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それはお断り


「とりあえずこの体勢だと話しにくいから下ろしてくれる?」



 アンナは今もカルムの膝の上でしっかりと腰に手を回されて固定されている。1秒でも早くこの状況を終わらせたかった。



「最後までするつもりだったけどあまり時間もないし、仕方ないな。」



 あまり意味を理解したくない恐ろしいことを言いながらも、カルムは手を離してくれた。

 アンナがベッドの淵に座ると、カルムもその横に座った。離してくれてよかったとアンナは内心安堵していた。

 


「貴方はまだ若い。一度外の世界を見て回って、それからここに戻ってきてもいいでしょう?

その代わり、私も何の見返りもなしに誘拐犯になりはしない。貴方には私の目的に協力してもらいたい。」



「君の目的?」



 カルムの目が捕食者のものから、こちらの出方を伺うような視線に変わった。



「レイゼルト・イーディスを殺すことよ。」



 カルムは俯いて考え込んでいる様子だった。彫刻のように整った横顔だった。



「確か君は横領の罪で捕まって、その告発者はレイゼルト・イーディスだったっけ?

殺したいのはその恨みで?」



「それもあるけど……こんなこと私が言ったって信じてもらえないかもしれないけど、私は横領なんてしていない。レイゼルトが私を投獄したのは好みじゃない私を自分から遠ざけたかったから。」



「へぇ。こんなに可愛い子をね……」



 言われ慣れていない言葉を言われるといちいち照れてしまう。



「……散々周りに嘘をつかれてきた人生だからね。特に女の子の嘘は見抜けるんだ。

だから分かるよ。君は本当のことを言ってるって。僕は君を信じる。」



 勇者と呼ばれる人物が嘘の告発をしたと悪女が言う。そんな状況にも関わらず、信じると言われてアンナは心底驚いた。



「だけど僕にも事情があってね。君の実力を知りたいし、ここを出る前にやらなければならないこともある。君の提案に乗るかは、それが終わってから決めさせてほしい。」



「やりたいことって?」



「実は今探している子がいてね。

ミレイ・サキュラという学園の生徒なんだけど、知られてはいけないことを知られてしまって……」



 ミレイ・サキュラ。主人公の攻略対象ヒロインの一人だ。

 その名前を聞いて一気に記憶が蘇ってきた。そもそもカルムが主人公と対立するのは、ミレイが主人公に助けを求めたからだ。

 ミレイはカルムの父の違法薬物の取引現場を見てしまう。正義感の強いミレイは告発しようとするけれど、カルムに見つかって追われることに。

 カルムはミレイの記憶を消すためミレイの引き渡しを求め、主人公はそれに応じず戦いへ。その結果主人公側が勝利し、シュナン家の評判は地に落ちる。カルムの父、ダミクは逮捕され、カルムの女癖の悪さも明らかになる。そして、助けられたミレイは主人公と共に旅をすることになる。それがゲームの中で起こる出来事の流れだ。


 まだカルムに見つかっておらず、もちろんレイゼルトもこの街には辿り着いていない。そうなると、主人公と初めて出会った場所にミレイはまだ隠れているはず。



「わかった。貴方に協力するわ。でもその前にロキと合流させてよ。」



「ああ、君のナイトならこっちに向かっているみたいだ。窓ガラスを突き破ってでも入ってきそうな剣幕らしいから、無駄に壊されるのも嫌だしこの部屋に来てもらうように伝えるよ。」

  


 ロキが自分のことを探していると知って、アンナは少し嬉しかった。



「そういえばここって貴方の家なの?」



「いや、違うよ。流石に自分の家に攫った女の子を連れ込んだりはできないから、それ用に別で借りてる部屋だよ。」



 女を抱くために部屋を借りるってどんな神経よ、とアンナが心の中で突っ込みを入れていると、不意にカルムに肩を掴まれた。そのままカルムの方に引き寄せられ耳元で囁かれた。



「アンナ、続きはまた今度しようね。」



 アンナの顔が耳まで赤くなる。



「それはお断り!」



「ハハッ。からかい甲斐があるね、アンナは。」



 本当に油断も隙もない男だ。アンナは怒りを込めて睨め付けたが、カルムは気にも留めていない様子だった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「アンナ!」



 しばらくすると、ロキが部屋の中に駆け込んできた。ロキと一緒にアンナにカフェテラスで声をかけてきた、ピンク髪の少女がいる。

 ロキはアンナの姿を見つけると目にも止まらぬ速さで近づいてきた。



「無事か?怪我はしてないか?」



「ええ。平気よ。」



 何もされてないとは言い難いが、ロキに話すのも恥ずかしいので言わなかった。

 ロキは安心した様子で息を吐いた。それからカルム方に向き直ると尋ねた。



「アンナを攫ってどういうつもりだ?王国からの命令か?」



 ロキの手が剣の柄にかかっている。今にも切り掛かっていきそうな様子だった。



「違う違う。王国に引き渡せばアンナは処刑されるんだろう?僕は彼女をそんな目に遭わせたりしないよ。僕はただアンナ・リリスという少女に興味があっただけさ。」



 カルムの方は戦う気はないと示すように両手を上げている。



「……下衆だな。」



 聞いたこともないような低い声でロキが呟いた。


 二人の間に流れる剣呑とした空気で、アンナは息が詰まりそうになった。ゲーム内でこの二人が対面することはないけれど、誠実な性格のロキと自由を愛するカルム。相性は最悪のようだ。

 


「騎士さん、すっごい怒ってて怖かったんだよ。カルム、この貸しは大きいからね。」



 ピリついた空気など気にしていない様子で、ピンク髪の女の子が頬を膨らませて言った。



「ごめんね、ローラ。感謝してるよ。」



 ローラははいはい、と言いながらソファに座ると、部屋の棚の上にあった缶からクッキーを取り出して食べ始めた。



「闇魔女ちゃんにミレイちゃん探すの協力してもらうっていっても、別に闇の魔力って探索に優れてるとかないんじゃない?私の魔法で街中ずっと見張ってるのに一切姿が見えないんだよ。」



「だから私に気が付いたの?」



 何故こちらの動きが筒抜けになっていたのか、アンナはずっと疑問に思っていた。



「そっ!ミレイちゃんのついでにカルムに頼まれて闇魔女ちゃん探してたから。」



 ミレイのついでで探されていたとは、迷惑な話だ。



「私、ミレイ・サキュラの居場所に心当たりがあるわ。」



 ともかくミレイを見つけて、彼女を説得するのが今は優先だ。



「それは本当かい?」


 

 カルムの問いかけにアンナは頷く。



「最後にミレイ・サキュラの姿を見たのは?」



「えっと、学園本部でカルムがミレイちゃんに見られたのに気が付いて、高等部とか図書館とかある辺りにミレイちゃんは逃げてったの。で、そっから姿が見えなくなっちゃった。でも近くの建物はしっかり捜索したんだよ。」



「ピグミーテントと同じ原理だわ。恐らく彼女は図書館の本の中よ。」



「あー、確かにそれあり得るかも!」



 ローラがパチンと指を鳴らした。


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