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鈴蘭の客人  作者: 稲葉 鈴
クリスタラー領

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さようならと、ありがとう

 結局、私のジャケットだったものはもうどうしようもないということで、廃棄になるようだ。布を取って何かに使える場所もないと。

 繊維を調べるのには使えるだろうけれど、調べてどうするのか、というのが私には分からないので特に何も言わない。化繊の成立って、どんな方法だったんだろう。金メッキが錬金術からの派生なのは理科の授業で先生が面白おかしく教えてくれたから覚えている。


「ストッキングは既にお伝えした通りで、そちらで有効活用して頂けたらと」

「ああ、あの不思議な繊維でできた靴下ですな。股引の方が、形状は近いようですが」


 ブルーノさんがうんうんと頷く。ももひき。おじいちゃんが履いてたあれか。確かにあっちの方がパンティストッキングは形状が近い。


「繊維について、詳しいこと私に聞かれても専門ではないのでお返事できません。私たちのいた場所では、あれは専門の人が作ってくれたものを、購入しているだけですので」


 くどいようだけれど、もう一度注意を促しておく。だって聞かれても困るし。

 化繊はそもそも私が生まれる前には多分発見? されていたから、正直に言ってさっぱり分からない。だってあるものだし。どうやって見つけるとか作るとか、本当に知らない。

 知ってる人は知ってるだろうけれど、それは私ではない、という話。


「あの股引は、あったかいんですかの」

「暖かい類のものではないです。あれはどちらかというと、足を綺麗に見せるための靴下です」


 同じ繊維と編み方で作られた、靴下タイプのものもあるらしい。そのものずばりの名称の、ストッキング止め、というもので止めて使うと聞いた時は分かりやすくていいけど! とはちょっと思った。

 ストッキングが開発? されていないなら、そっちもないだろうから、黙っていた方がいいのだろうか。


「こういうのが好きそうな知り合いは何人かおりますから、ま、一旦そっちに回しますかの。何かあったら、また伺いますよって、その時はどうぞ良しなに」

「私が知っていることは少ないと思いますが、何か伝えられることがありましたら、お答えします」


 いや本当に答えられることあるんだろうか。詳しくないどころの騒ぎじゃなくて、そういうもの、だと思って享受してきただけだからなあ。

 使用感とか、使用方法とか、そういうのなら答えられるから、まあそれでも情報が何もないよりはましなんだろうなと思う事にしよう。


 ブルーノさんは一礼して、部屋を辞していった。昨日まで着ていた私のリクルートスーツ一式は、お役御免になってしまったけれど。まあそれは仕方がない。


「エリィは、差別をしないんだな。ありがたいよ」

「さべつ?」


 するようなところが、どこかあっただろうか。強いて言うなら、ブルーノさんがおじいちゃんで、おじいちゃんに下着を洗われたりするのは嫌! とかだろうか。いやでも街のクリーニング屋さんも老夫婦が営んでたりとかよくあるしな。

 下着の洗濯は頼まないけど。


「ああ。ボニファティウスもブルーノも、肌が黒いだろう? 黒い月の男神コンラーディン様の加護のある種族でね」

「うん」

「肌の色が違うってだけで、子供の頃は随分といじめられたもんです」


 アニキさんが苦笑しながらそう言う。なるほど。いやでもそれは子供だからでは?

 私は自分の手を見て、それからトリクシーの顔を見た。


「肌の色なら、私も違うけれど」


 確かに私はアニキさんに比べれば肌の色は白いだろうけれど、トリクシーに比べれば黄色い。薄橙い?

 彼女の肌は、血管がうっすら透けて見えるほどに白い。肌の下にある血管がうっすら見えているだろうから、頬とかはピンク色だけれども。アニキさんの肌が黒いのが黒い月の男神の加護だというなら、トリクシーの肌が白いのは白い花の女神の加護なんだろう。


「大人になれば、違う種族がいることも、肌の色が違う人たちがいることも知るし、そのことで差別をすることもなくなるけれどね」

「ブルーノさんは種族が違うんですか?」


 それとも四本腕のクマの事だろうか。


「ああ、そうだよ。ブルーノは手先の仕事に優れた種族だ。大工も指物師も鍛冶師も大体の所に彼と同族だったり親族だったり家族だったりがいるね」

「洗濯ものもやっぱり手先の仕事ですもんね」


 ドワーフ的な種族のようだ。洗濯物も範疇なのか。


「ブルーノは普通の洗濯はしないよ。特殊な染み抜きとか、エリィの着てきた服は私たちの着ている綿や麻とは違ったから、ブルーノに頼んだんだと思う」


 なんか申し訳ない気がするけれど、確かに未知の素材はプロに頼むだろう。なるほど。そういうプロなのか。


「エリィの育った場所にも、そういう違う人たちがいたの?」

「私が住んでいたのは島国で、昔は単一民族だけで構成されていたって習った。その頃は確かに、外国に住む人への差別はあったと思う」


 毛唐だの南蛮だのって言葉が残っているくらいなんだから、あっただろうと思う。今でも、使用言語が違うだけで眉を顰める人もいるようだし。

 幸いにも私の周りにはいないから、私に忌避意識はないのだと思う、けれど。


「今は開かれて、他の場所から人も来るようになったのね。そうしたらやっぱり、髪の色も、目の色も、肌の色も違う人たちが来るようになってね。ああ、言語も違うから、やっぱりなんか違和感はあるよね」


 一番の違和感は、通じると思って自分の国の言葉で頑なに話しかけてくる旅行者だ。何語かも分からないから対応のしようがない。

 簡易翻訳機くらい持って来てほしい。

 それは、それとして。


「そもそもここは、私の生まれ育った場所とは違うのは分かっているし、最初にあんな四本腕で赤いクマを見たら、肌の色くらいそういう人もいるよね、で終わらせちゃうよ」


 トリクシーとアニキさんは顔を見合わせた後、私を見つめてきた。多分、同情してくれているのだろう。

 だって最初があれだもの。ちゃんと会話できるなら肌の色くらいなんだっていうのさ。


「エリィ、すごく言いづらいんだが」

「なに?」

「女神ドロテーアを信奉する中には、多腕の種族がいるんだ」

「その人たちはいきなり襲い掛かってくる?」

「戦争中なら多分。まあ、こっちの大陸にはあまりいないし、いてもいきなり襲ってくることはないと思うよ」

「それなら多分、大丈夫」


 あのクマを神に見立てていて、あのクマの着ぐるみを年中着ていて、挨拶代わりに威嚇してくる、っていう種族だったら仲良くはできないかもしれないけれど。子供が着ていて、かわいく「がおー」くらいなら耐えられても、おそらく大人の場合は本気の物まねだろうし悲鳴を上げかねない。

 この想像はやめよう。本気で怖くなってきた。

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