第一章 12 似た者同士
王太子誕生祭から一ヶ月後には王太子妃教育の為にアンジェリカが王太子宮に住居を移した様だった。
アンジェリカの息抜きの為にと定期的にダグラス家で御茶会が開かれる様になったのも、その頃からだった。
アンジェリカと共にウィリアムも御茶会には参加した。アリスが王城でと言ったのだが、王城ではアンジェリカの息抜きにはならないからと、ダグラス家に二人が通って居るのだが、普通は王族が通いなど有り得ないだろうとアリスは思うのだが、国王も快く送り出してくれるそうだ。
リオベルトは仕事で日中は家を空ける事が多い為に、御茶会は三人で楽しむ事が多かった。
アンジェリカは、会を重ねる事に心を開いてくれて自分の生い立ちや悩み等も打ち明けてくれる様にもなっていた。
アンジェリカがアリスと姉妹の様に仲良くなる頃には、アンジェリカが一人でダグラス家を訪ねに来る事も増えたが、ウィリアムも一人で訪問する事も増えていたのだった。
今日は二人で来る予定だったのだが、来たのはウィリアムだけだった。アンジェリカは風邪を引いてしまったらしい。
「僕も今日はキャンセルにしようと思ったのだが、アンジェリカに行ってきてと頼まれて御邪魔させて貰ったよ。コレを渡してくれとお願いされてね」
そう言ってウィリアムから渡されたのは手紙だった。
「手紙なら誰かに届けさせれば良かったのに」
「検閲されたくない手紙らしい。アリスにしか言えない話なんだろうね」
「では、後で一人の時に読ませて頂きますね」
二人の御茶会は離れの屋敷のテラスにした。
ウィリアムが、お気に入りになったと言っている場所だ。
隠れ家的な離れは本邸から少し離れた場所にありテラスから見える景色が好きなんだとウィリアムは言った。
「ココは落ち着くよね。隠居したら住みたいくらいだ」
「その歳で隠居してからの話ですか?早過ぎますよ」
そう言ってクスクス笑うアリス。ウィリアムも釣られて笑顔になる。
「いつもアンジェリカと仲良くしてくれて有難う。あの子は本当は好きな男が居るんだ。生い立ちは聞いただろ?僕は全て知っていて数居る婚約者候補から彼女を選んだ。アンジェリカの好きな男を王城に雇ってまで彼女を選んだ。都合が良かったからね。
決められた婚姻に愛が芽生えるのか疑問だったんだ。それに初めから御飾り妃だと分かっていたからね。
王族や貴族の婚姻に愛を求める方が馬鹿なのかもしれないよね…
だからかな?君とリオベルトの仲が羨ましいと思ったんだ。飾らず素を出せる相手がパートナーなんて幸せだろ?」
「今日は随分とお喋りですね。
その独白も本題では無いのでは?」
アリスの返しにウィリアムは微笑んだ。
「流石、ダグラス公爵夫人と言った所かな?
君も何も知らされて居ない様だね。僕と君は似た者同士なのかも知れない。
恵まれた環境に居ながら囚われの身だ。
この国には昔から伝わる預言書があるのは知ってるかい?」
「預言書?なんですかそれは?」
「公爵家に生まれながら、預言書さえ知らなかったなんてね…やはり大人の都合ってやつかな…
神の子の誕生に纏わる預言書だよ。僕も詳しくは教えて貰って居ない。けれど、神の子の父親である事は聞かされたよ。僕の予想では神の子を産む選ばれし巫女は君だと思う。
変だと思うだろ?仕組まれた様に君と僕との御茶会がセッティングされている。王城の外だと言うのに使用人は勿論、護衛さえ近くに居ない。普通なら数人の護衛が近くで待機してる。
こんなにも遠距離での護衛なんてダグラス家以外では考えられない。君との距離を縮める為の時間って訳さ」
ウィリアムの話に納得してしまう。リオベルトが隠している事とは、預言書の事だったに違いなかった。
「確かに、リオが何かを隠している気はしてました。
けれど選ばれし巫女が本当に私なのでしょうか?正直に言って私は欠陥品だと思うんですよ…
どんなに性行為をしても妊娠する気配さえ無いんですから」
「王家の正統後継者との間でしか妊娠しないのだとしたら?」
ウィリアムの真剣な顔が、確信しているのだと物語っていた。アリスは、これまでのリオベルトの意味深気な言葉を思い出していた。ウィリアムの推測が正しければと思うと辻褄が合う気もした。
「それが事実なら国の方針と言うことですよね?
私達に拒否権なんて無い。そうですよね?」
「やっぱり君は僕と似た者同士だ。
そうやって受け入れてしまうのだね。でも、少し嬉しいんだ。相手が君で良かった。
生まれてくる子の親として上手くやれる気がするよ。
君がリオベルトを愛しているのは分かる。だけど、僕にも少しだけ愛を向けてくれると嬉しい。
子種扱いは嫌だからね」
苦笑いを浮かべるウィリアムを見て、この人も不器用な人なのだとアリスは思った。
この世界は息苦しいのかも知れない。
この若さで国を背負わされるなんて過酷だ。
自分の意思など御構い無しなのだ。
「私も、ただの器なんて御免ですね。
殿下。確かに私はリオを大切に思ってます。
けれど、愛って何でしょうか?愛する対象が一人だけじゃ無きゃ駄目ですかね?私は欲深い様です。
私にはリオの他にも大切で愛おしい人が居ます。
専属デザイナーのマリって言う女性です。私がリオの子を産めないからと、勝手な願いで彼女にリオの子を跡取りを産んでくれと頼んでるんです。彼女は快く引き受けてくれました。
とても愛おしい人です。
それに私は純潔でもなければ、普通の女性より複数人と性行為に溺れる様な女です。神の子の器に相応しいとは思えない。
けれど、私が巫女だと言うなら使命を果たします。
そして、それは殿下も私の愛おしい人の一人になると言う事ですわ」
ウィリアムは事前に知っていた事だが隠すこと無く自分の口から伝えてくれたアリスを誠実な女だと思った。
信頼に値する人間だと思ったのだ。
「正直に話してくれて有難う。
そんな君を僕も心から愛すると誓うよ。
子作りは、僕とアンジェリカが婚姻した後の話だ。それまで、二人きりの時間は恋人の様に過ごしてくれるかい?もっと君の事が知りたいと思ってる」
「良い提案ですね。
これから二人きりの時は名で呼んでも?」
「勿論。好きに呼んでくれ。
それに、もっと砕けた言葉遣いで良いし気に入らないならハッキリ伝えてくれていい。
普通の恋人とは言っても、実は僕も良く分からないんだが笑わないでくれよ?」
言われた傍からアリスは笑ってしまった。
確かに改めて普通の恋人とは何だろうかなんて思ってしまう。
「笑うなと言っただろ?」
「だって、ウィルが可愛かったから。
ウフフ。だけど、普通って何だろう?って思いますよね?実は私も良く分からないわ。ミシェーレ家にいる頃から屋敷から出る事も無い生活でしたからね。
ウィルは視察とかで、色んな街に行く事があるでしょ?私より民の暮らしぶりを知ってるはずだわ」
「アハハ。君は僕より酷かったらしい。
王都は流石に目立つから、いつか港街辺りに連れて行ってあげるよ。それか別荘がある高原も良いね。
アリスは行きたい所があるのかい?」
改めて行きたい場所なんて考えた事も無かった事に気付いたアリスは苦笑いになった。
「私ってば最初から諦めてたみたい。
行きたい場所なんて考えた事がないわ。ウィルのオススメは何処?」
「本当に君は箱入り娘だった様だ。僕なんかより不自由なのかもね。
アリス。抱き締めても良いかな?」
「ウィル。そう言う時は黙って抱き寄せれば良いですよ?抱く時も、いちいち聞くつもりなの?」
そう言って笑うアリスを不意を付くように、向かいの席から立ち上がったウィリアムは身を乗り出しテーブルを越えてアリスの唇にキスを落とした。
直ぐに離れた唇から紡がれた言葉は
「婚姻するまで君を抱けないのは拷問だね」
だった。
それから1時間くらい、アリスとウィリアムは寄り添いながら語り合った。
手を繋ぎながら話すのは新鮮で、恋を覚えたての子供の恋愛気分の様だった。
ウィリアムの帰る時間になると別れを惜しむ様にキスを交わすとお互い切ない気分になるのを新鮮な気持ちで味わうのだった。
そんな二人を盗み見ていたリオベルトは複雑だった。
自分で仕組んでおきながら嫉妬の感情が沸いてくるのだ。
きっと、欲望のままに絡み合ってくれた方がマシだったろう。快楽だけの関係に溺れるなら何も思わなかったかもしれない。
しかし、二人は心を通わせ何とも綺麗な時間を過ごしたのだ。その姿は眩しく見えて苦しくなった。
アリスを今直ぐに穢してやりたかった。
そんな自分が心底憎かった。
リオベルトは二人が消えた離れで暫く苦悩していたが気持ちを切り替えると本宅へと向かうのだった。
それから、幾度となくアリスとウィリアムの清い逢瀬は続いた。リオベルトは、その度に苦悩しアリスを快楽を与え穢した。
穢したと思って居るのはリオベルトだけなのだ、当のアリスは素直に快楽を楽しんでリオベルトと愛を交わしているだけだった。
マリやエルロンドを混ぜ快楽に溺れる日々の中で、それから1年後にはマリに子が授かる事になる。
アリスの望んだダグラス家の跡取りだった。
その頃、アンジェリカも妊娠したと知らせを受けた。
子の父親はアンジェリカの護衛を務める男だ。アンジェリカの想い人だ。
表向きは王太子の子として扱われる。
婚姻前の妊娠だった為に婚姻届が先に受理される事となった。結婚式は産後に行われる予定だ。
それを気に、やっとウィリアムとアリスに国王自ら真実が告げられた。予想していた通りだった為に二人は驚きもせずに受入れた。
アンジェリカの出産から半年後に王家の別荘にて子が出来るまで二人で生活する様にと告げられた。その後は二人の御茶会は開かれる事は無かった。
「全てを知っていた俺に幻滅したか?」
「リオが隠し事をしてるのは最初から分かってたわ。
別に幻滅もしてないし怒っても居ない。それがリオの仕事なんだから。
でも、本心を教えて欲しい。私が巫女だから大事にしてたの?それとも…」
リオベルトは哀しげな色を滲ませた瞳で答えた。
「巫女だからだよ」
アリスは笑顔で「嘘つき」そう言った。
リオベルトは素直じゃないし不器用だ。
全てを平気なフリをして本心は人一倍、純粋なのだと思うのだ。けれど運命に逆らえなかった。
黙るリオベルトに抱きついたアリスは言葉を紡いだ。
「どんなに汚れていても私はリオの全てを受け入れるわ。だって私達は夫婦でしょう?リオが地獄に堕ちるなら私も貴方と地獄に堕ちる。
だって、私の旦那様は案外寂しがり屋さんだものね」
「勝手に決めつけるなよ」
「本当、素直じゃないわね?」
いつか、本当の本心を打ち明けてくれるまでアリスは待とうと思った。光になりたくてもなれない闇が可愛くて仕方が無い。
誰よりも自分が一番、自分を許せないリオベルトが愛おしかった。
だから嘘を付いた。
私も一緒に地獄に堕ちると言えばリオベルトが止めるはずだ。それを望みながらも、アリスに光を見ているのだから。




