第二章 12 アーサーの恋
ある日の王立アカデミー。
色んな年齢の色んな身分の者が通うアカデミーは、今日も賑やかだった。
アーサーは、いつもの様に城から馬車で通っていた。
魔法や剣術等は、幼い頃から城で習っていたアーサーは、アカデミーでは専門的に学ぶと言うよりは、全てのコースを満遍なくカリキュラムに組む込み、一通りの知識を入れる事にしていた。
その過程の中で、久しぶりにルナと再会する事になった。
成長したルナは、艶のある長い黒髪と濃いブールの瞳の中性的な美しい容姿がより引き立ち、平民だと言うのに気品溢れていて皆の目を惹きつけた。
愛想を振りまくタイプでもない。近寄り難い雰囲気だから少し微笑むと皆が見惚れてしまうくらい美しく成長していた。
父親のリオベルトに似たからか、中性的な美しさは男女問わず惹きつけ、女子にも隠れたファンがいた。
アカデミーでも、群れる事なく真面目にデザインや裁縫を学んでいて、女子特有のキャピキャピ感はない。
そんなルナに、アーサーは幼い頃の恋心が再熱してしまう。
アーサーは、女子に人気な王子様だ。
平民の女からは憧れられ、貴族令嬢から狙われて居るのもあり、媚びてくる女は多い。着飾る女の中には、綺麗な者も多く女の子らしい可愛らしい女も沢山いる。
しかし、好きな事に打ち込んでいるルナに見惚れてしまうのだ。
幼い頃に、城で良く遊んでた頃も皆に合わせる訳でも無く、好きなお絵描きに読書などしていたルナ。
真剣に絵を描いたり、本を読んでる横顔を見てるのが好きだった事をアーサーは思い出す。
アーサーが、ルナと同じ授業に出ると昔と変わらず一生懸命に学ぶルナの横顔に、アーサーは胸がドキンと高鳴るのが分かった。
この気持ちが恋だと、今の歳になれば分かる。
アーサーは、スケジュールを変更しルナと同じ授業を増やしていた。少しでも長くルナの横顔を見ていたかったからだ。
「あら?今日もデザインの授業を選択してたの?」
「まぁ〜ね。今日のランチも一緒に食べてくれる?」
「別に良いけど、他の女の子達がアーサーと食べたいんじゃないの?」
「あの子達とじゃ、僕がゆっくり出来ないだろ?」
「まぁ〜そうよね…王子様も大変ね」
ルナは、控えめにクスクスと笑う。
クールな顔が微笑むと急に可愛らしくなる。
アーサーは、その笑顔にドキドキしてしまうのだ。
ルナの顔に見惚れてると、ルナと目が合った。
「どうしたの?顔が少し赤いよ。熱でもある?」
そう言うと、ルナはアーサーの額に掌を乗せた。
「熱は無いみたいね…。けど、王太子なんだから無理して悪化したら大変だもん。今日は早目に寝た方が良いわよ?」
ルナからしてみたら、アーサーは一つ年下で弟みたいに思われてると思うと、アーサーは少し哀しくなった。
お昼になり、アカデミーの敷地内にある中庭のベンチで、アーサーは付き人が持って来たランチボックスを開いた。
隣のルナは、自分で作ってきたサンドイッチを鞄から出した。
「いつも自分で作ってくるよね?アカデミー内の売店とか食堂は無料なのに」
「まぁ〜そうなんだけどね。寮での食材も無料だから実質は無料よ?ただ、今のうちから自分の事は自分でやる事を覚えたいの。
卒業したら、ママの負担も減らしたいしね」
「ルナは偉いね。明日は僕のも作ってきてよ。
僕もルナの手作りの料理が食べたいな」
ルナは微笑んで「不味いかもよ」と言った。
ルナとの時間は、アーサーにとっては癒しだった。
何気無い会話は、尽きることがなくて平民となったルナが過ごした、アーサーの知らない日々の話を聞くのは樂しかった。
アーサーには、経験出来ない生活なのは分かってたが、楽しそうに語るルナを見てると、そんな生活も幸せそうだなと思うのだった。
授業が終わり、城へと帰る。
そろそろ社交界デビューの為に貴族達の顔や名前を全て把握しなさいと言われていたアーサーは、部屋に戻ると貴族名鑑を開いた。
最新の貴族名鑑には、ダグラス公爵家の名は無い。
アーサーは、ルナの家の事は詳しく知らない。
聞くと、両親が哀しい顔をするから聞けなかった。
きっと、哀しい真実があるのだとアーサーは察していた。
ルナが楽しそうに平民の暮らしを話してくれたから、アーサーは少し安心したのだ。
アーサーは、貴族名鑑を眺めながら、ルナの話しをしたら母上はどう思うのだろうかと考えていた。
血の繋がらないルナを昔は可愛がってたと言う記憶があるから、ルナが元気な事を話せば喜ぶのかなと思う。
少しづつ大人に近付けば、親達の複雑な関係が分かってくる。姉とは本当は血の繋がりも無い。
幼い頃は分かっていても理解出来て居なかったが、今になれば理解してくる。
大人達は、それぞれの事情で複雑な関係を維持して、正す為に何かを変えて、その結果がダグラス公爵家が無くなる事になったのだろうと推測していた。
アーサーは、思っていた。
王太子として、いつか王になる者として両親が話さない真相を知らなくてはいけないと思った。
ダグラス公爵家の事を知りたいと思ったのだった。
アーサーは、ルナに頼む事にした。
リオベルト叔父さんに会わせてくれと。
数日後、昼のランチでルナに話した。
「ルナの父親に会いたいんだ。
親に知られたくないから、授業をサボって連れてって欲しいんだけど…駄目かな?」
「パパに会いたいなんて、なんで?」
「聞きたい事があるんだ。王太子として」
「そっか…パパの居場所はママから話は聞いてるんだけど…私も行った事ないのよ。酒場みたいで、子供は連れていけないって言われたの。でも場所は知ってるわ」
「酒場か…。昼間なら一通りも無いし安全だよね?
馬車の御者なら、頼めば秘密にしてくれると思うんだ」
ルナは、少し悩むと笑顔で「分かったわ」と言った。
そして、明日の朝にアカデミーの門で待ち合わせして、ルナを乗せて街に行く事を決めた。
次の日、アーサーは鞄の中にフード付きのマントを詰め込んで城を出た。
御者に、今日は街に御忍びで行きたいからと秘密にしてと頼むと驚いて居たが、街に出る時は自分が護衛をすると言う条件を出され了承した。
アカデミーに通う時の馬車は、安全を考慮して王家の馬車と分からない様に普通の馬車だ。御者も護衛を兼ねていた。
アカデミーの門で、ルナを乗せると街に引き返した。
ポータルで直ぐに街に着くと、ルナの案内で王都の隅にある路地裏の手前で馬車を停めた。
アーサーは、マントをかぶると馬車を降りた。
護衛を伴い路地裏の通りを歩く。
初めて歩く路地裏の雰囲気に圧倒されてしまう。
独特な雰囲気で、昼だと言うのに薄暗かった。
ルナも初めて通る様で不安な顔をしていた。
一緒に歩く護衛が睨みを利かせているからか、娼館の周りに彷徨く客もボーイも避けて行った。
一番奥の店の前まで辿り着くとルナが言った。
「この店だと思う。」
アーサーが店を見上げると『奈落の底』と書いてあった。店の名前だろう。
護衛が店のドアを開けてくれた。
「朝からなんの用だよ?これから寝ようと思ったのによっ」
不機嫌な声が聞こえた。
するとルナが店の中に入った。
「パパっ急に来てゴメン」
「急に、どうした!オマエ、アカデミーは?
寮に入ったよな?」
護衛を伴ってアーサーも中に入った。
キョロキョロと店の中を見渡しているとリオベルトがアーサーに気付いて驚く顔を向けた。
そして、リオベルトはアーサーの前で跪くとアーサーを見上げた。
「殿下。ここは殿下が来る場所ではありませんよ」
アーサーは、他人行儀なリオベルトに哀しい表現を見せた。
「リオ叔父さん…聞きたい事があるんだ…」
リオベルトは、小さい溜息を吐いて立ち上がると護衛に向かって言った。
「悪いが、殿下と二人で話すからルナをアカデミーまで送ってくれるか?その後は馬車で待機しててくれ。殿下の安全は俺が保証するから」
「ルナ。悪いな久しぶりだけど、また長期休みにでも会おう」
「分かったわ。アーサーを宜しくね」
ルナと護衛が立ち去ると、リオベルトはドアに鍵を掛けた。
アーサーを椅子に座らせると自分も席についた。
「何が聞きたいんだ?」
「ダグラス公爵家の事だよ。何があって無くなったのか、母上と何があったの?親達が、複雑なのは分かってる。もう理解もしてる…
きっと、僕は知らなきゃいけないと思う。王太子として」
「なんで、親に聞かないで俺のとこに来た?」
「哀しい顔をするから…
ルナが居なくなって、なんで?って聞いたんだ。
その時の顔が哀しい表現で、それ以上聞いちゃいけないと思ったんだ」
リオベルトは、少し黙った。
アーサーは、不安気にリオベルトの様子を伺った。
「そんなに早く大人にならなくて良いんだぞ。
ウィリアムは、まだまだ現役で国王でいるよ。オマエはゆっくり大人になればいい」
「でも、僕はちゃんと知りたい。
なんでリオ叔父さんが平民になったのか。
僕のせいなの?」
アーサーの不安気な顔を見て、リオベルトは優しく微笑むとアーサーの頭を撫でた。
「オマエのせいな訳あるかよ。
俺は俺の意志で、ココに居るんだ。
それに、オマエは両親が愛し合って生まれた子だよ。
望まれて生まれてきた。
オマエは、皆の希望の光なんだ。」
「希望の光?」
良く意味が分からなかった。
アーサーは、リオベルトの次の言葉を待った。
「そうだ。希望の光だ。
オマエが幸せになる事が両親の望みだ。
ダグラス公爵家は、闇深い家だった。
ウィリアムの築く国に必要なかったんだ。
俺も、そんな家が嫌でね。だから俺が終わらせた。
それだけだよ。
アリスとの結婚は幼い頃から決められた事だ。
古い風習の政略結婚ってやつだ。昔は、そうやって勝手に決められた結婚を皆がしてたんだ。
それが大人の複雑な関係になった。
だから、オマエが気にする事じゃない。
確かに、王太子として生きるオマエは、綺麗な世界だけ見ていられない事もある。オマエの父親も、苦悩しながら大人になったんだ。
時には絶望したりするかも知れない。
でも、それを乗り越えて生きながら大人になる。
大人も、皆が胸の内では藻掻く事もある。
ウィリアムにはアリスが居るように、オマエも大切な人を見付けろ。
良い所も悪い所も全てを共有して支え支えられる大切な人がいれば人は強くなれる。
大事なモノが有れば、何が何でも守ろうと思うだろ?」
アーサーは頷いた。
「父上と母上が、哀しい顔をしたのは、リオ叔父さんが居なくなったからだね。寂しかったんだね…。
どうして、リオ叔父さんは父上や母上に会わないの?」
リオベルトは苦笑いして答えた。
「馬鹿な男のプライドってやつかな?」
アーサーには良く分からなかった。
「プライド?」
「俺はアリスに憧れてたんだ。
憧れと愛を混同して、結局はアリスを哀しませた。
ウィリアムにも苦悩させたかもな。
アーサー。恋愛と言うやつは複雑極まり無い。
いつか、オマエも恋をしたら分かる。誰かを愛する事で身分や関係性、ライバルとかな、複雑に絡み合うと誰でも思い悩んだりするんだ。
理屈や理性も壊す程に、厄介なんだ。
それがオマエの知りたかった事情だよ。
俺は結局は逃げたんだ。最低な奴でね。
今更、顔を合わせられねぇの。
怒られるかもだしな。
まぁ〜今日の事はオマエも親に言えないんだろ?
だから二人だけの秘密だ」
「もしも、僕が平民に恋をしたら、やっぱり結婚は難しいよね?それでも諦められなかったら苦悩するんだろうね」
「なんだ?平民に恋したのか?」
アーサーは、少し顔を赤くさせて否定する。
「例えばの話だよ!」
リオベルトはニヤニヤしながら助言した。
「例えばね…
もしも、平民と恋に落ちたら。
オマエは、それを諦めるな。本当に愛する女と結ばれるんだ。国の為に自分を犠牲にするな。
いいか、自分を犠牲にしてまで国の為にと頑張ったとする。国民の誰かが文句を言ったとしたらオマエはどう思う?」
「多分、とても腹が立つ」
「そうだ。こんなに頑張ってるのに、それが分からない民が悪いと思うだろうな。
心にゆとりが無いからな。
自分を犠牲に、すればするほど、自分の中に闇が生まれる。何かのキッカケに、その闇が外に出た時に、人は怒りや憎しみの感情に呑まれる。
王太子として、王となる者として一番大切なのは自分を満たす事だ。
満たされて初めて民の為に出来ることを考えるんだ。
大きな心と大きな器がなきゃ王は務まらない。
確かに、良い民ばかりじゃない。
時には国の為に無情な決断も必要になる。
だからこそ、満たせ。
闇の感情に呑み込まれない為にな」
アーサーは笑顔で「はいっ」と答えた。
アーサーにとって、リオベルトと話せた事はとても良い学びになった。
リオベルトは、他の大人と違い綺麗事ばかりは言わない。ハッキリと嫌な事がある事も良い民ばかりじゃない事も教えてくれる。その上で、綺麗事を描けと言うのだ。
帰り際に、アーサーは言った。
「また来ていい?」
「ココは駄目だ。もしも会いたくなったら護衛に伝言を頼め、俺から会いに行くよ」
馬車まで送ってくれたリオベルトに手を振るとアーサーは帰って行った。
「まったく、ウィリアムに益々、似てきたな。
いや、考えなしなのはアリスに似たか…」
馬車の中で、アーサーはリオベルトの言葉を思い返していた。
「愛する人とか…」
そう呟きながら、アーサーの頭の中にはルナの顔が浮かんだ。
そして、ルナと結婚したらリオベルトと義理の親子になるのかと思い、少し嬉しくなった。
ルナは、自分をどう思っているのかと気にするのだった。
城に帰って、アーサーが城に入るのを見届けた護衛は、馬車を移動させると、その足でウィリアムの元に向かった。
執務室に入ると、アリスに聞こえない様にウィリアムの耳元で報告がある旨を伝える。
ウィリアムは「少し席を外すね」とアリスに伝えると、部屋を出て最上階へと向う。
今日の出来事を全て報告されたウィリアムは護衛に伝える。
「これからも、アーサーの好きにさせてくれ。
リオベルトに会いたければ会わせて良い。その都度、報告してくれ。
今から手紙を書く。悪いがリオベルトに届けてくれるか?」
そう言うと、ウィリアムは手紙を書き護衛に預けた。
護衛が出て行くと、ウィリアムは大きなガラス窓の外を見下ろし呟いた。
「リオベルトは人気者だね…」




