薔薇のシーリングワックスの招待状
お花の薔薇の棘の歌を聴いた。
薔薇は棘の下にさらに細い刺さったらなかなか抜けない針をもつんだよな。
と棘をとって遊んでいた幼き日を思い出す。
少しグレーがかってる茶色の棘を一つずつ、横に倒してとる。というかポキッと折る。
次の年。
また薔薇を見つけた。
棘をとろう!とするも。
緑色で若い棘はなかなか取れない。
まだ棘が茎の一部なのだ。
翌日になりまた見にくると無理に棘をとったからか、そこから茶色くなり痛んでしまっていた。
しかも、虫もついてるし。
棘の意味が分からない。
と子供ながらに思っていた。
今、調べて棘は守るためにあるわけではないという事が分かった。茎の一部として機能しているらしい。
守るために、めっちゃとんがってる!!!
と思ってるのは人間くらいらしい。
そして、原種から離れていくほど棘は少なくなっていくらしい。
らしいばっかりだけど、人間がいくら調べたとて本当が分かる日はこない。
辻褄が合う事を分かったと言って納得させて、ひとまず終わりにしているにすぎない。
終わりにする必要なんてないのに。
ふと私は思ってしまった。
もしや、薔薇の敵は人間だったんじゃないのか。
人間は引っこ抜いて何処かへ持って行ってしまう。
花束にして誰か一人のため。もしくは、誰かの気を引くために。あなたは特別だと言うために。
一方で、つまれた薔薇さん。
つまれた瞬間から、薔薇は決められた美しさを楽しむための物、何かを伝えるためのアイテムというイメージの箱に閉じこめられてしまう。プレゼントした人とされた人、その2人にとってのイメージそれ以上にはなれなくなってしまう。
薔薇は綺麗なもの。華やかなもの。
だけど、薔薇は誰かのために綺麗に華やかに美しく咲いていたいわけじゃなくて、見た目に反して泥臭い人生を謳歌したい気骨ある負けじ魂のやつだったのかもしれない。
そして、あの見た目はパーティーピーポーとして、みんなを明るく盛り上げるためだったんじゃ。
なんか、みんな食べられないように目立たないように必死になって地味になりすぎじゃない?
ほら、大丈夫!食べられない!
少しずつ、自分の好きにやってみなよ!
大丈夫!とりあえず、私が目立つから!
一緒に楽しもう!
みたいな。
油虫やカビ菌類や蝶々や蜂と一緒に土の変化を感じたり、気候に一緒に文句を言ったり、つかまってる虫達が飛んでいかないように、ふんぬっ!と1人風に耐えたり、雨の時には虫達の傘になれたり、暑くて弱ってしまったけど他の虫に貯めていた蜜をあげられたり、年取ったら実を鳥に与えたり。ついでに、子供を広い世界に連れて行ってもらう。
虫にちょっと食われようが汚れようが薔薇はそこに咲いていたい。
色々な顔を周りの自然そのものと偶然にいあわせた命と調和しながら咲いている。
それは、綺麗な部屋の美しい花瓶に咲くよりも、もっともっと壮大で美しい無限の世界。
茶道かと思ったら異種格闘技の選手だったような。
だから何処にも連れて行かれたくなかったんじゃ。
だから、
ちょ、動かさんといて!
あんた!握れないようにしてあるでしょ?
という意味があったんじゃ。
でも、本当に守るためにあるのは、あの中にある針みたいに細いアレだと思う。
あれは刺さると痛いし抜けない。
あれはなんだ?
薔薇はよく分からない。
面白い憂奴。
本当に美しい。




