アンタなんか大嫌い
ガラス張りの天井から降り注ぐ日差しを受けて、輝く金色の髪。どこまでも澄んだ水色の瞳。植物園に咲き乱れる花々もこの男の前では存在が霞んでしまうほど。
アンナの目の前に立つこの男は、間違いなくレイゼルト・イーディスだった。
「おいおい。お前、本当にアンナか?」
レイゼルトはアンナの姿を見て、その顔に似合わない、意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「ふーん……」
レイゼルトはアンナを頭から足先までじろじろと見てくる。アンナはみじろぎひとつせず、目の前の男を睨んでいた。
「色気のない地味女が変わるもんだな。」
かつて、アンナが全てをかけて尽くした愛しい人。今はアンナを捨てた世界で一番憎い男。
闇の魔力が身体に満ちてくる。魔力が暴走しているわけではない。アンナが自覚するよりも早く、この男を殺したいという思いのまま、アンナの身体は臨戦態勢に入っていたのだ。
「面白ぇ。その反抗的な目。全部思い通りに行くってのもつまんねぇんだよな。」
一対一で戦って勝てる相手ではない。この男はこちらのタイミングで確実に絶対に殺すべき相手だ。僅かに残った冷静な思考がアンナを制止する。
ともかくこの場を離れようと、立ち上がって後退りするアンナに、レイゼルトはずかずかと歩み寄ってきた。
「こっちに来ないで!」
「なんだよ。素っ気ないな。昔みたいにレイ君って呼んでくれてもいいんだぜ。」
「馬鹿言わないで!それ以上寄ってくるなら…!」
「別に俺は構わないぜ。お前には恨みがあるからな。お前のせいでミレイちゃんに振られたんだよ。」
「知らない!アンタの本性に気づいたんじゃないの?」
《闇に堕ちた華》
《光の聖剣》
「ハハッ、マジで闇の魔法を使いやがる!」
「アンタを殺すためならなんだってするわよ!」
感情が抑えきれずに魔力の調整がブレる。レイゼルトの方は腹立たしいほど冷静だ。確実に魔力の弱いところを狙って的確に攻めてくる。
《黒薔薇の舞》
《光の散弾》
退却するための隙を作りたいが、レイゼルトがそれを許すはずもない。ヒロインに会いに行くよりも先にアンナに会いに来たあたり、レイゼルトも本気でアンナを倒しにかかってきているのだろう。
《闇の鞭》
《光の鞭》
威力が弱い魔法しか出せなくなってきた。魔力が底を尽きそうだ。元々、ユリスの薬でめちゃくちゃな魔法出力をさせられて、魔力が半分も回復していない状況だ。
相殺しきれていなかった鞭がこちらに向かってきた。
しまった、と思った時にはアンナの腰に巻き付いていて、レイゼルトの目の前まで移動していた。そのまま髪を引っ張られて、無理矢理上を向かされる。
「苦しそうだな。もう魔力切れか?」
レイゼルトはニヤニヤと笑いながらアンナの唇をゆっくりと指でなぞる。
「嫌……」
アンナはレイゼルトがやろうとしていることを察した。レイゼルトは笑みを深める。
「ふぅん、嫌、なんだな。」
アンナの唇に柔らかいものが押しつけられた。それと同時に何か、とても嫌なものが流れ込んでくる。毒でも飲まされたのかと思うほど身体が苦しい。レイゼルトは抵抗できないアンナに何度も唇を重ねた。
アンナはなんとかレイゼルトを引き剥がしたが、身体を支えることができず、地面に倒れ込んだ。そのまま身体を丸めて呻き声を上げた。
「光の魔力を注ぎ込んだ。
お前にとっちゃ毒みたいなもんだろうな。」
「……最低。」
アンナが苦しんでいるのも構わず、レイゼルトはアンナの両手を掴み、無理矢理立たせる。
「ほらほら。逃げねぇと憎い俺に好きなようにされるぞ。」
身を捩って逃れようとするが、レイゼルトは決して手を離さなかった。
「お前だって馬鹿じゃないだろ?俺は光属性。お前は闇属性。戦えば純粋に魔力が強い方が勝つ。
俺に勝てないことくらい分かんだろ。」
アンナは痛いぐらいの力で右腕を引っ張られて、耳元で囁かれた。
「お前は俺といる運命なんだよ。
そうできてる。攻略対象キャラだからな。」
嫌悪で鳥肌がたった。
「意識飛ばさないようにせいぜい頑張れよ。言っとくけど、気を失ったら連れ去って好き放題犯すからな。処刑の前に遊んでやる。」
レイゼルトはアンナの腕を握ったまま少し身体を離すと、今度は顎に手をかけた。
「もう終わりにしようぜ。モブの地味女が主人公様に敵うわけねぇって思い知ったよな。」
「…アンタなんか大嫌い。絶対、私が、アンタを殺す。」
アンナは精一杯の呪いを込めて言った。
急に視界が動いて、レイゼルトの体が離れた。一瞬で景色が変わった。
「アンナ、もう大丈夫だ。」
その声を聞いて、助かったのだと瞬時に理解した。
「……ロキ。」
体力はとっくに限界を迎えていた。アンナはそのまま意識を手放した。