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鈴蘭の客人  作者: 稲葉 鈴
クリスタラー領
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落とし物

 サロンでお茶をいただいた後は、図書室に移動した。トリクシーが、私が文字を読めるのかどうか確認したい、と言ったのが大きな理由。けど、スズランとサルビアは知っている。ほら、エキナカのお花屋さんでもその二つは取り扱いあるじゃん? オキザリス、分からなかった。わからなくてなんかもやもやしたから、それを調べたくて。

 図書室には図鑑があって、挿絵も見ることが出来た。冬に咲く花で、一抱えほどの茂みに咲くそうだ。小さい花弁と大きい花弁の両方が同じ茂みに咲く。

 なんか、見たことがある花に思える。似たような花が、あったのかもしれない。多分、あるんだと思う。翻訳されている、ってことはあるのだろう。

 文字は、読めなかった。アルファベットっぽい何かの羅列なのは分かった。文字だと言われなくても、文字だろうな、という認識はした。


 てぃりん。


 スズランが鳴った。そうしたら、やはりアルファベットっぽい文字の羅列、にしか見えないのだけれど、意味は分かるようになった。まったくもって。訳が分からない。

 まあ、分からないよりは、と、ありがたく女神の恩恵に感謝することにした。


 街の広場にあるという鐘が鳴り、お昼を教えてくれた。朝と、昼と、夜の三度になるそうだ。朝は、聞き逃したっぽい。夜の鐘は、時間的には夕方で、下校のチャイムみたいな時間に鳴り、お仕事終わりの合図にしてるいそうだ。

 昼食は、朝食と同じ食堂で取った。メンツも変わらず。次兄の奥さんは一旦帰宅してまた来たそうだし、お父さんとお兄さんは業務を抜けてきたそうだ。


「長兄の所と次兄の所にはそれぞれ甥と姪がいるけれど、しばらく同席はしないから、安心していいよ。全員、エリィと同席できるほどマナーがまだできていないんだ」


 それはいったいどういう意味なのかは、聞かないことにした。

 私の考えるマナーと、貴族のマナーは違う可能性が高い。完璧にマスターしていないだけ、と言う可能性もある。多分お猿さんだからってことはないだろう。その場合はもう、エンカウントしてるだろうから。


「昨日ぶりですね、バルドゥイーン様。ちらっとすれ違いましたが、覚えていてくださってるでしょうか」


 午後からは、森に落としてしまった私の荷物を拾って来てくれたという、騎士団の人と荷物の確認だ。場所は、私がお借りしている客室。

 荷物を持って来て下さったのは、昨日ちらっとすれ違った、ボンさん。ボンなんとかさんなのは覚えているのだけれど、なんか難しい名前なことしか覚えていない。


「見覚えは、はい」

「クリスタラー領バルリングの森巡回第二騎士団副団長のボニファティウスと申します。以後お見知りおきを」


 胸に手を当て、きっちりと腰を折ってくれた。漫画だったら、ガッとか、シュッとか擬音が尽きそうなほどに鋭い挨拶をしてくださる。

 そしてごめんなさい。名前覚え間違えていました。多分これからも間違えます。


「ボニファティウスは孤児院出身、冒険者上がりで、うちの騎士団の冒険者出身達のまとめ役でもある。ちなみにあだ名はアニキ」

「ちょ、お嬢。なに教えてんですか」

「エリィの国の言葉では、多分お前の名前は発音できないからね。言いやすい方を教えてみた」

「お気遣いありがとうございます」


 発音は多分、出来る。多分。頑張って練習すれば。

 ただ噛む。絶対に噛む。あと覚え間違える。絶対だ。

 アニキさんは背が高く、肌が黒い。日に焼けてる、と言われればその通りなんだろうけれど、それだけではない気がする。


「じゃあまあ仕方ないってことで、気を取り直しまして。アイベンシュッツが暴れたであろう辺りから、ちょいと範囲を広げて探せたものは、こちらになります。あらためてください」


 そういってまず出されたのは、私のジャケットだった。訂正、ジャケットだったものだ。今はどちらかと言うと、布切れに近い。


「あの時、後ろから迫りくる何かに向けて、ちょっとした時間稼ぎになればいいなとそっちを見ないで投げつけた私のジャケットだったものです」


 間違いありません。

 なんで私は犯人みたいな口調になってるんだ。

 トリクシーとアニキさんは顔を見合わせて、それからジャケットを見た。戦う人間である二人には、このジャケットがどういう戦いを経たのかが、わかるのだろうか。

 少なくとも私は無事であり、ジャケットは戦いを勝ち抜いたと言っても過言ではない。


「ポケットの中とか、確認は?」

「ハンカチ残ってるかなあ」


 本当は手にするのも気が引けるけれど、それでも確認してくれ、と言われてしまった以上、仕方なく手に取る。あるとしたら右のポケットだけれど、そもそも右のポケットどこだ。そもそもこれはどこの部位だ。袖?

 あちこちひっくり返してようやくポケットを見つけるも、空だった。もしかしたらこちらは左かもしれないと、もう片方のポケットも探す。そちらも空だったので、ハンカチはどこかに行ってしまったようだ。

 まあ、高いものを使ってはいないので、気にしないことにする。


「それでは次はこちらになります」


 そういってテーブルに置かれたのは、私の通勤カバンだった。傷はついているけれど、ファスナーは開いていない。中身は無事かもしれない。

 ジャケットと違って元の形を保っているカバンを膝にのせて、ファスナーを開ける。

 なんかちょっと、感慨深いな。まだ昨日の話なのに。


「化粧用のポーチにー、ティッシュ入れにー」


 入っていたものを、机の上に出していく。二人とも、食い入るように見ている。何か珍しいのだろうか。


「お財布に、端末に、手帳に、ペン。あ、全部ありますね」

「ポーチの中身も、確認していただけますか」


 アニキさんに言われたので、私は頷いて、とりあえず化粧ポーチを手に取る。ティッシュケースは雨が降っていなければ問題ないだろうし。

 正直、開けたくはない。無事かもしれないけれど、気が付いたら手に持っていなかったってことはぶん投げているんだろうし。

 私はそれほどメイクが好きではないから、いやすっぴんではないけれど、最低限しか持ち歩いていない。

 フェイスパウダーのケースは見た目は無事。強いな、プラスチック。それから色付きのリップと薬用リップ。メインで使うのは薬用リップだけれど、これ入ってないと口紅買いなよ攻撃を受けることもしばしばあるから連れ歩いている。化粧が好きな友人のポーチには、なんでかわからないけれど三本くらい入ってるからね、口紅。

 チューブタイプの日焼け止めは壊れるとしたら蓋部分だろうけれど特に壊れていないように見える。よくよく見たら欠けてる、とかあるのかもしれないけれど、そこまでは気にしない。

 ハイライトとチークは、私は一つにまとめてある。そんなに色数もない。それでいいのと言われるけれど、別にいい。営業職でも接客でもないし。


「これは多分折れてるよねぇ」

「鉛筆は多分、そうだろうなあ」


 アイペンシルは元々折れやすいし、仕方ないよね。となると残りはフェイスパウダーの鏡である。まあ、お気に入り! って訳でもなく、必要に迫れて買ったプチプラだし。特に惜しくはないかな。

 と自分に言い聞かせながら蓋を開く。思いの外粉は散っていないけれど、鏡は割れていた。まあ、鏡って言っても本物じゃないし、多分パウダーにガラスは交じってないと思うけれど、廃棄した方がいいかな。


「エリィ、それは何に使うもの?」

「お化粧直しに使うものたちだよ」

「直すだけでそんなにいるんですか……」


 トリクシーは何となく納得してくれたけれど、アニキさんは驚いていた。性差なのか、それとも身分差なのか。

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