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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
二章:理性の眠りは怪物を生む
15/31

1.

 迷宮から帰還したその後。


 〈白の神官女〉ダフネは、無事に神殿へと戻ることが叶った。


 〈赤の王〉ペンテウスもまた、迷宮を出た後に王の宮殿へと帰っていった。


 今回迷宮へと赴いた兵士たちも、それぞれの持ち場へと帰り、初めての視察は道半ばという形で終わりを迎えた。


 ダフネとペンテウスが、怪物に追われて、迷宮の入り口へと戻った後。


 兵士たちを指揮していたアレキサンドリアから、ダフネたちが落下した後の事情について話を聞いた。


 二人が落下した後、兵士たちはアレキサンドリアの指示のもとに怪物との戦いから撤退し、迷宮の入り口まで戻ってきたそうだ。


 そこで、王を連れ戻しに再び迷宮へと入ろうとしたところ、ダフネたちが帰ってきたらしい。


「お二方とも、よくこちらまでお戻りになりましたね」


 アレキサンドリアが驚き半分、感心半分といった様子で二人にいった。


 それに対し、ペンテウスが得意そうな顔で答える。


「何、テキトーに歩いておったら着いただけよ」


「なんと、陛下はその身にまとう運も並大抵ではないのですね」


「当然であろう? もっと褒めてもよいぞ」


「流石は我らが王!」


「国王陛下万歳!」


「赤の王国に栄えあれ!」


「はっはっはっはっはっ‼」


 周りの兵士たちも入り混じり、ペンテウスは褒められて上機嫌の高笑いをする。


「……」


 それらの会話をダフネは横目に見ながら、内心でため息を吐いた。


 あれで王は誤魔化しているつもりなのだろうが、傍から聞いていると先行きが不安になる主従の会話としか思えない。


 迷宮から神殿へと帰る道すがら、ダフネはペンテウスから今回使用した杖の効果について、黙認するようにとの指示を受けた。


 また、牛頭鬼を倒した後に兵士たちが暴走した件は、初めての地にて恐慌状態に陥ったということで、王の許しの下、不問に付された。


 これは、負傷者こそ出たものの、死人が出なかったためでもある。


 戦場に想定外は付きものだ。初の出征ともなれば、当然である。そう国王は兵士たちに宣った。


 そうして、一連の騒動が幕を閉じ、神殿にも以前の日常が戻ってくる。


 ただ、一人を除いて。


 それは、迷宮から神殿に帰ってきた翌朝のこと。


 目を覚ましたダフネは、自身の違和感に気付いた。


 身体的には何も変わったところはないように思えた、が。体のうちに感じるそれは、白布に掛かった染みのように拭えない。


 ダフネは違和感がありつつ、生活していた。それをはっきりと自覚したのは、〈神殿従女〉たちが新たに被害にあった者を連れてきた時だ。


 前回と同じように、その女性もまた、迷宮の入り口辺りで見つかったらしく、怪物に襲われたようだ。


 いつものように〈神殿従女〉たちが処女の間を訪れ、被害を受けた女性を運んだ。


 ダフネもまた普段のように、運ばれてきた女性の腹部に手を当てようとした。


 その時だ。はっきりと、自分の身に異変が起きていると自覚したのは。


「……すみませんが、皆さん。今日は外で待っていてもらえますか?」


 ダフネは一度手を引っ込めて、室内で治療の一部始終を見守っていた従女たちへとお願いをした。


 〈白の神官女〉がこうした頼みをするのは今回が初めてで、従女たちはあるじの言葉に戸惑いつつ、部屋の外へと出ていった。


 ダフネと、被害を受けた女性だけの空間で、再びその腹部に手を当てて、能力の行使を試みる。


「……やはり……これは」


 ダフネは自身の手元を見て、目を見張った。彼女の手はいつもであれば緑色の光を放つ。はずが、今その光は紫色に輝いていた。


 しかし、治療に当たっていた女性の体は元に戻っている。ということは、能力自体が劣ったわけではない。


 違いがあるとすれば、もうひとつ。


 ダフネの広げた手の中にあるはずの、オリーブの種。


 しかし今はそれではなく、葡萄の種が一粒、あった。


「一体、何が起きているのです……?」


 手の中にある種を見つめながら、ダフネの困惑した声が、朝焼けに照らされた室内の中に消えていった。


 翌日の昼時。青空の下。


 神殿外郭の中庭にて。


 側で泉が湧いている。組み上げた水を浴びて育った花々が、周囲の景観を色鮮やかに埋めている。


 設置された長椅子の上に、ダフネは腰掛けていた。


 美しい景色に囲まれた中でただひとつ、不満があるとすれば。


 〈赤の王〉であるペンテウスが、ダフネの膝を枕代わりとして横になっていることだ。


「……陛下。一体、何をされているのです?」


 ダフネが頭上からたずねると、王はさも当然のように答えた。


「決まっておろう。次の迷宮入りについて考えておるのだ」


「……何故、私の膝の上で?」


「前から気になっておってな。ここは随分気持ちがよさそうだと。だからこうして、枕の代わりとしておるわけだが?」


 わけだが、ではない。質問の答えになっていないし、さらなる疑問が増えた。


 突っ込みたいことは山ほどあったが、それらを引っ込めて、ひとつ。


「また、迷宮に行かれるのですか?」


「当然であろう? そなたとの賭けはまだ、終わっていないのだからな」


 その答えを聞いて、ダフネはため息をぐっとこらえた。


 今さらながらに後悔を覚える。


 ダフネの読みでは、少なくともあの視察で諦めるものと思っていたが。


 どうやら王は余程、酒と女に執着があるらしい。


「それに、前回はそなたのあれがなければ、順調に進めていたやもしれぬし」


 痛いところを突かれ、ダフネは何もいい返せない。


 確かに、あの時ダフネが余計なことをしなければ、部隊はそのまま進めていたはずだ。


 その事実を認めているからこそ、不満げに口をへの字にすることしかできないと知って、王は愉快そうに笑う。


「もし怖くなったであれば、そなたはここで待っていてよいぞ。誰も咎めはしない。もし責められることがあれば、余がいってやろう」


「……そういう問題ではありません」


 ダフネは口を尖らせてそう答えた。


 そんな彼女に気付いているのかいないのか、ペンテウスが話題を変える。


「昔、この場所に来たことがある」


「覚えております」


「そなたは変わっておらぬな」


「陛下こそ」


 軽口を叩きあった後、王がいう。


「あれが、『迷宮の主』であろうな」


「……」


 ダフネは何もいえなかった。


 王が今いったのは、先日迷宮の中で会ったあの怪物のことだと、理解する。


「な、余のいった通りであったろう? まさか余も当たっているとは思わなんだが」


「まだ、決まったわけではありませんよ」


「それはそうだ。しかし、そなた、余に嘘を吐いたな?」


「嘘?」


「そなたがいなければ『迷宮の主』にたどり着けないという話だ」


「ああ。あれは、その……」


 ごまかそうとしたその時、二人の耳元に大声が聞こえてきた。


「陛下!」


 驚いて、目を向けると。


 そこに、この間とは打って変わって、まなじりを吊り上げたアレキサンドリアが立っていた。


「げっ」


 ペンテウスは不味いものでも食べたかのような顔で、己の従者を見やる。


「私の目を盗んで、宮殿から逃げ出すとは……これでは私が怒られてしまうではないですか!」


「そなたが居眠りをしているのが悪いのだ」


「言い訳は後で聞きます。とにかく、帰りますよ。山のように積み上がった公務が、陛下をお待ちです」


 アレキサンドリアは自身の主君を引き摺るような形で、この場を去って行った。


 その間際、〈白の神官女〉へと礼を取り、ダフネもまた礼を返した。


 ペンテウスたちが去り、一人残った空間で、我慢していた息を吐き出す。


「一体、何をしているのでしょう。私は……」


 広げた手のひらを見つめる。


 彼女を悩ませる問題。それは今朝起きた出来事に他ならない。

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