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光に救われた日

 両親が殺されて一人になったあの日のことを、アンナは今でもよく覚えている。

 曇り空に枯れ葉が舞う秋の日だった。


 アンナはその日、両親と一緒に王都アミティナに来ていた。

 

 アンナの父とレイゼルトの父が魔法学園の同級生で親交が深く、レイゼルトとアンナは幼い頃に知り合った。それから、父が仕事で王都に来る度、アンナはレイゼルトと会っていた。


 その日もアンナの両親がレイゼルトの父から借りた来客用の邸宅に、レイゼルトが遊びに来ていた。アンナは当時7歳で、レイゼルトは8歳だった。



「アンナ、かくれんぼしようよ!」



 金色の髪に青色の瞳。レイゼルトは天使のように愛らしい子どもだった。



「いいよ!じゃあお母さんも誘ってオニになってもらおう!私とレイくんが隠れるの。」 



 肩より少し下の長さで、綺麗に揃えられた黒髪に真っ赤な瞳。自分の容姿を不気味がる大人の目線に気がついていたが、母とそっくりな自分の見た目がアンナは好きだった。



「何回もできないからね。一回だけよ。」



 アンナの母、ナーシャ・リリスは忙しい合間を縫ってかくれんぼに参加してくれた。



「はーい!」



 アンナは笑いながらレイゼルトと一緒に駆け出し、隠れ場所を探す。広い屋敷の中はさながら迷路のようで探検するだけで楽しかった。


 アンナとレイゼルトは階段を登って、廊下にいくつも並ぶ部屋の扉を勢いよく開けながら隠れ場所を探す。四つ目の部屋の扉を開けたところで、二人で入れそうな大きなクロゼットを見つけたアンナは、そこに隠れることを決めた。

 レイゼルトと一緒に部屋に入って、そっと扉を閉める。クロゼットの前まで歩いてヒソヒソ声でアンナはレイゼルトに話しかけた。



「レイくん、魔法使ってみてよ。」



「ああ。みて驚けよ!」



 アンナは以前レイゼルトと会った時、レイゼルトが練習している身を隠す光魔法の話を聞いていた。



光の幕(ライト・ヴェール)



 レイゼルトが魔法を唱えると、頭の先からレイゼルトの姿が景色と溶けてだんだん透明になっていった。やがて足まで透明になるとレイゼルトの姿はすっかりと見えなくなった。その様子にアンナは赤い目を丸くした。



「すっごーい!」



 アンナの小さな身体では収まりきらない興奮。かくれんぼの最中であることをすっかりと忘れたアンナはぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 レイゼルトが魔法を解くと、アンナの目の前に再びレイゼルトの姿が現れた。



「へへっ、そうだろ?

オレは勇者になるんだ。そんで世界樹に行って世界を救うんだ。んで、そのあとは王様になるんだ。

兄ちゃんはオレには無理だって言うけどな。オレは絶対やる!」



「私も、レイくんなら出来ると思うよ。

……でも、そうなるとレイくんはいつか遠くに旅に行ってしまうんだね。」



 寂し気に目を伏せたアンナの背中をレイゼルトが軽く叩く。



「そんな顔すんなよ!そん時はアンナも一緒に行けばいいだろ!」



 そんな方法があったのか。アンナの無邪気な瞳が輝きで満たされた。



「うん!」



「よし。じゃあこの中に入ってオレの魔法で隠れようぜ。」



 アンナは音を立てないようにそっとクロゼットの扉を閉めた。さらにレイゼルトの魔法で姿を隠した。


 お母さんきっと見つけられないだろうな、と心の中でクスクス笑いながら、アンナはナーシャが探しに来るのを待った。



 突然、下の階から大きな物音がしてアンナは叫びそうになった。何かが爆発したような音だった。



「リリス家の悪魔め!葬り去ってやる!」



「何だ!お前達は。兵を呼ぶぞ!」



「うるせえ!用があるのは女の方だけだ。お前は引っ込んでろ!」



 知らない大人の怒った声がして、アンナの心の中は恐怖でいっぱいになった。



「何事です?」



 ナーシャの聞き慣れた声がする。



「ナーシャ!出てきてはダメだ!こいつらの狙いは君だ!」



「まさか……!貴方は逃げてください!」



「こいつだ!黒髪に赤い目!間違いない!」



 そこから先の記憶は曖昧だ。耳を塞ぎたくなるような魔法での攻防の音、そして母の悲鳴と父の怒号を聞いたのは覚えている。



「まだガキがいるはずだ!探せ!」



 怖い大人が自分を探している。それが分かってアンナの身体は凍りついた。

 涙と震えが止まらない中、アンナは声を殺して、祈るように手を組んでただ男達が立ち去るのを待った。

 レイゼルトが握ってくれた手も冷たくて震えていた。レイゼルトだってきっと怖くて仕方がないのだろう。



 その後、兵が駆けつけてきてアンナは殺されずに済んだ。父が事切れる前に呼んでいたようだ。


 犯人はどこで聞いたのか、リリス家に生まれる赤い目を持つ女性の正体は悪魔だと信じて、ナーシャとアンナを狙ったのだという。

 その話があながち間違いではないことをアンナは幼いながら理解していた。



 この事件の後、アンナは親戚の家に引き取られることになった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 その後、アンナがレイゼルトと再会したのは一年後のことだった。レイゼルトが無理を言ってアンナの親戚の家に訪ねてきたのだ。

 レイゼルトはアンナを庭園に呼び出した。

 

 

「……その、大丈夫か?」



 そうレイゼルトに尋ねられて、アンナの目から涙を零れた。

 何度も周りの大人に聞かれたその問いにアンナは聞かれた数だけ「大丈夫」と答えていた。本当は、大丈夫な筈がなかった。幾度となくあの日のことを夢で見て、涙が止まらなくなるのだ。



「……やる。」



「えっ?」



 そう言ってレイゼルトがアンナの手に押し付けるように渡してきたのは眼鏡だった。



「あいつら、おばさんの赤い目を見て襲っただろ?だから、隠せばいいんだよ。魔法かけといた。アンナの目が赤く見えないように。」



 きっとたくさん魔法の練習をしてやっと完成したのだろう。レイゼルトは一生懸命アンナのことを考えてくれていたのだ。それが分かってアンナの目からまた涙が溢れていった。



「レイくん、ありがとう。大事に、するね。」



 レイゼルトはアンナと目を合わせず、うんと頷いた。



「それでもまた悪い奴がアンナのところに来たら、前みたいにオレが守るから。」



 アンナはしゃくりを上げながら頷いた。泣き顔を見られたくて、顔を手で覆った。

 


 

「ったく、強がりなアンナのことだ。どうせ大人の前では泣くの我慢してたんだろ?オレの前では無理すんなよ。」



 アンナはたまらずレイゼルトに抱きついた。レイゼルトが、この世界に唯一残った大切な人だ。アンナはこれからレイゼルトのために生きようと決心した。


 レイゼルトはアンナが泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 アンナは目を覚ました。相当長い時間眠っていたのだろう。首を動かすと少し痛んだ。


 いつもの癖で眼鏡を探して、どこにもないことに焦りを感じた。枕の右側、左側、そしてベットの淵を見たところで、自分で踏み砕いて捨てたんだと思い出した。アンナは一人、自嘲気味に笑った。


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