第一章 9 王太子誕生祭(前編)
王太子誕生祭に向けて衣装屋を屋敷に呼び付けていた。プライドの高い有名店ではなく、こちらのデザインをより良くしてくれそうな店をベンジャミンに探して貰ったのだ。
何故、有名店を避けたかと言えば有名店程、デザイナーのプライドが強いからだ。それに、何処かの貴族が御用達にしていると、そこの当主に許可を取らなくてはならず面倒だからでもある。自分の作品に命を掛けていると言っても過言では無いからこそ、こちらの思い通りに作るのは難しい。その辺を柔軟に取り入れてくれる方がアレコレと好みが言えると言う事だ。
ミシェーレ家に居た頃は有名店のデザイナーがアリスに似合うデザインで勝手に作ってくるシステムで、与えられたドレスを来ているのが普通だった。
殆どが、エルロンドの好みだった気がする。
自分でオーダーメイドするのは初めてで、アリスは久しぶりにワクワクしていた。
屋敷に来た衣装屋は、歳は二十代後半位の地味な女性だったが、デザインのスケッチを見せて貰うとセンスはかなり良かった。
早速、私のイメージを言葉にすればペンを走らせ、アリスの頭の中が見えてるのでは?と思う程にイメージ通りに描き上げてくれる彼女の才能に惚れ込んでしまう。
「えっと、御名前を聞くのを忘れていたわ。
今更だけど、教えてくれるかしら?」
アリスのイメージ通りのデザイン画を見ながらアリスは眼鏡を掛けた地味な彼女に名を聞いた。
平民らしき彼女は、位の高い公爵夫人の許可無しに己の名を口に出来なかったのだ。
「改めて名乗らせて頂きます。
私は、衣装店サザンカの店主権デザイナーのマリと申します」
「マリね。コレからも何かあったら貴方にお願いするわ。今後とも宜しくね。
生地選びをする前に御茶でも飲まない?もっと貴方と仲良くなりたいの。私ね、友達が居ないから身分とか関係なく気軽に話して欲しいの。駄目かしら?」
「滅相もない。私で良ければ、いつでも呼び付けて下さいっ!」
思いもしない提案にマリは舞い上がってしまう。
まさか公爵家から呼び出されると思ってなかった彼女は、貴族の御遊びの冷やかしかと思ってやって来ていた。
しかし、来てみればダグラス公爵夫人であるアリスの気さくな態度に驚き、更には平民であるマリに笑い掛け友達になりたいと言うではないか。マリにとっては夢か幻かと言う様な話だった。
メイドが御茶とスイーツを用意してくれ、アリスに促され素敵なテラスでの一時は、別世界の様に優美で笑顔を向けてくれるアリスの美貌に夢心地になってしまい、マリはアリスに見惚れてしまう。
「もうっ聞いてるのマリ?」
アリスの顔が近距離に近付き覗き込んでくるから、マリは頬を染めて照れてしまう。恋する乙女の様だ。
いや、マリは確実に恋をしたのだ。
同性であるアリスにトキメイてしまったのだ。
「すっすいませんっ。あまりにもお綺麗で見惚れてしまって…」
モジモジと照れるマリが可愛くてアリスは、少し意地悪をしたくなってしまう。
照れるマリの横に移動してピッタリとくっつくと、アリスはマリの眼鏡をとって顔を掌で包んだ。
「眼鏡がなければ照れないかしら?
それより、眼鏡を取った方がマリは可愛らしいわ。
もっと化粧して服も明るめのを着たら?もっともっと可愛いマリが見たいわ」
「眼鏡は、伊達でして。実は目が悪い訳ではなくて…目立つのが嫌いで…」
マリの話では衣装店は案外多いのだそうだ。
ライバル店がひしめく中で、あまり目立つと嫌がらせ等も受ける事もある。地味な見た目をしていた方が相手にされずに都合が良いらしいのだ。
「衣装屋さんも大変なのね〜。
なら、ダグラス公爵家の専属店になれば?
他の貴族に売るのは駄目だけど、平民への販売は許可するし、悪い話では無いと思うけど。
どうかしら?」
「本気ですか?」
驚きを隠せないマリは半信半疑だ。
そんなマリにアリスは微笑み掛ける。
「だって私、マリが気にいっちゃったんだもの。
才能に惚れ込んだから他の誰かに渡したくないわ」
その言葉にマリは心臓の鼓動が跳ねた。
『惚れ込んだ』の響きが心臓を貫いたのだ。
「私も、アリス様に惚れ込みましたっ!」
愛の告白の様なマリの言葉にアリスは、ぎゅっとマリを抱き締めてしまう。小動物の様な可愛さにアリスもキュンとしてしまうのだ。
「私もマリが好きよ。ずっと仲良くしてね」
そう言うとアリスは、マリの頬にキスを落とす。
真っ赤な顔で惚けるマリ。
その時、リオベルトの声がした。
「まったく、俺の嫁は女も口説くのか」
「そうよ。可愛いんだもの。
そうそう、マリの衣装店をダグラス公爵家の専属にしたいのよ。御用達公認の家紋を帰り迄に用意してね」
この世界では、王族や貴族が気に入った店等を独占する事がある。御用達店には公認の印として家紋入りの金の楯を贈るのだ。
店先にそれが置いてある事で、他の貴族家は公認を与えた貴族に許可を取らねば、その店の商品を買えないと言う暗黙のルールがあるのだ。
店側としても貴族がバックに付いて店の防犯対策にもなる。
リオベルトにもデザイン画を見せ生地選びなどは三人で和気藹々と進められて樂しかったアリスはご機嫌だった。
王太子誕生祭の日がアリスにとって大変な1日になるとは、この時は知る由も無かったのである。
衣装の打ち合わせが全て終わると、アリスはマリを誘い庭の散歩に出た。
「私ね、外の世界を知らないの。
限られた場所しか知らないから、外の世界の話を聞かせて欲しいな」
美しい庭園に見惚れながら歩くマリは、アリスの言葉で足が止まる。こんなに美しく豪華な世界で生きていて何不自由無いと思っていた公爵夫人のアリスが、外の世界を知らないなんて信じられなかった。
「それって、街に出た事が無いんですか?」
「そうよ。大事にされ過ぎたみたい。
この豪華で大きな敷地は、私の牢獄の様なものだったの。外の世界は危険で乱れているって出してくれなかったから…少しづつでも外に出られたら楽しいだろうな」
何処か遠くを見る様に宙を見上げるアリスの横顔を眺めながらマリは思った。この人の喜ぶ顔が見たいと。
「いつか私がアリス様を外の街に連れ出してあげます。平民の食べ物なんかは口に合うか分かりませんが、沢山の屋台が出る日もあるし平民だけのお祭りもあるんですよ。きっとアリス様と行ったら楽しいだろうな」
「マリ。約束よ?本当に連れてってね。
楽しみにしてるわ。ありがとうマリ」
アリスに抱き締められたマリは、今度はぎゅっと抱き締め返した。自分よりも年下の本当は繊細なアリスを守りたいと思ったのだ。
想いが溢れてしまうマリは、衝動的にアリスの唇に自分の唇を押し付けてしまった。驚くアリスの顔を見てマリは慌てて離れ謝った。
するとアリスは笑ってマリを抱き寄せて、蕩けるような甘いディープなキスをしてくれた。
そのキスに酔いしれるマリにアリスは囁いた。
「マリ。貴方は私の物よ」
迷路の様な庭園の死角に隠れ、アリスとの秘め事に酔いしれたマリ。アリスも自分がこんなにも大胆だとは思ってもみなかったが、マリへの想いは嘘では無かった。性別など関係なくマリが欲しかったのだ。
欲望を抑えきれなかった。
いくら誰にも見えないとは言え、外での秘め事は興奮した。それも同性との秘め事は甘美に思えた。
何もかも柔らかい感触は病み付きになりそうだ。
別れ際まで何度もキスを交わし別れを惜しんだ。
「また近い内に来てね」
アリスが言えば、マリは毎日でも来たいと言ったが流石に衣装作りをしなくては誕生祭に間に合わないと泣く泣く一週間後に約束を交わした。
マリが帰るとリオベルトが部屋に来た。
「随分と気に入ったらしい。外での秘め事は良かったか?」
リオベルトには筒抜けの様だ。
「とても良かったわ。
初めての衝動で、あんな甘美な時間があるなんて知らなかったわ」
本心を言えばリオベルトは妖しく微笑む。
「じゃ〜俺とも外で楽しもうか?
オマエはもっと淫らになれるだろ?オマエの魔力はそんなものじゃ物足りない程に膨大なんだからな」
リオベルトの言っている意味が分からなかった。
「本当にアリスは世間知らずだ。
魔力量が多ければ多い程に生命力は増す。だから、若さを保てる。それに、生命力が強いとなれば性欲さえ強いのさ。
神の神聖力とは違って、俺達の様な聖霊の血脈は欲望と切っても切り離せない。清廉潔白だけじゃ国は護れない。」
初めて知る知識にアリスは驚きながらも内心では安堵した。前世の概念が残るアリスにとって、欲望に溺れる自分に何処か罪悪感が拭えなかったからだ。
そしてアリスはリオベルトに、ある提案をする。
跡取りを産めないなら、マリに跡取りを産んで欲しいと。
リオベルトは困った表情を見せた。
「アリスから、そんな提案をされるとは思わなかったよ。俺は計画を変更しなきゃならなそうだな。骨が折れそうだ」
リオベルトが言う計画とやらをアリスが知る事は無かった。リオベルトが誤魔化したからだ。
深く考えるよりも先に、リオベルトの誘惑でアリスは快楽に身を委ね確信する事を阻止された形となった。
次の日。リオベルトはマリの店へと足を運んでいた。
マリは、急なリオベルトの訪問に慌てて居たが、リオベルトの気さくな雰囲気に次第に心を開いた様だった。
アリスの夫であり、アリス同様に美しく偉ぶらないリオベルトに警戒心が薄れてしまったのだ。
「所で、衣装の変更ですか?」
「まぁ〜、そんなとこかな?
それにダグラス公爵家の馬車を店の前に停車すれば君も、今後は影に潜まなくても良くなるだろ?
可愛い素材をもっと生かした方が良いだろ?君も女の良さを隠した生き方は終わりにしたいだろ」
「お気遣い有難う御座います。感謝しかありません」
丁寧な礼を言うマリに、リオベルトは妖艶に微笑むと本題に入った。
「アリスが君を本当に気に入った様でね。
君の覚悟を確かめに来たのが一番の目的なんだ。
君はアリスに全てを捧げる気はあるかい?」
リオベルトに尋ねられたマリは真剣な顔で答えた。
「私が出来ることなら何でもする覚悟です。
私はアリス様と一度しか御会いしてませんが、私の全てがアリス様を求めてると確信してます。信じて貰えるとは思いませんが、アリス様の為なら命さえ惜しくない程に私はアリス様をお慕いしてしまいました」
「信じるさ。アリスの魅力に抗える者など居ないだろうしね。アリスの望みは自分の代わりに俺と子を成す事だ。ダグラス家の跡取りを君に産んで欲しい。
勿論、君はそのままアリスを一番に愛せば良い。望むならダグラス家に君の部屋を用意する。ずっとアリスの傍に居てくれて構わない。
性行為も、何ならアリスと三人でも構わない位さ」
笑顔で淡々と話すリオベルトの言葉に、マリは驚きを隠せない。何でもない事の様に話すものだから思考が追い付かなかった。
「いきなりでビックリするだろうな。
けれど、アリスが望んでいるんだ。それを叶えてやりたい。アリスは国にとっても大切な存在だが、俺にとってはそれ以上に大事な女なんだよ。それは君も共感してくれるだろ?」
「はい。アリス様の幸せそうな笑顔を守りたいと心から思っています。いつか自由に外の世界へと羽ばたかせてあげたいと本気で思ったんです」
マリの言葉にリオベルトは優しい微笑みを向けた。
その美しい笑顔に、マリも自然と笑みが溢れた。
今回の衣装作りが終わった後、マリはダグラス公爵家に住居を移すと共に王都の一等地に店を移転する事となる。アリスのプロデュースにより、マリは別人の様に様変わりを遂げる。地味で目立たないマリは、何処かの物語のヒロインの様な愛らしさと可憐さで男達の視線を浴びる事となるのは、もう少し先の話だ。
マリが手掛けた衣装を身に纏ったダグラス公爵夫妻の、あまりの美しさに王太子誕生祭会場内の視線を釘付けにし、マリの店への注文の許可を求める手紙が引っ切り無しにダグラス家に殺到する羽目になり後日リオベルトが頭を抱える事となる事も付け加えておこう。




