第二章 13 地下迷宮の怪物
夜の奈落の底は、今日も賑やかだった。
常連が酒を飲みながら騒いでいる。ミリティア目当ての客ばかりだ。
最近では、騎士団の奴等も仕事の後の一杯を飲みに来る事が増えていた。
リオベルトは、朝のアーサーとの再会で少し気分がスッキリしていた。アーサーに過去の話をした事で、自分の想いを最確認出来たからだ。
リオベルトは、ウィリアムもアリスも好きだ。
けれど、それは素直に友として、同志としてみたいな気持ちだった。
アリスへの歪んだ愛は、今じゃ良い思い出で、心配する兄の様な気持ちだった。
たまに、新聞記事に載る二人の姿を写真で見ても微笑ましく思うだけで、苦しみや切なさみたいな感情はもう無い。
やはり、憧れでしか無かったのだろう。
入れ替わり立ち代わりと客が出入りする中で、アーサーと共に来た護衛が現れた。
男は手紙を「陛下からです」と言って手渡すと直ぐに帰って行った。
リオベルトは笑みを浮かべると、二階の部屋へと消えて行った。
今日は、アーサーが世話になった。
まさか、一人で君に会いに行くとは思わなかったよ。
僕も会いたいのに、息子に先を越されるとはね。
これからも何かあったら宜しく頼むよ。
君の助言の方がアーサーの役に立つと思うからね。
今日は、本当に有難う。
「アイツ、俺の事ほんと大好きだよな」
そう呟くと、リオベルトは笑った。
引き出しを開けると、ウィリアムからの手紙だけが入っている。その中に、また一通、増えていく。
リオベルトにとって、捨てられない宝物のようだった。
再び一階へと戻ると、騎士達の話が耳に入ってくる。
「迷宮に怪物が居るらしいな」
「調査隊が、大怪我したらしい。陛下が自ら怪我人の癒しをしたらしい」
「迷宮の深淵部は、とりあえず立ち入り禁止になったんだろ?結界を張ったとか」
リオベルトは、麦酒を三杯用意すると騎士達が居るテーブルへと向う。
「サービスだ。その話を詳しく聞かせてくれ」
そう言ってテーブルに麦酒を置いた。
騎士達から詳しい話を聞いたリオベルトは一度、迷宮へ偵察に行こうと思うのだった。
その頃、アカデミーの魔法の授業では実戦が一時中断になっていた。安全性が保証出来ない為だ。
ウィリアムが直接、迷宮の中に入ると言い張ったが国王自ら入るのは危険だと止められ、結界を張る事で様子を見る事になったのだ。
ウィリアムとアリスは、対策を考えていた。
国王になった為に自由に動き回れないのは痛かった。
光属性は王家だけの特別な力だ。
癒やしや浄化が出来るが、今や一箇所に集めた穢を全て浄化するのは、幾らウィリアムでも限度があった。
迷宮を一度に浄化する程の魔力量は無い。
無理に強行して、ウィリアムの身に何かあったら、それこそ大問題だったのだ。
魔導具に神聖力を込め、それを配置し怪物が出て来れないように結界を張る事は苦肉の策だった。
しかし、それが逆に悪く作用してしまった。
迷宮の入り口から外に徐々に穢が漏れ出していたのだ。それは微妙に徐々に入り口付近の地上を穢して行く。
魔物が発生しない程度に広がっていた。
その為に、穢が目に見えない人間に、異変は直ぐには気付けなかったのだ。
数日後、リオベルトが、ポータルを使いアカデミー近くに現れた。そこから迷宮へ向うつもりでだ。
アカデミー敷地から大きな森を抜けると迷宮がある山が聳え立っていた。
その、山や森を見つめてリオベルトが呟く。
「ヤバいな…精霊の光の粒が一つも見えない…」
迷宮に入るつもりで、万全の装備でやって来たが、一人で乗り込むのは危険な気がすると思った。
「まぁ〜危険だったら引き返せばいいか」
そう言うと森に向かって歩みを進めた。その時だった。
「キャ〜〜〜っ!」
アカデミー敷地内から悲鳴が響いてきた。
リオベルトは振り返りアカデミーへと駆け出した。
胸騒ぎがして必死で走った。塀を軽々と越えていく、辿り着いた先には魔物が数匹。
怯える生徒達が数人見えた。
リオベルトは、迷わず剣を抜き魔物を華麗に倒して行く。呆然とする生徒達にリオベルトは怒鳴った。
「シッカリしろ!至急、教師の所に行って事情を説明しろ!全員、退避だ!ココは安全とは言えないからなっ」
生徒達は慌てて校舎へと駆けて行った。
リオベルトは、他にも魔物が居ないか警戒しながら歩き出した。
一匹、また一匹と魔物の姿を捉えると、リオベルトは容赦無く斬りつけて行く。
「チッ!身体が思ったより訛ってるなっ」
端から見たら、その動きは余裕そのものだが、リオベルト本人には本調子では無かった様だ。
平和ボケしてたなとリオベルトは一人で苦笑いしてしまうのだ。
アカデミー内が慌ただしくなっていく。
避難する生徒達。生徒達を誘導する教師達。
色んな声が飛び交っていた。
魔物達も徐々に数を増やしていく様だった。
穢が限界点に達したのだろう。
リオベルトは、生徒達が避難するルートを重点的に守った。
「さっさと行け!魔力量が少ない者から先に逃がせ!チッ、次から次とっ雑魚はシツコイっ!
おいっ!教師共、戦闘が出来る奴は手伝え!切りが無いっ」
魔物を斬りつけながら、リオベルトは叫ぶ。
魔物討伐は久しぶり過ぎて、自分の体力がいつまで持つか分からなかった。
教師達が加勢した頃に、リオベルトはポータル迄の区間に盾となる魔法の膜を張り巡らせた。
生徒達が安全にポータルを抜けれる様にサポートしたのだ。
「パパっ!」
その時だった。ルナの声が聞こえた。
リオベルトは、振り向きルナを視界に捉える。
ルナはアーサーと一緒だった様だ。
良く見れば、遠くの方にレイも見えた。
「オマエ達は危ないから、さっさと逃げろ!
ルナはポータルで王都に出たら直ぐにマリの所に行けっ」
魔物がウジャウジャと姿を現して行く。
切りが無いと、リオベルトの顔が歪んだ。
子供達を無事に王都へ逃さないととリオベルトはひたすらに剣を振った。
「キャッ」
ルナの悲鳴に、リオベルトは振り返る。
リオベルトが張った膜が破られたのだ。
ルナの元へ駆け出したが、間に合いそうに無い。
リオベルトの心臓の鼓動が早くなる。
目の前で娘が魔物に喰われる。そう頭を過ぎるのは耐え難かった。
ルナはデザイナーになるのが夢だ。魔法の素質があるが暴力的な事は嫌いだった。何かを壊す事に魔法を使った事が無い。
ルナの危険に、一早く対応したのはアーサーだった。
倒れたルナを守る様に抱き締めると、光が辺りを照らし魔物を払い除けた。
アーサーは、ルナの足に魔物の爪痕を確認すると顔が歪む。ルナの痛そうな顔を見て慌てて優しくルナの足に触れ癒した。
そして、アーサーの顔に再び怒りが滲んだ。
アーサーは、ルナを立ち上がらせると駆け付けたリオベルトに預ける。そして魔物達を睨んだ。
「鎮まれ!魔物ども!」
アーサーは魔物達に向かって手を振り翳す。すると目が眩む程の光が四方に散る。
リオベルトは、呆然とその光景を見ていた。
アーサーから放たれた光は、魔物を一瞬で消滅させた。そしてアカデミーの敷地内には留まらず迷宮周辺の土地をまとめて浄化したのだ。
当に神業だった。
光が消え去ると、アーサーはその場に倒れた。
リオベルトが駆け寄る。息はしている。魔力切れの様だった。
もしかすると、数日間は起きないかもなとリオベルトは思った。
騒ぎを聞き付けた様でポータルから騎士団が現れた。
リオベルトは、事情を説明しアーサーを引き渡した。
ルナは無事だ。怪我もアーサーの御蔭で綺麗に治っていた。
「ルナ。安全が確認されるまで家に戻れ。
それと、自分の身を護る為に少しは魔法も学べ。それに大切な人が出来たら護りたいだろ?」
「うん…。分かった」
リオベルトは、ルナの頭を撫で優しく抱き締めるとポータル迄、見送った。
そして、騎士団と共に迷宮へと足を踏み入れた。
迷宮の中も綺麗なものだった。
ただ深淵部の結界の向こうは闇が広がっていた。
闇の向こうにドデカイ物体が確認出来た。
「随分と闇を蓄えたな…
城に帰って陛下に伝えろ。リオベルトが今晩、最上階の入口で待つと」
騎士団長は「承った」と言うと団員を引き連れて帰って行った。
その夜、リオベルトは姿を消し城に足を踏み入れていた。通り慣れた通路を堂々と歩く。
真っ直ぐに最上階へと足を進め辿り着くと既にウィリアムの姿があった。
「待たせたか?」
「姿を消したまま話すつもりかい?」
ウィリアムの指摘で、リオベルトは姿を現した。
「久しぶりだな」
「会えて嬉しいよ。さっ中に入ろう」
ウィリアムの後に続いて部屋に入る。
「ココは変わらないな」
「まぁ〜ね、誰かさんが消える前に居た部屋だからね…自分への戒めかな?ココを変えるつもりは無いよ」
「相変わらず真面目だな」
リオベルトが笑うと、ウィリアムも笑った。
ウィリアムは、リオベルトをソファーに座らせるとテーブルにグラスを置き、ワインを開けた。
「久しぶりに付き合ってくれるだろ?」
「遠慮無く頂くよ。高い酒は久しぶりだからな」
ウィリアムは、微笑むとグラスにワインを注いだ。
リオベルトは、グラスを手に取ると口を付けた。
ウィリアムは、リオベルトの隣に腰を下ろすとワインを一気に飲み干し語り出した。
「あれから何年だ?長いようで短い気もする…
君が居ない日々は、何とも言えない気分だったよ。
今回も君に助けられた様だ。いつだって僕は、君に支えられてるね。なのに君は、助けてるつもりは無いとか言うんだろ?
君がもっと悪い奴なら良かったのに…
憎たらしいライバルなら良かったよ」
「まだ根に持ってんのか?
アリスが俺を心配するのは、愛なんかじゃないよ。
アイツは、根が善の塊だ。オマエと一緒だな。
闇を好む俺が哀れに思うんだろうな…
俺を救えなかったと後悔してるんだ。それは愛とは違うだろ?
それが、俺には苦しかったんだ。
一時は、アリスが唯一の俺の光だと思った事もある。だけど、それは憧れの様なもんだ。ウィリアム、オマエに俺が嫉妬したのも自分には無い光への憧れが歪んだだけだ。ガキだったんだよ。
俺は、闇の中が心地良い。
悪の中にも愛はある。善には分かり得ない愛だ。
絶対的な悪も存在するが、悪に見えた善もある。
アリスに伝えろ。
俺を哀れむのは、オマエの傲慢だってなっ。
オマエに救われ無くても、俺を救ってくれる奴は居る。オマエが救う相手はウィリアムとアーサーだってな」
「僕から言わせるのか?
君は、またアリスから逃げるのかい?」
リオベルトは大きな溜息を吐く。
「アイツに泣かれるのは嫌いだ。
泣かせる事しか出来ないからな。俺はアイツの中で最低な男で居たほうが良いんだよ」
「それこそ、傲慢だ。
最低な男は、何かあると直ぐに助けたりはしないからね。だから君がムカつくんだ。
ずっと君には勝てないと思わされてムカつく。
なのに、憎めない。ほんと悪い男だよ」
今度は、ウィリアムが溜息を吐いた。
「アハハハハ。オマエさ、俺の事が大好きだろ?」
リオベルトは冗談を言えば、ウィリアムは綺麗に微笑む。
「そうだね。僕は君が大好きだ」
「気持ち悪い言い方すんなっ!気色悪いっ」
「ハハハ。素直じゃないなぁ〜。君も僕の事、大好きだろ?」
そんな事を言い合い、二人はじゃれ合う。
心を許した友との交流は、親密な様で時に突き放す様な不思議な関係性だった。
ウィリアムは、リオベルトの妖しい魅力に惹かれ。
リオベルトは、ウィリアムの誠実な魅力に惹かれていた。
「君との時間はアリスにも秘密にしたいと思ってるんだ…君と僕との秘密の関係。なんか良いだろ?
僕は、君も世界から消えてしまう事が怖いんだ。アリスやアーサーと同じ様に、君を大切に思ってるんだ。
なんだろうね?この気持ちは…
きっと、愛なんだろうね。傍に居られなくても顔が見れなくても、君の存在を感じて心が満たされる。
君が居て僕が完成するみたいな不思議な気持ちだ。きっと、君は僕の片割れなんだ」
「また、恥ずかしくも無くクサい台詞吐きやがって…キモいんだよっ」
リオベルトは、悪態を付きながらウィリアムを見た。
暫く二人は無言で見つめ合う。どちらからとも無く唇を重ねると、離れた。
「秘め事が一つ増えたね」
「血迷っただけだよっ!」
何事も無かった様に、二人はアーサーの話をした。
アーサーの潜在能力は、二人の予想を遥かに超えていた。
目の前で見せ付けられたリオベルトは、神業でしかないとウィリアムへ言った。
あの力は、今回の敵が魔物だったから良かったが、もしも人間だったらと思うと想像しただけで怖くなった。
二人は改めて、アリスの苦悩を知る事になる。
永い年月を越えて、輪廻転生をし強大な力を制御してきた。吉と出るか凶と出るか…
大いなる神の力は、扱い次第で天国にも地獄にもなる。人間には扱い切れない代物なのかも知れない。
光と闇に分かれてしまった力は、元に戻すのが正解か?分かれた方が正解か?
二人にも分からなかった。
「僕はさ、思うんだ。光と闇。僕と君だ。
敵対すれば最悪な争いを招くけど、手を取り合えば愛になる。人間にとっては、分かれた事が正解だったんじゃないかな?
光と闇が分かり合えた時、その愛は愛の為に働く」
「いちいち、クサいんだよオマエはっ」
ウィリアムは、クスクスと笑うと言った。
「素直に言いなよ。
僕を愛してるって。その辺の安い恋愛とは違う。
本物の愛だ。また会えなくなるんだ。
今くらい素直になれば?」
リオベルトは、ウィリアムの頬に掌を添えると呆れる顔をした。
「まったく、少しは黙れ。
次から次へと愛を囁く男だなオマエは。
心が籠もってるのか怪しいもんだっ。
俺は、たまにしか言わねぇからな。有り難く受け止めろ」
そう言うとウィリアムにキスを落とした。
「オマエの片割れが俺で良かったな…愛してるよ…」
唇を離し、妖艶な笑みを浮かべたリオベルトがウィリアムに、そう囁いた。
身体を重ねる事は無かった。欲望とは違っていた。
身体の快楽を求めて居る訳でも無かった。
ただ、温かくて、心が満たされていた。
恋愛とは違う。
お互いが求め合うとも違う。
ただ、目の前に居る存在が存在しているだけで良かった。
離れる事も、寂しさとは無縁だった。
この世界を共に生きてるだけで満たされて居るような不思議な感覚だった。
「じゃ〜なっ
あの怪物だけならオマエが一人で浄化出来んだろ?
後で、俺の手の者がギルド申請しに来るから受理してくれ。迷宮の魔物討伐を仕事にするギルドだ。
少しは騎士団の負担も減る、それに職業も増やせるだろ?少しギルドに予算を回してくれたら助かる。
慈善活動なんて柄じゃねぇからな」
「なら、迷宮内にある魔石の利益を回すよ。
色々と考えてくれてたんだね。有難う」
「オマエの為じゃねぇ~よ。
アカデミーに通う娘の為だ。迷宮の改善しなきゃ娘の命に関わるだろうがっ」
ウィリアムがクスクスと笑う。そんな笑顔を見てリオベルトは微笑むと「またな」と言って姿を消した。
ウィリアムは、「またな、か…」と口にして微笑んだ。
また会ってくれるのかと思ったからだった。




