貴女の方がよっぽど悪女ね
「つまり、魔力強化の薬をダミクは既に購入していて、学園本部建物内の倉庫に保管されている。そして、ダミクが雇った魔術師が倉庫を守っている。そういうことね?」
アンナはカルムから聞いた話をまとめた。
「そう。アンナは可愛い上に賢いんだね。話の理解が早くて助かるよ。」
カルムがいつもの調子を取り戻した様子でアンナは安堵していた。
「私は、ロキと購入された薬の回収に向かう。カルムには売人との交渉を終了するよう動いてもらいたい。せっかく今あるものを処分しても新しくまた買われたらたまったものじゃないもの。」
「わかった。雇われた魔術師の詳細までは聞かされていない。くれぐれも気をつけて。」
アンナはええ、と頷く。窓の外は日が落ちて真っ暗になっていた。
「決行する日だけど、明日にしましょうか。明日は学園が休みの日なのよね?やっぱり人目につきにくいとなると夜かしら?」
「そうだね。僕も日中は行事の準備で出ないと行けないから、夜の方が動きやすい。」
「分かった。じゃあ明日の夜にロキと学園本部に潜入するわ。」
アンナは欠伸を噛み殺した。朝から動き回って疲労が溜まっていた。
「いづれにしてもさ、ミレイちゃんの記憶は消しちゃおうよ。」
部屋の隅で立っているミレイの方を指差してローラが言った。ミレイが慌てて口を開く。
「待って!学長の悪事を止めるんでしょう?だったら私も協力させてほしい!
シュナン先輩には到底及ばないけれど、私も二年生の中では一番って言われてる魔術師なの。シュナン先輩、お願いします!」
ミレイの黒い目は澄んでいて何の打算も感じられなかった。ミレイの人柄をあまり知らないアンナでも本心からの言葉だと一目でわかった。
「父さんはこの秘密を守るためならどんな手だって使ってくる。危険を伴うことだから、これ以上この件で君を巻き込むわけには……」
「承知の上です。」
カルムの言葉を遮ってミレイが答えた。
「わかった。でもくれぐれも無理はしないでくれるかな?君みたいな綺麗な子が僕のせいで怪我をしてしまったら悲しいよ。」
「きっ、キレイって……そんなことないです!」
あからさまに照れた様子のミレイにローラが白けた視線を投げている。
「はぁ、あの坊ちゃんはま~た息をするように口説いてる。まぁカルムがいいならアタシはいいんだけどさ。」
アンナは内心ほくそ笑んだ。正義感の強いミレイなら、カルムの父親を止めるという方向で話が進めば協力を名乗り出てくるのではないかとアンナは予想していた。無理を押してカルムにミレイの記憶を消すのをやめさせたのはそのためだ。
そういえば気になっていることがあったんだと、アンナは思い出した。
「ねぇ、貴女ってカルムとどういう関係なの?」
アンナが尋ねるとローラは口元に手を当てて少し考えてから答えた。
「んとー、恋愛感情通り越して親衛隊になってる感じかな。カルムのためなら何でもするよーみたいな。学園に何人かそういう子がいるの。」
「へぇ。」
さながらアイドルね、と思いながらアンナは乾いた返事をした。
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「どうして悪女である貴方が学長を止めるようなことをするの?」
学園本部への潜入前、ミレイがアンナに尋ねてきた。協力を申し出たミレイは、アンナとロキと共に薬の回収へ向かうことになった。
ミレイの敵意がこもった質問に、アンナはやれやれと頭を振る。
「……悪女ってどこで聞いたの?」
「どこでって、みんな噂してるし。罪を犯して脱獄してるくせにしらを切るつもり?」
「貴方はみんなの噂で言われてる悪女の話と今の私の姿を見て、そこに矛盾を感じてる訳よね。そして私のことを悪女と決めつけ、私の行動に裏があるんじゃないかって疑ってる。」
「そ、そうよ!どうせ何か企んでるんしょう!」
人が一番残酷になるのは自分が正義だと確信した時。アンナはそんな言葉を思い出した。
「貴女はそういうものの考え方をするのね。……いいわ。貴女は私が何を企んでいるのか考え続ければいい。だけど、もし私が世間で言われるような罪を犯してなくて、今回の件もただ違法薬の蔓延を止めたいだけだとしたら、勝手に私を悪者呼ばわりした貴方の方がとんだ悪女ね。」
ミレイは馬鹿にしたように笑う。
「はっ?何それ?
悪女って言われたくなくて必死なのね……!」
もっと言い返してくるかと思ったけれど、ミレイはそれきり何も言ってこなかった。