初夢は異世界冒険
元日の陽も暮れた夜。
住宅街では、あちらこちらの家で、
家族が揃って正月のごちそうを楽しんでいる。
その中の一軒の家では、その家に住む男子高校生がベッドに横たわっていた。
「おせちもすき焼きも食べて、もうお腹いっぱいだ。
後は寝るだけ。そういえば、今夜見る夢が初夢なんだっけ。
良い夢が見られるといいな・・・」
そうしてその男子高校生は、微睡みに落ちていった。
暗闇の中に落ちていくような感覚。
ハッと目を覚ますと、目の前には真っ青な空。
体を起こすと、そこは草原の真っ只中だった。
「どうなってるんだ?
僕は自分の部屋のベッドに寝ていたはずなのに。」
すると、目の前に小さな翼を生やした小人、
妖精のような見かけの生き物らしきものが、ふわふわと飛んできた。
「あけましておめでとう~!ここは異世界、初夢の世界です。」
「初夢の世界?お前は何者なんだ?」
驚きを隠せずにいるその男子高校生に、その妖精のような生物は言った。
「ここは初夢の世界、わたしは初夢の案内人です。
人間は皆、元日の夜に眠るでしょう?
すると人間は、この初夢の世界に転移するのです。」
「転移?」
「意識だけがこの初夢の世界にきて、形を得るのです。
そうして初夢の世界で冒険をして、その結果が初夢になります。
ここは夢の世界なので、結果以外は消えてしまうので心配無用。
記憶の断片が初夢として残るだけです。
ただし注意してください。
ここは夢の世界ですが、結果は初夢、そして今年一年の運勢に関わります。」
「つまり僕はこの初夢の世界で冒険者になって、
今年一年の運勢を決める冒険をするのか?」
「そうです。
この世界は夢の世界、しかし冒険であって遊戯ではない。
あなたが行動したことは、現実に影響を与える。それをお忘れなく。
人助けをすれば徳がプラスされ、運勢が良くなるでしょう。
逆に悪事を働けば徳がマイナスされ、運勢が悪くなるでしょう。
この世界には人を襲ったり唆したりする魔物たちがいます。
ぜひ、人々を魔物たちから守ってあげてください。
冒険の期限は、この夢の世界で一週間。
終わりになった頃、またわたしがこうして迎えに来ます。
では、初夢の世界でがんばって。」
伝えることだけを伝えると、妖精はふわふわとどこかへ去っていった。
「初夢の世界で冒険か。面白そうじゃないか。」
物怖じしないその男子高校生は、立ち上がると早速、冒険に旅立った。
草原を歩くその男子高校生。
ふと思いついて、立ち止まった。
「おっと、その前に、ゲームならステータスを確認しておかないとな。
こうかな?」
その男子高校生は、空中を指で突く、タップしてみた。
すると何やら小さな点が集まってきて、空にウィンドウ画面を形作った。
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レベル 17
HP 250
MP 200
攻撃力 50
防御力 100
魔力 80
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ウィンドウ画面にはこのように書かれていた。
「これが僕の今の強さか。
これだけじゃ強いのか弱いのかわからないな。」
すると続けてウィンドウ画面が表示された。
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推奨クエスト
チュートリアル、戦闘を覚えよう。
目標:野生動物の討伐
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「なるほど、ゲームと同じく、クエストがあるんだ。
じゃあそれをやってみよう。」
その男子高校生はあたりに落ちていた手のひら大の石ころを掴んだ。
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石ころを手に入れた!攻撃力+10
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ウィンドウにはそのように示されていた。
周囲を見渡すと、穏やかな青空に草原が広がっている。
そこには、鳥やリス、ウサギなどが気持ちよさそうに過ごしていた。
そのウサギの一匹に目を付けて、その男子高校生は石ころを投げつけた。
ガスッ!と音がして、石ころはウサギに命中してウサギは倒れた。
ウサギは口から血を吐いて痙攣していたが、すぐに動かなくなって絶命した。
すると、空にまたウィンドウ画面が表示された。
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野ウサギを倒した!経験値20を獲得。レベルが1上がった!
クエストを達成した!
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「おおっ。クエスト通りに動物を倒したらレベルが上った。
この調子でしばらくレベル上げをしてみよう。」
そうしてその男子高校生は、木の枝や石ころを使って、
草原の動物を狩っていった。
その度にウィンドウ画面には経験値獲得と表示され、
やがてレベルが50ほどになったところで、
その男子高校生は草原の動物を狩るのを止めた。
「ふぅ、レベル上げはこのくらいでいいだろう。
次は何をしたら良い?」
すると空にウィンドウ画面が示された。
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クエスト
洞窟の魔物を討伐しよう。
目標:洞窟の魔物の討伐。
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「洞窟に魔物といえば、ゲームのお約束だものな。
よし、洞窟の魔物を倒しに行こう。」
その男子高校生は洞窟を求めて、草原の小高い丘に登った。
すると、やや遠くに真っ暗な洞窟が口を開けているのを見つけた。
「あれが洞窟だな。よし、いくか!」
その男子高校生は意気揚々と洞窟へと向かっていった。
洞窟の中は、等間隔に松明で照らされていた。
とはいえ、電球などとは違い、洞窟の中は顔も見えないくらい薄暗い。
「この松明は魔物が作ったのかな。
道具を使うとすれば、正面から戦うのは得策じゃないな。」
その男子高校生は腰を低くして、岩陰に身を隠しながら進んでいった。
すると、洞窟の奥に何やら生き物の気配を感じた。
生き物は数匹といったところだろうか。
「二本足で歩く魔物、ゴブリンかオークかな?」
二本足の魔物たちは、何やら液体の入った壺を運んで並べている。
「刺激臭がする。あれは油壺だな。
よし、それなら・・・!」
その男子高校生は洞窟を少し戻ると、手頃な松明を一つ手に取った。
そしてまたこっそりと魔物たちの近くに戻ると、
手にした松明を並んだ油壷に目掛けて投げつけた。
ボウッ!っと松明の火は油壷に燃え移り、次々に燃え移って大きな炎になった。
「ぎゃああああ!」
ゴブリンだかオークだかわからない魔物たちは、火達磨になって悲鳴を上げた。
その男子高校生は急いで洞窟から脱出した。
するとウィンドウ画面が表示された。
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洞窟の魔物を倒した!
クエストを達成した!
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祝福するようなウィンドウ画面の文字に、その男子高校生は喜んだ。
「よし!これでまたクエストを一つ達成だ。
この調子で、どんどんクエストを達成していこう。」
それからその男子高校生は、次のウィンドウ画面を呼び出した。
そうしてその男子高校生は、ウィンドウ画面に従って、
いくつものクエストを達成していった。
提示されたクエストは様々で、
魔物の討伐を指示されることもあれば、
人里に行ってアイテムを持ってくるように指示されることもあった。
もちろん、その男子高校生は、この世界のお金を持ってはいない。
だからアイテムを手に入れるには、盗みを働く必要がある場合もあった。
その度にその男子高校生は、
「ゲームでも盗みは必要な場合があるものな。
きっとこのアイテムは元の持ち主から盗まれたものなんだろう。」
などと考えて納得しようとしていた。
初夢の世界で、その男子高校生は、冒険者としての生活に充実を感じていた。
日常の世界ではできないような魔物の討伐、あるいは盗みなど、
初夢の世界での生活は刺激に満ちたものだった。
それもこれも、ウィンドウ画面が出す指示のおかげだった。
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クエストを達成した!
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「このウィンドウ画面がなかったら、
僕はこの初夢の世界で何をすればいいのかわからなかっただろう。」
今ではその男子高校生はウィンドウ画面の指示に全幅の信頼を置いていた。
だからどんなクエストを指示されても、素直に従うようになっていった。
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クエスト
お金を手に入れよう。
目標:城の宝物庫の財宝の入手。
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この初夢の世界にも人家があれば町や城もある。
そこから盗みを働けというクエストも珍しくなくなった。
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クエスト
武器を破壊しよう。
目標:城の武器庫、及び武器屋の武器の破壊、奪取。
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そんなクエストを達成するために、その男子高校生は、
しばしば放火や略奪を行った。
警備兵などと対峙する事になった時には、さすがに心にくるものがある。
相手に怪我をさせたり、あるいはそれ以上の結果になったこともあった。
その度に、これは初夢の世界、遊戯の世界なのだと納得していた。
そうしてウィンドウ画面の指示に従うこと一週間。
その男子高校生の冒険に終わりが訪れようとしていた。
空にふわりと何かがやってきた。
今度はウィンドウ画面ではない、妖精の姿をしたあの生き物だった。
「おつかれさまでした。
あなたの初夢の世界での冒険は、ただいま終わりました。
どうでした?異世界での冒険は。」
ホッとその男子高校生は吐息を一つ、複雑な笑顔で答えた。
「ずいぶんとクエストもこなして、レベルも上がったよ。
ちょっと心が痛んだけど、楽しかったよ。」
「・・・と、言いますと?」
妖精は不思議そうな顔をしている。
だからその男子高校生は、いつものようにウィンドウ画面を出して説明した。
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レベル 80
HP 1500
MP 650
攻撃力 500
防御力 350
魔力 270
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「ほら、このウィンドウ画面を見てくれよ。
レベルが80まで上がったんだよ。
でも、そのために盗みや人を襲わなきゃいけなかったのは、
心苦しかったな。」
すると妖精は褒めるでもなく、怪訝そうな顔をして言った。
「レベル?その、ウィンドウ画面というのは何ですか?」
「何って、この初夢の世界での僕の能力を示すものだろう?」
「そうなのですか?わたしはそんなものは用意してませんし、
ウィンドウ画面があるなどと、聞いたこともありません。」
「そんなことないだろう。
ゲームではステータス画面はあって当たり前じゃないか。」
「いいえ、違います。
最初に言ったでしょう?
この初夢の世界は、冒険であって遊戯ではないと。
そんなおもちゃのような機能はありません。」
ぞくりと背中に汗が滑り落ちる。
その男子高校生はこの初夢の世界に来てから、
このウィンドウ画面の指示にずっと従ってきた。
しかしこれは、元来はこの初夢の世界には存在しないものだという。
ではこのウィンドウ画面は何?
目を凝らしてみてみる。
すると、ウィンドウ画面を形作る点が見えた。
さらによく見る。これは点ではない。生き物だ。
小さな生き物が集まって、ウィンドウ画面を作っていたのだ。
すると妖精もそれに気が付いたようで、鋭い声を上げた。
「気を付けて!それはミニデビルの集合体です!」
「ミニデビル?」
「ミニデビルは人間を唆して悪事を働かせる魔物です!
そういう魔物もいるから注意してと警告したでしょう!」
するとウィンドウ画面が崩れて、おぞましい魔物の顔の形になった。
「ケケケ!今頃気が付いたのか!
でも、もう遅い。
その人間は、俺達が案内役だと思い込んで、
何でも言うことを聞いてくれたよ。
洞窟の人間を焼き払ったり、城の衛兵を殺して金品を奪ったりな!
まったく、人間はちょろいもんだ!」
ミニデビルが集まった魔物の顔は、禍々しい笑顔を浮かべると、
宙に散り散りになって消えていった。
ウィンドウ画面は人を唆す魔物、ミニデビルの集合体だった。
その男子高校生は、そうとは気が付かず、
ミニデビルに言われるがままに悪事を働いてしまった。
その男子高校生は泣きそうな顔になって妖精に尋ねる。
「僕は魔物に騙されて悪事を働いていたのか?
それじゃ僕はどうなってしまうんだ?」
「ちょっと待ってください。今調べてみます。」
妖精が目を閉じ、その男子高校生の額に両手をかざした。
するとそこに光る文字で、こんな言葉が浮き上がった。
「徳 -999」
妖精は驚いて首を横に振っていた。
「あなたがこの初夢の世界で行った行動の結果、
徳は-999でした。
こんなに低い徳を、わたしは見たことがありません。」
「なんとかならないのか?」
「あなたがこの世界にいられる時間はもう残り僅かです。
この初夢の世界は、夢の世界ですが、現実の世界に影響します。
あなたは魔物に唆されて行った悪事の結果を受けることになるでしょう。
残念ですが、わたしにできることはもうなにもありません。
現実の世界に戻っても気をつけて。」
妖精の、やさしいが取り付く島もない言葉が、段々小さくなっていく。
そうしてその男子高校生は、意識を失った。
目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。
真冬だというのに寝汗でパジャマがびっしょりと濡れている。
今日は一月二日、時間は昼頃。
その男子高校生は、寝起きの頭を何とか目覚めさせようとした。
「なにか、ひどい夢にうなされていた気がする。」
初夢を見たはずだが、その男子高校生には思い出すことができなかった。
びっしょりのパジャマを着替え、喉を潤そうと、その男子高校生は自室を出た。
ふらふらとおぼつかない足取りで家の階段を下りていく。
するとうっかり足を滑らし、階段を転げ落ちてしまった。
バタバタバタバタ、転げ落ちていく階段の下に何かがある。
それは、午前中に家族が初詣に行って持ってきたであろう、破魔矢。
破魔矢が階段の下の壁に立てかけられていた。
そこにゴロゴロとその男子高校生が転がっていく。
破魔矢がその男子高校生の額を貫く寸前、その男子高校生は全てを思い出した。
初夢の世界での冒険のその結果が今やってきたという確信を。
あけましておめでとう。
終わり。
元日はもう過ぎてしまいましたが、初夢の話にしました。
夢は記憶を整理したりする過程で起こると耳にしたことがあります。
もしもそうではなくて、夢の世界での記憶の断片だったら?
夢の世界という異世界が存在した場合のことを考えてみました。
夢の世界の魔物は人を唆す。
その通りに男子高校生は利用されてしまいました。
指示にただ従うだけでなく、従うべきか自分で考える必要があるのは、
夢の世界でも現実の世界でも変わりませんでした。
お読み頂きありがとうございました。