冒険者ギルドで
お城を出て三日。無事に手斧スキルも乗馬スキルも恐らくゲットした私は、トリクシーと一緒に冒険者ギルドへと向かっている。
昨日はあの後ちょっと余裕があったので、バルタザールにブラシをかけることも出来た。いやまあ、腕の筋肉痛も背中の筋肉痛も足の筋肉痛も消えたりはしなかったので、ベンノさんにちょっとだけですからね! と念を押されてしまった。
それでもバルタザールに付き合ってくれてありがとうの御礼がしたかったので、ブラッシングをさせて貰ったのだ。
ブラッシングが下手? ごめんねバルタザール。でもそこまで含めて付き合ってくれるバルタザールは良い馬だと思う。
そうしてまだ今日も筋肉痛の残った体で、グレーゴアーさんに案内されて徒歩で冒険者ギルドに向かっています。トリクシーがね、さすがにそろそろ歩きたいだろうと提案してくれてこうなった。
「馬車で行った方がお貴族様のお嬢様がー、みたいな空気になっていいと思うんですけどねぇ」
のんびりと舗装された道を歩きながら、グレーゴアーさんが伸びをする。ああいやでも待てよ、と呟いて。
「俺を知っている奴に会ったりとか、団長を知ってる奴がいたりした場合、徒歩の方が説得力出ますね」
「納得してもらえたようで何よりだ」
私、すなわちトリクシーのはとこであるエリーザベト・クリスタラーは庶民である。騎士爵を親は持っているけれど、私個人は騎士ではない。よって、街中は自分の足で歩くことに慣れている、と。
それはそれとしてまあ観光を兼ねて歩いている次第である。
道は舗装されている。といっても石畳。ごつごつしたままの石ではなくて、人の足なのか馬車なのかは分からないけれど、すべすべしている。摩耗しているのか加工なのかは分からないけれど。家々は大体三階建てて、ちょっと急な傾斜の屋根をしている。屋根はなんとなく茶色。オレンジみたいな茶色から、渋い茶色まで様々だ。
大通り沿いだからか、一階はお店になっているところが多いようだ。普通の家のように見えるのに、かまぼこ型の窓の所にはディスプレイが覗いているし、飲食店の前にはパラソルが開いていてオープンテラスにもなっている。
二階の窓の所には鉢植えが並べてあって、咲いている花で見た目にも鮮やか。歩くだけで楽しい。
トリクシーのお屋敷から大通りまで歩いて大体十分。貴族街は家の一つ一つが大きくて、歩いても歩いても壁が終わらない気がしたけれど、気がしただけで割とあっさりと大通りへと出た。
大通りへ出てしまえば割とすぐに冒険者ギルドだ。物珍しいのできょろきょろしながら歩くとものの数分で広場に到着してしまう。その広場に、赤い屋根の大きな家があった。それが、冒険者ギルドだった。
「ちわーっす」
両開きの、スイングドアっていうんだろうか。ほら、西部劇の酒場のドアみたいの。あれを押して、グレーゴアーさんが入る。ドアは膝の辺りからグレーゴアーさんの胸の辺りまでで、防犯には適していないように見える。
多分夜間とかは、他のちゃんとした扉を閉めるのだろう。もしかしたら終夜営業かもしれないけれど、その辺りはまあいいや。
「おう、待ってたぜ」
カウンターにいたのは綺麗どころではなく、ぱっと見で強そうなおじさんだった。荒くれ者の相手をするなら、こっちの方が適しているかもしれない。だってなんとなく、逆らおうって気にならないし。逆らっても負けそう。
こっちだこっち、と手招きされて、カウンターを周ってその右奥にある階段を上る。
ドアのほぼ真正面がカウンターで、左側は酒場になっているのかテーブルと椅子が見えた。後でグレーゴアーさんに聞こう。
二階に上がると扉がずらりと並んでいる。来る前にグレーゴアーさんに聞いた所によると、今回のような貴族の測定で使うのはもちろん、冒険者が他のパーティと相談事をしたり、ギルド側と相談事をしたりする時にも使うらしい。
それから、他の冒険者に聞かれると面倒になりそうな依頼を受ける時にも、こっちの部屋を使うのだとか。
すなわち会議室である。ずらりと並ぶ会議室。よくある景色ですね。
奥から二つ目の扉を、案内してくださった方が開いたので、中へと入る。先頭がグレーゴアーさんで、真ん中が私、最後尾がトリクシーだ。
いや別に何かに対して警戒しているわけではなくて、たんに広がって歩くの悪いかなってだけの話。廊下はトリクシーのお屋敷ほど広くはないけれど、人がすれ違うのに問題はなさそう。相手が荷物を持っていたりしたら、こっちが立ち止まって譲った方がいいかなって程度の広さだ。
簡素な黒いソファーと、黒い木製のテーブルがあるだけの簡素な部屋。王宮だのお屋敷だのに慣れすぎて、簡素だと思うようになってしまった。貴族を通す部屋、だから、それなりにいいもののはずだというのに。
「そちらへどうぞ」
すすめられたソファーに座る。隣にはトリクシーが座って、グレーゴアーさんは、わたし達の後ろ。ドアの近く。
案内してくれた人が、目の前に座った。
「自分はブルクハルトと申します」
目の前に座った案内の人が名乗る。ブルクハルトさんは、ちらりと私達の後ろ、グレーゴアーさんへと視線をやった。
「ご紹介いたします。我がクリスタラー騎士団第二騎士団長ベアトリクス様、そしてそのご親族エリーザベト様でございます」
「本日はようこそおいでくださいました。エリーザベト様のスキル鑑定、でよろしいですな」
「ああ、よろしく頼む」
私以外の三者の間で会話がスムーズに進んでいく。いやここはだんまり決め込むのが正解なので、私は緊張した面持ちで座ったまま会釈をした。
「カンテラをお使いになったことは」
「ありません」
「承知しました。ではこちらを」
そう言ってブルクハルトさんが私の目の前に置いたのは、黒い長方形のカンテラだ。両手で包んでも私の手だと少し余るくらいの大きさで、長方形部分は恐らく全面ガラス製。蓋はかまぼこ型の金属製。そこに、武骨な持ち手がついている。落とさなくてよさそう。
スキルをどうやって見るか、それなりに考えました。
おそらく誰かがすでに書いているものだとは思いますが(いやすでに被らないようにするの難しいでしょ)私はカンテラが好きです。