城内
城内に入って、トリクシーは玄関を背にして立った。それにしても、玄関ホールは広い。本当に文字通りホールだ。
「私が生まれる前の話だから、私もおじいさまから聞いただけなんだけれどね、昔々はここで、兵士たちの点呼をしたらしい」
どれだけいたのか分からないけれど、武装した兵士たちがここに並んだ、というのなら、確かにこの広さも納得である。そのままぶつかることなく出陣していくのであれば、そりゃ確かに広さが必要だろう。
「両方の見張り塔へは、どちらからでも上ることが出来る。ほら、外から見ても分かる回廊があっただろう? ちなみに今は、どちらもちょっとしたサロンに改造してしまったんだ」
トリクシーがドアを開けて見せてくれた見張り塔の内部は、武骨な石造りの階段こそそのままだけれど、温かさそうな絨毯と、居心地のよさそうな椅子が数客と、ローテーブルが置かれていた。
「もう一つの塔の方は、ちょっとした音楽用のサロンになってるよ」
どうしてそんなことになったのだろう。どなたか、音楽が好きなひとが改造、改装したのだろうか。
「後でここでお茶にしようか。ハーブティーは平気だったね?」
「昨夜飲んだのは、美味しかったです」
それが何だったのかはもう覚えていないけれど、あれはほっとした。多分他にも色んなブレンドがあるだろうし、それを楽しむのも悪くない。
そういえば、ハイビスカスティーは少しすっぱくて美味しかったな。お砂糖はいれるけど。
「今、騎士団の拠点はあっちの要塞に移っていてね。父や兄の執務室はあっちにあるが、食堂のある南翼には両親の部屋とそれから長男夫妻の部屋、まだ結婚をしていない、私と弟の部屋もある。次兄は結婚して、現在は街に邸を持っているよ」
「わざわざ、今朝はお二人で来てくれたの?」
私と朝食をとるためだけに? いや、お兄さんは毎日仕事としてここに来ているかもしれないだろうけれど、お姉さんは違うんじゃなかろうか。
「昨夜から泊まり込みだね。兄は夜番だったから、どのみちこっちに泊まっていっただろうし。ああ、気にしなくていい。よくあることだから」
よくあるのか。いやよくある、は、お兄さんがこっちに泊まることじゃなかろうか。お姉さんもよく泊まりに来るの?
「よくあるの?」
「年に何度か、やれ甥姪の誕生日だ、祭りだと、泊りで来るよ。それに言っただろう? エリィは私たちにとっては宗教上とても大切な人なんだと。君に会うために前日の夜から押しかけてきて、昨夜はもう一人の姉と母上と一緒になって、私に詰問だったんだから。本当の予定は今日の夕飯だったんだ」
「自分で来たんだ?」
「そうだよ、近所だからね」
それなら私が気にすることは何もなかったようだ。ならば気にはしない。わざわざありがとうございます、と言うほどの事でもないだろうから、言わないけれど。
「後は一階に食堂と、昔使っていた大食堂がある。大食堂はパーティの時くらいしか使わないけれど、エリィが望むなら、一回くらいやるよ?」
「それはドレス着たりするやつ?」
「そうそう。思い出にどう? 騎士服姿で私がエスコートしてもいいし、イグナーツでも兄上たちでも父上でも、誰を選んでも喜んでくれるよ」
「奥様方に悪いのでは」
「大丈夫大丈夫、家族内だから問題ないって」
ないのか。
それだけ、どこも夫婦仲がいいってことなのだろう。
「ああでも、一回家で練習しておいた方がいいかもしれないな」
「ん?」
「多分陛下はそんなことは言わないと思うけれど、王宮でパーティを、ってこともあるかもしれない」
確かに、それはそうだ。
私の存在はすでに王宮へと伝えられている。まだ伝令は辿り着いていないと思うけれど。それだって時間の問題のはずだ。具体的には、今日の夜には伝わる。
それも、王様に極秘裏に、ってことはないはずだから、可能性はあるわけだ。
「それって、向こうに行ってみないと分からないよね」
「そうだね。飛竜便は一応他の誰かの所に届いてしまっても問題のない言葉で書かれるから、そこまでの事は書かれないだろうし」
お断りできないものだろうか。
その辺は全部、行ってからしか分からないよね。いや実際のところ、私はここで生きていくのなら、ここの人たち人助けてもらわないといけないわけで。多少のことは我慢するつもりはあるけれど。
「まあ、エリィが庶民出身であることは、きっと加味してくださるよ。とても優しいお方だから」
でも多分、思い出作りに一回やってみる? とは聞くと思うよと、トリクシーは笑った。なんなの。この国の人たちはなんでそんなに私に思い出作りをさせたがるの。
おもてなしの精神なの。あ、なんかそれっぽいな。
「今エリィの部屋のある北翼は、基本的に客間で構成されているんだ。昔は兵士たちの寮だったんだけれど、壁をぶち抜いて一部屋あたりを広く取ってある。今エリィが使ってる部屋は、二人部屋三つ分だね」
「広いなとは思っていたけれど、やっぱり広かったのね」
昔は昔として、今は領主のお城の客間だから、それぐらいの広さはきっと必要なんだろう。泊まるのも多分、貴族だろうし。
「今はそんな客間が三つと、リネン室。昔は十部屋あった計算になる」
「二十人もの人が、あの階に」
「多分三階全部そうだから、それだけで六十人は収容できる。既婚者は今と同じで街に家を持っていただろうから、百人規模の騎士団を維持していたのかな、と考えられる」
多分当時の資料を見ればわかることなんだろうけれど。ううん、わざわざ見せてもらわなくていい。
「今はエリィしか使ってないから、少し寂しいかもしれないけれどね。念の為に二階三階を客間にしていて、一階は他に書庫と続きのサロンがある」
これで、お城にあるものは全部だ。
部屋数だけで聞くとそれほど広くなさそうだけれど、一部屋一部屋が大きいから、結局はとても広い。窓も大きくとられているし、ガラスの透明度もそういえば高い。技術力はとても高いようだ。
「あれ、メイドさんたちの部屋は?」
「ああ、中庭に別棟があるよ。通いの人も多いけれど、住み込みで働いてくれている家族もいる。騎士団の厩番の家族は、あっちに家を建ててあるしね」
屋根裏部屋とか地下とかは、どうやらこの国ではないらしい。あるかもしれないけれど、この城にはないようだ。
「それじゃあ、見張り塔の下のサロンでお茶にしようか」
トリクシーがそう言ってどこへともなく手を振ると、どこからともなくメイドさんが一人出てきて、そっと頭を下げて食堂の方へと向かっていった。
評価ブクマありがとうございます。
次回二月分は19時ではなく朝の7時更新にしてみようと思っています。
いや、何時に更新するのがいいのか迷走してるので。
月代わりでしっくりくる場所を探そうかなと。
更新時間のご要望ありましたらコメントください。