案内してちょうだい
男の襲撃を受けてから8日後、アンナ達はハーベノム村へ到着した。
蔦で覆われた蜂蜜色の家が並ぶ綺麗な村。鳥の鳴き声と風が運ぶ花の匂いで心が安らぐ。さながら絵本の中に入り込んだようだった。
アンナ達はパワークリスタルを使って髪と目の色を変えて村に入った。ユリスと会わなければ何も始まらないが、会うにしてもひとまず情報を集めたいと考えた。
アンナ達が村の中を歩いていると、村の住民からの明からさまな視線を感じた。よそ者が来るのが珍しいのだろうか。
居心地の悪さを感じて少し早足で歩いていると、アンナは気の良さそうな婦人に声をかけられた。
「お嬢さんもあの方が目当てで来たのかい?」
アンナは警戒を込めてその婦人を見つめ返すが、人の良さそうな笑顔を浮かべるこの婦人からは悪意は感じられなかった。アンナはひとまず話を続けることにした。
「あの方って、もしかしてマドル家の方のことかしら?」
そうそう、と婦人はニコニコしながら頷く。
「あんまり顔がいいからね。忍びで見に来る令嬢がいるのさ。」
都合がいいと思った。アンナはそれらしく見えるよう、顔を赤らめて話した。
「恥ずかしながらそうなんです。けれど、どうお会いしたものか考えあぐねていて……」
「村の東に森があってね、十日に一度、そこに植物の採集に出てくるんだよ。次に出てこられるのが…2日後だね。使いにやらせればいいのに自ら出向かれるそうだよ。なんでも植物への理解を深めることが自身の魔法の成長につながると考えてのことだとか。熱心なもんだよね。」
「ありがとう。おば様。」
丁寧に礼を言ってから、アンナはその婦人と別れた。
村の出口に向かう道すがら、村民の存在を気にしてだろう。ロキがアンナに抑えた声で話しかけてきた。
「アンナ、罠の可能性も……」
「わかってる。だけどこちらの目的も彼に会うことなんだから、行くしかないわよ。」
ヒラヒラと花に近づいていく蝶の姿がやけに目についた。アンナ達は一度出直すことにした。
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ハーベノム村に到着した日から2日後の早朝。ハーベノム村の東の森で、アンナは一人、ユリスを待っていた。
今にも雨が降り出しそうな天気で、空は灰色の雲に覆われていた。
ロキとカルムはついて行くと言って聞かなかったが、断った。説得に文字通り丸一日かかった。思い出すだけで胃が痛くなるような時間だった。
ユリスの魔法は人を簡単に殺せる魔法だし、劣悪な環境で育ったユリスは殺人への抵抗が薄い。闇の魔法を使える唯一の人間であるアンナは殺さないだろうが、二人は殺される可能性がある。
三人でユリスと戦って力で制圧できたとしても協力関係は結べない。一人で会いに行くのが合理的だろうとアンナは判断した。
草を踏み分ける音がして少年が現れた。他に誰も連れていなかった。
「貴方、ユリス・マドルね?」
アンナが声をかけるとその少年はゆっくりと振り返った。淡い黄緑色の髪に緑色の瞳。森がよく似合うその少年は、人というよりも妖精あるいは天使だと言われた方が現実味があると感じられるほど、美しかった。
「……アンナ・リリスなの?」
揺らぎのない水面のような静かな瞳。その瞳で真っ直ぐに見つめられて、アンナは思わず息を呑んだ。
「……ああ。やっぱりそうなんだね。」
アンナの顔を見てユリスは確信した様子だった。
空中に魔法陣が現れて、そこから水色の蛇が出てきた。塒を巻いていてもアンナよりも背が高く、木の幹のように太い胴体。ゲーム画面で見た時も気味が悪いと思ったが、実物は比にならない。
ユリスは魔法で使い魔を操る。猛毒を持った使い魔だ。
「待って。貴方と争うつもりはないわ。」
アンナの方へにじり寄って来ていた蛇の動きが止まった。
「……意味がわからないんだけど。オレを従わせるために会いに来たんじゃないの?」
「あら、私を誘ったのは貴方の方じゃない?」
「……何のこと?」
ユリスはあくまでも白を切るつもりらしい。
「まぁ、いいわ。私は貴方と話がしたいの。」
「……そう。悪いけど、オレは君が宿してる闇の魔力にしか興味はないから。」
「貴方の目的は分かってる。けれど闇の魔力は悪魔が力を与えない限り、他の誰にも使えないわ。貴方は無駄だと分かるまで、徹底的に試せばいい。」
ユリスは賢い。ここまで言えば、アンナの意図を理解するだろう。
ユリスはかつて自分がいた研究施設の目標と同じ、闇の魔力を使える人間の作成を目指している。アンナはユリスがそれは不可能だと理解し諦めるまで、とことん付き合うつもりだった。危険なことは理解していたが、それしかユリスを味方につける方法が浮かばなかった。
「じゃあオレの屋敷に来てよ。アンナ・リリス。」
アンナは唾を飲み込んだ。
「いいわ。案内してちょうだい。」
遠くで雷の音が聞こえた。アンナの不安を映すように空はますます暗さを増していた。