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鈴蘭の客人  作者: 稲葉 鈴
クリスタラー領
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お風呂

「お茶をお淹れしますね。お風呂の支度が整うまで、少しゆっくりなさってください」

「ありがとうございます」


 完全な下着姿の私に、シャルロッテさんがバスローブを渡してくれた。毒が体内に入っていないことが確認された今、私は自分で脱ぎ着をしていいってことになったのだ。そもそも動いてもいい。足の裏が痛いから、立ち上がりはしないけど。


「エリィさま、それでは私はこれにて失礼いたします」

「色々ありがとうございました」


 頭を下げて退室のご挨拶をしてくれるビアンカさんに、バスローブを羽織った私はあわてて頭を下げる。


「お風呂上がりの傷の手当は看護師でもあるギーゼラが行います。お風呂での付き添いとお風呂上がりのお肌のケアはシャルロッテが。なにとぞお受入れ下さい」


 そこまでしていただかなくても! とか、お風呂の付き添いって何! とも思うけれど、私のこれからの人生で、こんな贅沢ができる日が来るのかというとおそらく考え付かないので、一日くらいはいいかなと思うことにした。

 あと誰かとお喋りしてないと、あの怖いクマが脳裏をかすめるし。

 ビアンカさんが部屋を出て行って、無作法にも椅子の上からそれをお見送りした私が、テーブルへと体の向きを戻した丁度その時、シャルロッテさんがそっとテーブルにお茶を置いてくれた。


「ハーブティーは飲まれますか?」

「はい。たまにですけど」


 緑茶もハーブティーと言えばハーブティーな気がするけれど、どうなんだろうか。ジャスミンティーも結構好きだ。

 シャルロッテさんが部屋に備え付けの白い茶器で淹れてくれたのは、黄色いお茶だった。黄金色ではなくて、黄色。レモンティーよりもうちょっと、黄色。


「これは?」

「ヒルパート、と言います。お花の名前を元にした銘柄ではなく、農園の名前のお茶ですね。ヒルパート農園でブレンドされたお茶です」


 カップを手に取って、そっと匂いをかぐ。ふんわりと甘い匂いは、お砂糖なのか。それとも花の匂いなのか。


「一回ストレートで飲んでみてください。お砂糖よりも、はちみつの方が合いますよ」

「え、これお砂糖の匂いじゃないの?」

「ヒルパートは、お花と果物のブレンドですからね。その香りではないかと」


 ちなみにブレンドされているお花と果物は数も種類も内緒だそうだ。農園の名前を冠するブレンドなのだから、それも当然だろう。

 おっかなびっくりひと口含んでみれば、熱すぎず、かといって冷め切ってもおらず、とても飲みやすかった。果物が入っていると言っても、糖度の高いやつではないのだろう。飲み口はすっきりさっぱりしていた。


「美味しい。好きです、これ」

「お口にあったようで何よりです」


 シャルロッテさんも、ギーゼラさんもニコニコと笑ってくれている。お客様がおもてなしに喜んでくれて嬉しい。純粋にそう思ってくれているようだった。

 ひと口、ふた口、とお茶を飲んでいる間に、ギーゼラさんが私の着ていた服を全部畳んで、一つずつ別の布に包み終えた。それを手に、一旦お暇すると声をかけてくれた。


「お風呂から上がられる頃を見計らって、またお伺いいたします」


 彼女はそう言って頭を下げると、部屋を出た。

 それを待っていたのか、隣の部屋のドアが開いた。


「お風呂のご準備が整いました」

「はい。ありがとうございます」


 四人のメイドさんが奥の部屋から出てきて、揃って私にお辞儀をした。私も、彼女たちにお辞儀を返す。


「お手をどうぞ」


 シャルロッテさんの顔を見て、差し出された手を見て、それからもう一回彼女の顔をみた。これはいったい、どういう?


「その足で何にもすがらずお風呂場まで歩かれるおつもりですか。靴を脱がせただけで悲鳴を上げていらしたのに」

「あ! お手をお借りします」


 言われて理解した。まったくもってその通りだ。そもそも手を借りただけでまっすぐ歩ける自信もない。

 シャルロッテさんの手に自分の手を乗せ、そっとつま先から絨毯の上に足を下す。お高そうな絨毯だけれど、汚してもいいのだろうか。血が出ていたかどうかは分からないけれど。


「ッツ!」


 かかとまでしっかりと下したところで痛みが走る。ぎゅ、と彼女の手を握ったら、握り返してくれた。そしてさっと私の腰に手を回し、体を支えてくれる。


「大丈夫ですよ、バルドゥイーン様。シャルロッテはここに居りますから」


 なんだがとても心強い。心強いだけで、足の裏は痛いままだけれど。まあそれでも、痛いのは生きてるからだ。私はあのクマのご飯になってない。だから痛い。

 分かってるけれど、痛いものは痛い。

 シャルロッテさんに縋り付きながら、勿論体重をかけるようなことはしないで、お風呂場まで歩いていく。腰を支えてもらって、縋り付いていいよって手を差し出して貰えるのって、こんなに心地いいものなんだ。今度誰かが弱っていたら、手を差し伸べられる人間になりたい。

 友達とか。兄弟とか。家族とか。


 ドアの向こう側は、タイル敷きだった。ドアのところにはタオルが敷いてあるけれど、後はタイル。お湯で濡れてもいいように、ってことだろう。

 部屋には小さい窓があるだけで、他は石造り。人が一人は入れるサイズの、白というよりは灰色の陶磁器製と思われるバスタブが一つ。お湯の色は緑だ。


「擦り傷や切り傷によく聞く薬湯です。アデーレさんの調合ですから、よく効きますよ」

「アデーレさんは、薬剤師さん? なの?」


 薬剤師が果たして温泉の素を調合するのだろうか。調合師さんの方が正しいのだろうか。


「薬湯自体を作るのは、街の薬屋さんなんですが、アデーレさんはそのチョイスが上手なんです。お風呂に入れるときにいくつかの薬湯を調合してとてもよく効くようにしてくれるので、ついついそう呼んでしまうのですが」

「私たちの所では、こう、最初からボールみたいな形で売ってるからなあ。その、バスボムにするのが上手、ってことなのかな」


 二人そろって、首をかしげる。

 それぞれ違う常識の世界に生きているから、すり合わせるのは大変そうだ。そしてそれは今ではなくてもいいとどちらからともなく理解して、私はバスローブを脱いだ。


「お預かりしますね」

「お願いします」


 バスローブの下の下着も脱いで、それもシャルロッテさんに渡し、私はゆっくりとお湯に浸かった。

 お湯はぬるいくらいだと最初は思ったけれど、浸かっているうちに気持ちよくなってきたから、適温だったのだろう。お湯はもっと傷に沁みるだろうと思っていたけれど、思いのほか痛くない。思いのほか、ってだけなので、足の裏も足首も脛も腕も痛い。


「それじゃあ軽く洗いますね」

「はぁい」


 お湯に蕩かされた私は、申し訳ないとも思わずにシャルロッテさんにされるがままだった。柔らかい布にいい香りのする石鹸の泡をつけて、優しくこすってくれる。これもとても気持ちがいい。


「眠っちゃだめですよー。もうちょっと頑張ってくださーい」


 腕を洗いながら、シャルロッテさんが声をかけてくれる。


「がんばりまーす」


 としか言いようがない。

 お湯はとてもぬるくていい気持ちだし、体を洗ってくれる手も優しくてとても気持ちがいい。

 かくなる上はお喋りしかないだろうか。



次回更新は1月12日19時です。

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