ダンジョンスカウト
日本の中心、東京都の外れにある――あきる野市。
あきる野市の写真を見せられても、誰も東京都だと思わないような自然豊かな場所。
そんなあきる野市の人気スポットである秋川渓谷。
キャンプ地としても非常に人気の場所であり、子供から大人まで楽しむことができる。
そんな自然豊かで美麗な渓谷の中心に――ある日、突如としてダンジョンが出現した。
ダンジョンという意味の分からないものが現れたことで世間では連日ニュースとなり、やれ宇宙人の侵略だ、やれアニメの世界が現実で起こった、などと世間を賑わし続けた。
日本政府はすぐにあきる野市への一般人の立ち入りを禁じ、自衛隊を投入してダンジョンの実態の調査に移った。
法律では外国からの武力攻撃をされた場合でしか自衛隊を出動させることができないのだが、特例として動かされることが決まり、後に法律まで変えてまで謎のダンジョンについて調べることとなった。
そして、あっという間に五年の歳月が経ち、その間政府は秘密裏にダンジョンを調べ続けていたのだが、結局“何も分からない”という結論しか出せなかった。
正確に言うのであれば、ダンジョンには魔物と呼ばれるファンタジーに出てくるような生物が現れる。
ダンジョン内部では死んでも死んだことにはならず、死んだ場合は素っ裸の状態でダンジョンの外に出される。
ダンジョンは地下深くまで繋がっており、一定の階層ごとにフロアボスと呼ばれる強力な魔物がいる。
この三点だけは分かったのだが、大量の税金を投入してこんな極僅かな情報しか得られなかったということで批判が殺到し、責任を取らされた総理は辞任。
そして政権交代も起こり、日本政府よるダンジョンの調査は途中で打ち切られることとなった。
その後発表した声明によれば、ダンジョンの入口を厳重に囲んで中から魔物が出てこられなくしたため、周囲への危険性はゼロとの内容。
ダンジョン内部の詳しい調査については投げ出され、YoutuberやTwitterer、インスタグラマーなどの目立ちたいだけの底辺インフルエンサーがこぞってやってきたことで、熱が冷めかけていたダンジョンのブームが再燃した。
最初の方は「ダンジョンで死んでみた」や「魔物に殺されてみた」などの低俗な動画ばかりが注目されていたが、徐々に金を持っている人気インフルエンサーが本気でダンジョンの攻略を開始。
そのダンジョン攻略動画や、ダンジョン攻略配信は異常なまでの視聴者回数、視聴者数を叩きだし、世界中からも注目される一大コンテンツと化した。
ただ、いくら金を持っているとはいえ所詮は個人であり、ズブの素人。
税金を使い、軍を動かしても攻略することができなかったダンジョンを攻略することはできず、このブームに乗って次に名乗りを上げたのが民間企業。
テレビの文化が下火となっていた中、ダンジョンの出現で完全にオワコンとなったテレビの代わりとして、“ダンジョン攻略”が一大コンテンツとして注目された。
ストリーミングテレビ事業を行っている会社がダンジョン内部に大量のカメラを設置し、ネットを通じて全世界に二十四時間映像が垂れ流すことのできる仕組みを作り、その仕組みが作られたことで一流企業をバックにダンジョン攻略のプロチームが結成された。
プロチームが結成されると必然的に応援する人が増え、チーム自体を応援する箱ファンのようなものも増えていった。
こうして一気に日本の文化としてダンジョンが根付き、小学生の夢がYouTubreから冒険者となった頃には、既存の中学や高校の部活にダンジョン部が当たり前のように生まれ始め、ダンジョン攻略に特化した学校なんかも珍しくなくなった。
そんな全世界を巻き込んで熱狂していたアキルノダンジョンだったが、誕生から十年の節目で新たに四つのダンジョンが日本に出現した。
その四つは北海道江別市石狩川、愛知県豊田市神越川、大阪府箕面市余野川、福岡県宇美町宇美川。
どのダンジョンもあきる野市と似た自然豊かな場所に出現したのだが、都市近郊ということでアクセスもよく、一気に他のダンジョンにも人が殺到した。
ダンジョン一つ一つに特色があり、プロアマ混ざってのダンジョン攻略は激化。
日本は正にダンジョンブームが巻き起こったのだった。
薄暗い部屋の中、窓を雨が叩き始めた。
ただでさえどんよりとしていた部屋の中が更に重く、そして暗くなった。
「今日って雨が降るって予報でしたか?」
「知らねぇ。いちいち天気予報なんて見ねぇしな」
「ちょっとテレビつけてもいいですか? この後、雨が続くのか見たいです」
「やめろよ。天気なんてテレビ以外でも見れるだろ」
「いいじゃないですか。少しだけですって」
去年入社したばかり新入社員である葉山正人は、まだ若いのに禿げが進行してきている疲れた様子の上司、関根栄一の言葉を無視してテレビをつけた。
雨が窓が叩く音が聞こえていたほど静かだった部屋の中に、テレビの向こうの若い女子アナの声が響く。
『ただいま速報が入りました! 【トヨダイZIDA】がカミコシダンジョンの五十階層を突破したとのことです! 繰り返しお伝え致しま――』
そこまで聞こえたところでプツリとテレビの電源は落とされ、葉山がテレビの横に目を落とすと、不機嫌そうな関根がテレビの電源を引っこ抜いていた。
天気に関する情報を何も得られていない葉山は、すぐに関根に文句を言おうとしたが、鋭い眼光で睨めつけているのが分かって開きかけた口をすぐに閉じた。
「……前から思ってましたけど、関根さんってダンジョンの情報を異様に嫌いますよね。僕達も職員とはいえど冒険者クランに所属している訳ですし、少しでもダンジョンの情報を得た方がいいと思うんですけど」
「ケッ、テレビから流れてくる情報で何が得られるってんだよ。大手クランが攻略に成功したって情報しか流れてこねぇし、うちみたいな三流クランがそんな情報を得ても胸糞悪くなるだけだ」
「別にそんなことないですけどね。僕はZIDAに憧れてダンジョンに興味を持ちましたし、実力が及ばず冒険者にはなれませんでしたが、こうしてダンジョンに関わる仕事に就いてますから」
「なら、とっとと憧れなんて捨てるんだな。俺達三流のクランにとっては、如何にノンプロに落とされないかが大事なんだ。去年の俺達カウボーイズのランキングを葉山は知っているか?」
「そりゃ知ってますよ。D3の18位です」
「そう。ギリギリでノンプロ落ちは回避したが、今年は降格の筆頭候補。オーナーは完全にやる気をなくしているし、退団者が三名も出たのに補強費が5000万円だけ。もう降格まったなしだ」
ダンジョンを攻略するプロのクランは日本プロダンジョンリーグ、通称Dリーグに所属しないといけないというルールがある。
Dリーグに所属しているクランはリーグ別に分けられ、ダンジョンの攻略階数や魔物の討伐数、それからダンジョン内で行われるクランごとの五対五のPVPによってポイントが与えられる。
特にクランごとでのPVPは非常に白熱し、上記二つよりも多くのポイントが付与されるため、PVPを最重視してダンジョン攻略を捨てているクランもあるほど。
そして一年間の獲得ポイントによってランキングが決まり、一番上のリーグがD1、二番目のリーグがD2、一番下のリーグがD3という形になっている。
各リーグに20クラン所属しており、下位だった2つのクランとその下のリーグの上位だった2つのクランが入れ替えとなり、翌年のリーグへと移行していく。
一番下のリーグであるD3であっても毎年5000万円の運営費が貰えるだけでなく、ダンジョン攻略の優先権も貰うことができる。
更に専属のカメラが付き、テレビもしくはインターネットで配信してくれるのだ。
D3では、D-LIVEというダンジョン攻略専用の有料配信サイトでしか配信されないのだが、それでも配信されないよりはマシ。
視聴数に応じて報酬も振り込まれる訳で、雀の涙でも弱小クランにとってはありがたいもの。
これがD1になると地上波で放送されるだけでなく、公共交通機関やビルなどに設置された大型モニターでも流される。
D1は所属しているクランは抱えている冒険者の数も桁違いであり、去年D1の1位だった【四橋REX】は五軍までメンバーが揃っている。
更にジュニアとユースのカテゴリー別アカデミーまで存在し、葉山が所属している一軍のメンバーすら揃っていない【三茶カウボーイズ】とは雲泥の差。
「確かに三人も抜けちゃって、今はダンジョンにすら潜れない状況ですけど諦めちゃ駄目ですよ! 僕はカウボーイズが好きですし、潰れて欲しくありませんもん!」
「潰れて欲しくないって口で言うことなら誰でもできるんだよ。頼んでおいたスカウトの方はどうなってんだ?」
関根にそう問われ、バツが悪そうに口を噤んだ葉山。
今はリーグ戦はオフシーズンであり、ダンジョンの攻略自体は行えるがポイントが加算されない期間。
基本的にはどのクランも攻略を休む期間に入り、新戦力の補強やチーム戦術の見直しなどを図る。
ただ、先ほどのニュースで放送されていた通り、D1でいい成績を収めて余裕のある【トヨダイZIDA】なんかは、オフシーズンでも構わずダンジョン攻略を行っている。
「うぅ……。高校№1ウィザードの星川君には断られました。ちなみにですが京王義塾の志奥君、東宝高校の吉成君、星涼高校の東条君も駄目でした」
「ッチ、だから言っただろ! 高校で有名な奴は他からも声を掛けられるんだ。有名じゃなくても、六軍まで抱えているようなクランは青田買いで抱え込んでおくんだからよ。俺は散々社会人クランから目ぼしい冒険者を見つけとけっつったのに、口説くのは得意ですから!とか言いやがって」
「本当にすいません! でも、僕が声を掛けた時は反応が良かったんですもん!」
「それはどこよりも先に声を掛けたってだけだろ。後からD1のチームに声を掛けられたら、俺達のクランなんかにゃ目を向く訳がない」
「えー、でも、それは流石に薄情すぎませんか?」
「向こうの立場になって考えてみろ。先に声を掛けてきたD3のカウボーイズと後に声を掛けてきたD1のZIDA。カウボーイズは年俸のみでしかもケチった額、一方のZIDAは破格の契約金に加えて初年度から高年俸。葉山はどっちを選ぶ」
「ZIDAです……」
「最初から分かりきってたことだろ」
関根の説教が肌寒く薄暗い部屋の中に轟く中、怒られている葉山を助けるかのように事務所の扉が開いた。
中に入ってきたのは、三茶カウボーイズに所属している職員の中で一番偉い人物である部長の田名部克行。
「あっ、田名部さん! 補強費の件はどうなりましたか? 社長は増やしてくれるって言ってくれましたか?」
「おい、話を逸らして逃げようとするな」
「残念ながら増額はできないそうだ。ただ、俺の方で新しい人材を見つけてきた」
「新しい人材ですか? 抜けた三人の代わりでしょうか?」
「いや、新しい職員を雇った。年俸は2000万」
クラン職員というだけでも関根と葉山の眉の皺が寄ったのだが、年俸2000万円という情報を聞いて空いた口が塞がらなくなった。
葉山の年収は400万円ほどで、関根の年収でさえ600万円ほど。
これでもD3クラン職員としては貰っている方だと思うのだが、入社していきなり2000万というのはあまりにも破格の金額。
カウボーイズのリーダーを務めている西峰でさえ、年俸は2000万円ほどだろう。
補強費5000万で冒険者を3人補強しなくてはいけない中、手が足りているクラン職員に2000万を使うなんて二人は正気の沙汰とは思えなかった。
「田名部さん。あんた、おかしくなっちまったのか?」
「関根さんの言う通り、正気の沙汰とは思えませんよ! 今からでも契約を解除して、三人補強しないと開幕に間に合いませんよ!?」
「先に言っておくが、俺は正気を失っていないし、契約をやめるつもりもない。俺が見つけてきたのは、神谷修吾という凄腕のスカウトマンだ」
「百歩譲って雇ったのはいいですが、その凄腕スカウトマンってのはどこにいるんすか? 挨拶もないってのはおかしいと思うぜ?」
関根のその言葉に田名部は表情を暗くさせた。
常に理路整然としている田名部がここまで明らかな動揺を見せたのは、葉山が入社してから初めての経験だった。
「……それに関しては俺も分からない。今日、事務所に来いと言っていて、既に来ていると思ったんだが……もしかしたら道に迷っているのかもしれないな」
「はぁ? 道に迷う人間が凄腕だなんて俺は聞いたことがないぞ。田名部さん、あんた騙されたんじゃ――」
関根の矛先は葉山から田名部へと移り、詰めようとした瞬間。
田名部の持っていたスマートフォンから音が鳴り始めた。
会話の途中だったこともあり関根と田名部は顔を見合わせて固まったが、関根が手の平を上に向けたことで、田名部はすぐに着信に出た。
「――もしもし。神谷か? 今何をしている。今日、出社してくれと言っていただろ。……は? そんなことはどうでもいい? 一体何を……一人リストアップした? ……ちょっと待ってくれ」
会話からではどんな会話をしているのか聞き取れないが、田名部が動揺していることは関根や葉山にも分かった。
葉山はとにかく会話が聞きたくて仕方がなかったが、どうやらここでビデオ通話+スピーカーモードにして葉山と関根にも会話を聞かせてくれるようだ。
『あ、あー。聞こえてんのかね?』
「大丈夫だ。聞こえている」
田名部のスマートフォンに移し出されたのは、寝ぐせで髪の毛がぐちゃぐちゃな中年の男性。
髭もだらしなく伸びきっており、よく見れば目ヤニもついていた。
この中年男性の顔を見せられても、誰一人として凄腕だとは思わない――そんな風貌をしている。
そしてそう感じたのは関根と葉山も例外ではなく、この男の顔を見た瞬間に田名部は騙されたのだと二人は確信した。
『聞こえるなら良かったぜ。さっきも言ったが、とりあえず有望な冒険者を一人リストアップした。ファイルを開いてみてくれ』
「挨拶にも来ないでファイルを見ろ――だ? お前、舐めているのか?」
『俺の仕事は挨拶をすることじゃない。少しでもいい冒険者を見つける。スカウトというのはそういう職業だと思っていたが違うのか?』
「そうだとしても最低限の礼儀ってもんがあるだろ!」
『礼儀を重んじていい選手が集まるなら、俺だって礼儀良くするが……そんなもんには何の意味もない』
関根にそうキッパリと言い切った神谷。
見た目はとてつもなくだらしないのだが、妙に自信に満ち溢れている感じが説得力を増しており、関根は言葉を詰まらせた。
「二人共落ち着いてくれ。とりあえず早速仕事をしてくれたってことで、ファイルを見させてもらう」
田名部はパソコンからメールを開き、神谷から送られてきたファイルを開いた。
そのファイルには、神谷がリストアップしたであろう冒険者の大まかな情報が記載されていた。
「軽山飛鳥。年齢は17歳で高校3年生。……京王義塾のダンジョン部所属?」
「京王義塾の3年だと? 他のクランに手をつけられていない有望株が残っていたのか? 葉山、お前は何度も京王義塾には足を運んでいるよな? この人物の情報を何でもいいからくれ」
「えっ!? 軽山なんて名前、僕は聞いたこともないですよ! ……あっ、いや確か、三軍のサブにいたような」
葉山は必死に思い出そうとしたことで、ぼんやりとだが軽山についてを思い出した。
三軍のサブアタッカーとして、一度だけ攻略しているところを見たことがあったような気がする。
ただ印象があまりにも薄く、どんな戦闘スタイルだったかはもちろんのこと、どんな攻撃をしていたかすら思い出すことができなかった。
「……すいません。見たことはあるんですが何も思い出せませんでした!」
「見たことがあって何も思い出せないってどういうことだよ」
「だって、本当に印象にないんですもん。京王義塾といえば、圧倒的に志奥君でしたから。ZIDAが行っている全国高校運動能力測定で堂々の全国1位。キルスピードもMAX212km/hの本格派アタッカー! 全国高校選手権も最高到達階層も、高校№1と呼び声高い星川隼人君率いる青森高田に及ばすでしたけど、今年の京王義塾がここまで成績を残したのは志奥君のお陰ですから!」
「なんで志奥についてを熱弁してんだよ。俺が聞いているのは軽山についてだっての」
「すいません。軽山君については記憶にないです!」
関根の呆れ混じりのため息が漏れたが、関根自身も軽山なんて名前は一度も聞いたことがなかった。
葉山ほど熱心に調べていた訳ではないが、葉山から上げられてくる報告書は一通り読んでいた上に、京王義塾についてはどこの高校よりも細かく記載されていたのに――だ。
「本当に軽山ってのは使える冒険者なのか? このリストを見ても到底使えるとは思えない」
当てにならなかった葉山の情報を踏まえた上で、改めて軽山についてのプロフィールを読んだ。
軽山飛鳥。身長161センチ、体重50キロ。ZIDA体力測定9万~10万位。キルスピード103km/h。役職は剣士で、サブアタッカーとして一度だけ実戦経験あり。
男子高校生としては平均的だが、冒険者としては下の下の数値。
これでは近接戦闘を行うにはあまりにも足りないものが多すぎるというのが、田名部を含む三人の意見だった。
「……僕も厳しいと思います。軽山君よりも良い冒険者なら、僕でも見つけることができますよ」
「神谷、この軽山をどう扱おうとしているのかを教えてほしい。何か算段があってリストアップしたのだろう?」
『そりゃ名前に“山”と付いているだけあって、読んで字のごとくタンクとしてだな。暇しているって話だったから、実際にその目で見てくれたら俺がリストアップした理由がすぐに分かるはず』
「実際に見てくれたらじゃねぇだろ。お前はどこで何をしているんだ。プレゼンはお前がしろよ」
『俺は今北海道にいるから無理だ。ターザンってあだ名の化け物高校生が利尻島にいるから見に来てんだ。それじゃ俺は忙しいからこれで。軽山のことはよろしく頼んだ』
「おい! ちょっと待て――。くっそ、切りやがった」
一方的に用件を伝えられ、会話の途中で通話が切られてしまった。
関根がその後すぐに何度かかけ直してみたものの、一向に繋がることはなかった。
「田名部さん、本当にどうする気すか? こんなのを2000万で補強したなんて終わりですよ。今からでも遅くないから契約を結ばない選択をした方がいい」
「もう契約は結んでいるから解消は無理だ。この崖っぷちの状況は神谷に託した後なんだよ」
「――くっそ、なんで相談もなしに決めちゃったんだよ」
「反対されるのが目に見えているからな。とにかく神谷については俺から戻るように伝える。関根は社会人クランから目ぼしい冒険者のリストアップ、葉山は京王義塾に行って軽山と会ってきてくれ。よろしく頼んだぞ」
田名部はそう残すと、事務所を後にして何処かへ行ってしまった。
先ほど以上に不機嫌になった関根だけが残り、ただでさえ重苦しかった空気が地獄のようになっている。
気まずそうに周囲を窺っていた葉山だったが、長い沈黙に耐えかねて関根に指示を聞いた。
「……あ、あの、僕は何をしたらいいですかね?」
「あァ? 田名部さんが軽山を当たれって言っていただろうが。さっさと行って徹底的に軽山の情報を集めてこい!」
「は、はい! 分かりました!」
関根にもそう指示された葉山は、強く雨が降りしきる中事務所を飛び出し、軽山に会いに京王義塾へと向かった。
三軒茶屋にある事務所を飛び出した葉山は、京王義塾までやってきて軽山についての情報を集めて回った。
会って話した印象としては、小さくて細い――だけ。
とてもダンジョン攻略をできるようなタイプには見えず、増してやタンクをやるなんていうのは不可能というのが葉山の率直な意見。
タンクというのは、パーティの壁になる役割のこと。
魔物の敵意を集めて攻撃を自分に集中させ、盾で防ぎながら味方のアタッカーに自由に攻撃を行わせる役職。
ダンジョンを攻略する上で必須に近い役職であり、タンク1人、攻撃役のアタッカー3人、回復役のヒーラー1人のパーティ編成が最もメジャーとされている。
タンクを抜いたアタッカー4人編成も多いといえば多いが、安定感に欠けるためタンクは1人いた方がいいというのが一般的な知識として浸透している。
アタッカーと違って1人しかいないこともあって代えが効かないため、タンクがやられてしまったらパーティが崩壊する。
そのためタンクをやる上での第一条件は絶対に死なないこと。
第一条件が死なないことということもあって、タンクを担う人物は長身でガッチリとしたラガーマンのような人物が好ましいとされており、Dリーグに所属しているタンクは全員もれなく体格が良い。
葉山も180cm以下のタンクは見たことがなく、D1のタンクは全員190cm越えだったと記憶していた。
まだ高校生のため身長が伸びる可能性があるとはいえ、ここから一気に伸びるというのを考えにくく、仮に身長が20cm伸びたとしてもタンクとしては厳しいというのが葉山の最終結論。
「悪い子ではなさそうだったけどね」
ただこれはあくまでも葉山の最終結論であり、調べてこいという指示を出されたからには徹底的に調べるのが葉山の仕事。
既に京王義塾のダンジョン部にも許諾は取ってあり、明日にでもダンジョンを攻略している姿を撮らせてくれるとのこと。
ただ、3軍にも入ることができなかった面子での即興パーティ。
実力の全てを撮ることはできないだろうが、映像として残して関根や田名部にも見てもらうことが最重要。
「僕も久しぶりにダンジョンに潜って撮影するから、気合いを入れておかないと」
頬を一つ叩いて気合いを入れた葉山は、明日に備えて早めに帰宅することにした。
日が暮れるにつれて雨脚は更に強まり、車に叩きつけるような激しい雨音が鬱陶しくなった葉山は紛らわせるためにラジオをつけた。
『今日はビッグニュースが多かったですね。【トヨダイZIDA】がカミコシダンジョンの五十階層到達。神奈川県に新たな小規模ダンジョンの出現。そしてなんといっても、イシカリダンジョンで金宝箱の発掘』
「えっ! 新しいダンジョンに、金宝箱の出現!」
あまりの驚きに葉山は大きな声を出してしまった。
葉山の記憶が正しければ、ダンジョンの出現は一年ぶりくらいだったはず。
小規模なのは残念なところではあったが、ダンジョンの出現はDリーグに属するものにとっては朗報中の朗報。
これだけでもテンションが上がる情報なのに、追加で金宝箱の発掘というニュース。
この二つのビッグニュースに思わず顔がにやけた。
『今日のニュースを詳しく解説してもらうために、D1リーグ【アオンALBION】に所属していた元冒険者・氷川光太郎さんに来てもらいました』
『氷川です。よろしくお願いします』
「うわっ、元AAの氷川だ! 冒険者引退したばかりなのに、もうこんな仕事受けているんだ」
『まずは金宝箱についてお伺いしてもよろしいですか? 金宝箱というのはどういったものなのでしょうか?』
『宝箱というのはダンジョンで見つかるお宝であって、“金”とつくのは宝箱のグレードを表す言葉になります。木、銅、銀、金の順で宝箱の中身が豪華になっていきまして、金宝箱は未だ5つしか見つかっていない貴重な宝箱となっています』
『へー、そんなに貴重な宝箱が見つかったんですか。ちなみに氷川さんも宝箱を見つけたことはあるんですか?』
『ええ。見つけたことはありますけど、木と銅の宝箱しか見つけたことがありませんね。名前についている通り、宝箱の材質が木や銅で出来ているので見ただけで分かるんです』
『知らなかったです。ということは、金の宝箱は金でできているってことでしょうか?』
『実物を見たことがありませんが、恐らくそうだと思いますよ』
葉山は既に知っていた情報であったが、やはり宝箱というのは夢があって話を聞くだけ年甲斐もなくワクワクした。
リーグ戦で活躍できなかったとしても、金の宝箱さえ見つけてしまえば一発逆転が可能となるのだ。
財政難を抱えている【三茶カウボーイズ】にとっては喉から手が出るほど欲しいものだが、残念ながら【三茶カウボーイズ】は今のところ木の宝箱すら発見には至っていない。
『それは凄いですね! 金でできた箱が手に入るってだけで価値がありますもんね』
『銅や銀では大した価値ではないですが、金ともなると箱自体にも価値が生まれますね』
『そんな宝箱の中には一体何が入っているのでしょうか?』
『本当に色々ですね。武器やら防具はもちろん。宝石なんかも入っています。そしてなんと言っても宝箱の目玉といえば――スキルや魔法の種ですね』
スキルの種。
その種を飲みこむと体の中で発芽し、人間では扱えないスキルや魔法が使えるようになるというもの。
ダンジョンが出現してから一番最初に見つかったのは魔法の種であり、大人気魔法映画の影響もあって大きな話題となった。
しかし、魔法の種は木の宝箱からも見つかるということもあって、今では世間一般的にも珍しいというイメージは完全に消え去っている。
『スキルの種! 氷室さんもスキルの種を使用されていますよね? どんな感覚なのでしょうか?』
『感覚と言われましても変化自体は全くありませんよ。念じたら不思議な能力を使えるようになるって感じですね』
『氷室さんの能力はかっこよかったですよね。【百花氷結】! 四十階層のフロアボス相手に使用した時は痺れました!』
『やめてください。現役の頃の話はかなり恥ずかしいんですよ』
タメになる話に加えて葉山は氷室のファンであったため、もう少しラジオを聞いていたかったがもう家に着いてしまった。
運転以外でわざわざラジオを聞くという気にはなれず、話の続きが気になったが葉山はエンジンを切って車から出た。
強い雨が降りしきる中、少しでも濡れないように小走りで逃げ込むように帰宅したのだった。
日本で一番最初に出現したダンジョン――アキルノダンジョン。
昔は東京都とは思えないほど自然溢れる緑豊かな場所だったのだが、ダンジョンの出現によりあっという間に都市化が行われた。
そのお陰でアクセスも非常によくなり、電車でもバスでも車でもすぐに来れるようになったのだが、自然も好きな葉山にとっては少し残念な気持ちも大きかった。
ただ葉山が憧れたアキルノダンジョンが見えると残念な気持ちは一瞬で消え去り、仕事といえど興奮するのを抑えることができなかった。
「オフシーズンなのに凄い人だかりだ! いや、オフシーズンだからこそ、一般人も多くて賑わっているのか!」
アキルノダンジョン前は多くの人で賑わっており、入場制限が設けられているほど。
普通なら一週間前から予約をしないとダンジョンに入ることすらできないのだが、【三茶カウボーイズ】はD3といえどDリーグに所属しているため、権利を利用してダンジョンの中に入ることができる。
ダンジョン前には様々な近代的な建物が造られており、ここにこれから攻略を行うであろう冒険者が集っている。
シーズン中ならば有名クランの冒険者が勢揃いしているところだが、今はシーズンオフなためアマチュアの冒険者しかいない。
葉山は少しがっかりした気持ちになったが、態度に出すことはせず、既に到着していると報告を受けた軽山たちを探すことにした。
「あっ、軽山君。わざわざ来てくれてありがとう。今日は攻略している様子を動画に収めさせてもらうよ」
「はい、もちろん大丈夫です! ですが……本当に僕で大丈夫なんでしょうか? 神谷さんという方からも言われましたが、未だに何かの間違いとしか思えないんです」
そんな自信のない軽山の言葉に、葉山もなぜ軽山なのかが理解できないため、首を縦に振って激しく同意したかった。
ただ、本人の目の前でそんな失礼な態度は見せられないため、何とか言葉を絞り出してフォローに回る。
「実は僕自身はよく分かっていないんだけど、神谷さんは凄腕のスカウトマンらしいからね。軽山くん本人でも分からないことを見抜いているんだと思うよ。だから今日は気負わずに頑張ってほしい」
「……はい! 精一杯頑張らせて頂きます!」
神谷の励ましが効いたのか、ガッチガチになったいた体の力が幾分か抜けたように見えた。
これなら実力通りの力を見せてくれるはず。
――そう期待していたのだが、3回トライして本日の最高到達階層は四階層。
一緒に潜っていたアマチュア冒険者以下の階層で終わった。
葉山もなんとか励まして攻略の後押しをしていたのだが、四階層に跋扈するオーガの壁を破ることができなかったのだ。
あっさりとタンク役がやられ、そこから一瞬でパーティは崩壊。
軽山は気合いが入っていたからか、毎度最後の一人まで生き残っていたが、撮影している葉山を守ろうと盾となって死んでいった。
残った葉山は何とか逃げてダンジョンから戻り、SDカードを変えて再び攻略に挑むというのを繰り返した。
三回とも再放送を見ているかのような負け方であり、昨日の時点で厳しいという最終結論を出していたが、その最終結論が間違っていなかったと再確認する結果となった。
流石に不甲斐なさを感じていたのか、軽山だけでなく一緒に攻略に挑んだ京王義塾ダンジョン部のメンバーもテンションが下がりきっており、何とか葉山も励ましたもののお通夜状態で帰っていった。
「昨日、今日と完全に時間を無駄にしちゃったよ。神谷さんが来たら、流石に僕もガツンと言ってやらないと」
ダンジョンの低階層を行ったり来たりして、無駄に疲れた葉山は口に出して愚痴った。
ただ、これで明日からは軽山のことを調べずに済み、実力のある社会人冒険者を調査することができる。
そのことへの喜びを抑えきれない状態で、今日撮影した録画データを届けに事務所へと戻った。
あきる野市から事務所前まで戻ってきた葉山だったが、いつもと違う様子に違和感を覚える。
中からテレビの音が聞こえてきており、テレビ嫌いの関根を考えると絶対にあり得ないこと。
田名部がいるのかと思いながら扉を開けると、中にいたのは昨日ビデオ通話で見た神谷だった。
まるで自分の家かのようにソファで寝そべっており、テレビには競馬のパドック映像が流れている。
「あ、あの……神谷さんですか?」
「ん? ああ、昨日の画面に映ってたな」
「僕は葉山と言います。ここで一体何をしているんですか?」
「はぁ? 戻ってこいって言ったのはお前らだろうが。ついさっき北海道から戻って、だらだらとしてたんだよ。それより――軽山については調べたか?」
直接会ったらガツンと言ってやろうとついさっきまで意気込んでいたのだが、神谷を実際に見ると文句を言えるような空気ではなく、葉山は言い淀んだ。
寝そべった体勢であり、そのふざけた姿勢から文句も言いやすいはずなのだが、不思議と心の中まで見透かされているような気持ちになって文句の言葉が出てこない。
「なんで無視してんだよ。軽山については調べたのかって聞いてんだろ」
「は、はい。昨日、すぐに京王義塾に行って軽山君と話をしてきました。今日は一緒にダンジョンにも潜って、攻略している動画もしっかりと撮ってきました!」
「おお、もう一緒にダンジョンにも行ってきたのか。流石に動きは早いな。――で、どうだったよ。軽山、良かっただろ」
神谷は笑みを見せながら、自信あり気に葉山にそう尋ねてきた。
話を合わせようかとも思った葉山だったが、何処が良かったかを尋ねられた時に答えられる気がしなかったため、ここは素直に自分に意見を述べる決断をした。
「……いえ。すいませんが、僕には軽山君の何が良いのかさっぱり分かりませんでした! さきほどダンジョンにも一緒に潜らせて頂きましたが、今日の最高到達階層は四階層。身長体重共に並みであり、キルスピードも100km/hと平凡以下。一緒に潜っていたアマチュア冒険者の方が上だったというのが僕の意見です!」
目を瞑りながらも、きっぱりを自分の意見を言ってのけた葉山。
緊張で背中は汗でぐっちょりと濡れているが、これが葉山の最終結論であり、言い方は厳しくなったが何も間違ったことは言っていないと断言できる。
「はぁー、最高到達階層? 身長? 体重? キルスピード? そんなことでしか測ることができないから、こんな三流クランで燻っているんだろうな。軽山を間近で見てその感想しか抱けなかったのなら、お前は無能としか言えないカスだ。早く荷物をまとめて辞めた方がいい」
「そ、そ、そこまで言いますかぁー!? じゃ、じゃあ、軽山君の何処がいいのか僕に分かるように教えてくださいよ! 僕だけじゃなく、関根さんも田名部さんも疑問に思っていたんですから!」
ソファに寝そべりながら言ったとは思えないあまりの罵詈雑言に、葉山の緊張は一気に吹っ飛んだ。
これでも葉山はダンジョンオタクということもあり、この職に就く前から十年以上もダンジョン攻略を見てきているプライドがあった。
軽山に関しては自分の意見が間違っていないと断言できるため、神谷に説明するように要求したのだが、返ってきた言葉は思ってもいない内容だった。
「なぁ葉山。お前、このレースの馬ならどの馬の単勝を買う?」
「え。……へ? た、単勝ですか? 1着をとるのはどの馬かってことですよね? 僕、競馬には疎くて何も分からないです」
「なら少しヒントをやる。このレースは芝の2000mで新馬戦だ。2000mは比較的長めの距離で、芝っつうのは走りやすい馬場ってことな」
「えぇ、そんなこと言われても……」
「ちんたらしていると、他のクランに横から搔っ攫われちまうぞ」
「じゃあ、8番の馬で! 筋肉がもりもりで強そうですし、練習の時の……調教タイム?が速いって書いてあります。それに圧倒的な一番人気です」
「はっはっは! やっぱり典型的な無能だな。そんで見る目もない。分かりやすい見た目の部分と数字でしか判断することができないのがその証拠」
「だから競馬は詳しくないって言ってるじゃないですか! じゃあ、神谷さんはどの馬がいいと思うんですか?」
「14番の馬だな。2000mを走るのに余計な筋肉はいらない。まだ幼さを感じるが無駄のない筋肉、歩様の綺麗さ、後脚のしなやかさ、そしてなんといっても滲み出ているオーラ」
目をキラキラと輝かせながら、馬の素晴らしさについて語っている神谷を見て、益々胡散臭さを感じた葉山。
馬はどうでもいいから軽山のことについて教えてくれという気持ちであったが、神谷は馬について語るだけ語るとおもむろに立ち上がり、部屋の外を目指して歩き出した。
「えっ? ちょっとどこに行くんですか?」
「帰るんだよ。田名部には俺はしっかりと働いていたと伝えておいてくれ」
「あれだけ語っていたレースはこれからですし、そもそも軽山君については――」
葉山の言葉を最後まで聞かず、本当に事務所から出て行った神谷。
あまりの行動に葉山は開いた口が塞がらず、しばらく放心状態となった。
ここまで来ると、三周くらい回って本当に凄い人なのではと思ってきたが、誤魔化して逃げたようにも見えるし葉山は何ともモヤモヤとした感情を抱えた。
「…………でも、明日は月例会議があるし、そこで絶対に軽山君についての説明をしなくてはいけない。だから、逃げたとしても逃げていられるのは明日までだ」
誰もいない事務所でそう呟き、散々無能と言われたからには、もう一度改めて軽山について映像を見て調べ直そうと思い立った時――。
『各馬第四コーナーをカーブ。最後の直線に入りました』
放心していた間にレースがスタートしていたようで、最後の直線勝負となっている。
先ほど、あれだけ神谷が熱弁していた14番の馬は未だ最後方。
『先頭は1番レッドアラート。8番キングエースはじりじりと後退。そして最後方から14番フロムナイトが足を伸ばしてくる。ただ粘る、粘るレッドアラート。レッドアラートが粘っているが、大外からは一気にフロムナイト。フロムナイトがレッドアラートに並んで――ゴールイン。しかし、どうでしょうか。振り切ったかレッドアラート』
「ギリギリ一番が勝った……って、あれだけ言って負けるんかい!」
葉山は14番には絶対に勝って欲しくないため、必死に1番を応援しただけに変な汗が噴き出る勝負展開であった。
ただ、あれだけ断言しておいて2着。
競馬なんて絶対に当たるという訳がないし、10番人気の馬が2着になった時点でも十分に凄いのだが……。
葉山は神谷が自信満々に断言した馬が2着だったことに気分を良くし、ノリノリで軽山についてを調べ直す作業に取り掛かった。
――ただ、後にフロムナイトは新馬戦2着でありながら、クラシック三冠という偉業を成し遂げることになるのだが……競馬に一切興味のない葉山がそのことを知ることは一生ないのであった。
いつもは多くとも二人しかいない事務所だが、今日は四人が揃っている。
月例会議の日であり、オフシーズン恒例のリストアップした人物の報告を行う会議。
今回の会議の目玉となる話は、何と言っても神谷がリストアップした軽山。
関根は確実に潰しにかかるだろうし、葉山はあの軽山をどうプレゼンするのかを楽しみにしていた。
ちなみに本来ならば葉山がメインを担当し、半年以上を掛けてリストアップした人物をプレゼンする予定だったのだが、神谷のお陰で有耶無耶になっている。
先日関根に報告した通り、葉山が声を掛けていた人物たちは全て他のクランに横取りされ、リストアップした人物がゼロ。
この会議でこってり絞られるはずだったのが、注目が神谷に切り替わっていることで救われているのだが、当の葉山は神谷が救世主だということに気づいていない。
「それじゃ月例会議を開始する。今日プレゼンするのは神谷と関根だな」
「今日は逃げなかったんだな。また北海道に逃げると思っていたわ」
関根は睨みつけるように神谷を見たが、神谷は突っかかってくる関根なぞどこ吹く風で鼻くそをほじっている。
今日も今日とて寝ぐせの付きっぱなしでだらしない恰好をしており、そんな風体も相俟って突っかかった関根の方がイラつくという謎の現象が起こった。
「話が止まるから無駄に突っかからないでくれ。それじゃどっちからプレゼンを行うんだ?」
「俺からやらせてもらいますよ。軽山と同じタンクを見つけてきたんで」
「分かった。先に関根がプレゼンしてくれ」
田名部に指示された関根は席を立ち、事務所にあるホワイトボードにリストアップした冒険者の情報を書き出した。
前々から言っていた通り、関根が書き出したのは社会人クランから選んだ冒険者で、ここ数日で調べたとは思えないほど詳細な情報を集めていた。
関根は葉山のことを一切信用しておらず、神谷の一件がある前から社会人クランについて調べていたのがこの情報量から分かる。
「今回の補強の目玉として挙げさせてもらうのは、新発田製作所の草壁裕。高校は栃木の名門・策信学園ダンジョン部。残念ながら高卒即プロには一歩届かずでしたが、大学には進まずに強豪ダンジョン部がある新発田製作所に入社。今年まだ20歳でありながら、新発田製作所のメインタンクを張っている有望株」
「草壁は聞いたことがある名前だな。今年20歳ということなら若手有望株のはずだが、そんな人材がカウボーイズに来てくれるのか?」
「色々と話を聞いていたんですが、【アオンALBION】が獲得を辞めたようで加入してくれる可能性は高いと感じましたね」
「AAも目を付けていた冒険者ってことですよね! めちゃくちゃ良い冒険者じゃないですか! もっと詳細な情報はないんですか?」
「今から話すから急かすな。んっん、名前は草壁裕。身長192cm体重110キロの大型タンク。去年のガード率は51.9%と安定していたかと言われたら微妙ですが、キルスピードは185km/hとタンクの中では最速に近い数値で火力にも期待ができる逸材です」
「すごいっ! これで大学二年生の年代ってことは、普通にSクラスはあると思いますよ!」
「私も情報を聞いた限りではA~Sクラスだと感じたな。関根、よく見つけてきてくれた!」
「ありがとうございます。……どうだ? 神谷は何か聞きたいことがあるか?」
ほぼ満場一致で高評価であり、関根も鼻高々でここまで無言を貫いていた神谷に話を振った。
ここまでの情報を聞く限りでは軽山に勝機はなく、場の空気的にも神谷の話を聞かずとも草壁に決まりそうだったのだが……。
「俺は聞いた情報だけでは何も判断しない。映像はないのか?」
「草壁の映像か? 強豪ダンジョン部だから、映像もなかった軽山と違ってあるぞ」
映像にも自信があるのか、モニターに草壁の映像が映し出した。
そこからは草壁の攻略映像を全員で見ることとなった。
高身長でガタイもいいのだが動きは中々に軽やか。
関根が言っていたようにガードのミスは若干目につくものの、タンクとは思えない高い火力で危機を打破した映像もあり、特に葉山は興奮して映像に齧りついた。
先ほどの関根の説明に一切の偽りはなく、高性能なタンクであることは間違いない。
すぐにでも契約しよう。
そんな場の空気にまたしても待ったをかけたのは神谷だった。
「どうすか? 映像を見れば素人でも分かる完璧に近いタンク。流石の神谷も文句は言えないだろ?」
「最初に流れた映像が一年前で、最後の映像が直近ってことであっているか?」
「ん? ああ、時系列順に編集してある。それがどうかしたか?」
「だとしたら……草壁は既に壊れてんな。左膝の故障。それと左膝を庇って右足もやってるぞ。【アオンALBION】が獲得を止めたのもそれが原因だろ」
急にそんなことを言いだし、全員が顔を見合わせる。
映像を見た限りでは、最新の映像でもしっかりと動けていたように田名部も葉山も思えた。
少なくとも故障した人間の動きではなかったはず。
「故障しているだと? よりにもよって、そんな訳の分からねぇケチをつけやがって!」
「今の映像を見て、それが分からないって言うなら三流だな。……まぁ三流クランにいるんだから三流なんだろうけど」
「はぁ!? てめぇだって今はその三流クランの職員だろ!」
「関根さん、ちょっと落ち着いてください! 田名部さんも止めてくださいよ!」
「関根、ちょっと落ち着け。神谷の話も聞いてみないと何も分からない」
神谷は暴れる関根に興味なさそうに、またしても鼻をほじり始めた。
その何とも言えない表情は、関係のない葉山も少しイラッとくるほど。
「いちいち説明なんているのかね? ……まず二十階層のフロアボス、双頭のミノタウロス戦を映してくれ」
関根はイラつきながらも、映像を巻き戻して双頭のミノタウロス戦を映し出した。
「ミノタウロスが二回斧を振った後、盾でガードする前に躓いたような体勢になる」
確かに草壁は躓いたような感じになったせいで、ミノタウロスの攻撃を食らってしまっていた。
しかし、すぐに体勢を立て直して強烈な一撃を返したことで、ミノタウロス撃破に繋がっており、膝は関係ないように見えるのだが……。
「……確かに躓き方に違和感がありますね」
「その次はウイングパンサー戦。素早い切り返しについていこうとしてまた躓く」
次のは言われて気づくレベルのものではあったが、確かにバランスを軽く崩していた。
そして神谷が指摘していた通り、左足で踏み込んだ時に膝が抜けるように躓いている。
「最後の映像はもっと酷いぞ。左足を庇うように立ち回っていて、右足の動きも変になっている。誤魔化すように攻撃でカバーしているが、タンクに必要なのは火力じゃない。もちろん火力があるに越したことはないがな」
「……凄い。言われてみないと分からないレベルですけど、順番に見ていくと確かに左足が酷くなっていっているのが分かりました!」
「言われないと分からないから三流だって言ってんだよ。左足の故障のせいで、攻撃の被弾回数も一年前と比べて明らかに増えている。その原因を探れば、映像から分からなくても辿り着くだろ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
関根は怒りで顔が真っ赤になっているが、全て神谷が指摘していた通りだったため、言い返すに言い返せない状態。
実際に神谷がいなければ、草壁と高額な契約金と年俸で複数年契約を結んでいただろうし、即戦力を期待した分D3からの降格は免れなかったであろう。
「とりあえず草壁との契約はあり得ないってことで理解できたようだし、本命の軽山のプレゼンをさせてもらうぞ」
葉山にとっては待ちに待っていたことであり、昨日は徹夜で軽山について調べ倒した。
調べれば調べるほど軽山の良さは理解できず、今日は徹底的に否定しようと思っていたのだが、先ほどの草壁への指摘を聞いて葉山の心は大きく揺れ動いてしまっている。
「まず軽山の何が良いと思ったのかを教えてくれ。俺も関根も葉山も、何がそんなに良かったのか見当もついていない」
「前にも言っただろうが、タンクとしての素質がズバ抜けている」
「……どこがだよ。身長も低いし体重も軽い。魔物の攻撃を受けたら、一発で吹っ飛ぶような体だぞ。両親の情報も調べたが、ここから急成長する可能性もほぼゼロに近い」
先ほどの当てつけのように、軽山の駄目な点を羅列していく関根。
葉山も全くの同意見であり、声を大にして賛同したかったが、さっきの一件があったせいで言葉を口に出すことはできなかった。
「そこまで気づいているのに、なんで軽山に才能には気づけないのか不思議だな。まぁ日本人らしいといえば日本人らしいか。駄目な点ばかりに目を取られて、良いところには目がいかなくなる」
「だから、その軽山の才能ってのを教えろって言って――」
「軽山は避けタンクとして育てていく予定。ここまで言えば十分だろ?」
「あっ!」
その言葉を受け、葉山は声を漏らして席を立ちあがった。
軽山を見て、なんとなく感じていた微妙な違和感が葉山の中でバッチリとハマったのだ。
「避けタンクって、攻撃を躱すタンクのことだよな? 大昔に一時期話題になったけど、実用性がなくて言葉すら聞かなくなった」
「軽山なら可能だ。葉山が映像を撮ってきてくれたらしいから流す」
「い、今流しますね」
鳥肌の立っている体を擦りながら、今度はモニターに軽山の映像を流す。
ついさっきまで流れていた草壁の映像とは天と地ほどの差があり、アマチュア以下のお粗末な攻略映像。
ただ、この場にいる全員が軽山を避けタンクとして見たことで、この映像の見方が一気に変わった。
「ここでタンクの子が早々にやられちゃって、アタッカーを務めていた軽山君が一人になってしまいます」
そこからの軽山の動きは本当に別格のものに葉山の目には映って見えた。
攻撃が軽すぎてオーガへの攻撃は通っていないが、七体に囲まれながらも攻撃を躱して粘っている軽山の足さばき。
足を庇っていた草壁の映像を見ていたということもあったからか、葉山の目には圧倒的に軽山の方がタンクとしては上に感じた。
最終的には映像を回していた葉山を逃がすため、オーガの攻撃を受けて死んでしまったが、躱す能力という一点に関しては、光り輝くほどの才能を見ることができた。
「映像はこれだけだが、あの映像を見ただけで分かる奴には分かるだろう。軽山はとにかく目が良い。オーガの微細な動きを読み取ることができる。地頭も良いから攻撃予測判断も優れているし、オーガが攻撃し辛い立ち位置の判断も分かっていて細かな立ち位置の修正を行っている。身体能力についてはまだまだ甘い部分が多いが、“避ける”という一点に能力を伸ばせば圧倒的なタンクになる」
文句を垂れていた関根も言葉を返せず、葉山はモニターに映し出した軽山の攻略映像を齧りつくように繰り返し見た。
粗を探そうと徹夜で軽山のこの映像を見て、そしてつい先ほどまでは獲得なんてあり得ないと思っていた軽山の動きが、今では全く真逆の感想を持てている。
全身の毛穴が開くような不思議な感覚に陥っており、葉山は神谷の眼が本物だと確信した。
草壁の故障を見抜いて軽山を発掘できた時点で、年俸2000万で神谷を雇った元を取ることができた。
葉山は握る手の力を強くし、震えそうになる体を諫めながら会議が終わった後もモニターに噛り付いたのだった。
――――三年後。新宿ダンジョンモニター前。
「聞いたか? 今年は【三茶カウボーイズ】が熱いらしいんだよ」
「カウボーイズ? 聞いたことないな」
「お前、遅れてるなぁ。軽山、草壁のタンク二枚看板を知らないのか? 特に軽山! あの動きは超人級だぞ!」
「タンクで超人級ってなんだよ。身長が230cmぐらいあるのか?」
「逆だよ逆。身長は低くて細いんだけど、魔物の攻撃を躱しまくる避けタンク! 見ていて本当にヒヤヒヤするんだけど、それがマジで面白いんだって! お前も一回見てみろよ」
「えー、普通に上位勢の攻略を見たいけどな。……でも、避けタンクはちょっと見てみたいかもしれん」
「上位勢の攻略より面白いぜ! 【トヨダイZIDA】に入って活躍している志奥よりも、ネットでは軽山の方が上って声もあるくらいだからな」
「そんなに世間の評価も高いのかよ」
「まぁ同じ高校で高校時代から騒がれていた志奥と、同じ高校ながら万年三軍以下だった軽山って構造だから、判官贔屓が入っているってのもあるけどな。とにかく安定した草壁のタンクと、ヒヤヒヤする軽山のタンクで本当に面白いぜ」
「草壁の方は名前くらいは聞いたことあるんだけどな。将来有望視されてた社卒の奴だよな? なんで【三茶カウボーイズ】なんかに入ったんだ?」
「なんで入団したのかはよく知らん。他のクランの誘いを蹴って、安い年俸で入団したってのは聞いているけど……詳しい理由は知らん。入団理由とかはどうでもいいから、とにかく面白いから見てくれ」
「分かったよ。そこまで言うなら帰ったら見てみるわ」
「マジで面白いし、カウボーイズはきっと近い内に来るからな!」
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