第三章 6 未知の世界
船が帝国の港街に着いたのは日が沈む頃だった。
街灯が灯り始め、オベリオ王国とは違って都会と言う雰囲気だった。
まったくの別世界へ迷い込んだ様で、アリスは圧倒された。
オベリオ王国は、緑豊かな自然と共存した可愛らしい国だとしたら、マルバラ帝国は洗練された近代国家だ。
「少し埃っぽいかな?オベリオ王国は空気も澄んでるもんね。今夜は、この街で泊まろう」
そう言ってアリスの手を取ると、アルバートは歩き出した。港街で一番、高そうな宿に入るとフロントの男が、慌てて最上階に案内してくれた。
スイートルームの様な広さで、一つの部屋に数部屋のベットルームがある部屋だった。
「ディナーはどうしようか?宿で食べても良いし、外に食べに出ても良いし。どっちがいい?」
「任せるわ。どっちが良いのか分からないし」
「おっと、俺が選ぶのか。どっちも良いんだけど…迷うな…。でも船で疲れただろ?今夜はココで食べよっか?ゆったりしたいだろ?」
「そうね、少し疲れたかも」
アルバートは、微笑んで付いて来ていた護衛に、オマエ達も休めと声を掛けた。
護衛が部屋から出て行くと、アルバートはソファーにゴロリと横になる。
「君も俺の事は気にせず、好きに過ごして。
ベットルームも好きに使うと良いよ。食事は部屋に運ばせるしさ。
そう言えば、メイドが居なくても大丈夫?何も考えて無かったな…今から手配しようか?」
「大丈夫よ。自分の事は自分で出来るわ。
それに、当分は一緒に過ごすんだし王妃として扱わないで良いわ」
「そっか。助かるよ。
俺は、高貴な生活しか知らない奴の事は良くわからないからさ、気を使えないかも知れない。だから何かあったら直ぐに指摘してくれると助かる。
そう言う意味では世間知らずだからさ」
そう言って笑うアルバートにアリスも笑った。
ありのままの姿を隠さない、そんなアルバートにアリスは益々、心を許すのだった。
それから二人は部屋の中で食事をしながら談笑し、王都に辿り着く迄の幾つかの場所に、ポータルを設置しながら向かう為に地図を広げながら話しを進めた。
地図を見ながらアリスは、改めて帝国の大きさを知りオベリオ王国の今の平和があるのはリオベルトが暴君カール・ジスタンを暗殺してくれた御蔭なのだと痛感した。
地図を見ながら考えに耽けるアリスの横顔を見ていたアルバートは声を掛けた。
「何を考えてるんだい?」
「改めて大きいんだなって…コレでも領土が縮小したのよね?皇帝の話は聞いてたけど…凄かったんだろうなって…」
「ある意味で凄かったよね。その志が善行なら偉大な人になっていたかも知れないね。
けれど、アイツはイカれ野郎だった…」
アリスは苦笑いを浮かべた。
「私は小さな世界で恵まれて育ったのよね。綺麗な世界しか見なくて良かったんだもの。頭では分かってるのよ?でも、その汚い世界を実際には知らない。
リオベルトが守ってくれてたから…。それも分かってた頭では。きっと、帝国を回る事で、もっと痛感するんだと思うと少し怖くなった。
描いてきた理想が、傲慢だったと思い知らされるだろうから…」
アルバートは、アリスの背に手を置くと、ポンポンと軽く叩いて、微笑みを向けた。
「傲慢でも綺麗事でも良いじゃないか。人はある意味で目標や希望や夢が無ければ生きられないと俺は思うんだ。それが良いとか悪いとか、それは他人の判断だ。全ての奴が賛同するものなど存在しないかも知れない。
時に、自分の志が他人を排除する事に繋がる事もある。所詮は人間は自分勝手な生き物だ。自分を正当化して突き進む。
それで良いと思うんだ。俺は、良い帝王になろうとは思ってない。俺が思う理想の国を目指すだけだ。その事で恨まれようとね」
「貴方は強いのね」
アハハと笑うアルバート。
この人は人に嫌われる覚悟があるのだと思った。
ウィリアムとは違うと言った、リオベルトの言葉が分かった気がした。リオベルトは、二人の王の考え方の違いを、どう受け止めてウィリアムの理想の手助けをしてるのかと、アリスは知りたくなった。
やはり、アリスにとって、リオベルトは兄の様な存在だったんだと思うのだ。
ウィリアムの理想は、本当に綺麗な理想像だ。
だからこそ、それを補う補佐が必要だ。
それに比べ、アルバートの理想は現実的で全てを己一人で背負っていた。
ウィリアムよりも、もっと孤独だと思う。
けれど、その孤独でさえ強さに変えている。
リオベルトと似ているが、それ以上の様にも思えた。
「貴方は、自分の弱さをどうしてるの?」
「そうだな…、自分で癒すかな?
他人の優しさは一時凌ぎにしかならないからね。
思った事は言葉に出して溜め込まない。特定の誰かだけにだと、その人が居なくなったらどうする?
だから、俺は弱音は皆に吐く。どう思われてもね。格好悪くても別に良いだろ?
まぁ〜、好きな女には格好良く見せたくなるかもだけどね」
そう言って笑うアルバートをアリスは眺めていた。
今までに知る男達は、体裁を重んじ自分を良く見せる事が美徳の人達ばかりだった。
貴族とは気高い生き物だから、それが普通だった。
オベリオ王国の国王は、民にとって完璧で無くてはならない。民にとって、正に神のような存在。
だからこそ、光と闇の濃淡が濃いのだ。
アリスには、アルバートが新鮮に見えた。
己の好奇心が、この男をもっと知りたいと急かしている様だった。
「なんか俺、変な事を言っちゃったかな?
馬鹿正直に思った事を言ってしまうからさ、おかしな事を言ってたら、ちゃんと言ってくれよ?」
「変な事は言ってないわ。貴方が今まで話した人達と違うタイプだから新鮮だっただけ」
アリスが、そう言って笑うとアルバートは、アリスの笑顔に見惚れるのだった。
その後、それぞれの寝室に分かれ寝た。
アリスは、ベットに横になりながらアルバートの言葉の数々を思い出していた。
きっと、アルバートの様な考え方がアーサーには必要なのでは無いかと思った。ウィリアムの様な王を目指した所で何かを犠牲にする事に繋がるだけなのではと思うのだ。
「人々の上に立つとは大変よね…」そう、アリスは呟き眠りについた。
大きな力を持つ者にとっての責任は、あまりにも大きい。
翌朝、アリスは自分で支度を済ませベットルームを出た。既に支度を済ませていたアルバートは、アリスを見ると「おはよう」と笑顔で挨拶してくれた。
「おはよう。早いのね」
「まぁ〜、あまり寝れなかっただけ」
「どうして?」とアリスが不思議そうに聞けば、アルバートは頭を軽くかきながら笑って言った。
「そりゃ、近くに好きな女が寝てるんだから気になっちゃうのは男の本能でしょ?」
「近いって言っても、別の部屋の様なものじゃない?」
「それは、気持ちの問題だろ?
男心は女には分からないのかもなぁ〜」
アリスは笑ってしまう。
アルバートは、気を取り直した様に立ち上がるとアリスの手を取りながら話した。
「さっ朝食を食べに行こう。朝市で屋台が沢山出てる。新鮮な魚は美味いよ」
手を引っ張られ歩き出したアリスは、アルバートのペースに流されるままだ。
アルバートは、行動的で積極的だ。
気を遣う所もあるが、基本的には自分のペースを崩さない。本当に、ウィリアムとは正反対だった。
アルバートに引っ張られる様に歩くアリスだが、アルバートが速すぎて小走りになってしまう。
「アルバートっ。少し速いわ」
「あっごめん」
アルバートは、歩く速度を落す。
少し息が上がってしまったアリスが息を整える。
「俺って駄目だね。また、そうやって指摘してくれ」
アリスは笑って「分かったわ」と言いながら、朝市で出ている露店に目を向ける。
賑やかな活気ある雰囲気はお祭りの様だった。
アルバートが歩きながら説明して案内してくれる。
焼き魚を販売してる店で、アルバートが串に刺さった焼き魚を買って来て二人で齧り付く。
そうやって、色んな物を歩きながら食べたアリスは「もうお腹いっぱいよ」と次々と買ってはアリスに手渡すアルバートにストップをかけた。
アルバートは、良く食べる。
アリスが、食べ物以外の露店を見てる間も何かしら食べていて、アリスは笑ってしまうのだった。
「良くたべるわね」
「食べておける時に食べとかなきゃって癖かもね?」
朝市を一通り楽しんだ二人は宿に戻り荷造りを済ませると港街の外れにポータルを開いた。
「まだ、開いただけで何処かと繋いだ訳では無いからね。下手に入ろうとしたら危ないの。だから、誰か監視が必要ね」
「分かった。注意喚起の看板と監視を付けるよ」
アルバートは、護衛の一人に指示を出した。
「城に戻るまでの街にポータルを開くのに、監視の配備は大丈夫そう?」
「大丈夫だ。帝国は通信魔導具が普及してるから連絡は直ぐに取れるからね。それに、街には必ず管理してる領主が居るから、彼等が監視を担当してくれる。
オベリオ王国に居る時から連絡して、通達は出してるから心配はない」
「仕事は抜かり無くってことね」
馬車に乗り込み次の街へと向かう。
「港街は、比較的に発展してる。
王都までの道程にある街も、それなりだが道中には開発されてない村や町もある。その差にビックリしないでくれよ?それに、良い民ばかりじゃ無いから気を抜かないでくれ。
もしもの時は、迷わず防衛の為に魔法を使え。民を傷付ける事に恐れるな。分かったね?」
最近まで戦いの場だった帝国。今だって平和とも言い切れない。路頭に迷って生きる為に犯罪に手を染める者もいる。自暴自棄になり力で奪う事を繰り返す者も。帝国は、治安が良い訳でも無いのだ。
「分かったわ。頭でしか分かってないと思うけど…」
「脅すような言い方をしたよね?ごめん。
ただ、危ないのは本当だから。俺が守るけど、もしもの想定をしておきたい。相手を攻撃しろとまでは言わないが防御はしてくれよ?」
「アルバートは、絶対に俺が守るとか言わないのね?」
アリスが冗談で言えばアルバートは言った。
「絶対は無いからね」
確かに、絶対は無い。
想定外はあるものだ。アルバートの出来ない事は言わない様な正直さは好感が持てた。
次の街に着いたのは昼過ぎだった。
アルバートは、ココはポータルは要らないと言った。
全ての街にポータルを通すのはアリスの負担が大きいからだと。
「でも、全ての街にある方が便利よね?」
「今の所は、城を拠点に領土を分割して中継地点にと考えてるんだ。あまりにも便利さを優先してポータルを悪用されるのも困るからな」
「なるほど…そこまで考えて無かったわ」
アルバート曰く、帝国の国民は良い人間ばかりじゃないからこそ、全ての国民は善ではないと想定して考えている。だそうだ。
最悪の想定を考えた上で、理想を描くスタイルなのだろうとアリスは理解した。
今までのアリスには、考え付かない考え方に感心した。民は愛すべき人達と言う前提に考えていた私達とは違うのだ。
もしかしたら、リオベルトはアルバートと同じ考え方だったのかも知れないなと思った。
その上で、アリスやウィリアムの綺麗事に合わせてきたのだと思ったら、次に会ったら感謝を伝えようとアリスは思うのだった。
それから、次のポイントになる地に着くまでは食事の為や宿に泊まる為だけに寄る事になる。
馬車の中から見る風景は、どれもオベリオ王国とは違う。長閑な田舎風景も、また違って見えたのだ。
穢れが漂うから、オベリオ王国とは明るさまで違う様に思うのだ。
移動中、窃盗の為に馬車を襲撃する者が居たり、魔物が現れたりと物騒なものだった。
驚いたのは最初だけで、アリスも何日間か過ぎると慣れて来ていた。
アルバートも何人かの護衛も強かったから、安心出来たのもある。アリスも、リオベルトやウィリアムに魔法の扱いを教えて貰ったし、その時の事が役立つ時が来るとはと、教えてと頼んだ過去の自分に感謝してしまう。魔物を魔法攻撃したり何度か繰り返す内に上達して来たと思うのだ。
だから、アリスは魔物は私に任せてね、なんてアルバートに言えば、アルバートは助かると素直にアリスに任せた。
全てを背負おうとする、リオベルトやウィリアムとは違うアルバート。アリスは、自分も一人の人間だと認めて貰えてる様で嬉しかった。
好きな女だからと、甘やかしたりしない感じが、共に歩めてると実感出来たのだ。
アルバートは、自分の苦手な事はアリスに頼むし、自分が得意な事は率先してしてくれる。
それだけじゃなく、出来ない事もやろうとするし、アリスの出来ない事は教えるからやってみろと言う様な所もあった。
王妃として扱うなと言ったアリスの願いを、本気で叶えているのだ。
忖度などない。
だから、コチラも建前など言えないのだ。
小さな村に泊まる事になった時は、宿は泊まるだけの場所しか無く。外食するような店も無いなんて事もあり、食材を手に入れて自炊をする事もあった。
アルバートの大雑把な料理の仕方に、アリスは口出しして手伝いに入ったりと、帝王と他国の王妃とは思えない庶民的な日々に、アリスは初めて本当の自由を感じた気がした。
帝国に来てから、豪華さと質素さの極端さを味わいアリスに、とても良い学びを与えた。
アリスは、ウィリアムやアーサーにも味わって欲しいと思えた。
体験に勝るものは無いのだと、本当に思えたのだ。
宿の外に出て夜空を見上げたアリス。
「この国の夜空は、オベリオ王国の夜空よりも星が良く見えないわね…。
光属性の血筋を求めるのも分かる気がするわ」
隣に立つアルバートは答えた。
「この世界には穢れがあって魔物が現れる。
その穢れを浄化するのは光属性の癒しだけだ。昔の文献には選ばれし光属性の者が世界に存在するだけで、その穢れは癒されると書いてあった。
けど、実際はこの通りだ。
オベリオ王国にも穢れが充満するんだから、それだけ人間が傲慢になり過ぎた結果なんだろうな。
俺はさ、何が正解かは知らないけどさ。
きっとオベリオ王国は聖地で、他の大陸は聖地を穢しちゃいけないんだ。
聖地では、全ての民が善で天国の様に満たされて無ければ、この世界全体を癒せないんじゃないかなとか思ってたんだよね。
城に帰ったら見せてあげるけどさ。古代の文献には、そんな感じの事が書かれてる。文字の解読が全て出来ないから想像で補足してるんだけどね」
アリスは、そんな物が存在する事に驚いた。
「そんな文献があるのね。
アルの解釈が本当なら、オベリオ王国が他国に合わせて変化する事が正解とは限らないって事よね。
私は、少し考え違いをしてたのかも…」
アリスが考え込んだ姿を見て、アルバートは思っていた。この人には、何か大きな責任の様なものがあるんじゃないかと。
「いつかさ、本当に俺を信用してくれた時には、アリスが抱えてる問題を俺にも共有してくれよな。
それまでは、俺は何も聞かない。
ただ、抱えきれなくなって俺に甘えても良いって思ってもらえたなら俺は全力で協力するし支えるよ」
「ありがとう」
二人は微笑み合い、宿の中に戻るのだった。




