第二章 16 オベリオ王国から月が欠ける時
リオベルトが王国から姿を消した。
奈落の底は、何処となく活気は無かった。
ミリティアとエルロンドがカウンターに立って居るが、二人とも溜息ばかりだ。
「俺が居ない間、宜しく頼む」とリオベルトから頼まれたキングは、リオベルト不在の間、闇の番人になった。
キングは度々、店に出入りし面倒な客の対応をしてやった。
一週間後、マルバラ帝国の皇帝が暗殺されたと言う情報がオベリオ王国にも入った。
内乱が起こり商人達が一時的にオベリオ王国へと避難してきた事により情報が齎されたのだ。
新聞記事を読んだアリスが呟いた。
「内乱でリオは大丈夫かしら…」
「大丈夫だよ。きっと戻って来る」
ウィリアムは、窓の外に視線を向けた。
アリスに言った言葉は自分に言い聞かせる言葉だった。内心は不安しか無かった。
一ヶ月。たった一ヶ月だとウィリアムは自分に言い聞かせていた。
不安を打ち消す様に、ウィリアムは騎士団に港街の強化と帝国も含めたサンブリア大陸の情報を集める様に指示を出した。
仕事をする事で、ウィリアムは自分を保っていた。
そんな中、アーサーが自分からウィリアムを訪ねて来た。「父上だけに話したい事がある」と言うアーサーに、アリスが少し不安そうな顔をしたが、ウィリアムは、アーサーを連れて最上階へと向かった。
入口付近まで来るとウィリアムはアーサーに説明する。
「アーサー、ココは王と王が招待した者だけが入れる部屋があるんだ。この指輪を嵌めていないと入口さえ見えない」
そう言って、扉を開いた。
「扉を開いてやっと他の者にも見える様になる。
さぁ〜、入りなさい」
アーサーは、辺りをキョロキョロ見ながら中に入り、大きなガラス窓の向こう側に見える景色に釘付けになった。
「国が一望出来る」
ウィリアムの言葉に、アーサーは「うん」と答えながら眼下を見下ろしていた。
ウィリアムは、ソファーに座るとアーサーに問う。
「で、話したい事とは?
母上にも聞かれたくない話なのかな?」
アーサーは、振り返りウィリアムの座るソファーの向かいのソファーに座る。
「男同士の話がしたくて」
「そうか、話してみなさい」
アーサーは、大きく息を吸い込んで吐くと話し始めた。
「マルバラ帝国の事は聞きました。
皇帝が暗殺される前に、この国に何を要求してたのかも。とても受け入れ難い要求でした。
暗殺事件が起きる前に、父上は何を決断してたのですか?」
「何が知りたくて、その質問をしてるのだ?」
「暗殺は父上の指示ですか?」
「そうだと言ったら?」
アーサーは、少しの沈黙の後に言葉を吐き出した。
「もう僕も子供じゃありませんっ。
何も知らない、知らないフリをする子供じゃない。
リオ叔父さんが店に居ない事も知ってます。
リオ叔父さんに会いに行った日に、ダグラス公爵家の事を聞きました。図書館で過去の新聞記事や記録も調べた。記事は全てが真実だとは思いません。
けど分かる事もある。僕の出生の秘密の記事が出た後に直ぐにリオ叔父さんの記事が出た。
そうやって、リオ叔父さんが王家を守って来たんですよね?綺麗事だけじゃないとリオ叔父さんに教えてもらいました。
愛する者を守る為には、時には非情になる事もするんですよね?
それを否定はしません。僕も愛する者を守る為なら何でもしたいから…
光属性の者を父上だけに偽装する為に、僕の力を封印して、もしもの時は父上が犠牲になるつもりだったのですか?
僕は、まだ王太子として次期王として、そんな時に何を選択するか正解が分かりません。
まだまだ、世界を知らな過ぎるから。
だからこそ、知りたい。もう守られてるだけじゃ嫌だから!」
黙って聞いていたウィリアムは、溜息を吐くと話し始めた。
「そうだね…
もう子供扱いをするのは逆にアーサーの為にならないのだろうね。
しかし、母上は心配が尽きないんだ。
それは理解してあげてくれるか?」
「はい」
「男同士の話だったね。
王としてでも、父としてでも無い、男として話すよ」
そう言って、ウィリアムは大きなガラス窓の外の景色を見ながら語り出した。
ウィリアムは、自分が王太子の頃の話から語った。
自分もアーサーの様に、前国王から何も聞かされずに育った事や、ダグラス公爵家の役割を本当の意味で知らなかった事。その為に、自分はリオベルトの事を誤解してた事や、父親にリオベルトと比べられてる事を悔しく思ってた事など正直な気持ちをアーサーに聞かせた。
「父上は、昔はリオ叔父さんが嫌いだったのですか?」
「そうだね…、嫌いだった。
でも本当は、羨ましくて憧れてたんだと思う。
だけど、負けたくなくて自分の方が上だって証明したくて対抗心を剥き出しにしてたんだと思う」
「そうなんですね。意外です」
ウィリアムは、クスクスと笑うと再び話し出す。
「アーサーが、何が正解なのかと悩む気持ちは良く分かるよ。
僕も苦悩した。リオベルトに全てを背負わせる事に罪悪感しか無かったからね…。
けれど、リオベルトは愛する者の為に手を汚す事が喜びだと言ったんだ。闇属性は、隠密や破壊に特化した特性を持つ。光属性とは真逆な特性とも言える。
適材適所と言う事になるかな?元々は、二つの属性は一つの光から生まれた属性らしい。
対極で在りながら本質は同じなんだ。
愛から生まれている。他の属性も同じだ。本質は愛そのものだ。
神の力であり神からの愛なんだよ。魔法とは神からの贈り物なんだ。扱うには責任が伴う。
その力を愛の為に使う事だ。悩んだら、それは愛なのかと自分に問えば良い。その選択が誰かの為なのか?自分の為なのか?その時々で葛藤し思い悩む事もあるだろう。
僕も悩む。悩まない事は無いんだ。
だからこそ、大切な人と話すんだ。正解など分からないけど話し合って決めたらいい。君は一人じゃない」
「父上は、リオ叔父さんを信頼してるのですね」
ウィリアムは、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「そうだね。とても信頼しているし信じている。
リオベルトが、僕の為に手を汚してくれるから国が護られる。その代わり僕は、彼が護ってくれた国をより良くする為に頑張るんだ。いつか、彼が手を汚さなくても良い国にする為にね。
まだまだ、頼りっぱなしだ。甘えてばかりだ。
けれど、リオベルトはそれが幸せと言うんだよ。本当に愛の深い男だ。」
父親の、とても美しい笑みを、アーサーは見て少し羨ましかった。自分にも信頼しウィリアムとリオベルトの様な関係性になれる者が現れるのかと思うのだった。
「父上。僕も、両親以外で大切に思える者を、僕を愛してくれる人を見つけられますかね…」
「これからだよ。その者は、近くに居るかも知れないからね。僕は、幼い頃から近くに居たのに大人になるまで気づきもしなかった相手が、大切な人になったのだからね」
アーサーは笑顔になった。もしかしたら、ルナと。
そう思って嬉しくなったからだ。
それから暫く、二人の会話は続いた。
親子として、男同士として話したのだった。
帝国の内乱は激化していく。
暴君だったカール・ジスタン。生前は破壊の限りを尽くし、奪った領土は数知れない。
幾つもの国の王が殺され、元王族の娘達は皇帝の玩具の様に扱われ、その果てに皇帝には子供が沢山いた。
正妻や妾の子供は、勿論だが各地で女を弄んだ結果、正式に認められていない子供も沢山だ。
その為に、皇帝の後釜にと権力争いが激化しているのだ。身分問わず、皇帝の血が流れる者を担ぎ上げトップを目指した戦い。
一般の民は、そんな者達の犠牲になっていた。
リオベルトが言っていた一ヶ月を遠に超えていた。
それから3ヶ月は経っていた。
オベリオ王国は、平和な日々が流れて居たがマルバラ帝国は相変わらずだった。
サンブリア大陸の他の国が、帝国の混乱に合わせて領土奪還に動いて居る事もあり混乱が続いて居たのだ。
新聞記事や騎士団からの報告を受け、ウィリアムの心は揺れ動いていた。
王として、シッカリしなくてはと思うがリオベルトの安否が気になって仕方なかった。
それは、アリスも一緒であった。
不安が増すからか、二人は心配しながらも、リオベルトの話題を避けていた。
不安を誤魔化す様に政務をこなし、夜は快楽に身を置いた。
二人は、そうする事しか出来なかったのだ。
アカデミーでは卒業間近な生徒達が、その後の進路を決める次期だった。
ルナは母親の店があるから、他の者の様に悩む事もなければ慌てる事も無かった。
しかし、父親の事が気掛かりで何も手に付かなかった。「はぁ〜っ」と溜息を吐く回数が増える。
そんなルナを、アーサーは見ていた。
そしてレイも気に掛けていた。
そんな日々の中で、ルナは覚悟を決めた様にアーサーを呼び出していた。
二人で話したいと、アカデミーの敷地内にある図書館の個室に放課後、呼び出したのだ。
後からやって来たアーサーが個室に入ってくると、ルナは笑顔で出迎えて入り口のドアの鍵を閉めた。
アーサーは、ルナと個室に二人きりと言う状況にドキドキしていた。
「急にゴメンね。アーサーにしか話せないから…」
「いいよ。気にしないで。なんの話かな?」
そう話しながら二人は椅子に腰掛けた。
ルナは、話しづらそうに少し黙ったが息を小さく吐くと話し出した。
「私達って複雑な環境で育ったじゃない?
だから、こうして王太子殿下であるアーサーとも気楽な感じで話してるんだけど…。
だからそこ、アーサーにしか話せないし、アーサーだから分かってくれると思って…」
「うん…。何か話し難い事かな?遠慮なく言ってよ」
「パパの事。アーサーも知ってるよね?王太子だから…。最近になって、私はママに聞いたの。もう大人になるからって…」
「リオ叔父さんの事だね。叔父さんにも聞いたし父上にも聞いたよ」
ルナは、溜息を吐く。
「もう3か月…パパは音信不通なの。安否も分からない。マルバラ帝国内なのか、他の国なのか…。何処に居るのかも分からない。
ママに、パパが帰ってこなくても誰かを恨んじゃ駄目よって言われたわ」
「うん…」
「あっ、ゴメン。別にアーサーに恨み言を言うつもりじゃないし王家に文句を言いたい訳じゃないの」
アーサーは何も言えなくなった。
「私はね、昔からパパと離れ離れの事が多かった。
だから、離れてる事が普通なのよ。いつも何処かで元気にしてるんだろうなって思ってる。
前にね、パパと二人きりの時にね、パパが言ってたんだ」
そう言うと、ルナは宙を見て少し微笑んだ。
そして話しを続けた。
「闇属性は、光属性を輝かせる事が喜びなんだって…。ルナは暴力的な事が嫌いで魔法も使わないけど、闇属性は誰かを守る事に使うんだって教えてくれたの。だから闇属性を使う事を怖がるなって」
「僕も父上に聞いたよ。光属性と闇属性は元は一つの光だったって」
ルナは、アーサーを見て微笑んだ。
「パパは、陛下の為に今も何処かで頑張ってるのよね。それがパパの喜び。
だけど、やっぱり心配よね?新聞記事は不安になる事しか書いてないんだもの」
「そうだね。けど新聞記事の全てが真実とは限らないよ?父上が、闇属性は闇で最強だって言ってた。リオ叔父さんは、きっと無事だよ。
魔物の事件の時も、めちゃくちゃ強かったろ?」
アーサーは、必死でルナを元気付けようと言葉を選んだ。そんなアーサーにルナは「ありがと」と微笑んだ。
「ねぇ~。アーサー。
ダグラス家の、パパの血を受け継いだのは私だけ。
パパに、もしもの時があったら…闇属性を持つのは私だけになる。
闇属性が光属性の為にあるなら、王家の為に私は何が出来るのかな?パパみたいに私は強くない…」
「ルナが、そんな心配しなくて良いんだ。
僕が、ルナにそんな事を頼む事は無い。僕は…
僕は、ルナを守りたいから!
ルナに守ってもらわなくても、僕は大丈夫だ。
だから…そんな顔しないでくれ…」
「アーサー?」
キョトンとするルナ。
「俺は…
俺はルナが好きだ!
だから守るよ!ルナがリオ叔父さんと同じ事をしなくても大丈夫な様に。
僕が強くなるから!」
驚くルナの顔を見て、アーサーは勢い余って口走った言葉が急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そんなアーサーを見て、ルナは可愛く見えてしまう。
ルナは席を立つと、アーサーの座る横へと移動し、しゃがみ込みアーサーの顔を覗き込む。
「アーサー。有難う。私も好きよ」
そう言って笑った。
それは、アーサーがルナに向ける好きとは違うのだろうと思わせる言葉だった。
「笑うなよっ!」
「ごめんっ。なんか可愛くて」
完全に、弟扱いされてると思うアーサーは、少し腹が立った。
自分を見上げながら笑うルナの唇を奪っていた。
固まるルナに、御構い無しにアーサーは舌を絡ませた。
自分の気持ちを一方的に押し付けたのだ。
唇を離すと、ルナは呆然としていて何も言わなかった。
「ごめん…だけど、俺は本気だから」
真剣な顔で、そう伝えたアーサーに、ルナは「うん…」としか言わなかった。混乱していたのだ。
その後、二人は無言のまま別れた。
アーサーは、衝動的な言動を後悔していた。
このまま嫌われたらどうしようかと思い悩む事になる。
ルナは、突然の告白とキスに動揺し父親の事も忘れる位に、アーサーの事を考える様になった。
ルナにとって、物心付いた頃から共に過ごす事が多かった幼馴染の様な存在のアーサー。
一緒に過ごす事が自然で、少し離れた期間も気にならない位に自然体で過ごせる相手だった。
男女として考えた事も無いアーサーからの想いを知り、初めてアーサーを男として意識したのだ。
ファーストキスの感触が唇に残り、アーサーが頭から離れなくなった。それが恋なのか分からない。
ただ、アーサーを思い浮かべれば胸がドキドキとする様になったのだった。
二人の、関係は曖昧なまま時は流れて行った。
そして、それから一ヶ月経過しても、リオベルトの行方は誰にも分からなかった。
奈落の底は、相変わらず普通の酒場になっていた。
闇ギルドの仕事が滞り、少しだけ夜の街が物騒になりつつあった。
危機感を感じたエルロンドが、闇ギルドを再開させた。エルロンドも善人と言う訳でも無い、汚れ仕事はお手の物だった。
ただ、体力的にキツイと言うだけだ。
闇ギルドの依頼を受ける奴等に知恵を使い指示を出した。最悪の場合だけ自ら動いた。
流石、元ミシェーレ公爵なだけはある。水と風の魔法を使い分け駆使する。若い頃は魔物討伐にも駆り出されてただけはあるのだ。
なんだかんだと、ミリティアと共に奈落の底を切り盛りするのだった。
そんな二人も、リオベルトの帰りを待っていた。
「今日も帰って来なかったねぇ〜っ。淋しいな…」
「アヤツの事だ、忘れた頃に戻ってくる。何事も無かった様にな」
「だよねぇ〜。ジグルドが居ないと静かだけど淋しいよ。ガミガミ怒られるのが恋しいな…
ねぇ~、エル〜?エルってまだ元気なの?店が終わった慰めてくれる?」
「お望みなら頑張ってやるぞ?」
オベリオ王国は、今日も平和だった。
けれど、リオベルトを知る者達の多くが寂しさを覚えていた。誰もが彼の帰りを待っていたのだった。




