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最悪の始まり

――あの日、世界で一番愛しい彼は世界で一番憎い男に成り果てた。




「元々好みじゃなかったんだよな。お前みたいな地味眼鏡女。」



 煌びやかな王城の一室。その部屋の主である少年レイゼルト・イーディスは、整った顔を嫌悪で歪ませて言った。


 黒髪の少女。アンナ・リリスは眼鏡の奥の瞳を震わせて信じられない思いで幼馴染の顔を見つめる。



「レイ君………どうして…?」



 これが少女の復讐の物語の始まりだった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 城下町アミティナの小さな家。

 教会の朝の鐘が鳴るよりも早くアンナの1日は始まる。



「おはようございます!」



「アンナちゃん!今日も早いねぇ。

昨日も遅くまで仕事をしていたんだろう?

無理してないかい?」



 アンナの挨拶に城の衛兵が笑顔で応える。



「全然平気です!

ずっと夢だった執政官になれたんです。

この国が少しでも良くなるように働けることが私の誇りなんです。」



「この国、ねぇ。全部レイゼルト様のためだろうに。この国の次の王はレイゼルト様で決まりだって言われてるそうじゃないか。王位継承順位は二位だけれど勇者に選ばれた方だからね。」



「レイゼルト様は領地の視察から今日戻るんだってね。」



 もう一人の衛兵の言葉にアンナの表情が華やぐ。



「そうなんです!

忙しいみたいで、最近会えてなかったんですけど。」



 レイゼルトはアンナ達が暮らすイーディス王国の第二皇子であり、アンナとは幼馴染の関係だ。アンナにとっては命の恩人であり、異性として特別な感情を抱いている相手でもある。

 レイゼルトから領地の視察への出発の前日、大事な話があるから会いに来てくれ、と言われていたのだ。


 最近、レイゼルトはアンナに対して冷たい。王子としての公務に加えて勇者に選定されたことで旅の支度もしなければならない。アンナに優しくする余裕もない程疲れているのだろう。そんなレイゼルトが少しでも喜んでくれるように今日は好物のリンゴのパイを持って行くことに決めていた。



 アンナはいつもであれば夜の11時まで仕事をするが、この日は夜の7時までに仕事を切り上げてレイゼルトの私室へ向かった。



「レイくん、入るよ。」



 短い返事が聞こえたので、アンナはドアを開けた。



「レイくん、視察お疲れ様。リンゴのパイ焼いたんだよ。よかったら食べてね。」



 レイゼルトはアンナの顔を見ると、大きなため息をついてから、歩み寄ってきた。

 それからひったくるようにしてアンナの手からパイの入った籠を取るともう一度ため息をついた。



「このパイも可愛い子が作ってくれるなら嬉しいんだけどな。」



 そう言ってからレイゼルトはパイを籠ごと床に放り投げた。



「レイくん?」



「あーあ。床が汚れた。

お前が作ったんだ。お前が片付けろよ。」



 涙が出そうになったがグッと堪えて笑顔を作った。昔は本当に優しかったのだけれど、最近のレイゼルトはずっとこんな調子だ。



「……レイくん。何か嫌なことがあったんだよね。ごめんね。気分じゃないのに食べ物持って来られて迷惑だったよね。」



 レイゼルトはアンナの問いには答えず唐突に切り出した。



「お前さぁ、金盗んだろ?」



「……?何のこと?」



「だから、執政官としての立場を利用して国庫から金を盗んだんだろって言ってんだよ。」



「えっ……えっ?大事な話ってそれ?私、そんなことしないよ?」



「証拠は上がってんだよな。」



 そう言いながらレイゼルトはアンナに書類を押し付ける。アンナは書類に目を通してみたが、全く身に覚えがなかった。



「こっ、こんなの出鱈目だよ!私、こんなこと……」



「本当かどうかなんてどうでもいいんだよ。正直、お前みたいな地味眼鏡女、元々好みじゃなかったんだよな。最近は口うるさいばっかりで煩わしかったしなぁ。」



 ようやくレイゼルトが考えていることがわかってきて、アンナは身体が冷えていくのを感じた。



「この際だから言うけどよぉ、この国の財政が破綻しようが、庶民が苦しもうが、俺にはどうでもいいことなんだよ。

ここはゲームの中で、俺が主人公の、俺のための世界なんだぜ?」



「げーむ?主人公?何のこと言ってるの?

レイくん、本当にどうしちゃったの?」



 レイゼルトは羽虫でもみるような目でアンナを見ながら何も答えない。



「ねぇ、悪いことしたなら言って。直すから!」



 頭がクラクラする。10年以上も連れ添ってきた幼馴染のはずなのにレイゼルトが何を言っているのか本当にわからない。

 けれど遠い昔、げーむという言葉をどこかで聞いたことがある気がする。



「攻略対象のヒロインは他にもいるんだよ。お前一人欠けるくらい何の問題もない。」



 訳がわからず涙が溢れてきた。レイゼルトはそんなアンナを見て声を上げて笑った。



「お前、泣き顔も可愛くねぇなぁ。」



 部屋の外から声が聞こえる。



「おっ、そろそろ来たか。」



 アンナが振り返ると、部屋の扉が勢いよく開かれた。それと同時に金髪の少女が部屋の中に駆け込んできた。



「レイゼルト様!大丈夫ですか!」



 少女はアンナには目もくれずレイゼルトに抱きついた。すれ違い様に以前レイゼルトの服に付いていたものと同じ香水の匂いがした。

 アンナの知らない女の子だった。敵意を持った目でこちらを見つめていた。



「お前なら知ってるだろうが、横領は打首だ。」



「レイくん!信じてよ!私、やってない!」



 アンナが叫んでもレイゼルトはまるで聞いていない様子だった。少女と一緒に入ってきた兵士に両腕を掴まれたアンナは部屋の外へと引きずられる。



「ねぇ、どうしてなの?レイくん!レイくん!」



 レイゼルトは片手をひらひらと振る。



「じゃあな、アンナ。

まぁせいぜい残された時間を楽しめよ。

狭くて暗い牢獄の中でな」



 衛兵に連れられて、アンナは牢獄にぶち込まれた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 牢獄の中でアンナは呆然と座り込んでいた。自分の身に起きたことが信じられず声も上げられなかった。


 息の仕方さえ忘れてしそうなほど動揺していた。


 しばらく経つと堰を切ったように涙が流れ始めてアンナは声を上げて泣いた。

 執政官になるために、なによりもレイゼルトを側で支えていける存在になれるように全てをかけて努力してきた。やっと執政官になって、毎日朝早くから夜遅くまで働いた。全部大好きなレイゼルトのためだ。それなのにその結果がこれだ。その事実があまりにも惨めで虚しくてたまらなかった。



 泣きながらアンナは奇妙な感覚に襲われていた。以前にもあった気がするのだ。誰かのために尽くして、死ぬほど後悔したことが。

 それに、レイゼルトが口にしていた台詞。げーむ、こうりゃくたいしょう、ひろいん。全く意味が理解できないこの言葉たちに聞き覚えがあるのだ。




――げーむ?ゲーム…。ゲーム!



 

 アンナは以前こことは違う世界で暮らしていた。そこでのアンナは会社員をしていて、他の社員が少しでも楽ができるように文字通り一生懸命頑張った。そして死んだ。所謂過労死という奴だ。

 そしてここはアンナが生前プレイしたギャルゲー聖なる祈り人(ホーリー・プレイヤー)の世界だ。主人公のデフォルトの名前がレイゼルト。勇者に選定された主人公が旅の先々でヒロイン達を仲間にしながら世界樹を目指すという物語だ。

 信じられないことだけれど、元の世界で死んだ後この世界に転生し、今度はレイゼルトの為に尽くして、そして捨てられたということだろう。



「ハッ、アハハッ……」



 笑いと涙が一緒に込み上げてきた。



「アハハハハハハハッ」



 一度笑い始めると止まらなくなった。本当に自分が滑稽で、馬鹿みたいでアンナは狂ったように嗤った。



「ふふっ。ほんとバカみたい。

私、頑張ったんだけどな。あなたに好かれるために。その結果が処刑台送りなんてあんまりじゃない。」



 アンナは決心した。あの男に復讐する。

 地味眼鏡女で好みじゃないから。そんな理由でアンナを捨てたあの男。レイゼルト・イーディスに。



「随分賑やかな囚人がいたものだな。」



 アンナは驚いて声が聞こえた方を見た。よく見るとアンナの目の前の牢の中に銀髪の青年がいた。



「あら、誰かと思えば白雷の騎士様じゃない。」



 彼はロキ・ファラスト。ゲームの中の登場人物で所謂悪役だ。確か主人公に勝負を挑んで返り討ちに遭って殺される。そんなキャラだった気がする。



 アンナは閃いた。復讐の相手が主人公なら、主人公と敵対する者達、即ち悪役を仲間にして対抗すればいい。まずはこの男を味方につけて脱獄する。



「ねぇ、あなた、私と手を組む気はない?」



 これがアンナと最初の悪役との出会いだった。


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