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第一章                          10 王太子誕生祭(中編)


王太子誕生祭は、毎年の様に行われる行事だ。


王都の街でも、王太子の誕生を祝った平民達の祭りが開催され国中が休日になる。


王城の敷地を囲う壁上の一角から王太子が顔を出せば歓声が上がり地面が揺れると人々が語り継ぐ程に王太子ウィリアムは民にとって人気が高かった。


何故なら、視察と言う名目で国の隅々まで自ら足を運び国民一人一人に声を掛け弱き者の声を直接聞くからだ。まさに絵に描いたような完璧な王子様と言う事だ。


王家特有の金髪碧眼は、教会の壁画にある大天使と重なり、ウィリアムは生きる天使だと言われていた。


それも一重に、王太子として努力してきたウィリアムの功績と言える。



今年の誕生祭の民への挨拶は、王太子一人での登場になり公式的に婚約者のミリティアが重病であると発表された。


そして、新たなる婚約者を据える旨と、さらなる飛躍を公言したのだ。



その話を民と同じタイミングで耳にしたアリスは驚きを隠せなかった。何故なら小説のヒロインが物語の先の未来で、こんなにも儚く退場するとは思わなかったからだ。



リオベルトに詳しい説明を求めたが、アリスに知らされた情報は民と同じ内容であった。



リオベルトがアリスに伏せた事実は酷いものだった。


一思いに始末すれば良いものを、ミリティアは生きて居た。王城敷地内の北側にある高い塔の最上階に幽閉されていたのだ。精霊王の加護を受けた事実がある以上は精霊王の逆鱗に触れる様な真似は出来ないと結論付けた国王が生かすと決めたのだ。


タダで生かす訳も無く薬物に溺れさせ、城で働く使用人への御褒美の一環としてミリティアを好きに抱かせたのだ。不自由無い環境と共に快楽を与えられたミリティアは、リオベルトから見たら快楽の奴隷だ。


マリが現れなければ、跡取りでも産ませようかと思って計画した事もあるが今ではリオベルトにとっても用無しな女となっていた。


哀れな女だと思うがリオベルトに情など無かった。

ウィリアムは実際の光景は見ては居ないが報告を受けて、ミリティアの現状は把握していた。


リオベルトと違い、ウィリアムは多少の罪悪感で胸を痛めたが己の決断を貫くしか無かった。


それが己の運命だと腹を括ったのだ。





日が落ちても街は賑やかなままだ。

パーティー会場に向う馬車の中から外の街並みを眺めていたアリスは、露店などが並び平民達が楽しそうに踊り楽しむ光景に目を奪われていた。



そんなアリスに、リオベルトは現実を語る。



「羨ましそうに見てるが、あれは幻想だ。

普通の日々は残酷なもんだ。明日を生き延びる事を考え続ける日々を想像出来るか?今日は、お祭り騒ぎで皆が現実を忘れている。明日の事など考えずに大盤振る舞いだ。明日になったら現実が待っていて、あの笑顔も消え失せる。今日の事が幻かの様にな。

綺麗事じゃ何も変えられない。貧しき者が生きる為に闇に染まるのは王家と貴族が国を支配する為には必要悪だ。一人一人が自由に力を付けてしまえば支配構造は崩れ去ってしまうだろ?だから思考さえ誘導する。

それが国であり、王が君臨する世界の全てさ」



リオベルトの言い分にアリスは違和感を覚えた。



「それって、今の在り方への不満?」



アリスの問いにリオベルトは視線を外の風景に置いたまま答えた。



「どうだろうね?何が幸せかなんて人それぞれだろ?無知な事は可哀想だが、今の暮らしに本気で疑問を持たない奴の自業自得とも言えるしな。不平不満ばかりで自分で何も変えようとしない。なら手助けしても無駄なだけだ。施せば施したで弱者で居る事にメリットさえ感じる馬鹿しか居ないしな」




そう語るリオベルトの瞳に寂しさが滲んで見えた様にアリスには見えていた。


リオベルトは、たまにそんな目をする事がある。

言葉とは裏腹な想いが瞳に宿って居るようで、アリスはリオベルトが、どんなに汚い事をしたとしても憎めない気がしていた。



王城に辿り着くと案内係の後を、リオベルトと共に着いて行く。案内されたのは控え室だった。


地位の高い者程、会場に入るのが後になるからだ。


リオベルトに、ソファーへと導かれ腰を下ろすと使用人がウェルカムドリンクをテーブルに置いて下がって行った。



「そうだ。言い忘れていたが、アリスは殿下には心を許した関係を築いて欲しい。一人の人間として接してやってくれないか」



「それは公爵家の務めって事かしら?」



「そう思ってくれて構わない。王太子だって気の休まる場所も必要だろ?」



確かに、誰にも心を許せないのはキツイことだ。

愛するミリティアが余命僅かなら尚更の事だとアリスは思った。小説では、ミリティアだけが唯一心を開ける相手だった事が書かれていたのを知っていたから余計に、そう思えたのだ。


アリスも、前世の記憶が蘇った事実をリオベルトに話していなければ、今頃は本心を言えない人生を歩んで居たかと思うと他人事とも言えない気がした。



「分かったわ。ウィリアム殿下には失礼の無い範囲で素で話す様にするわね。」




直ぐに会場への案内をされる事になり、アリスはリオベルトのエスコートで会場入りする。


今迄、社交界へ姿を現さなかったアリスの登場に会場は色めきだった。その姿を見たことが無い者が大半だ。あらゆる噂が飛び返っていたからこそ、アリスの美貌に皆が目を奪われる事になる。


リオベルトの美貌に劣るどころか、より引き立てる様に皆を魅了する美しさ。女神が降臨したと言っても過言では無い程に皆が息を呑んだのだ。



注目されているのを肌で感じていたアリスは、居心地の良いものでは無かったが、皆に微笑みを向けながらリオベルトに身を預ける様に会場の前方へと歩みを進めた。


すると、エルロンドの姿が見えた。

アリスは、馴染みの顔にホッとしてしまうと満面の笑みで父であるエルロンドへ駆け寄ると、挨拶とばかりに抱き着き頬に軽いキスをした。



「今日のアリスは、一段と美しいな。

皆が良からぬ顔で見惚れている。だから社交界には出したく無かったのだ!」



アリスの美貌に鼻を伸ばしながら見惚れている男達を睨みながら、エルロンドがアリスの腰に手を添えて壁際まで移動すると、その後をリオベルトが着いて行く。


それと同時に、レオンが現れた。



「久しぶりだな、リオベルト。

義兄弟だと言うのに中々、顔を合わせる事も無かったから今日は会えて嬉しいよ」



「それは本心か?嫁はどうした?」



リオベルトが少し冷たい態度で尋ねるとレオンは苦笑いで答えた。



「相変わらず俺には冷たいな、リオベルト。

妻は皇后陛下の所だ。まだまだ母親に甘えたい様だ」



二人の会話に割り込む様に、エルロンドがアリスと共に二人に近付く。



「レオン、来てたのか。皇后陛下に失礼になる事はしてないだろうな?嫁を置いて、自分だけ先に会場入りするとは」



エルロンドの小言に、レオンは溜息を吐きながら答える。



「心配し過ぎですよ。これでも妻とは良好な関係を演じてますから。妻が皇后陛下と二人で話したいと言うから先に来た迄ですよ」



「そうか。ならいいっ」



険悪な雰囲気の二人を宥めるようにアリスが割って入る。



「レオン兄様。久しぶりですわね。

家を出てから益々、疎遠になった様で寂しいですわ。

これを期に少しは交流が出来たら嬉しいですわね」



少し雰囲気が変わったアリスにレオンは戸惑う。

昔のアリスは、そんな事を言うようなタイプでは無かった。それどころか、レオンに興味さえ無い様子で自分から話し掛けてくる事さえ無かったのだ。



「驚いたろ?結婚して数ヶ月した頃に、ちょっとした事故で頭を打ってから記憶が少し欠損してね。昔と少し変わった様なんだ。俺も最初は戸惑ったが、今のアリスの方が交流しやすいと思うよ」



戸惑うレオンに、リオベルトが助言すればレオンはアリスに笑顔を向ける。



「記憶が欠損した話は聞いていたが、性格さえ少し変わった様だな。勿論、たった一人の妹だから俺も交流を持って仲を深めたいと思うよ」



「そう言ってくれると嬉しいわ。他人行儀なのは寂しいもの。たまにはダグラス家に遊びに来てね」



レオンとの蟠りも少しは解けた気がしてアリスは嬉しかった。その様子にエルロンドも、レオンとの関係性を見直さないとアリスに嫌われるのではと内心思うのだった。



程なくして国王陛下並びに皇后陛下、王太子に王女が共に入場してくると会場全体が静けさに包まれた。


国王陛下の挨拶と王太子であるウィリアムの挨拶が終わると御祝ムードに様変わりした会場で、一人の女性の名が呼ばれた。



トンプソン侯爵家の二女で歳は、まだ16歳という若さの彼女の名は、アンジェリカ・トンプソン。


トンプソン侯爵家は、大きな鉱山と炭鉱町を有した領地を治めていて財力がある家だ。王太子妃として迎える事で申し分ない後ろ盾となるだろう。



まだ幼さが残るアンジェリカ嬢は、見るからに前に出るタイプでは無い。影から夫を支える健気な妻という雰囲気だ。御飾り妃だと一目瞭然だと皆に思わせた。


しかし、ウィリアムはアンジェリカを丁寧にエスコートして皆の前に並び立つと、アンジェリカを愛おしそうに扱い皆に牽制する姿勢を取ったのだ。


ウィリアムの優しさだろう。アンジェリカが他の令嬢達に舐められないように、アンジェリカを害したらミランダの二の舞になると釘を刺したのだろう。



挨拶が終わり、王太子と新たな婚約者のダンス披露があり本格的にパーティーが始まった。


前半は挨拶周りだ。次から次へとダグラス公爵夫妻に挨拶をと列をなしてしまったのだ。肝心な王太子への挨拶さえ行けない状態だった。



アリスが、人酔いする頃合いでリオベルトは周りの者に「少し失礼するよ」と断りを入れると、アリスを控え室へと誘ってくれた。



控え室に着いたアリスは、崩れる様にソファーへと身を預ける。



「人が群がって来るって恐怖なのね…

有名人を羨んだりした事が間違いだと理解したわ」



アリスの言葉に、リオベルトは思わず笑ってしまう。



「オマエは、自分の価値が本当に分かって居ないな。

今まで表舞台に出て来ないアリスは、噂話の良いネタだ。表に出て来れない程の不細工だの、事故か何かで顔に傷があるのではとかな。反対に、その神秘性から崇拝する奴も居たりした位だ。

そんなアリスが表舞台に現れたんだ。それも息を呑む程の美貌なんだから群がるのも仕方無いだろ」



「物珍しいだけでしょ?」



アリスからしてみたら、この世界の貴族は魔力量の関係か容姿端麗な者が多すぎて麻痺していた。


確かに前世の自分からしたら、アリスは絶世の美女だが、他にも美貌の持ち主は多いのだ。



「謙遜するな。オマエは人がうらやむほど美しいよ」



微笑むリオベルトに苦笑いを向けると、控え室の扉をノックする音が聞こえた。


リオベルトが対応する為に扉に歩み寄ると、アリスは姿勢を正して座り直した。誰の訪問か分からない以上は気が抜けない。



扉の向こうの訪問者はウィリアムだった。



「少し御邪魔して良いかな?」



爽やかな笑顔で現れたウィリアムをリオベルトは直ぐに迎え入れると廊下に控える使用人に飲み物と軽食を頼んだ。



突然の王太子の登場に、アリスは少し緊張をしていたがパーティー前のリオベルトの言葉を思い出し、王太子という事を考えない様に努めた。



「リオベルトの奥さんとは初対面だったね。

知っていると思うがウィリアムだ。長い付き合いになるだろうから気楽に頼むよ」



そう言うとアリスに手を差し出した。

握手を求めるものだと思うが確認の為に視線をリオベルトに向けると、リオベルトが頷くからアリスはウィリアムの手を握った。



「リオベルトの妻のアリスです。

殿下が少しでも心が休まる様に堅苦しい話し方は最初からしませんわ」



その言葉を聞くとウィリアムは、ふと顔がほころんだ気がした。







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