見張り塔のサロン
トリクシーに促され、見張り塔の一階部分に作られたサロンへと入る。塔の内側に沿うように作られている武骨な階段を見上げる形で、座り心地のよさそうな椅子と、ローテ―ブルがあった。
お茶を持って来てくれるだろうメイドさんのためにドアは開けたままにしておき、私とトリクシーは向かい合わせの椅子に座った。体が沈み込むほど柔らかいわけではなく、確かに感じる力強い木の枠組みが痛くもない。
「この椅子、とても、イイ」
「母上の実家は家具製作で有名なところでね。嫁入り道具に始まり、家具が壊れるたびにそこから良いものを買い付けるから、我が家の新しい家具はとてもいいものばかりだよ」
トリクシーの説明になるほどと頷きつつ、ゆったりと背中を椅子に預ける。いくらくらいするんだろう。お高いホテルにありそう、と言う感想しか持てないこの椅子は。
「お待たせいたしました」
いい椅子を堪能している内に、メイドさんがお茶を持って来てくれた。立ち上る香りは,ショウガだろうか。こっちにもあるんだ。
「そういえば、昨日お部屋までワゴンで夕飯を運んでいただきましたけど、どうやってるんですか?」
業務用エレベーターとか、あるんだろうか。あったとしても、食堂からは微妙に離れているし、使い勝手は悪そうだ。
「各階の階段そばに用具入れがありまして、移し替えているんですよ」
親の世代に近いそのメイドさんは、答えてもいいものかと一回トリクシーを見た。彼女が頷いたから、なんというか、お屋敷の裏側を教えてくれる。
そうか、人力だったのか。
「さっきも気が付いたらいらっしゃいましたけど、使用人が使う隠し通路的な物って、あるんですか?」
「ないよ」
「先ほどは、そろそろお茶の時間かと、近くで待っていたんですよ」
昔、なんかの本で読んだんだ。使用人は主の目に見えないようにと、そういう通路を使うって。ないのかー。
なんかちょっと、夢破れた感じ。
「ミルクはいかがなさいますか」
「私はもらおうかな」
「それじゃあ、私も」
ティーポットからお茶を注いで、喫茶店で見るよりも大きめのミルクポットでミルクも注いで、少し大きめの受け皿にカップを置く。お皿には、三枚のクッキーが添えられた。
「昼食まではまだお時間ございますが、いかがなさいますか」
私とトリクシーの前にそれぞれのカップを置きながら、メイドさんがトリクシーに問う。私にではない。私に聞かれても困るので、とても正しい判断だ。
「うーん、図書室で文字が読めるのか試してみてもいいし、私の部屋で服を見てもらってもいいかなとも思うけれども」
「ベアトリクスお嬢様のお洋服でしたら、先ほどシャルロッテがさらっていきました」
「そう? 先手を打たれていたか」
「昨日の夜、皆でどれにするか盛り上がった、って言ってましたよ」
これは告げ口ではない。断じてない。
単純になぜそうなったのか、と言う補足でしかない。
「仕事の早いメイドたちがいて幸せだよ」
トリクシーはくすくす笑いながら、ホットジンジャーミルクティに口をつける。長い。しかし他に言いようもない。
「じゃあやっぱり、図書室かな」
「この上って、出られない?」
出られなくてもショックではないけれど、しっかり階段が残されているところから、ちょっと気になりはした。多分、外に出ることが出来なかったら、なにがしか飾られているとか隠されていると思うんだよね。
「いいや。祭り時なんかに、使うよ。祭りの日に非番じゃない時、ここの見張り台から街を見ることはよくあるよ。その日は使用人や、騎士団の皆にも開放してるんだ」
「外に遊びに出れたもの達が買ってきた、屋台の料理なんかを、椅子をどかしてテーブルを増やして、こことあっちの見張り塔下のサロンで食べれるようにしますね」
楽しそうだ。
確かに、休憩中なら楽しんでいいはずだし、遅番があるのかどうかは知らないけれど、街から通ってるひとが屋台料理を持って来てくれたら楽しめはするよね。
「いいなぁ」
「残念ながら、一番近いお祭りは終わってしまったんだ」
「何のお祭り?」
「白い花の女神、バルバラ様のお祭り。このお祭りの後に、バルドゥイーンが来ることが多いとされているらしいよ」
「どんなお祭りなの?」
「どんなって言われると、困るな」
それもそうだ。
昔からあるお祭りについて知識のない人間に説明するのは、難しい、よりも、困る、が正直なところだろう。私も地元の盆踊り大会説明しろと言われたら、しばらく時間をくれといいたい。歴史から、説明するべき? とかってなるし。
「ベアトリクス様はお生まれになってからずっとこちらの城におりますから、あまり詳しくありませんでしょう」
メイドさんが、ふふっと笑う。年齢的に、小さいトリクシーを知っていそうだ。別にこのお城でメイドしてなくても、城下町で見ることとかはできそうだけど。聞いてみてもいいものなのか迷う。……まだそこまで仲良くないし、今は一旦保留かな。
「この国では、白い花の女神バルバラ様、その夫である黒い月の男神コンラーディン様、赤い花の女神ドロテーア様、その夫である青の月の男神ベネディクト様、紫の花の女神アーデルハイト様、その夫である緑の月の男神ヨハンネス様を祭るお祝いをします」
お月様三色もあるの。
いや駄目ださっぱり思い出せない。昨夜泊まったけれど窓の外なんて見れてないよ!。
「女神のお祭りは、それぞれのお花、バルバラ様ならスズラン、ドロテーア様ならサルビア、アーデルハイト様ならオキザリスを飾ります。家中の花瓶はもとより、街中に、国中に飾りますね」
「祭事に使う専門の花農家もあるくらいだ。一応クリスタラー領にもあるけれど、ここは最前線だから農耕作には向かなくてね」
「奥様の視察にくっついて、いい時期に行ったことありますけれど、壮観でしたよ」
「見渡す限り一面の花畑、ですか?」
「ええ。それも、同じ種類の」
祭事用の花農家であれば、それは確かにそうなるだろう。そこにその季節に行けば、誰かに話したくなるのもやむなしな、壮観の景色であることは間違いがない。むしろ間違いがあった方が困る。そうなってくると、視察の意味合いも変わってくるな?
「広場もそうですが、この城までの大通りにも屋台が立ち並びます。一番多いのはお酒ですね。赤ワインのお店があって、隣に串焼き肉のお店があって、その隣に白ワインの店があって、向かいにはビールのお店がある。それくらい乱立しています」
「さすがにお酒はここのテーブルには並ばないよ。みんな勤務中だからね」
「そうですね。串焼き肉も、それぞれの店で取り扱うのは一種類です。白豚の串焼き肉屋はそれだけを、白豚ミートボール煮込みの店はそれだけを売り続けます。そうじゃないと、てんてこまいで大変なことになるんですよ」
トリクシーとメイドさんの二人は、思い出し笑いをこらえながら、色々と教えてくれる。
いいなあ、楽しそうだ。
「屋台は、専門の商人さんがやるんですか?」
「ええ、そういうお店もありますね。けど、事前の抽選に当たれば、誰だって出店できますよ」
まさかの抽選方式。
それはつまり、お店を出したい人が多いってことなんだろう。買う方で参加するのも、売る方で参加するのも楽しそうだ。
「来月にはコンラーディン様のお祭りがありますから、どうぞ楽しんでくださいまし」
メイドさんは、にこにこと笑っていた。
来月か。私はその時点で、どうなっているのだろう。