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馬鹿にしないでよ

 迷宮の出口は城の裏庭に繋がっていた。辺りは静まり返っていて人の気配はしない。夜風にアンナの長い髪が靡いた。


 小さい頃、レイゼルトとこの庭には何度か来たことがある。かくれんぼや鬼ごっこをして無邪気に遊んだ思い出が、嫌でも蘇る。まさかそのレイゼルトに死罪を着せられて逃げることになるなんて、あの頃は夢にも思っていなかった。



 ここで立っていてもいずれ敵に見つかってしまう。アンナとロキは茂みに身を隠して、声を潜めて話した。



「これからのことだけど、ひとまず街の外に出て、仲間を集めようと思うの。」



 敵はレイゼルトだけではない。気は進まないが、レイゼルトの味方をするであろうヒロイン達とも戦わなければいけない。復讐を行うのは出来るだけ万全の体制を整えてからだ。

 ロキは少し考える様子を見せてから答えた。



「急いで出発しなければならない状況であることは理解してるけれど、少し時間をくれないか? 別の街へ行くにしてもお金や物資はいくらか必要だろう?この街に旧知の仲の友人がいる。信用できる男だ。彼なら協力してくれる。」



「確かに私も牢に入れられる時、持ってるものは全部押収されたし………わかった。それならどこで合流しましょうか?貴女の剣を借りるって訳にもいかないわよね。」



「ああ。確かに君がこの剣を持っていれば君の居場所はわかるけれど、武器は持っておきたい。追手と遭遇する可能性も十二分にある。」



 ロキは腰の剣に目を落としながら言った。赤い鉱石で作られ、金の装飾が施された鞘が、月明かりに照らされて輝いていた。



「ねぇ、ちょっとその剣見せてくれない?」



 ロキは少し嫌そうな顔をしたが、あのモンスターを倒したのは誰だったかしら、と言うとすんなり渡してくれた。

 アンナの腕力では片手では持てないほどずっしりと重い。アンナは鞘から刀身を抜こうとしたがびくとも動かなかった。



「その剣は使い手を選ぶ。選ばれたものにしか抜けないよ。」



 持ち主に似て無愛想な剣ね、と心の中で悪づきながらロキに返した。



「そうね…この街から出て西にあるリャナーモの森のアクエスの滝ってわかるかしら?」



「ああ。あの森には訓練で何度か入ったことがある。」



「それならよかった。この時間にわざわざ行く人もいないでしょうし、あそこで待っているわ。」



 見回りの兵士がいないか警戒しながら城の敷地の外へ出た後、アンナはロキと別れた。





✳︎✳︎✳︎✳︎





「…………遅い。」



 アンナは苛立ちながら呟いた。アクエスの滝の裏にある洞窟でロキを待っているが、一向に現れない。

 夜明けが近づいてきて空が薄青い色に変わってきた。嫌な予感はしていたが、恐らく予感は的中したのだろう。



「通報によればこの辺りのはずだ!」



 ガシャガシャと金属がぶつかる音を響かせながら、武装した兵士が駆けてきた。アンナは冷静に敵の数を数える。


 敵は六人。怒りを通り越して呆れを感じながらアンナは魔法を発動させる。



闇の蝶(ダーク・バタフライ)




 漆黒の羽を持つ蝶が無数に現れ、兵士たちの頭上で鱗粉を撒き散らす。



「なんだ、この蝶は!斬り殺せ!」



 兵士達は剣を抜いて、蝶に斬りかかるが、ヒラヒラと不規則に動く蝶を斬るのは難儀なのだろう。兵士の斬撃から逃れた蝶が振り撒く鱗粉を吸い込んだ者が地面に倒れていった。

 あの蝶の鱗粉には人を眠らせる効果がある。



「本当ふざけたことしてくれるわね。あの騎士さん。

素早さだけじゃなくて警戒心の強さも考慮に入れて、小鼠の騎士にでも改名した方がいいんじゃないかしら。」



 ロキが追手をここに差し向けたのはアンナの実力を見た上での判断だろう。アンナが兵士に捕まるとは思っておらず、あくまでも協力する意思はないことを示すため、そしてアンナと離れる時間を稼ぐための行動だろう。



 アンナは残った蝶を一箇所に集めて一匹の大きな蝶に変身させる。アンナはその背に乗ると、気配を探った。





✳︎✳︎✳︎✳︎





 ロキの剣に闇の魔力を纏わせておいて良かった、とアンナは心の中で呟いた。


 ロキが主人公と戦うのはアミティナの北西にあるナピカの街。待ち合わせの場所をアクエスの滝にしたのも、ナピカと方角が同じだからだ。ロキがそちらの方向に向かうであろうことは想像がついていた。



 こちらの気配に気が付いてロキが振り向いた。アンナはロキの胸ぐらをガッと掴んだ。



「馬鹿にしないでよ!別に貴方の身体が本調子じゃないなら囮にだって何にだってなってあげる!でも利用するだけ利用して捨てるなんて許さない!

私を殺したいならそのご立派な剣で正々堂々戦ったらどうなの?仮にも昔は騎士だったんでしょ!」



 ロキは何も答えない。かといって剣に手をかけることもしなかった。

 アンナを信用できないというのもあると思うけれど、この人は多分。

 アンナは伺うように、曇った色ガラスのようなロキの瞳を見つめていった。



「貴方は王国に復讐したいんじゃない。死に場所を探しているんでしょう?」



「……!」



 確かに、ロキの表情が揺れた。



「貴方は諦めるの?せっかく生き残ったのに。牢獄から抜け出せたのに。

大切な仲間を殺されて……それでやりたいことが無駄死になの?」



 ロキの紫色の瞳にカッと怒りが宿った。ロキは乱暴にアンナの手を剥がすと叫んだ。



「君は一体なんなんだ!会ったばかりなのに知ったような口をきいて!

僕のことは放っておいてくれ!」



 アンナは引かない。前世ではブラック企業勤めで上司や顧客に怒鳴られたことなんて数知れない。怒鳴られたくらいで怯むような精神は持ち合わせていなかった。



「いいえ!お断りよ!放っておけないわ!

だって貴方は私と同じだもの!

信じて尽くして、ある日ゴミのように捨てられた!」



「……頼むから一人にしておいてくれないか?君だって、僕といたら死ぬかもしれないのに。」



「……どうしてそう思うの?」



 ロキは寂しげに微笑む。大切なものを諦めた哀しい表情だった。



「仲間が殺されたのは僕のせいなんだ。」



 アンナはようやく、ロキの鎧の内側に触れられた気がした。


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