6、未来の知識(後)
「――少女は、未来の知識を持っています」
金井は言っていて自分でも骨董無形な話だと思った。
しかし、玲奈の持っている「スマホ」は確かに、どこの国も決して作ることが出来ないだろうと思うほどの技術の粋が詰め込まれていて、玲奈の話にも随分とリアリティーがある。
未来が玲奈の言うとおりに進むかどうかは兎も角、少女の持っている技術は本物だと分かった。
桂もその熱意を受け、渋々だがスマホを受け取ってまじまじと見つめた。
スマホでイラストを描いている時に取られ玲奈が、やや不満気になったのを横目に、金井は桂と一緒にスマホを覗き込んだ。
桂が先ほどから見ているのは海が写ったロック画面。
ホームボタンを押してパスワードを入れればいろいろな機能が使えるのだが、桂はよく分からない物、しかも他人の物を適当にいじるほど無精な男でもなく、ソッと机に置いた。
「確かに、名前の通りスマートな見た目で、ガラスの奥に入っている絵も見たことが無いほど美しい。だが、これで何になるのだ?」
金井は桂が置いたスマホを手にした。
先ほど、官邸へ来ながら玲奈に教えてもらった通り、ホームボタンを押し、玲奈に聞いてパスワードを入れる。
すると、ロック画面が解除され、ホーム画面に変わる。
「……ッ!」
声こそ漏らさなかったが、桂は何も言えず硬直した。
絵だと思っていたものが変化したのだから無理もない。
桂は言葉を失ったまま金井からスマホを受け取り、まじまじと画面を見つめた。
「どうなっている、一体、どんな仕掛けだ?」
「映像、とういう物です。詳しい仕組みは、私も分かりません。この少女から聞いてください」
金井が玲奈に目配せする。
玲奈はキョトンとして首をかしげただけで、桂には到底、この少女が、このような物を作れるとは思えなかったが、同時に、着ている服がとてもいい素材であることに気付く。
金井の見解と一致し、紡績業の盛んな日本でも作ることが出来ないと思われるほど上質な品だと。
桂はスッと目を細めた。
「金井、今晩、また話そう。秘書と、補佐官、それから、映像とやらに詳しく、口の堅い人間を連れて来い」
金井は『映像』という言葉自体、玲奈から聞いただけなので、映像に詳しい人間など知らず、頭を悩ませながら、一礼をして退室した。
◇◇
近くで水飛沫が上がるたびに船体は大きく揺れ、ズームして見ると、甲板を大砲が滑っている。
海には敵味方問わず、数百以上の死体が浮かび、血が流れ出し、撃沈した船のパーツが浮かんでいる。
「&%$#」
ロシア語で「戦況はどうだ」と聞かれ、早田は望遠鏡を覗き込んだまま、呟くように言った。
「五分五分……いや、優勢だな」
バルチック艦隊との決戦に敗北した時は、待ったなしだとされていた本土決戦は、思いの外、その気配さえなく、全滅するかと思われていた、少将――小枝の艦隊がロシア艦隊と善戦している。
それもこれも、早田の横に立つウォルトのスパイとしての功績が大きかった。
敵の動きを完全に把握していたため、小枝率いる艦隊は初戦で、戦艦、二隻、駆逐艦、三隻、他、小型艦など十五隻を撃沈する大戦果を上げることが出来、ロシア艦隊は大部分が港に籠り、陸軍を使った満州の制圧を目指している。
だから、小枝の率いる僅かな艦隊でも十分に闘うことが出来た。
しかし、逆に言えば、ロシア艦隊が再編を終えれば、間違いなくこの規模では全滅する。
早田には、この優勢な状況が嵐の前の静けさ思えて仕方なかった。