第二章 9 ある日のミシェーレ家
「最近、リオベルトの店に入り浸ってるらしいな」
エルロンドからの指摘に、レオンはドキリとした。
「…何故知ってるのですか?」
「ミシェーレ家は商会を持ってるんだ。当たり前だろ」
御尤もだった。
城で財務管理をする一方で、架空名義の商会を持っているのがミシェーレ家だ。
各家の金遣いで経済状況を見極め、不正が無いか等も把握しているのだ。
金の流れを流通で操作することもある。
その為に、あちこちミシェーレ家の手の者がちらばって居るのだ。
「入り浸ってると言う程でも無いですよ」
「似たようなもんだろ?」
その話を食事をしながら聞いていたレイが話に入る。
「父上。リオベルト叔父さんに会ってんの?俺も会いたい!連れてってよ」
「子供が行く場所じゃ無い」
「え〜、じゃ〜連れてきてよ」
レイはリオベルトが大好きだった。
モテテクを伝授されてから懐いて居るのだ。
「どうせ、また碌でもない事を教わるなら駄目だ」
「何でだよ?凄く役立つのに!父上のケチっ」
レイは外では紳士的だが、家の中では口が悪い。
レオンは溜息を吐いた。
「家の中でも紳士的にいなさいっ」
「だって、リオベルト叔父さんは家では良いって言ってたもん」
「リオベルトの真似するなっ。
なんとか言って下さいよ、父上」
エルロンドに助け舟を求めたが、レイの加勢をされる。
「良いじゃないか?外では紳士的なんだからな。
少しくらいヤンチャの方が見所がある。リオベルトを呼んでやれば良いだろ?私も久しぶりに会いたいからな」
「父上まで…いい加減にして下さいよ?」
「オマエよりリオベルトの方が勉強になるだろう。
モテる男だからな〜。それに比べてオマエは再婚相手さえ居ないのか?」
「だよね~。父上はモテないよね。口煩いし」
レオンのストレスの原因は、この二人だった。
レオンは食事も早々に席を立った。
「出掛けて来ます」
「ズル〜い!リオベルト叔父さんの所なんでしょ?
ズルいズルいズルいズルいズルいズルいっ」
「あ〜煩いっ!子供は早く寝なさい!」
レオンは逃げるように馬車に乗り込むと、奈落の底に向うのだった。
店に入れば、馴染みの顔が並ぶ。
「また来たの〜?」
「来ちゃ悪いか?金を落とす良客だろ?」
「ヤダ〜機嫌悪いの〜?被害妄想凄すぎっ」
ミリティアが、他の客の方へと退散する。
「どうした?虫の居処が悪いのか?」
「お前のせいだっ」
「はっ?何もしてないだろ?」
レオンはリオベルトに、家での出来事を話して聞かせた。
リオベルトは大笑いだ。
「笑い事じゃないっ。父上もレイも俺を馬鹿にして」
「溜まってんのか?女でも抱いてこい。
最近、そこの店に良い女が入ったって聞いてるぞ?」
「そう言う事じゃないだろ?」
リオベルトは呆れた顔で、レオンを諭した。
「オマエさ。真面目過ぎなんだよ。
もう妻も死んで独り身なんだ。女の一人や二人居てもいいだろ?別に結婚しなくてもさ愛人でも作れば?
今のミシェーレ家は男ばっかりだからギスギスするんだ。女が入れば少し違うんじゃねぇか?
レイも、あれは昔からモテたいしかねぇ~し
綺麗な女でも家に連れ込めば、レイも大人しくなるだろ?」
「そう言う問題なのか?」
レオンは、真面目に悩んでるのが馬鹿らしくなりそうだった。リオベルトに酒を勧められ強めの酒を飲み干す。確かに、もう何年も女を抱いて居なかった。
仕事ばかりで、男として使い物になるかさえ分からなかった。
「女って面倒じゃないか?」
レオンの言葉に、ジグルドが答えた。
「じゃ〜男は?俺が抱いてあげようか?」
「馬鹿っ!辞めろよ?レオンは真面目なんだから」
リオベルトが止めに入る。
レオンは溜息を吐くとリオベルトを見た。
「オマエが羨ましいよ。女でも男でも構わず抱いて、毎日の様に酒飲んで…」
「人の事は良く見えるもんだぞ?
だけど蓋を開けりゃ良くもねぇかもよ?」
リオベルトの事を何も知らないレオンだから言える言葉であった。
「なぁ〜、愛ってなんだ?」
「おいおい、勘弁しろよ。愛を語るのか?
愛の形も人それぞれだろ?深く考えんな」
「考えちゃうだろ?考えるなってどうすんだよ?」
「だから女でも抱けって言ってんの!快楽に身を任せる事も時には必要だと思うぞ。考えたって答えが出ない事もあんだろ?」
「そんなもんか?快楽に溺れた事なんてないしな」
リオベルトは真面目だ。
幼少期に決められた婚約者が居たからこそ、当たり前の様にキャロラインと結婚すると思っていた。
ミリティアに甘えられて、少しは恋心を抱いた事もあったが、それは淡いもので欲情した事は無い。
初めての女もキャロラインだった。婚姻してから初夜が初体験だった。それはキャロラインもで、自分がリードしなきゃと気張って疲れたとしか思えなかった。
数度、身体を重ねたが刹那的な快楽は直ぐに覚めた。
だから、レオンには快楽に溺れるとは良く分からない表現だった。
「オマエさ。可哀想な奴だな。
営みの良さを知らないんだ…」
憐れみの顔を向けられたレオンはリオベルトに言い返した。
「可哀想ってなんだよ!だってそんなもん、誰も教えてくれねぇ〜だろっ」
「よしっ!一緒に娼館に行くぞ。
巡るめく快楽を教えてやるよっ」
リオベルトは妖しい笑みを浮かべるとカウンターから出てレオンの腕を掴んで引っ張って行く。
「おいっ!勝手に決めんなよ!」
リオベルトは、御構い無しに進んで行く。
娼館に着くと「一番良い女と三人で!」と言うとボーイが「喜んで!」と元気良く答えた。
レオンは、流されるままにリオベルトに引っ張られ部屋まで辿り着く。
初めて入った娼館は、意外と豪華で綺麗な部屋だった。
「ビックリしたか?娼館の部屋はピンキリだ。
今日は最高級コースだから、全てが上玉だぞ。」
早々に、女達が数人で酒や料理を運んで来て御酌される。どうにでもなれと覚悟を決めたレオンは酒を飲んだ。
誘導されるままに風呂に入り、丁寧に身体を洗われる。リオベルトと共にと言うのが、どうも恥ずかしかったが、リオベルトは堂々としたものだった。
風呂で身体を洗ってくれた女達が下がって行く。
風呂上がりの酒は美味かった。
「さて一番良い女って言ったからな。どんな女か楽しみだな。いまいちだったら苦情だな?」
暫くして、やって来たのは綺麗な女だった。
「あ〜、リオベルト様だったの〜?」
リオベルトの知り合いの様だ。
「なんだオマエかよ。新鮮味が無いな」
「ひど〜いっ」
女は泣き真似をすると、リオベルトは鼻で笑った。
「そう言うのいいから。今日は連れを楽しませてくれよ。最高の1日にしてやりたいからさ」
女がレオンを見た。レオンは女と目が合い戸惑ってしまう。
「慣れて無い感じね?可愛いっ」
女は、リオベルトから離れレオンに急接近する。
レオンは少し仰け反り顔を赤らめた。
リオベルトは楽しそうに酒を飲みながら見学する。
女は、レオンの反応が可愛くてグイグイと迫った。
キスをしながら、レオンを押し倒して行く。
レオンはされるがままだ。積極的な女など初めてで何をしたら良いのか分からなかったのだ。
戸惑いの中リオベルトの声が聞こえる。
「何も考えずに刺激だけ感じてろ。そのうち、何も考えられなくなるから」
レオンの身体を丁寧に舐めて行く女を、後ろから悪戯するリオベルト。
その、いやらしい光景にレオンは酔いそうだった。
自分の知らない世界だった。
女によって与えられる刺激が強すぎて思わず声が漏れ、リオベルトの言う通りに何も考えられなくなった。
快楽に溺れると言う事が分かった夜だった。
リオベルトと二人がかりで女を抱いたり、リオベルトに抱かれたり、レオンは自分が自分では無くなる様な気がしていた。
色んな意味で、もう戻れないと思うのと同時に、欲望に塗れて快楽に溺れるのも悪くないと思ったのだった。
何度、果ただろうか?心地良い疲れと痺れが身体を包んだ。
「満足したか?」
タバコを吸うリオベルトが声を掛けてきた。
その横顔が薄暗い部屋で妖艶に映った。
そりゃモテるなと思いながら答えた。
「こんなの覚えたら…普通じゃ物足りなくなったら責任取れよ!」
リオベルトは笑って言った。
「大丈夫だよ。家にはミリティアとジグルドも居る。アイツらは頭が可笑しいから、喜んで相手にしてくれるぞ。身体が持たないくらいにな」
「そりゃどーも」
レオンの、奈落の底への通いは夜だけでは無くなったのは言うまでもなく。
リオベルトは、たまにミシェーレ家に拉致られレイの子守とエルロンドに付き合わされる事となった。
「リオベルト叔父さんっ。この前さ〜、手強い女が居てさ。無視されたんだけど」
「そう言う女は、押して押して引くんだよ。
いいか、行為があるのかもって思わせる程度じゃなきゃ駄目だ。あからさまなのは嫌われる。さじ加減だな」
「さじ加減?」
「そう、さじ加減。相手のタイプに合わせて考えなきゃな。まぁ〜実戦が大事な訳よ、女の種類を先ずは知れ」
「難しいね…」
「そりゃモテるのと口説くのでは、違うからな。
本気の相手と遊びの相手でも違う。女を喜ばせるだけが良いとも限らないからな」
リオベルトとレイの会話を聞いていたレオンが口を挟む。
「何を教えてんだよ!まだ子供には早いっ。」
「だから真面目は駄目なんだ。金がある男が女遊びで金を使ってやるから潤う女も居るだろ?需要と供給なのっ。金がある奴が真面目で金を使わなかったら経済は回らねぇだろ」
「何で経済の話になるんだよ!
それに、レイにそれは早過ぎる」
「俺、父上みたいな堅物にはなりたくないっ」
レイの言葉にレオンは黙る。リオベルトが腹を抱えて笑い出す。
一通り笑ったリオベルトはレイに言った。
「オマエの親父も、意外と遊んでるぞ。
あんまり馬鹿にしてやるな。アイツ、それなりにモテてるからな」
「そうなの?本当に?」
「ほんとだ。やる時はやるんだよ」
その日から、レイはレオンを馬鹿にする事が無くなったらしい。
しかし、リオベルトは頭を抱えていた。
エルロンドも店に通う様になったのだ。
「レオンに任せて私が引退したら雇ってくれるか?」
そんな事を言い出したのだ。
俺はミシェーレ家のなんなんだと思うリオベルトなのだった。
相手するのも疲れた頃、リオベルトは一週間、店から姿を消した。
マリの家で、一週間過ごしたのだ。
家族三人で、団欒を過ごし久しぶりに、ゆっくり過ごした一週間だった。
マリと過ごす時間は、温かくて束の間の癒しだった。
一週間後、店に戻ればエルロンドが居て「隠居したから来たぞ」そう言うから、リオベルトは呆れてしまう。
「アリスに言いつけるぞ」
「出来るものならアリスに言って来い」
「ちっ。歳だからって容赦しませんよ?」
「望むところだ」
急に、エルロンドが隠居したものだから、城は慌てたらしい。レオンの仕事が増えてしまい、財務の人手を増員する為にバタバタした様だ。
人騒がせな親父だ。
「商会もレオンが?」
「商会は手伝うよ。金はあっても困らないだろ?」
「なら、店を改装してよ。金あるでしょ?」
「しても良いが、私の部屋も造っていいか?」
「え〜、同棲?それはキツイな…」
それから1年後には改装が済み、奈落の底は綺麗になった。勿論、エルロンドの部屋もそこにはあった。




