113 リットリアピンチ
次の日。
オレはエミールに会うためにリットリアに顔を出した。
リットリアの外にはずらりとお仕着せを着た使用人たちがカトルカールを求めて行列を作っている。
相変わらずカトルカールは大人気みたいだね。
そのことに気をよくすると、オレはリットリアの店内に入った。
リットリアの店内はバターと小麦の甘い匂いが立ち込めていた。
「エミール、ちょっといいか?」
オレは店の奥にいるエミールに声をかけると、エミールではなく、まるまると太った男が現れた。彼はエミールが雇ったリットリアの従業員だ。その名はジロー。昔からこの辺りに住んでいて、昔からエミールの作るカトルカールを食べて育ってきた。エミールが弟子を探していると聞いて、真っ先に来た少年だ。
「師匠は今、手が離せないッス!」
「そうか。まぁ、ジローでもいいか。実はバッファローのバターが大量に手に入ってな」
「大量に!? それはすごいッス!」
ジローが興奮したように顔を赤くして鼻息を荒くしている。
「そういうわけだから持って来たんだ」
「了解です! 冷蔵室に入れておきます!」
「運ぶのは大変だろう? オレが入れておくよ」
「助かるッス!」
オレはそのままジローに案内されて、リットリアの冷蔵室に行く。ドアの隙間に布を詰めたドアを開くと、ひんやりとした空気がオレを包み込む。ここがリットリアの食材を保存しておく冷蔵室だ。
冷蔵室の天井の中央には、青色の機械のようなものが見える。実はあれが冷蔵室を冷たくしている魔道具だ。
魔道具というのは、人が開発した魔法の道具だ。魔力を注ぐことで決められた効果をもたらすことができる。
まぁ、電池じゃなくて魔力で動く機械みたいなものだね。
リットリアの物はアリスが作ってくれた特別製である。
「じゃあ、出していくぞ」
オレは収納空間からバッファローのミルクから作ったバターの入った瓶をずらりと並べるように出していく。
「すごいッス! こんなにたくさんバターが!」
「運が良かったんだ」
昨日は運よくモンスタートレインを倒す機会があったからね。できれば今日もあるといいけど、まぁ、難しいだろうな。
「こんな感じかな。これで何日もちそうだ?」
「師匠次第ッスけど、十日は確実に大丈夫だと思うッス!」
「ふむ……」
こんなに用意しても十日しかもたないのか。まぁ、バターも使わずに持っていても劣化するだけだ。それはエミールもわかっているだろう。
「あ! ジルベール様! 来ていたならおっしゃってくださいよ!」
ジローと話していると、ちょうど冷蔵室に材料を取りに来たのか、エミールが合流する。
「バターを置きに来たんだ。エミールを呼ぶほどでもないかと思ってな」
「師匠は窯の前にいたので、オラが対応したッス!」
この世界にはまだ温度を設定したり、自動で加熱を止めるオーブンのようなものがまだない。カトルカールを焼く作業はエミールの勘が頼りだ。
エミールはカトルカールを焼いている時は、一歩も窯の前から動かないらしい。それだけ見極めが重要な作業なのだろう。
「そうでしたか。毎度ありがとうございます。ジロー、窯から出したカトルカールを冷ましておいてくれ。冷ましていたカトルカールはもういいだろう。包んでお客様にお渡ししてくれ」
「はいッス!」
エミールに仕事を貰ったジローが店の奥の調理場に消えていく。
「改めてありがとうございます、ジルベール様。このリットリアはジルベール様のおかげで回っております」
「いやいや、すべてはエミールの腕がいいからだよ」
過剰に持ち上げられると照れてしまうな。
「バターは補充したが、他に何か困ったことはあるか?」
「実は……」
表情を暗くしたエミール。何かありそうだな。
「今年は小麦が豊作のはずなのですが、ウチへの卸値が例年よりも高くてですね……。ひどい時は二倍以上もして……」
「ふむ……」
豊作なのに値段が上がっているのは確かにおかしいな。
「あとは卵と砂糖も値上がりしているのです。さすがに二倍はしませんが。知り合いの菓子職人が耳打ちしてくれたのですが、どうもウチに卸す食材の値段だけ吊り上げているようでして……」
「はあ?」
そんな露骨な嫌がらせあるのか?
リットリアはオレが庇護しているのだが、オレが元ムノー侯爵家の人間だと知らないのか?
たしかに、ムノー侯爵が直々に面倒を見ているわけではないが、他の人から見ればムノー侯爵家が庇護しているように映るはずなんだが……。
もしかして、オレとムノー侯爵が絶縁していることがバレてるのかな?
今まで虎の威を借る狐のようにムノー侯爵家の威光を勝手に使っていたが、リットリアに何かしてもムノー侯爵家が動かないことがバレた。
思い出すのは、リットリア襲撃事件だ。あれでムノー侯爵家の報復がないから舐められているのかもしれない。
「今はカトルカールの値上げをしていないのですが、このような事態が続けば値上げせざるをえず……」
そう悔しそうに話すエミール。
エミールは街の子どもたちにカトルカールを食べさせたいと言っていたことを思い出す。今でも庶民にとっては十分高いのに、このままでは庶民の口に入る機会が完全になくなってしまう。
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