉なんだから」


「でも、私にとっては、いつまでも憧れのままです」


「……もう」


 嬉しさの混じった嘆息をすると、カサンドラに向けて、ダフネはうやうやしく礼を取った。


「ようこそ、神殿へ。中をご案内しますので、こちらへどうぞ」


 ダフネは、普段であれば〈神殿従女〉に任せる役目も、今回は自ら進み出た。


「お願いするわ。――一年ぶりだから。この神殿も」


 そういって、カサンドラは神殿の中へと足を踏み入れた。


 カサンドラは、ダフネにとって関わりの深い人物であった。


 というのも、ダフネが今代の〈白の神官女〉となる前の、先代の〈白の神官女〉その人である。


 また、ダフネをこの神殿に連れてきた人物でもあった。


 ダフネにとっては、いわば師匠であり、育ての親でもあり、母親の代わりだった。


 先代の国王が倒れ、〈白の神官女〉としての務めを終えたカサンドラはその後、神殿より離れた辺地で暮らしている。


 その地で今はオリーブの農園を経営しており、また、カサンドラ自身もオリーブで作った香油や薬、軟膏の調合師として有名な人物である。


 ダフネも彼女から調合について手解きを受けており、簡単なものなら自作していた。


 先の視察で兵士たちに配ったのもそれである。


 そのカサンドラが今回神殿を訪れたのは、ひとえにダフネが呼んだからだ。

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