表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
幕間:死に至る病
13/31

少年の場合

 今でも夢に見るのは、幼い頃の記憶だ。


 己の中に残っている、最も古い部分。


 それは自身を構成する要素の核であり、起源ともいうべきもの。


 前国王である父と、その王妃である母の間で、一国の王子として自分は育てられた。


 王の宮殿での生活は、時に剣の師に鍛えられ、時に家庭教師に注意されながらも、生きてきた。


 そして八つの歳に達した時。


 父に連れ添う形で、神殿を訪れた。


 次の王位を継ぐ者ゆえに、見学の意味も込められていたのだろう。


 迷いない足取りで、回廊を進む父の背中を追いかける。


 辿り着いた先は、ある部屋の前だった。


 扉が開かれており、中に人の姿が見える。


 父の視線を追うと、そこに一人の女性が座っていた。


 どうやらこちらにはまだ気付いていないらしい。


 銀色の髪をした、とても美しい女性だ。


 少年が目にしてきた短い人生の中で、最もといっていいほど。


 部屋に入る前、ふいに父王が立ち止まる。


 不思議そうに見上げると、豊かな髭をたくわえた父は、目を正面に向けたままいった。


「……我が子よ」


「はい。父上」


「父は用があるゆえ、そなたは外で待っておれ」


「……わかりました」


 頷き、部屋を後にする。


 とは言え初めて訪れる場所。


 どこに行けばよいかもわからず、とりあえず少年は目に付いた神殿の外へと足を進めた。


 そこは、なんとも美しい庭だった。


 宮殿にも引けを取らないほどの造り。


 泉のほとりで水面を覗いていると、人の気配を感じて、そちらを振り向く。


「あれ、バレちゃった?」


 そこに、いたずらが見つかった顔の人影が立っていた。


 どうやら驚かそうと近付いて来たのだと察する。


 仮にも一国の王子相手にそれをやろうとしたのは、自分と同じぐらいの年頃の少女だ。


「君は……?」


 頭の左右から流れる金髪を揺らして、少女が答える。


「私は――」


 誰何の問いに答えようとしたその口が、開きかけて、再び閉じる。


 少女は首を横に振った。


「ううん、もう名前は教えちゃいけない決まりだった。だから、教えてあげられないの。ごめんね?」


 不思議なことをいって謝り、言葉を続ける。


「私もあなたの名前は聞かない。これで一緒よね?」


「そう、だね……」


 ふんわりと返答した少年に、少女はいたずらっぽく笑う。


「でも、名前以外は教えられるよ。だってそっちは何もいわれてないし」


 一人納得した顔の相手に、少年は羨ましさを感じた。


 自分の裁量で物事を決められる、その自由さに。


「ここにいたのか」


 と、背後から声が聞こえてきて、少年はその方向を振り返った。


「父上」


 視線の先に、尊敬してやまない父王の姿。その背後に、先ほど目にした銀髪の女性がはべっている。


「あら、殿下もご一緒でしたの?」


 その女性が口元を隠して、驚いた様子を見せた。


 殿下、と呼ばれ、少年の顔が赤くなる。


「帰るぞ」


「はい」


 父の短い言葉に対し、少年は返事をした。先を歩くその背中を追い掛ける。


 そちらに足を向けた後、最後にちらりと背後へ目を向ける。


 銀髪の女性がうやうやしく見送りの礼を取る傍ら、その隣で、あの少女も同じ仕草を見せていた。


 それが、いつまでも目に焼き付くこととなる、原風景。


 そうして、幼き日の少年は、自身が生まれ育つ実家に帰っていった。


 やがて、世界の景色が時間とともに過ぎていく。


 それに合わせるように、少年も成長していった。


 そこは、ある部屋の中。


 寝台の前で立ち尽くす自分と、その寝台に横たわる女性の姿。


「……母上」


 床に膝を折り、寝台の側に出た細い手を握る。


「あなたの息子が、参りましたよ」


 その言葉に対し、母と呼んだ女性はいった。


「……ごめんなさい。私には、あなたを愛せなかった」


 それが、当時王子であった少年が最後に聞いた、母からの言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ