無粋な男
「………うっ」
小さく声を漏らして、アンナは目を覚ました。身体が重く、頭が痛い。
「ああ、お目覚めかな。」
すぐそばで知らない男の声がした。気怠げだがどこか艶のある声だった。
アンナはまだ開ききれない目で辺りを見回す。アンナがいるのは誰かの私室の中のようだ。
意識が少しずつはっきりしてきて、自分の状況に気がついたアンナは瞬いた。自分がベッドの上に、しかも誰かの膝の上にいたからだ。振り向いて声の主の姿を見てさらに驚いた。
灰色がかった青色の髪に藍色の瞳。カルム・シュナン。まさしくアンナが探していた男だったからだ。
「寝ている女性に無粋な真似するのね。」
精一杯の軽蔑を込めて言ったが、通じなかったようだ。カルムはアンナの耳元で笑う。
「君を拐かしている時点で随分無粋だとは思うけど?」
「……それもそうね。」
適当に話を続けながらアンナは考える。
カルムの方から接触を図ってきたのは想定外だったけれど、これは好機でもあると。そもそもカルムが何を求めているのか、探りを入れて協力関係を結ぶこと。それがアンナがこの街に来た目的なのだから。
「それで?そんな無粋な貴方の目的は何かしら?」
「目的?別に大したことじゃないさ。強いて言うなら好奇心を満たすことだね。
見たいじゃないか。稀代の悪女が僕の腕の中でどんな風に乱れるか。」
耳に軽く口づけされる。
「緊張してるね。案外不慣れなのかな?」
不慣れも何も初めてなんですけど、と思いながらアンナは身体を固くする。
何気に太ももをゆるゆると撫でられているのもくすぐったくて不快だ。
「一緒にいた人がいたでしょう?彼は無事なの?」
「ん?無事だよ?別に男に興味ないし、君だけ連れてきた。彼には何もしていない。
あんまり君が暴れるなら考えるけど、大人しくしていてくれるなら危害を加えるつもりはないよ。」
「……」
優しい声音と口調だけれど、間違いなくアンナを脅している。
「こっちを向いて?」
アンナの顎にカルムの手がかかる。思いの外冷たい体温にたじろいだ。
このままカルムの好きにさせるわけにはいかない。アンナはカルムの口を手で押さえた。
「私にも少しは話をさせてよ。自分の話ばっかりの男はモテないわよ。」
カルムが止まったのを確認してからアンナは手を離す。
「私、そもそも貴方に会うためにこの街に来たの。」
「へぇ。光栄だね。」
そう答えながらもカルムの目はしっかりとアンナを捉えている。蛇に睨まれた小動物のような気持ちだ。アンナの手に汗が滲む。
「……単刀直入に聞くわ。
貴方、この街から出たいと思ったことはない?生まれてこの方ずっとこの街で暮らしているのでしょう?奔放な性格の貴方にとってここでの暮らしは窮屈なんじゃなくって?」
「そうでもないよ。君みたいな可愛い女の子が僕を求めて遊びに来てくれることもあるし。」
穴が開くほど目を見つめられてアンナの鼓動が早くなる。どうにかカルムを揺さぶらないとと、気持ちが焦る。
アンナが思考に集中して黙っていると、腰に手を回され、カルムの方にグッと引き寄せらた。乱暴な動きではなかったけれど、逃す気はないとアンナに伝えているようだった。
カルムはそのままアンナの着ているケープに手を伸ばす。慣れた手つきで胸のリボンを解くとケープをベッドの上に落とし、今度はワンピースの肩紐へ。
その間も絶え間なく耳やうなじ、鎖骨に口づけを落とされ、思考が邪魔される。
この色ボケ男は放っておいたら本当に碌なことをしないと悪態をつきながら、アンナの頭には一つの策が浮かんでいた。この方法なら上手くいくかもしれない。
「……ルーハドルツ魔法学園学長の一人息子。容姿は完璧で優秀な魔法使いでもある。誘拐されるには十分すぎる理由よね。」
「…何の話だい?」
「貴方に誘拐されて思いついた。私が貴方を誘拐したことにすればいいんだわ!」
「……ん?」
カルムが驚きを見せたのをアンナは見逃さなかった。矢継ぎ早に話を続ける。
「好奇心を満たしたいって言ったけど、そんなことよりも私にはもっといい使い道があるわ。
貴方はこの街の生活に満足してると言ったけど、もしも学園長の息子という立場を失わずに自由になれるとしたらどう?貴方は悪女に攫われた憐れな被害者でいればいい。
カルム・シュナン。私は貴方の助けになれる。」
「……成程ね。」
カルムの興味の矛先が動いたのをアンナは感じた。