第一章 16 新たな時代の幕開けが始まる
神の子として生まれた赤子は、ウィリアムに似た子であった。
出産直後に意識を失ったアリスは、それから眠り続け皆を心配させたが、三日後に目を覚まし皆が安堵した。
その三日間。アリスは時空を遡っていた。
そして、過去の自分が犯した過ちを見て来た。
天使達が地上に降り立ち、星の子らと紡いだ日々は楽園だった。子を成し天の神の御霊を地上に根付かせた。
天使達にとって、完璧な迄の世界だった。
天へと帰り、地上の子らを眺めるのが幸せだった。
しかし、星の子は島国の外にも存在していた。
海を越えて辿り着く者が現れ、楽園は徐々に侵略されて行く。そして、愛する者を殺されてしまった光属性を持つ者が深い哀しみの果てに自ら命を経ってしまったのだ。
それが、闇属性の誕生のキッカケだ。
神の分身とも言える彼が光と闇に分裂したのだ。
本来、光属性は大いなる母なる源の光。
全ての属性を内包し、謂わば神の子だった。
天使達の祝福が、対立を生んだのだ。
この世界は、この星は島国だけでは無いのにも関わらず、天使達が島国だけ特別としてしまったからに他ならない。
だからと言って、侵略した星の子が何も悪く無いと言う話では無い。しかし、天使だったアリスは愛ゆえに星の行方を歪めてしまったと後悔する事となる。
神の御霊を宿した者が、島国以外の大陸にちり、この世界は神と精霊のエネルギーで魔法を使える様になったのだ。それは時と共に形を変え力は徐々に薄まる事となる。
己の末裔の器に聖霊となり魂と融合し、人として地上に降りると決めた天使であるアリス。
それが、今から数千年前の事だ。
大いなる母なる光を内包した神の子を産み育て、闇属性の子と愛によって融合させ一つの光に戻そうと考えたのだ。その時の巫女であるアリスは、全ての記憶を持っていた。
しかし、全てを癒す事の出来る光属性の子は誰もが我が物にしたいと願う対象となっていた。
光属性の子を我が物にすれば、最高権力を握れると思う輩が出てくるものだ。
当時、神殿がトップに君臨していたからこそ、光属性の子は神と同等だった。母である巫女は神の子である女児を産み、闇属性の男児と幼い頃から仲を深める様に育てた。
巫女の想いに答える様に、二人は仲睦まじく微笑ましかった。しかし、面白く思わない者が神官の中で出てくるのは当然だった。裏で画策し二人の仲を邪魔する様になった。
それでも、二人の絆は深く試練に立ち向かった。
そんな二人を見て巫女は安心してしまっていた。防波堤だった巫女の警戒心が解けた頃、神の子にあろう事か薬を盛った者が現れる。
秘薬の様な薬を飲ませ、神の子を催眠誘導し既成事実を作る事に成功した一人の神官は、当時の純潔を捧げた者と一生を共にすると言う法を利用し神の子を我が物にする事に成功したのだ。
闇属性の青年は、激怒し神官を殺害しようとし、神の子の前で処刑された。神の子は絶望し壊れていった。
人に絶望した、神の子は邪神の様に愛を失い暴君に成り下がった。巫女は自分の甘さが招いた悲劇に堪えられなくなり全ての事を己のせいにして自害したのだ。
自害する前に、巫女は預言を残した。
神の御言葉だと言って、神の子誕生の予言書を書かせた。
時の権力者へと繋ぐ為に。
数千年の時を越えて、自分の過ちを正す為に何度も転生して人間を理解しようとした巫女。その輪廻転生の中で様々な経験を積んだ。
そして今、アリスとしてココに居る。
アリスは考えていた。
過去の失敗を繰り返しているだけでは無いのかと。
私は無意識の内に、過去の私のシナリオに乗せられて居たのでは無いかと思った。
リオベルトに恋する事も、マリに子供を産ませたのも、全ては計画通りなのではないか。
過去の私は、神の子と闇属性の子が愛し合う事を望んでいた。けれど、人の心など他人が踏み込む領域では無い。それが例え親だろうとだ。
今の、この世界も歪んでいる。
心を無視した政略結婚なんて馬鹿げている。
我が子に、そんな事を強要したくない。
今、ココにいるのは私だ。アリスなんだと思った。
神の子は、今はまだ不完全体だ。
成人する頃に、我が子が何を思うかで、その強力な神聖力を愛に使うか、破壊や支配に使うのかが決まって来るだろう。
繰り返す転生を経て人の世には、光と闇は必要なのだと思っていた。
人の世の愛は彩り豊かな感情を生む。
それが、愛故に暴走する事もある。
愛の形が様々だからこそ何が正解なのか分からなくさせる。
だからこそ、楽しいとも言えるし。
だからこそ、苦しいとも言える。
転生を繰り返し、それでもまだ人を全て理解する事は難しい。愛を無くしてしまう人の気持ちがアリスには分からないからだ。
どんな人生の中でも、一欠片の愛はいつだって消えなかった。いつだって、直ぐ側に母なる源の愛がある事をアリスは本能で知っていたから。
けれど、現実は残酷で自らの闇に呑み込まれ愛を無くす者が居る。自ら進んで闇に堕ちる者さえ居る。
アリスの中で、リオベルトが浮かんでいた。
いつかの馬車の中で、リオベルトは言っていた。
人の数だけ幸せの形がある。全ての者が幸せな世界など無いと。
確かにそうなのだ。
心がある者だけなら可能な事も、心を持たざる者が居る世界では、どう足掻いても楽園など作れはしないのだ。
アリスは、時空の狭間で世界を見下ろしていた。
全てが一つに集結し記憶が重なり、アリスの人格が揺らいでくる様だった。いつかの記憶の自分と今の自分が重なる。何が正解なのか?揺れていた。
すると聖霊が現れた。
「人とは誰もが不完全体だ。
それを導くのが我らの役目だと思っていた。
それが、オマエを苦しめた原因だ。神は何も望んでは居なかった。不完全だから美しいと言えると神が教えてくれた出来事だったと我は思う。
神の光を宿した者さえ人の器に入る事で闇に堕ちる事もある。我ら神の一部とは違う。我らは不完全体だが、善なる愛の一部。だから地上に種を落とした。
悪に染まりきれない種子達を。
ちゃんと振り返ったのだろう?人の器で過ごした日々を。なら分かるだろ?我らの種は確実に成長し進化し愛を育てている。
確かに、まだまだだ。けれど絶望するには早過ぎる。
だから、オマエが人として巫女として、変えると決めたのだろう?
また、あの島国から初めたら良い。
今のオマエは一人じゃ無いだろう?オマエの過ちは行動でも選択でも無い。全てを一人で背負った事だ」
アリスは、ハッとした。
人の人生を生きる中で、人を理解する事ばかり考えていた。けれど、人の一番の良さを忘れていたのだ。
「そうでした…。人は愛で手を取り合う。
不完全さを補う事が愛。それでこそ愛は拡大し調和が取れる」
「そうだ。闇に呑み込まれた者は器を壊せば源に還る。穢れは地上に残るが浄化すれば良いことだ。
人としては、それは辛い決断だろうが、それは人が源を知らぬからだ。だからこそ、オマエが居る。
己がすべき事を本当の意味で思い出したか?」
アリスは大きく頷くと、己の肉体へと戻った。
目を覚ますと、心配気にアリスを見下ろすリオベルトとウィリアムの顔が飛び込んできた。
「心配させてゴメンね…」
喉が渇いていたからか、その声は弱々しく掠れていたが、アリスが微笑みを向けると二人は涙を浮かべ微笑み返してくれた。
ウィリアムがアリスの半身を支えながら起こして水を飲ませてくれる。アリスは、渇いた喉を潤すと口を開いた。
「ありがとう。お風呂に入りたいわ」
3日も眠り続けて散々、心配かけておいて呑気な事を言い出すアリスにリオベルトは少し怒りながらも、体力が落ちているアリスを抱き抱えて、お風呂に入れるのだった。
何で、そうなったか分からないが、露天風呂にアリスとリオベルト、そしてウィリアムの三人で浸かっていた。
「で、何で二人も一緒に入ってる訳?」
「歩くのもフラフラして危なっかしいだろ?」
アリスの質問にリオベルトが、そう答えるとウィリアムが笑いながら言う。
「本当に君は素直じゃないな。
一緒に入りたかったって素直に言えば良いじゃないか?」
「は?心配だからは本当の事だろ?」
アリスは、二人の様子に笑ってしまう。
「ほんと、あの日以来、二人は仲良しね」
その言葉に、二人はあからさまに嫌な顔をするのだった。
束の間の休息の様に、仲良く三人で湯に浸かり、他愛無い話をした。空は快晴で気持ち良かった。
王都から離れた、この別荘地は平和で別世界の様だった。
お風呂から出たアリスは、軽い食事をしながら二人にアリスの知る真実を話すのだった。
そして、王家や貴族の在り方の問題、魔法の本来の活かし方、魔法が使えぬ者も扱える魔道具の開発に、魔物が現れる前に出来る対策などを共有した。
「アーサー。子の名前よ。
あの子は、この国が楽園だった頃に自ら命を絶った光の子の生まれ変わり、そして数千年前に処刑された闇属性の子でもある。光と闇を経験し転生した子。
あの子が、本来の源の光に目覚めるかは私達に掛かってる。きっと、今のままでは失望するわ。
馬鹿みたいな政略結婚は無しよ。
何処かの家の後ろ盾が無きゃ傾く貴族も必要無いんじゃない?それに、遣いもしないで富の独占してる馬鹿な貴族もね。血統だけの無能は民を苦しめるだけでしょ?」
さっさと話を進めるアリスに、ウィリアムは流石に止めに入る。
「アリスの言い分は分かったよ。
けれど、今直ぐに全ては無理だ。賛同者を増やさなければ国を良くする知恵があっても動く者が足りな過ぎる」
「全てを思い出した所で、アリスはアリスらしい。
言う事が無謀だし、後先考えなしなんだよな?」
リオベルトまでも、ウィリアムに賛同する。
確かに、アリスは国を動かす事を知らない。指摘する事や新たな知恵を与える事は出来ても進め方を知らないのだ。
「じゃ〜、何処から始めるのが正解かしら?」
「まぁ〜、馬鹿を排除する所からだろうな」
リオベルトが意見を述べれば、それに対してウィリアムが口を出す。
「そう簡単でも無いだろう。無闇矢鱈に暗殺する訳にもいかないんだ。正式な場で法で裁くとなると証拠集めだけでも一苦労だ」
そんなウィリアムに呆れた顔で反論するリオベルト。
「はぁ〜、コレだから正統派は頭が硬くて駄目だよな。餌まいて誘い出して現行犯なら直ぐに捕まえられるだろ」
「騙し討ちって事か?」
「そうだよ。納得いかない顔だな?
元々、悪党に正々堂々なんて馬鹿だろ。だからオマエは甘いんだよ。本当の悪人を知らねぇから綺麗事を言ってられんだよ」
険悪になりそうな二人に割って入るアリスは、呆れた顔で言った。
「もぉ~、正統派なのがウィルの良い所だし、そう言う言い方は辞めなさいよ。リオが全て裏で片付けちゃうから本物の悪人を知る機会が無いじゃない?
お互い、一度はお互いの仕事をしてみたら良いのよ。ウィルにはウィルの苦労があって、リオにはリオの苦悩があるの。知らないから、そんなくだらない言い合いになるのよ」
アリスの御尤もな言い分に二人は黙った。
そんな二人が可笑しくて笑ってしまう。
「ほんと、二人は正反対な様で似た者同士よね?
だから、ほっとけないのよね。コレからは皆んなで役割分担じゃなくて協力体制にします!
ダグラス家もミシェーレ家も、王家の元々は分家なのよ?先祖を辿れば王家の血筋が入った家なのよ。
パパやレオン兄様も含めて、総当たりで片付けて行く。それで良いわよね?
国王陛下は流石に、自由に動けない訳だし、それに懸念材料としては海の向こう側の国々なのよね…
何処まで預言書の存在が伝わってるかなのよ。
国王陛下も懸念してるでしょ?他国の警戒は陛下に任せて大丈夫よね?」
「父は、かなり前から軍事の強化はしている」
「それは俺も陛下から聞いてる。ただ魔物発生も警戒しなきゃいけない時期だろ?」
アリスは、何でも無いような口振りで「魔物は心配無いわ」と言い切った。
リオベルトもウィリアムも、何故?と言う顔をアリスに向ける。
「だって、魔物は穢れが原因だからよ。原因が分かるなら原因を断つ迄でしょ?
穢れがある場所を浄化すれば良いだけよ。」
「簡単に言うけど、穢れなんて何処に溜まってるか分からないだろ?」
呆れた様にリオベルトが言う。けれど、アリスは意に返さない。
「まぁ〜普通の人には見えないわよね。
私は巫女なのよ?穢れの場所は分かるわ。それと、当分は大丈夫よ。アーサーが生まれた時に穢れは一瞬で消えたから。ただ、一時的によ?
アーサーの光は未熟だけど、歪みを正す事が出来るの。けれど、この世界は人の闇が深い。一時凌ぎにしかなってないと思うのよ。
だから、魔物はコレからも発生し続ける。
魔物の発生場所を固定するしか無いと私は思うのよね。穢れの流れを集めるの」
「そんな事が出来るのか?」
「それはね・・・・」
この時代には、時の流れの中で忘れられた叡智がある。遠い昔には当たり前だった事が山程ある。
アリスは、少しづつ叡智を授ける事にした。
急激な変化は人にとって薬にもなるが毒にもなるからだ。
前世の星に比べて、この星は恵まれている。
魔法と言う恵みがあるからだ。
愛を持ち正しく使えば無限の創造が出来る。
それを破壊に使う事は哀しい事だ。
いつか、本当の楽園に還る事が出来る事は永遠に来ないのかもしれない。人として生きて思う事だ。
けれど、人は後退しながら前へと歩む生命力がある。
それが星の子の素晴らしくも美しいエネルギーなのだろう。
私は、この星が好きだ。
哀しみや怒りさえも越えて行ける神の御霊よ。
新たな時代を切り拓け…
アリスの中の天使が言う。
簡単に言うわね。と、アリスはフッと笑った。
急に、思い出し笑いをするアリスにウィリアムは不思議そうに尋ねる。
「何を考えてたの?」
「なんでもないわっ」
アリスも、この世界が好きだ。
大好きな皆が居る、この世界を皆が笑って過ごせる様にしたい。
その為に、心を痛める事があったとしても次の世代へと時代を繋ぐ為に、己が遣れるべき事をしようと誓うのだった。
第一章は完結です。次回から第二章に入ります。




