097 ダンス練習
エグランティーヌの離宮の中。ガランとしたダンス用の練習室にリズムよく手拍子が鳴り響く。
「ジル! ターンが遅いわよ!」
「おう?」
その日から、エヴプラクシアの監修の元、オレとコレットの特訓が始まった。舞踏会はその名の通り舞踏、ダンスがある。コレットを焚き付けた以上、その相手役となることになったオレにも高いレベルが求められるのだ。
「お二人とも素敵です!」
ダンスの通し稽古が一段落すると、パチパチと拍手しながらアリスがタオルと飲み物を持ってきてくれる。
「ありがとう、アリス」
「あんがとな!」
「お二人とも、本当にダンスがお上手ですね。羨ましいです」
キラキラしたお目目で見てくるアリス。そんなアリスがかわいくて仕方がない。今すぐにでも抱きしめたいけど、今はちょっと汗をかいているので我慢だ。
「へへっ。どんなもんだい」
コレットが調子に乗ったように鼻下を指で擦って胸を張る。そんなコレットの頭頂部にペシッと手刀が入った。エヴプラクシアだ。
「あだっ」
「調子に乗らないの。まぁ、でもわたくしも驚いたわ。まさかこんなに二人の呑み込みが早いなんて」
「まぁな!」
コレットがまた胸を張ってふんぞり返っている。平らな胸が強調されるだけでまったく色気がない。かわいそうに……。
まぁ、エヴプラクシアが驚くのも無理はないな。オレも驚いてるし。当初はそこそこ簡単なダンスを習得する作戦だったのだが、コレットの成長が尋常ではなかったので、一番難しいダンスを練習しているほどだ。
たぶん、【勇者】のギフトの習熟速度アップの力が働いているのだろう。やはり主人公。チートな能力だ。
当然、コレットのパートナーになるオレも一番難しいダンスを踊ることになる。オレは格闘術で体を動かしているし、幼い頃からの積み重ねもあるからなんとかなっているが、無性に【勇者】のギフトが羨ましいよ。
「アリス、ごめんよ……」
アリスは困った顔を浮かべてオレを見上げる。
「ジル様、今回はコレットを救うためですもの。わたくしのことはお気になさらず」
「だが……」
舞踏会は、パートナーと一緒に入場する決まりだ。オレはもちろんアリスをエスコートして一緒に入場する。コレットもくじで負けたクラスメイトの男子がエスコートすることになっている。
入場した時のパートナーと一曲踊るのだが、その後は自由にダンスの相手を選ぶことができる。オレはこの時コレットをダンスに誘って、みんなの度肝を抜くようなコレットの完璧な礼儀作法とダンスを見せつける作戦だ。
だが、オレがコレットと踊っている間、アリスを放置してしまうことになる。オレはそのことが残念でならない。
今回はコレットのためとはいえ、婚約者であるアリスを放置して他の女とダンスしているとか、貴族の常識では、アリスに怒られても仕方がない案件なのだ。
「大丈夫ですよ、ジル様。わたくしなら平気です。今はコレットのことを考えてあげてください。わたくしはジル様とコレットの華麗なダンスのファンなのです」
アリスが冗談めかして笑う。その顔は、本人の言う通り平気そうな綺麗な笑みを浮かべていた。
最近のアリスは貴族らしく表情を作るのが上手くなったからなぁ。アリスの感情が読み切れない。お茶会で鍛え上げられて成長したのだと思うけど、オレとしては屈託のないアリスの素の笑顔が好きだよ。
「あぁ……」
アリスには悪いことをしているなぁ。そう思いながらも、オレはアリスの言葉に甘えるしかなかった。
アリスのことだけを考えれば、コレットのことなんて放っておくなんて方法もあるかもしれない。
将来、コレットがオレを殺す可能性も無きにしもあらずだからな。
最初はコレットに恩を売って死亡フラグを失くそうと考えていたけど、まぁ、コレットの人となりを知った今では、その可能性はずいぶんと低くなっている気がする。
今回もコレットに恩を売るためというか、コレットがアリスの友人だから力を貸している面が大きい。たぶん、一番仲のいい友だちだろう。
友だちがバカにされるのは辛い。オレは、アリスの心の平穏のためにコレットに力を貸しているのだ。
まぁ、オレにとってもコレットは気の置けない友だちだし、アリスの件がなくても結局は力を貸したと思うけどね。
だが、オレが一番に考えているのは常にアリスのことだ。
そんなアリスを放置するのは心が痛いよ。
でも、アリスはコレットの現状を打破することを望んでいる。そのためにオレがコレットとダンスすることも了承してくれた。
しかし、アリスは本当にこの状況を喜んでくれているのだろうか?
アリスの作られたような綺麗な笑みからは、アリスの本音が覗けない。
「ジル、休憩が終わったならさっそく練習を開始するわよ」
「あぁ……」
オレは複雑な気持ちになりながらもエヴプラクシアに言われてコレットとのダンスの練習へと戻るのだった。
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