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世界樹に向かうわ

 アンナは目を覚まして、慌てて起き上がった。乱れた髪も気にせずあたりを見渡す。簡素な木の壁と床に敷かれた赤い花柄のカーペット。ピグミーハウスの自分の部屋の中だと気がついて、アンナは安心した。


 ベッドの横に誰かいる。その顔を見て、アンナは固まった。ベットの隣にある椅子で、ユリスが眠っていたのからだ。本を読みながら寝てしまったのだろうか。開いたままの本が床に落ちていた。

 陶器のような白い肌に、溢れそうなまつ毛。溜息が出る程、綺麗な寝顔だった。



「……ユリス?」



 しばらく見ていたが動きがないので、呼びかけてみた。やや間があってから、まつ毛がピクリと動いた。



「………………。もう、起きないかと思った。」



 目が半分くらいしか開いてない。眠たそうな表情だった。



「……まさか看病してくれたの?」



「……まぁ。死なれたら嫌だったし。」



 欠伸を噛み殺した声でユリスは答えた。



「怪我はもう平気なの?」



「うん。カルムって人の魔法で。」



「そう……」



 魔力の流れが正常に戻っている。何度も魔力が暴走し、そのうえ闇の魔力を打ち消す光の魔力を注がれた。アンナの体内の魔力のバランスは取り返しがつかないほどに破壊されていたはずだ。それをユリスが治してくれたのだろう。



「……ありがとう、ユリス。」



 アンナの言葉に、ユリスは不思議そうな顔をした。



「……前から思ってたけど、アンナ・リリスって変な人だよね。元後言えばオレのせいなのに。」



 ユリスは思い出したように、床に落ちた本を拾いながら言った。相変わらず感情が読めないが、少なくとも今のユリスに敵意がないことはわかる。



「そうだ。オレもアンナ・リリスにお礼を言いたかったんだった。」



「…何のこと?」



 アンナが聞き返すと、ユリスは使い魔の黒猫を出現させた。黒猫はユリスの膝の上に座って甘えるように一つ鳴いた。



「この子達の声、今まで聞こえたことなかったけど、オレが怪我して、死に近づいて、初めて会話ができたんだ。こんなことはやめろって散々怒られた。」



 不貞腐れたように言うユリスの様子に、アンナは思わず、クスッと笑ってしまった。



「闇の魔力を他の人間が使うのはどうやら無理みたいだし、これからはアンナ・リリスに協力しようかと思って。

悪いことしたし、反省と、あと個人的な興味で、光の魔法と闇の魔法の戦いが見たいから。レイゼルト・イーディスと戦うんでしょ?」



 アンナは耳を疑って思わず聞き返す。



「ええ、もちろん戦うけれど……本当に協力してくれるの?」



「別に、こんな時に嘘つかないよ。」


 

 重荷が降りたようにアンナの肩から力が抜けていく。紆余曲折はあったけれど、結果としてユリスの協力を得られた。



「とても心強いわ。これからよろしくね。」



 ユリスは相変わらずアンナの言動が不可解な様子で、珍しい植物を見つけたかのように首を傾げる。



「オレに苦しい目に遭わされたのに、嫌じゃないんだね。断るかと思ってた。」



「過去は過去よ。貴方は反省していると言ったし、私のことを看病してくれた。貴方はとても正直な人だと思うわ。私は貴方のこれからの行動を信じたい。」



 ユリスは数回瞬きをして、やっぱり変な人だね、と小さく言った。



「そういえば一応報告だけど、その首の黒い薔薇、数が減ってたよ。光の魔力で相殺されたんだろうね。まぁ、そのせいで魔力欠乏状態になって、何日も目を覚さなかったんだけどね。」



 光の魔力は闇の魔力を打ち消す。だからこそ、悪魔の呪いを後退させることもできるのだろう。つくづくアンナ・リリスというキャラクターはレイゼルトの側にいるよう作られていると感じて、アンナは顔を顰めた。




 アンナがユリスと共にリビングに出ていくと、ロキがいた。



「アンナ!」



「ロキ!」



 もう随分会っていなかったような気がした。アンナはロキに駆け寄った。



「ありがとう。助けてくれて。」



「もう身体は平気か?」 



 ええ、と頷く。ロキが来てくれていなかったらどうなっていたか、想像することさえ抵抗を覚えるほど、最悪な事態になっていただろう。



「あの男……レイゼルトと、第一王子は?」



「レイゼルトは別の街に向かったみたいだ。この街にはもういない。第一王子はマドル家が違法薬を作り、販売したと告発し、捜索しているらしい。」



「使い魔の子達を使って作っていたからあの家を探しても直接的なものは出ないけど、今王国の関係者に見つかったら面倒なことになりそうだから家には戻ってない。」



 ユリスは他人事のように淡々と話す。



「第一王子とは関わりがあったの?」



 アンナの問いかけにユリスは首を縦に振る。



「直接会ったことはなかったけど、使いの人が来て、アンナ・リリスの情報をくれたよ。闇の魔法を使える唯一の人間であることとか、闇の魔法を使いすぎると何が起きるかとか。」



「そうだったのね……」



 やはりランザはユリスに利用価値を見出して目をつけていたのだ。自分ほどではないと思うが、ランザのレイゼルトに対する殺意も相当なものだ。レイゼルトを自らの手で排除することを諦めて、大人しく引き下がるとも思えない。



「アンナ、目が覚めたんだね。」



 扉が開く音がして、カルムがリビングに入ってきた。アンナを見つめる藍色の瞳が優しい。

 


「カルム、ありがとう。ユリスのこと助けてくれて。」



「君の頼みだから回復魔法をかけたけど、初めは彼のこと疑っていたんだ。君に害なすつもりではないかとね。だけど、ユリス君が、何度も調整してアンナに魔力の回復を促す薬を処方してくれて……その様子があまりにも献身的だったから、信用できるって判断したんだ。」



 カルムが頭の上に手を置いたのを、ユリスは鬱陶しそうに払い除けた。



「アンナの体調も心配だけど、出来るだけ早く移動がしたい。ひとまず今は敵の影はないが、いつ見つかるか分からない。アンナ、これからどうするんだ?」



 ロキの言う通り、ランザがハーベノムに留まっている以上、早急にこの街から離れるべきだ。

 ユリスが仲間になったことで、悪役は揃った。そうなればやることは一つ。



「世界樹に向かうわ。そして、レイゼルトを殺す。」



 枯れることのない泉のように、あの男への憎しみが湧き上がってくる。



「あの男から全てを奪ってやるわ。勇者としての名声も、ヒロインからの恋慕も。

勇者の墓場に相応しい場所よね。」


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