脱衣
「お気持ちはわかりますが、極力動かずにいていただきたいので、お手伝いをさせてください」
シャルロッテさんは、私の足元にしゃがみ込んで、困ったようにこちらを見上げた。自覚症状のない怪我人扱いなので、仕方ないかもしれないけれど。
「まずは、お靴を脱がせてもらいますね」
「ッツ!」
ローヒールとはいえパンプスで森をできる限りの全力で疾走した後である。いつもはできないマメとか靴擦れができていて、思わず声が出た。
脱がされた靴はシャルロッテさんから、救急箱を取りに行ったメイドさんが受け取っていた。床にいつの間にやら布が敷かれていて、その上に置かれる。バルリングの森から何かを持ち込んでいるかもしれないし、何なら日本にしかいない何かを持ち込んでる可能性もあるかもしれない。だからかな。
「拝見しますね」
パンツスタイルとは言えストッキングをはいているので、足の裏のチマメはそのまま見ることができるのだろう。ビアンカさんが私の足を足置きというのだろうか、ふわふわした台の上に載せて、足の裏を確認してくれた。
「靴の裏、中ともに毒性の植物の後は見受けられません」
「そうですか。足のケアは、お風呂上りに行いましょうね」
どうやら、私の足の裏にダメージを与えたのは、パンプスと森の中のデコボコ具合、というだけで落ち着いたようだ。いいことなんだけれどそれはそれで悲しいものがある。
「次はズボンですね。下着は脱がなくて結構ですので、座ったまま、膝のあたりまで下げていただけますか? そこから先はこちらで引き抜きますね」
あ、手伝うってそういう。
パンツのボタンをはずし、腰を浮かして脱ぐ。足元から引っ張りますね、と声をかけてくれて、そこから先はするりと脱げた。ギーゼラさんだったか、もう一人のメイドさんが私のパンツを受け取り、悲しそうな顔をした。
「補修に出しますか? 裾の辺りがひどいことになっていますけれど。
ブラントの葉と、ガルドゥーンの汁を確認しました。内側ではなく外側ですし、破れている場所のそばではないので、問題はないと思います」
見ただけでわかるのかと、思わず呆けてしまう。詳しい人って、それだけでわかるからすごいよね。
「念の為、ブルーノにはそれを伝えておいてちょうだい」
「はい」
ビアンカさんは、私のすねをまじまじと見ている。ああ、ストッキングもズタズタだ。血はにじんでいないようだけれど。
「ストッキングも脱ぎますか?」
「ああ、やっぱり何か履いてらしたんですね。繊維のようなものが見えましたので、少し不思議に思っていたのです」
ふふ、とビアンカさんに笑われてしまった。こっちには、ストッキングはないのだろうか。パンツストッキングはないかもしれない。あれなんか、編むのが難しくて、専用の機械がいる、みたいなのをテレビで見た気がする。うろ覚えだけど。
パンツと同じ手順でパンティストッキングを脱ぐ。今度は、シャルロッテさんたちは手を出さなかった。肌に近いのと、手伝う方法が分からないから、だろうか。だから椅子の上に足を乗せて、出来るだけゆっくりと体を動かした。
脱いだものはギーゼラさんに渡して、ゆっくりと足置きに足を戻す。
「触れますよ」
ビアンカさんの温かい手が、私のすねをそっと撫でた。いくつか擦り傷はできているけれど、それだけだと思う。でもさっき、不穏な雰囲気の植物の名前っぽいものをギーゼラさんがパンツを見ながら言っていたから、少しだけ不安だ。
「ああ、足は大丈夫そうですね。傷はありますが、毒が混入した形跡はありません」
「よかった」
どっと体から力が抜ける。まだ、ブラウス脱いでないけれど、足は大丈夫だと知っただけでも収穫はあった。
「それでは、ブラウスを」
「はい」
シャルロッテさんに促されて、ボタンを外す。外し終わると、失礼しますね、と声をかけてくれた後、そっと後ろから脱がせてくれた。なにこれ。どんな技なの。
「袖口に同じく、ブラントとガルドゥーンの汁がありますが、ギーアスターはないので、問題はないかと」
「でも白いブラウスですから、ブルーノさんでも完全に染み抜きができるかどうか」
「エリィさま、いかがなさいますか。お召し物は繕いに出されますか。すぐではなくていいので、考えておいてくださいね」
「ストッキングは消耗品なので、捨ててしまって構いません」
パンツは、ジャケットの状態を見てから決めたい。多分駄目だろうから、それなら廃棄でいいかもしれない。
何十万もするスーツじゃなくて、就活用に買った二着で二万の安物だし、相方は残ってるからそこまで困りもしないだろう。ブラウスだってまあ安物だし洗い替えもあるしで、あちらに帰ってから困ることもないだろう、とちょっと楽観的なのは否めない。でも、今すぐ決めなくていいと言ってもらえるのなら、それに甘えようと思う。
「えっ、これ消耗品なのですか?」
「この繊細な下着が?」
シャルロッテさんとギーゼラさんが困惑している。気持ちは分かる。とてもよくわかる。
でもストッキングは安かろうが高かろうが伝線して捨てる定めにあるものなのだ。安いやつだと物の五分と持たないこともある。でもそれは内緒にしておこう。二人の心の平穏のために。
「エリィさま、下着ですからお嫌かもしれませんが、洗濯後職人の所に持ち込ませていただいてもよろしいでしょうか」
そう申し出てくるビアンカさんの表情は真剣で、この国にストッキングはないのだなと確信が持てる。実際あれば、とても便利だもの。
「構いません。私も自作したわけではないので詳しくないのですが、確か特殊な糸と特殊な編み方をしていた、ような気が、します」
もしかしたら手編みでも形を作るだけならそれほど大変ではないかもしれない。毛糸のパンツとか存在するし。
「お慈悲に感謝いたします。そのことも併せて、職人に伝えるようにいたします」
「お慈悲?」
「下着なんて、誰かにあげたくないじゃないですかー」
「シャルロッテ!」
「ああ、そういう。肌着ではありますけれど、直接の下着でもないですし。そもそも洗濯して貰うのであれば、誰かの手には渡ってしまうので」
そもそも捨てようと思っていたものなので、構わない、というのもある。
何年かしたら、この国にもストッキングが流行るのだろうか。女性陣の足が少しでも綺麗に見えるようになるのなら、それは喜ばしいことなのでは?
「もしかしたら明日とかには恥ずかしくなるかもしれませんが、少なくとも今はなんかどうでもいい気分なので、今のうちに持って行ってしまってください」
「アイベンシュッツに会ってしまうと、そいういう気分にもなりますよね」
「私の生まれ育ったところには、赤くて腕の四本あるクマさんなんていませんよ!」
「大丈夫ですよ、バルドゥイーン様。アイベンシュッツの生息範囲はこの辺りだとバルリングの森だけなので、騎士団に所属しているか、他の国の冒険者でもないと見たことありませんから。私はありません」
「女神様私に厳しくない?」
だなんて、シャルロッテさんと雑談をしている間に、ビアンカさんが私の両腕を確認してくれる。ブラウスが破けていたのは袖口のほかに、二の腕もだった。そちらは特にシミなどもなく、何で切ったか分からない状態だとかで、ビアンカさんがしげしげと私の腕を診ていた。見ただけで何が分かるのだろうかと素人の私は思うけれど、毒が傷口から入ればばなんか変な色に腫れそうだな、という偏見もある。漫画とアニメと映画とサスペンスドラマのどれかから得たなんちゃって知識で考えるに。
「ええ、傷はたくさんできているけれど、すべて切り傷と擦り傷で、毒は入っていなさそうですね」
「よかったー」
ずるりと、力が抜けて椅子からずり落ちる。それでも床まで落ち切らなかったので、私の羞恥心はまだ少し残っているようだ。理性かもしれない。
次回更新は1月10日19時です
20220109 誤字修正しました
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