治療
何とかお風呂で眠りこけることもなく、上がることができた。ひとえにシャルロッテさんのおかげである。
「まずは、こちらのバスローブを着てください」
最後に頭をマッサージされながら洗われて、端から端までぺっかぺかになった。少なくとも森の中を全力疾走していた時と比べればピカピカだと思う。
洗い流されたから浴槽の中は泡だらけで、床も濡れているのに、どうしたことかシャルロッテさんは濡れていない。不思議なこともあるものだ。
下着なんてつけていないけれど、そもそも体は濡れたままなのだけれど、と思いながら渡されたバスローブを羽織る。タオル地でできているから、水滴はバスローブが吸い取ってくれる。だから、バスローブがタオル代わりなのだろうか。
部屋と繋がるドアを開けて、シャルロッテさんが部屋へと戻る。私も、それについていく。足の裏は、不思議と歩いても痛くない。いや、痛みはあるんだけれど、悲鳴を上げるほどではない。薬湯がとても効いたのだろう。お湯でふやけているだけかもしれないけれど。
「こちらへ」
ギーゼラさんが、さっきは無かったはずの横になることができる長椅子の所で待っていた。寝椅子、って奴だろうか。まずは横にならずに腰掛ける。ダメならそう言われるだろう。
「まずは、腕から塗っていきますね」
隣に腰かけたギーゼラさんが、優しく私の手を取る。
「慣れない臭いが少し不快かもしれませんが、薬ですので我慢してください」
「はい」
不快な臭いなのかと少し身構える。
ギーゼラさんは素焼きのような壺の、ふたになっている皮を取った。確かに嗅ぎ慣れない臭いだけれど、何だろう、薬草臭いというか。
「すごい効きそうな臭いですね」
「そう言っていただけると助かります。薬師が二十五種類の薬草を煎じて作る傷薬になります」
「そんなに使うんですか」
「作成に日数もかかると聞いていますよ。騎士団では大量に使うので、専門の薬師の方が毎日大鍋で作っているとか。ご興味があるのでしたら、後日温室に行かれますか?」
「珍しいお花とかもありますし、今度ご案内しましょうか」
どこかに行っていったシャルロッテさんが戻ってきて、提案をしてくれる。
正直、草花に詳しくないし、温室に興味もない。これまでの人生で植物園に自分の意思で行ったことはないように思う。
お花屋さんの前を通ると、綺麗だな、と思う程度で。
「知識のない人間がいってもいいものでしょうか」
「暇つぶしですって伝えておけば、多分ずっと説明してくれますよ」
どこの世界もオタクは一緒なんだ! 好きなことを興味を持ってくれた人に語りたいのは分かるので、考えておくことにする。
「それじゃあ反対の腕をやりますね。私が移動しますので、バルドゥイーン様はそのまま座っていてください」
「包帯も巻いてしまいますね」
ギーゼラさんの座っていた場所にシャルロッテさんが座り、薬を塗ってくれた所に薄い布を置いて、優しく包帯を巻いてくれた。
「そこまでするほどの大けがですか?」
「いえいえ、この薬、私たちもちょっとしたケガの時に使うんですが、すごくべたべたするんですよ。小さい傷だとハンカチでくるんでおけばいいんですが、バルドゥイーン様の傷は、一つ一つは小さいですが、広範囲でしょう。だから大きい布で覆って、包帯を巻いてしまった方が簡単なんですよ」
それなら納得。薬ってどうしてもべたつくものの方が効果が高いような気がしてならない。多分、そういうことはないと思うのだけれど。
「腕が終わったら、一旦着替えて、足にお薬を塗りましょう」
「よかった。バスローブ一枚で、少し心細かったんです」
「あら、バスローブの文化じゃないんですね」
「私の家では、お風呂上りはお風呂場の横にある脱衣所ですぐにタオルで体を拭いて、体が温かいままパジャマを着なさい、って躾けられました」
「文化の違いですね」
「バスローブの国もあるみたいですけど」
生憎行ったことはないので、らしい、どまりだ。海外旅行、したことないけれど日本人はあまりバスローブで過ごさなそうだな、となんとなく今思った。
「先ほどまで着用されていた下着は、洗濯に出してあります。お国のものとは違いますが、今夜はこちらをご利用ください」
シャルロッタさんが用意してくれたのは、なんというかこう、お高い下着屋さんのマネキンが着ているような奴だった。買ったことはない。ああいうのは、もうちょっと年が上で、結婚を視野に入れた女性が買うものじゃないのか。いわゆる勝負下着、的な。
「ベアトリクス様のために仕立てたものですが、こういうものは好まれないとかで未使用です。かわいそうなので使ってあげてください」
「じゃあ遠慮なく」
触ってみる。
シルクじゃなかろうか、この触り心地は。持っていないから、綿ではなさそう、という判断だけれど。後は、貴族のお嬢様が綿とかポリとかはないだろう、とも。綿はあるかもしれないけれど、ポリはないだろう。そもそもポリエステルとか存在してなさそう。
「下着の類はお下がりいただけないのが難点なんですよね」
「他のお洋服はあるんですか?」
「サイズアウトしたら気前よくくださいますよ。本人ワンピースとか嫌がるので」
確かにベアトリクスさんは男装をしていたように思う。騎士の装いを男装というのなら、だけれども。少なくともワンピースではなかった。ワンピースであの剣捌き足さばきだったらそれはそれでとてもすごいと思う。
「ですから明日の朝もお楽しみになさってください。ベアトリクス様の着ていないお洋服がワードローブにあるので、そこから持ってきますから」
「お世話をおかけします」
「良いんですよ、お洋服は着られてなんぼなんですから」
「仕立て屋的には季節ごとに仕立てるから上客なんでしょうけれど、職人としては口惜しい、と言っていましたね」
そうだろうなあ、とシャルロッテさんと一緒になってギーゼラさんの言葉に頷いた。折角作ったのに、袖を通してもらえないのは寂しいだろう。
「あれ、こちらの人って、この格好で寝るんですか?」
「いえいえ、この後パジャマをお渡ししますよ。足の治療が終わりましたら。それから、お食事を持ってまいります」
その格好で寝る方も、もちろんおられますけれども、と、シャルロッテさんが持って回った言い方をした。いるにはいるんだな。きっと寝椅子とかで、パイプをくゆらせるんだろう。デカダンな感じに。デカダンて何。なんだっけ。
「横になって、足をこちらに。そう、治療をしない方の足は、立てていただけるととても助かります」
足元にギーゼラさんが座り、私は横になる。と、寝そうなので起き上がる。
傷は、脛の半分から下に集中している。後は足首の靴擦れと、足の裏の豆だ。ギーゼラさんは丁寧に薬を塗って、布を当て、包帯を巻いてくれた。足首をひねっているわけではないので、固定するタイプではなく、足の裏と足首は靴下をはくように勧められた。
次回更新は1月14日19時です