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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
一章:悲劇の誕生
10/31

8.

 そうやり取りするうちにも、兵士たちは暴れ回り、事態は混乱に陥っていく。


「一体、どうすれば……!」


「ひとまず、そなたは隠れておれ!」


 〈赤の王〉が声を掛けた、その時。


「……何だ? この音は?」


 地響きがした。次いで、空間の揺れる音。


「……まさか」


 王が洞窟の奥へと目を向ける。そこは何も見えない真っ暗の闇であったが。


 次の瞬間、それは闇の中から現れた。


「怪物……⁉」


 〈白の神官女〉の読みに答えるように、先ほど〈赤の王〉たちが倒したはずの巨体と同じぐらいの大きさをした影が、この混乱した場に出現した。


 それは、この迷宮においてもう一種。馬頭鬼サテュロスと呼ばれる怪物だ。


「こんな時に、新手か……!」


 焦燥を隠せない顔で、〈赤の王〉が現れたそれを睨む。


 その周囲の兵士たちは変わらず、興奮した様子で辺り構わず暴れていた。


 そこに、怪物も加わり、場は一層混乱の渦に巻き込まれていく。


 その時、馬頭鬼が〈白の神官女〉を狙い、襲い掛かった。


 すんでのところで、〈赤の王〉が助けに入る。


「あ、ありがとうございます……」


 礼を述べるのも束の間。


 その足元の地面が、大きく崩れた。


「え……⁉」


 〈白の神官女〉の体が沈む。落ちないようとっさに伸ばした手を、もう一方から伸びた手が掴んだ。


 それは、〈赤の王〉による手であった。


「陛下!」


 どこかから、女性の声が響いてくる。


 掴み合った手はそのまま、崩落する穴へと落ちていった。


 ・ ・ ・


 目を覚ます。


「……ッ」


 遅れて、鈍い痛みが体に伝わってきた。


 体を起こそうとするも、全身が打たれたように痛く、なんとか動かせる状況だ。


 状況を確認するべく、視線を周囲へとめぐらせる。


 視界は相変わらず暗く、闇が広がっている。


 と、傍らに人の気配を感じて、目を凝らした。


 自分の隣に、人影が座っていることに気付いた。


「目が覚めたか」


「……陛下?」


 〈白の神官女〉が目を丸くする。その近くに腰掛けて、〈赤の王〉は辺りに視線を向けていた。


「……ご無事だったのですね」


「こちらの台詞だ。二人とも生命があったからよいものの、危うく死んでおったわ」


 非難じみた目を、王は神官女へと向ける。


「ここは……?」


「忘れたのか? 余とそなたが、何故このような状況に陥っているのか」


 その言葉で、神官女は自身に起きた出来事を思い出した。


「……そうでした」


 頭の中で染みるように、記憶が鮮明になっていく。


 現状に至った理由。それは〈白の神官女〉たちの前に突然、現れた怪物によって地面が崩落し、〈赤の王〉と共に巻き込まれたからだ。


「よいか? もう二度とそれを使うでないぞ?」


 ふいに、〈赤の王〉が目線で神官女の傍らを指した。


 その方向に目を向けると、寄り添うようにして、あのテュルソスが置いてあった。


 〈赤の王〉が念を押して言い付けたのは、間違いなくこれのことだろう。


「どういうわけか、そなたの手元を離れぬようにあったぞ。呪われておるのではないか?」


「……そのようなことはありません」


 〈白の神官女〉は起き上がろうとして、苦悶に顔を歪めた。


「動けるか?」


 〈赤の王〉が声を掛けてくる。


「……なんとか」


 強がってはみるが、体は引きずるように重い。


 それに、先ほどからひどく喉が渇いている。


「喉が渇いているのだろう?」


「……おわかりですか?」


「余もそうだったからな。仕方ない、これを分けてやる」


 そういうと、王は自身の懐に手を入れて、革袋を取り出した。


 それは、先日神殿で会った際にも目にした物だ。


 中に入っているのは、水で割った葡萄酒だろうか。


「お酒は……」


 神殿に仕える者は自らに飲酒を禁じている。


 というのもあるが、実は〈白の神官女〉はお酒があまり好きでなかった。


 しかし、今は選り好みをする以上に喉が渇いている。


「……いただきます」


 背に腹は代えられまい。


 差し出された革袋を受け取り、その蓋を開ける。


 口元へと近付けた、途端。


「ごほっ……⁉」


 あまりの酒気に、むせ返った。


「へ、陛下……! これ……⁉」


「どうした?」


「このお酒、水割りしていないのですか……⁉」


「そうだが?」


 その問いに対し、相手は平然とした顔で頷いた。


 あり得ないという顔で神官女が相手を見る。信じられないと、その目と口が物語っていた。


 通常、葡萄酒は水割りするのが定番だ。


 もしそうしないで飲むのは、野蛮とされている。


 しかし、目の前の相手は、それが当然である風に答えている。


 〈白の神官女〉は泣きそうになるのをこらえて、革袋を相手に返した。


「飲まぬのか?」


「……はい」


「そうか」


 返された革袋を受け取った〈赤の王〉は、そのまま口を付けて中身を飲んだ。


 その姿を横目に見ながら、神官女は辺りに目を見回す。


 暗い闇が広がるだけ。


 この場にいるのは二人のみ。他に人の姿は見当たらない。


 絶望的な状況に、〈白の神官女〉は祈りを捧げた。


「……神よ。どうか我らをお守りください」


 神官女の姿を目にした王が、怪訝な顔を浮かべる。


「このような時でも、神に祈るのか」


「このような時でも、祈るのです」


「……ふむ」


 顎に手を当てて、何やら思案する〈赤の王〉。


 それが気になって、神官女は思わずたずねた。


「あの……」


「ん?」


「陛下は、神をお信じになられていないのですか?」


 その質問に、〈赤の王〉は笑みをもって答えた。


「何を今さら。当然であろう? この間そなたと話した通り、余は神を信じてなどおらぬ」


 あっけらかんといい放つ王。さらに言葉が続く。


「だからといって、余は神の存在を否定しておるわけではないぞ? ここははっきりとしておかなければな」


「存在を否定しているわけではなく、ただ信じていられないだけと?」


「そうとも。確かに、この世界は神が創り上げ給うた。だが、どうも余にはそれが人に手を貸すとは思えぬ。確かに神とやらは存在するであろう。だが、人を助けるとは到底、余には信じられんのだ」


「……なるほど」


 なんとなく頷く〈白の神官女〉に、〈赤の王〉は得心した顔でいう。


「それにな、そなたの考えも余には読めておる」


 王の言葉に、神官女は戸惑った。


「私の考えが、ですか?」


「そうだ」


「……その内容をお聞きしても?」


「ふむ。いいだろう」


 〈赤の王〉は頷くと、自身の考えについて述べる。


「今回の迷宮入り。さては余の邪魔をするべく、同行したな? この状況こそが、狙いであったのだろう?」


「……そのようなつもりは……」


 否定しようとして、しかし二の句を告げない。


 確かに、結果だけを見れば、王の目的を邪魔したとしか思えない。


 正直に伝える。


「誓って、そのようなつもりはありませんでした。ですが、陛下を危険にさらすこの状況を起こしたのもまた事実。ですから、無事に迷宮から帰れたあかつきには、陛下のお好きなようにお裁きください」


 〈白の神官女〉のこの答えに、〈赤の王〉は笑った。


「冗談だ。そう拗ねるでない」


「拗ねてなどいません!」


 珍しく、〈白の神官女〉はムキになって大声を出した。


 洞窟内に声が反響する。


「大声を出すな。周りにいるかもしれん怪物どもが、音を聞き付けてやってくるではないか」


「……すみません」


 未だ頬を膨らませ、納得のいかない顔で謝る。


 その横顔を眺めながら、〈赤の王〉はいう。


「そなたの性分は理解しておる。悪巧みのできない、面倒な生き方であるとな」


 褒めているのか貶しているのか、わからない理由を聞かされ、神官女の頬がさらにむくれる。


「そも、わざわざ自らを危険にさらしてまで、余の行動を邪魔する道理が見つからぬ。……よほど、余のことが憎いなら別だがな」


「……ですから、信用なさると?」


「疑わしい奴よ。それとも、そんなに余に裁いてほしいのか?」


「そうしていただかなければ……困る者もいます」


「誰が困るのだ?」


「陛下を崇め、仕えている者たちです。国を治める王が一個人の私情で動かれては、周囲に示しがつきません」


「なるほど、確かにそれも一理あり得よう。だが、余はそなたを信じた。ならば、裏切られるのも余の責任であろう。そうは思わぬか?」


「……」


 全く、面倒な生き方はどちらだろうか。

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