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第一章                          7 王太子の苦悩


王太子であるウィリアムは王城内にある己の執務室で溜息を吐いていた。


城内の噂話が原因だ。



ミリティアとリオベルトとの密会を使用人達が噂しているのだ。



ミリティアを婚約者に据える迄には、リオベルトとは勿論のことレオンとの、ただならぬ雰囲気をウィリアムが知らないはずも無かった。


平民のミリティアが王太子の婚約者になれたのは、この国の風潮が能力主義だからに他ならなかった。



ミリティアは、平民でありながら後天的に覚醒し尚且つ、ウィリアムの命の恩人となり特別に王城に招き入れられた。


それから、光と闇の属性以外の全ての属性を行使できる実力を見せ、数年に一度の自然発生する魔物の討伐戦でも活躍を見せた事により国王から準男爵位を授かる栄誉を得たのだった。



命の恩人としてミリティアに好意を持ったウィリアムは、自分に出来うる事で恩返しをしたかった。


王太子として自分の立場は弁えていたつもりだ。

しかし、幼い頃に決められていた婚約者が自分の預かり知れぬ所でミリティアを害する様になった事は、ウィリアムに取って想定外だったのだ。


ミリティアへの好意は敬愛に近かった。


命の恩人として敬愛して居たに過ぎなかったのだ。

人懐こいミリティアは、気さくで他の者が王太子の自分に距離を保つ中で唯一と言っても良い程に一人の人間として接してくれる者でもあった。


だからと言って恋仲になるつもりも無かったウィリアムなのだが、結局は流されるままにミリティアを守る事になり婚約者が自滅した。



命の恩人であるミリティアを、今度は自分が守らなければと必死だった気もしていたのだ。

それが愛なのか分からないまま、ミリティアを婚約者に据えたが、珍しい後天的な覚醒と思われていた能力は精霊の加護だと判明したのは婚約した後だった。


それでも、ウィリアムは婚約を破棄する気は今の所は無い。

けれど、王太子としての立場で自分の意思だけで決められる事でも無かった。



そんな中の噂話だ。ミリティアが何を考えて軽率な行動をしているのかウィリアムには理解出来ずに居たのだ。


補佐のオリバーに調査を頼んでいた報告書を片手に溜息を吐かずには居られなかった。



「ただの噂では無いか・・・」



報告書に書かれて居たのは、庭園での秘め事の一部始終から始まり、ミリティアはリオベルトを部屋へと呼び出し密会をしている様だった。密会と呼べるほど隠しても居ない状態だ。


王太子の婚約者でありながら、他の男と肌を重ねたとあっては大問題なのだ。


既に父である国王も把握していると思うと自分の意思など何の役にも立ちやしないと分かりきった事だった。



ウィリアムは補佐のオリバーにリオベルトを呼び出す様にと指示を出すと、机の上に重なる書類の束に目を通すのだった。




リオベルトが、ウィリアムの執務室へやって来るのは早かった。タイミング良く王城に来ていた様だ。


幼い頃から面識のあるリオベルトは気さくに話す一方で何を考えて居るのか分からない男だった。



「急な呼び出しとは珍しいですね殿下」


不敵な笑みで執務室に入って来たリオベルトの第一声だった。



「呼び出された理由は分かるだろ?」



ウィリアムは書類に視線を向けながら淡々と答えた。

するとリオベルトは、大きな声で笑い出したものだから、ウィリアムの視線は自ずとリオベルトに向う事になる。



「おっと、失礼。

どんな反応するかと思ってましたが。案外、冷静なんですね?婚約者を寝取られたとは思えない反応だ」



王太子に向かって、太々しい迄の態度に補佐のオリバーが堪らず口を挟んだ。



「ダグラス公爵っ!あまりに無礼ですよっ」



「オリバー。良いのだ。

オマエは暫く席を外してなさい」



ウィリアムの制止で、オリバーは仕方無くと言う表情で部屋を出て行った。それを視線で確認したウィリアムは席を立つとリオベルトにソファーに座るよう促す。


リオベルトがソファーに座ると、ウィリアムは自ら紅茶を淹れ始めた。



「まぁ〜、ゆっくり話すとしよう。

僕もね、コレでも王太子だ。一連の事は父の指示かい?」



「そうですね。指示とも言えるし俺の判断とも言えますね」



テーブルにティーカップを二人分を置き、ソファーに座りながらウィリアムは溜息を吐いた。


そして、紅茶を一口飲むとリオベルトの瞳を見据えた。



「父は、どうするつもりだ?」



「婚約者候補リストを眺めてますね。

殿下の気持ち次第では、ミリティアは妾位には出来ますよ?」



「君が先に手を出した女を僕が抱くと思うかい?」



リオベルトは呆れた顔でウィリアムを見た。



「殿下は純情ですね?

そんなんで王太子と言うか次期国王が務まるのですかね?」



「どう言う意味だ?」



ウィリアムの顔に怒りが浮かんだが、リオベルトは御構い無しに話を進める。



「純粋過ぎるって事ですよ。

綺麗事だけで国王なんて出来る訳無いでしょ?

汚れ仕事は実質は俺がやりますけど、その指揮は貴方が取るんですよ?

ミリティアの初めてを奪ったのは俺じゃ無い。あの女は、婚約者になる前から純潔じゃない。

考えても見て下さい?平民で、あの美貌だ。貴族の令嬢の様に守られて育ってない。自分の意思とは関係なく奪われててもおかしくない。

まぁ〜、自分から金の為に売ったと言う事もあるかも知れないですしね」



ウィリアムは、リオベルトの話を聞いて言葉に詰まった。言われるまで考えもしなかった事だった。



「良いですか殿下。元々、ミリティアは御飾りに過ぎない。これから決まる新たな婚約者も御飾りです。

後継者としての子を成す者は既に決まってますからね」



「どう言う事だ」



「預言書の存在は流石に知ってますよね?」




預言書の事は王太子教育で習った。

王家と一部の貴族しか知らない存在だ。



数千年に一度、聖地である我が国に神が降臨すると言うものだ。その神の子となる者が誕生する事で王家の繁栄が続くと言い伝えられていた。



「預言書の事を持ち出すと言う事は、僕の子が神の子と言う訳か?」



「まぁ〜、そう言う事ですね。

正確に言えば、選ばれし巫女と王家の継承者との間に生まれし者が、神の子と言えます」



「選ばれし巫女が現れたと言う事か?」



ウィリアムの問いにリオベルトは頷く。



選ばれし巫女とは、聖霊の血族から現れると預言書には書かれていた。


聖霊の血脈を色濃く持ち、王家の後継者との間にしか子を成せず一度の出産しか出来ない。その者は、聖霊の御霊そのものを宿し生まれる為に膨大な魔力を性欲によって発散しようとする為に快楽に溺れる傾向にあるが、出産と共に落ち着くとも記されていた。



しかし、ウィリアムは預言書の存在自体は知っているが中身を全て把握している訳では無かった。



「殿下。俺は国王の影だ。

殿下より預言書に詳しいが、国王の許可なくしては殿下にも詳しい話は出来ない。ただ言えるのは、殿下は大事な子種だって事だ。選ばれし巫女が純潔じゃ無かろうと子を成す事は定めだって事をお忘れなき様」



急に真剣な顔で、そう言うリオベルトにウィリアムは複雑な心境だった。


自分の子が、神の子だと言うなら自分はただの繋ぎでしか無い。己の意思とは関係なく子作りを強要されると言う事だ。


王太子として生まれ、決められた人生を歩む事しか許されない。そもそも、いつだって己の意思など無かったのかも知れない。


ただ、流され義務を果たすだけの人生。



そう思うと急に笑いが込み上げてきたウィリアムは、大声で笑い出した。


自分があまりにも滑稽な気がして笑わずには居られなかった。




一通り笑うとウィリアムはリオベルトに問うた。



「リオベルト。君は家業をどう思う?」 



聞かれたリオベルトは考えること無く即答する。



「楽しいですよ。俺は生まれながらに悪人らしい。

国に不要な人間なら罪悪感も抱きませんからね。それに欲に塗れた人間は扱いやすい。厄介なのは偽善者ですよ。直ぐに悪を作り出し善人ぶりたい奴等ほど滑稽なものは無い。まぁ〜闇属性の俺は人として欠落してるのかもしれませんね?

光属性の神聖力をお持ちの殿下と真逆ですよ。貴方を輝かせる為に俺が居る。


殿下、考え方次第ですよ。籠の中の鳥は不自由そうに見えて絶対的に守られてるんですよ。その籠の中では何をやろうと自由で、自分が飛び回れないなら籠の中で快適に居られる様に鳴けば良いんです。


その為の俺ですからね」



リオベルトが妖艶に微笑むと、ウィリアムは呆れた表情を見せ鼻で笑うと冷めた紅茶を飲み干した。



「君を見習うよ。

良い子の王太子は卒業の様だ」



リオベルトは声を出して笑うと、紅茶を一気に飲み干しティーカップをテーブルに置くと言った。



「次は、紅茶じゃなくて酒でも御一緒に。

俺は行きますよ。こう見えて暇じゃ無いんで」



「急に呼び出して悪かった。

父に伝えてくれ、僕も大人になるとね」



執務室を出ようと立ち上がったリオベルトだったが、思い出した様に口を開いた。



「あっ、大事な事を忘れてました。

ミリティアはどうしますか?傍に置くか置かないか」



ウィリアムは少し考えてから答えた。



「君なら、どうする?」



「俺ですか?情があるなら監禁。

どうでも良いなら、そうですね…

王家の体裁を考えて表向きは病死にして始末するか、薬漬けにして裏で女の武器を最大限に活用しますかね?」



リオベルトの意見に流石に苦笑いになるウィリアムは、そこまで冷酷に慣れない自分に苦悩した。



「少し考えさせてくれるか?」



「まぁ〜良いですけど、今年の誕生祭には新たな婚約者を発表する気ですよ陛下は」



「そうか…。それでは3日後の夜に王太子宮に来てくれるか?その時に答えを出すよ」



「御意」



リオベルトは執務室を後にする。

入れ替わる様にオリバーが入室して来て心配気な顔を向けてくる。



「オリバー、悪かったね。

もう大丈夫だ。僕の甘さを痛感したよ…

同い年だと言うのに、リオベルトは既に立派な公爵だったよ。己の立場を当然の様に受入れ順応している。

僕は、まだまだ子供だった様だ」



「そんな事はありません!

殿下は、ずっと王太子として政務に励み務めを果たしております。幼き頃から御自分を律し続け御立派で御座いますっ」



オリバーは本気で言っているのであろうが、今のウィリアムには慰めにもならなかった。


苦笑いを浮かべながら、ウィリアムは窓の外で大空を飛ぶ鳥に視線を移した。



(籠の中の鳥か…


大空を飛び回る事も出来ない哀れな鳥だからこそ出来る事もあるのか?


いや、僕は籠の中の鳥よりは自由なのかも知れない。


それに、籠の中しか知らないなら自分が不自由な事さえ知らないままだ。


リオベルトが言う通り、僕は鳴けば良いだけだ)




ぼーっと窓の外を見ているウィリアムに心配気なオリバーが声を掛ける。



「殿下?」



「あぁ〜すまない。少し考え事をしてたよ。

今日は、もう帰ると良い。私も少し休むよ。」



ウィリアムは、オリバーを執務室に残し退室する。

向う先はミリティアの元だ。


改めて己の気持ちを確かめる為でもあった。




ミリティアの元へ向う途中の庭園で、リオベルトとミリティアの姿が遠目に見えた。


噂通り恋人の様な距離感で、周りの者が居てもお構い無しの振る舞いだ。


暫く、そんな二人を眺めて居れば、ウィリアムの存在に気付いたリオベルトが見せ付ける様にミリティアとの距離を近付けた。



王城内の庭園だと言うのに大胆な二人の逢瀬は、見てる方が照れてしまう位に濃密だ。外でも構わず淫らな顔で喜びの表情を見せるミリティアを目の当たりにしたウィリアムの中で何かが音を立てて崩れた気がした。



「はっ。僕は今までミリティアの何を見ていたんだ…」



カラ笑いが込み上げ呑み込んだウィリアムは、稷を返し父である国王の元へと足を進めた。



そして、王太子として国王に進言した。



「ミリティアは病気の様です。

静養の為に北棟に幽閉しようと思います。先は長く無い様なので後の処理は御任せします」





ウィリアムは、それ以来ミリティアと一度も顔を合わせる事は無かった。





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