あの下衆は私達が倒すわ
一人の魔法使いにつき使える魔法の種類は一つだけ。それがこの世界の常識だ。ただし例外もいる。その一つがシュナン家の人間だ。
シュナン家の人間はパワークリスタルを取り込み、その魔力を使うことができるという特殊体質の持ち主だ。
パワークリスタルは便利だけれど、細かい魔力操作が不要な単純な事しかできない。例えば火のパワークリスタルを握りしめて炎の魔法で戦うことは不可能で、せいぜいその場に小さな炎を出すのが精一杯。けれどシュナン家の人間ならば、炎のパワークリスタルを取り込み、訓練を積めば炎の魔法で戦うことができるようになる。
魔法の勝負は相性がものをいう。どの魔術師も一種類の魔法しか使えない中で複数の魔法が使えるというのは圧倒的なアドバンテージになる。だからこそこの男は、この国最強の魔術師の一人と呼ばれている。
ダミクは手を叩く。それが賞賛の意を示すものと理解するのにやや時間がかかった。
「闇の魔法、素晴らしいね。私も初めて見たよ。アンナ・リリス、君が犯罪者でなければ学園の生徒として迎え入れたいくらいだ。」
「お生憎様。生徒に違法薬を盛る学園に入りたくはないわ。」
「ハハハッ。口の立つお嬢さんだ。」
ダミクは笑い声を上げたが、目は全く笑っていなかった。
「私の嫌いなものの一つはね、君達のような生意気な若者だよ。無知で無力なくせに傲慢にも大人に楯突く。若者は従順なのが可愛げがあっていいね。」
数分会話しただけだが、アンナはこの男が嫌いだと感じていた。カルムの性格が歪んだのもよくわかる。
「闇の魔女と騎士は王国に引き渡そう。ミレイ・サキュラは許可なく学園本部に侵入したとして相応の罰を受けさせる。
ミレイ・サキュラ、大人しく投降するなら処分は免除してもいいが、その様子じゃその気はなさそうだね。」
「私は悪事を見過ごして手に入るような立場になんていりません。」
ミレイはダミクに向かって剣を構えたまま答えた。
「……仕方ないな。」
強力な魔力の気配がして辺りの空間が歪んだ。そして、アンナ達がいる場所が星空を切り出したような空間に変わった。大きさは教室一つ分くらいだろうか。
「学園の建物を壊されるのは困るんでね。空間を切り取らせてもらったよ。」
ゲームの中ではどのルートを辿ってもダミクと戦うことはないから、どのくらい強いのか想像がつかなかった。油断すれば牢獄に逆戻りして今度こそ処刑されることになるだろう。
ダミクは風の刃を飛ばしてきた。ロキが剣で弾き飛ばし、ミレイが魔法で斬撃を放つ。
気がつけばダミクの姿が消えていた。そして、ダミクはミレイの背後へ。風の刃がミレイに向かって飛ばされたが、ロキがミレイの腕を引いてよろめかせたことでダミクの攻撃は当たらなかった。
ダミクはすぐに瞬間移動でまた元の場所へ戻る。
「……速いね。」
「お前、彼女の首を狙ったな。」
怒気のこもった声でロキが言った。アンナは目を見開く。アンナには全く風の刃の軌道は見えなかった。
「いやはや、素晴らしい動体視力だ。
思い直したんだよ。三人ともこの場で処分するのが手っ取り早いとね。犯罪者二人はどうせ死刑が決まっているんだ。私がこの場で執行しても誰も私を責めないだろう。生徒を殺すのはまずいが、ここには私達以外誰もいない。犯罪者に殺されたことにすれば問題ない。」
そんな、とミレイがか細い声で呟いた。顔色が真っ青だ。
《天の怒り》
ダミクはこの空間を覆い尽くすほどの大きさの竜巻を飛ばしてきた。確かダミクが生まれつき持っている魔法はカルムと同じ風の魔法だ。
《闇の壁》
アンナは魔法で防御壁を張り、竜巻を闇の中に飲み込む。
「……大丈夫よ。私もロキも強いから、私達が貴女を守るわ。」
アンナは自分の背後で怯えているミレイに声をかけた。
「あっ、私震えが止まらなくて。ごめんなさい。自分から首突っ込んどいて、こんな……」
ミレイの刀を握る手が震えていた。今にも泣き出しそうな表情だった。
「大丈夫。あの下衆は私達が倒すわ。ね、ロキ?」
「ああ。勿論だ。」
アンナは腑が煮え繰り返りそうな程の怒りを感じていた。自分とロキを殺そうとするのはまだ分かる。世間的にはアンナもロキも死罪に値するほどの罪人だ。けれどミレイのような何の罪もない学生を狙うのは許せない。
アンナはパワークリスタルを通してロキに指示を出す。ロキは頷いて走り出した。
《闇に堕ちた華》
アンナは黒色の薔薇の形をしたエネルギー体を出現させる。闇の魔法の中でも大技の一つだ。
《地獄の業火》
ダミクはアンナがいきなり放った大魔術に驚くこともなく、すぐに魔法を打ってきた。アンナとダミクの魔法はぶつかり、互いに打ち消しあった。
「薔薇の形をしてるからよく燃えるという訳でもないのか。闇の魔法は知識がなくてね。」
「心配しなくてもこれから嫌と言うほど見せてあげるわよ!」
そこからアンナとダミクの魔法の打ち合いが始まった。互いに大魔術を出し合って、相手が威力を上げてくればそれに合わせてこちらの魔力の出力も強める。そんな応酬が続いた。
悪魔は頼めばいくらでも魔力を貸してくれるだろうけれど、アンナの身体の方が持たない。アンナは魔法の連発による疲労を感じていた。呼吸が苦しくなってきて、身体が重く汗も止まらない。
ダミクの方はこれだけ魔法を打ったのに、涼しい顔をしている。魔力保有量の差なのだろう。
「もう終わりかい?さっきまで威勢が良かったのに随分と大人しくなったじゃないか。」
「うるさいわね。」
「私を疲れさせてその隙にあの騎士に斬らせようという作戦だったのだろう?残念だったね。白兵戦では強いのだろうが、騎士など魔術師同士の戦いでは役に立たないよ。せいぜいあの特殊な剣で私の魔法の威力を少し下げるのが限界だ。」
「それはどうかしら?」
《黒薔薇の舞》
アンナは無数の黒い花びらを出現させ、ダミクに向かわせた。
「さっきよりも魔法の威力が落ちてるじゃないか。」
カルムは馬鹿にするように笑ったが、目隠しのための術だからそれでいいのよ、とアンナは心の中で言った。
レーヴァテインには斬った魔法の魔力を溜め込む力がある。そして魔力を溜め込むだけでなくそれを放出する力もある。溜め込んだ魔力は爆発として攻撃に使うことができ、その威力は溜めた魔力量が多ければ多いほど強くなる。
この魔法の打ち合いの間、ロキには絶えず動き回ってもらい、可能な限りダミクの魔法を斬ってもらっていた。少なくともダミクが放つ大技一回分よりは威力の高い一撃が出せる。
《解放》
ダミクの背後に回ったロキがレーヴァテインの魔力を解き放つ。ダミクに向かって巨大な爆発が発生した。