第二章 4 リオベルトの秘密
リオベルトは、姿を消して王都の端の路地裏にある酒場の二階に足を踏み入れていた。
「おっと!ビックリした!
また急に現れるの辞めてもらえます?心臓が止まっちゃいますから」
急に姿を現したリオベルトに向かって軽口を叩く男は、ジグルド。闇ギルドのボスだ。ボスと言っても表向きのである。
「それで、最近はどうだ?」
「最近ですか?国の政策で貧民達は学び舎に行くようになったからか出入りは減ったとは言え、まだまだ依頼は無いのかってやって来ますよ」
「まぁ〜そうだろうな。で、依頼の方は?」
「貴族も一新されたから、ヤバい依頼は減りましたよ?最近は、奥様連中の依頼が多いですね。旦那の浮気調査とか、後は性奴隷の購入ですかね。若くて綺麗な男を探せって注文が多い」
「愛の無い結婚で旦那に相手にされてないんだろうな。まぁ〜だからこそ、こっちの仕事も簡単な訳だけどな」
「で、それを聞きに来ただけですか?」
ジグルドが指摘すればリオベルトは溜息を吐いた。
「オマエは、この世界から汚い仕事が無くなると思うか?」
「なんですか急に?今日のボスはセンチメンタルですか?」
「真面目に聞いてるんだ」
「そうですねぇ〜、そんな世界になるのは奇跡ですかね?腐った人間は、何処まで行っても腐ってますからね。欲望は尽きることは無いですし。無くなりはしないでしょうね」
予想通りの答えにリオベルトは、また溜息が出た。
何処まで行っても底上げの繰り返しだ。皆が平等になる事は無いのだから。
どんなに努力しても魔力量が少ない者は高が知れてる。手を伸ばしても掴めないものが存在する。
アリスやウィリアムの考えも分かるが、リオベルトには夢物語にしか思えなかった。
アーサーが、この世界に絶望しなくても絶対的な悪は消し去る以外無いのだと思うのだ。
「本当に、どうしたんすか?酒でも飲みます?」
「いや、それより闇組織の動きは?」
「奴隷売買の奴等が学び舎の政策を良く思ってませんね。後は薬物の方も、馬鹿な平民が減ると商売になりませんからね」
「そうか。組織のボスにコンタクト取れるか?」
「まぁ〜可能ですね。会うんですか?」
リオベルトが頷くと、ジグルドはヤレヤレと部屋を出て行った。
リオベルトは、椅子に凭れ掛かると天を仰いだ。
ジグルドもそうだが、闇に染まる者が悪と言い切れない事をリオベルトは良く知っている。
闇の中でしか生きられない者も居るのだ。
需要と供給と言うやつだろうか。誰もが優しさで出来ている訳では無い。
心が強い者ばかりじゃないのだ。
部屋の扉が大きな音を立てて開く。
「どうした?大ボスさんよ」
闇組織のボスがやって来たのだ。
その後ろからジグルドが顔を出し「連れてきました」と声を上げた。
「もっと静かに入って来れないもんかね」
リオベルトは呆れた顔で闇組織のボス、キングを見据えた。
「マナーが悪いとかほざくなよ。で、なんの用だ?」
キングは、ソファーに乱暴に座る。
ジグルドは、そそくさと動き酒を振る舞う。
テーブルに置かれたジョッキを取るとキングはゴクゴクと酒を飲み干した。
「商売は順調か?」
「分かってて聞くなよ。太客をオマエさん達が捕まえたから、コッチは大損だよ。回収できなかった金がいくらだと思ってんだ」
「損はしてないだろ?元々はタダで仕入れた人間だろ」
キングは大きな声を張り上げて笑う。
「まったく、早く本題に入れ!俺も暇じゃ無いんでね」
リオベルトは、真剣な眼差しで口を開く。
「今後、気に入ら無い事があれば俺のとこに来い。
間違っても王家や、その周辺の貴族に手を出すな!今回の事は目を瞑るが次は容赦しないからな」
「何のことだか」
「とぼけんなっ。いいか、次は潰すからな。俺を怒らせるな」
キングは、溜息を吐いて困った顔を向ける。
「はいはい。アンタを怒らせる気はねぇ〜よ。
仮もあるしな。それにアンタが本気出せば俺等は直ぐに皆殺しなのも知ってるよ。
今回の事は俺の管理不足だ。下っ端のやった事で俺の指示じゃねぇ。後で落とし前付けさせる」
リオベルトは、ジグルドに「酒を持って来い」と指示を出すと大きな溜息を吐いた。
「大ボスも大変だな。
国の汚れ仕事を一手に引き受けてんだろ?
同じ貴族でも方や呑気に暮らしてんのにな。アンタは嫌になんねぇのか?」
「オマエに同情されるとはな
俺は、コッチの方が性に合ってる。表舞台より裏方の方がお似合いだ」
「素直じゃねぇな。家業じゃなきゃコッチの世界に足なんか突っ込まないだろうに」
ジグルドが持って来た酒を飲み干すとリオベルトはキングに向かって言った。
「足を突っ込んでから、何言ったって手遅れだ。
親父に連れられて初めて人を殺してから、俺は元には戻れないんだよ」
「アンタの親父か…
アレは異常だったな。人の形をした悪魔だったよ
容赦ねぇ〜し、殺しを楽しんでたからな。アレを見て育ったアンタに同情するよ。
それに比べりゃアンタは良心的さ。アンタが庇ってくれなきゃ、俺は悪魔に殺されてたからな。
でも親父が死んで良かったじゃねぇか。
要らぬ殺しはしなくて良くなっただろ?」
「まぁ〜な
妹が忸怩ってくれたからな。
あの時は助かった。毒に入れ替えてくれた御蔭だ」
「家族が全員、処刑されたのはアンタが仕組んだ事なんて誰も思わないだろうな」
「家族?家族だと思った事なんてねぇよ」
リオベルトとキングは、その後暫く酒を酌み交わしキングが帰った後も、リオベルトは酒を浴びるように飲むのだった。
「ボス、飲み過ぎですよ?
しかし、闇組織のボスと顔馴染みだったとか知りませんでしたよ。ボスの過去の話とか…」
「昔の話だ」
「俺は昔の話も興味ありますよ?
まぁ〜話したくないなら無理には聞きませんけどね。俺はボスに嫌われたくないんで」
「オマエは何で俺にそこまで着いてくるんだ?」
「そりゃ、助けて貰った恩もあるし、ボスに惚れ込んでるんで」
「馬鹿な奴だな」
リオベルトはソファーに寝転ぶと目を閉じた。
「ボス?寝るんですか?風邪引きますよ?」
ジグルドが心配気に声をかける。
リオベルトは目を閉じたまま答えた。
「そんなに軟じゃねぇ〜よ。少し寝る」
ジグルドは、奥から毛布を引っ張り出しリオベルトに掛けてやる。直ぐに寝息を立てるリオベルトはかなり酔っていた様だった。
ジグルドは、リオベルトの寝顔を見下ろしながら呟くように言葉が出た。
「悪ぶってるだけだから、そんなに酔い潰れる程飲んじゃうんですよ…ボスがクローゼットに俺を隠してくれたから悪魔から逃げ延びられた…貴方が苦悩する事じゃ無いのに、俺の家族は殺されても仕方無いほど悪党だったんですから。婚外子だった俺からしたら貴方は救世主だ」
寝ていて聞こえるはずも無いリオベルトに想いを伝えたジグルドは、寝息を立てるリオベルトの唇にキスを落とすと部屋を出て行った。
翌朝、リオベルトは目が覚めると頭が割れそうに痛かった。安い酒は悪酔いする。頭を抱えていると扉が開いた。
「あれ?あのまま朝まで寝てたんですか?
はぁ〜、二日酔いですね、水持ってきます」
ジグルドの声が頭に響いて、リオベルトは頭を抱えて踞る。水を持って戻って来たジグルドはテーブルに水を置くと「大丈夫ですか?」とリオベルトの隣に座った。
「大丈夫じゃない…」
ジグルドは、コップを持つとリオベルトの顔を覗き込み「少し顔を上げて下さい」と顔を上げさせると冷たい水の入ったコップを口元に持って行った。
一口飲んだリオベルトは顔を歪めた。
「冷たい水は頭に響く。あ~飲まなきゃ良かった」
ジグルドはコップの水を口に含むと、リオベルトの頬を掌で包むとキスをして口の中の水をリオベルトの口の中に入れ込んだ。
そのまま舌を絡ませた。
リオベルトは、いきなりの事で頭が回らない。
されるがままで、ジグルドに身を任せていた。
音を立てながら、深いキスを続けるジグルド。
頭が痛いのも忘れる位に、この状況を理解しょうと寝起きの頭を動かした。
ジグルドの肩を掴んで引き離すとリオベルトは叫んだ。
「オマエ、なにやってんだ!」
叫んだら、頭に響いて頭痛がぶり返した。
「寝起きでセクシーな姿を晒すからですよ。俺は何時だってボスを狙ってますから」
ジグルドは、謝るでもなく軽い調子だ。
リオベルトは呆れながらソファーに項垂れた。
「はぁ〜、オマエなコッチは頭が割れそうなんだよ」
「良いことして快楽に身を委ねたら頭痛も吹き飛ぶんじゃないんですか?」
隙さえあればと言う具合に、ジグルドはリオベルトに抱き着き下半身を嫌らしく触る。
「辞めろよっ。男とやる趣味はねぇ~の」
「試したら嵌るかもですよ?」
案外、ジグルドは腕力がある。
二日酔いで本調子じゃないリオベルトはジグルドから逃げるのも一苦労だ。
弱っている隙にと狙っているジグルドもしつこかった。
調子が悪いリオベルトは根負けしてしまう。
ソファーに押し倒された形のリオベルトをホールドするジグルド。
「そんなに俺が欲しいのか?」
「欲しいですね。こんなにも美味しそうなんだから。
もっと汚したくなるんですよ。綺羅びやかな世界に二度と戻れないくらいにね」
「オマエも俺と似てるな。愛する奴を汚したくなるなんてな。心配するな俺はもう闇の住人だ。好きなだけ汚せよ。
どうした?来いよ」
ジグルドは、キスを落とした。
それを今度は、ちゃんと受け止めてやるリオベルト。
ジグルドを助けジグルドを利用し歪んだ恋をさせたのは自分だと思った。助けてしまったからには最後まで面倒見てやないといけないと思った。
ジグルドが、夢中でリオベルトの身体を舐める姿を眺めながら、自分は綺麗事の世界では生きていける気がしなかった。
「ほら、もっと俺をその気にさせろ。そんなんじゃ燃えねぇだろ?」
ジグルドは、恍惚な表情で歓喜していた。
このどうしようも無い自分さえ、目の前の男は包み込んでくれる。その心に、途轍もなく大きな苦悩を抱えながらも、誰も切り捨てられない深い愛情があった。
己を汚しながら、汚れた者を受け入れていく、この男が堪らなく愛おしい。
大きくなった男のものを自分の中に呑み込んだジグルドは、歓喜の声をあげるのだった。
果てたリオベルトは、頭痛が消えていると思った。
そしたら急に笑えてきた。笑うリオベルトにジグルドは「何が可笑しい?」と問えばケタケタと笑った後に答えた。
「オマエが言った通り頭がスッキリしたよ」
「それが、そんなに可笑しいか?それより今度は俺に入れさせろよ」
「はっ?図々しいんだよ。欲張んな」
「今度、酔い潰れたら勝手に入れてやるからな」
「オマエな…それより風呂に入るぞ。そろそろ帰る」
「一緒に入ってくれるの?身体洗うよ」
「あ〜っウザい。早く入るぞ」
バタバタと風呂場に向かう二人は、軽口を言い合いながら汗を洗い流した。
リオベルトは思っていた。コイツは何があっても俺から離れないんだろうなと。
それはそれで嬉しいとは本人には一生、言わないでおこうと思うのだった。
家に帰ると、マリが出迎えてくれた。
アリスは城に泊まった様だった。マリが気遣う様に世話を焼いてくれる。
「なぁ〜マリは、なんかあったら俺じゃなくてアリスについて行けよ」
「なんかあるんですか?そう言う事を言うって事は一人で危ない事しようとしてません?リオベルト様に何かあったらアリス様が哀しみますから。私は残りますよ?」
「馬鹿だな、マリに何かあってもアリスは哀しむよ」
マリの唇にキスを落とすとリオベルトは微笑んで「でも、ありがと」そう言うと着替えを済ませた。
マリは、たまにリオベルトがいきなり消えてしまいそうな気がしていた。女児は家督を継げないと法で決まっているのに、リオベルトはマリと子を成す事を望んで居ない様だった。ルナが産まれてから幾度と無く行為に及んでもリオベルトは避妊をシッカリしていたのだ。アリスには秘密だと口止めされているのだが、マリは気になっていた。
フラッと帰ってくれば、フラっと出掛けてしまう。
マリはリオベルトが風の様な人だと思ったのだった。
リオベルトは国王の元へと向かい闇組織には釘を刺したと報告すると、北棟に向かった。
ミリティアを外に出す為だ。
「久しぶりだな。元気そうでなりよりだな。街に出たいんだろ?サッサと行くぞ」
「え?直ぐ?着替えたいのに」
「街に行く用の服は馬車に用意してある、馬車で着替えろ。今更、恥ずかしいとかねぇだろ?」
「何かムカつく。」
「はいはい。好かれようとは思ってないから」
「ムカつくけど嫌いとは言ってないじゃないっ
リオベルトは貴族らしくなくて好きよ」
軽口を交わしながら裏門から馬車で街へと向かう。
アリスの頼みでもあったが、罪滅ぼしでもあった。
「後数年もしたら、出してやるよ。それまでせいぜい楽しむんだな」
「出たって行く宛も無いわよ」
「行く宛は何とかしてやるよ」
王都の街に降り立った二人は、平民を装うと雑踏へと紛れた。誰も元王太子の婚約者だとは思わない。
堂々と歩くミリティアは笑顔だった。




