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鈴蘭の客人  作者: 稲葉 鈴
クリスタラー領
16/101

城の内と外

今回少し短めです

「それじゃあ、行こうか」


 コーヒーを飲み干した人から、立ち上がって食堂を出て行った。クリームたっぷりのコーヒーの最後のひと口を私も流し込んで、立ち上がる。


「ごちそうさまでした」


 ドアを押さえてくれている執事さんにそう声をかけると、ほほえみを返してくれた。そういえば、彼は私に話しかけていい人、に入っているのだろうか。その辺りはベアトリクスさんのお父さんのみが知る、んだろうな。


「そうだエリィ、君がエリィと呼んで欲しがるのと同じように、私もトリクシーと呼んで欲しいんだが、ダメだろうか」


 隣を歩くベアトリクスさんは、私より背が高いから、見上げる形になる。女性なのは知っているけれど、ちょっとドキッとする身長差だ。


「それと口調も、出来るだけ普段の君にしてほしい」


 そういえばベアトリクスさんは、最初に会った時から一貫して態度が変わらない。言葉遣いや女性らしい丁寧さはお母さんたちと比べるとないけれど、それでもぶっきらぼうなわけではない。


「トリクシー、昨日は助けてくれて、本当にありがとう」


 私は立ち止まって、感謝の意を込めて彼女の眼を覗き込む。ベアトリクスさん改めトリクシーは、嬉しそうに笑ってくれた。


 てぃりん。


「同世代の女友達は少なくてね、とても嬉しいよ」


 スズランが、なった。

 昨日は、スズランが鳴ったらトリクシーが助けに来てくれた。トリクシーの言葉が分かるようになった。今度は、友達になったから、鳴ったのだろうか。


「そうなの?」

「うちは男所帯だし、街に居りても領主の娘だしね。いないわけではないけれど、気にしないで付き合ってくれる人は、やっぱり多くはないよ」

「私も、こっちでは同じになるのかな」


 だって私は、スズランの女神さまのお客人なんでしょう? さっきの話から想像するに、私には女神さまの加護があって、それは多分、この鳴るスズランが関係していると思うのだけれど。


「そうだね。特にエリィの場合は、スズランの加護があるからなぁ。もちろん私も、その下心が皆無だ、とは言わないけど」

「スズランの加護?」

「白いスズランの女神、バルバラ様のお客人に関わると、色々と称号や加護がもらえる、っていう噂があってね。それを狙ってるものも多いようなんだ」

「それは、どんなものがあるの?」

「私が狙っているのは、スズランの騎士でね。スズランの客人を騎士として護り通した者に与えられる称号なんだ」

「加護の内容は?」


 私を護ってくれたトリクシーが欲しがるような加護がどんなものなのか気になる。もしかしたら、さっきのスズランの音色は、それかもしれない。


「さあ?」

「え?」

「人によって違うらしい、という伝承しかないよ。けれどそんなものはいいんだ。誰かを護り抜いた騎士、という称号以上に、価値はないさ」

「それが友達だったら、なおいいなって?」

「そうそう、そういうこと」


 食堂の前の長い廊下を歩きだしながら、そんな事をお喋りした。下心、なんだろうか。私は騎士ではないから、彼女が誰かを護りたい、護り抜きたい、という思いがこれっぽっちもぴんと来ない。

 あの時アイベンシュッツから私を護ってくれたし、あってもいいんじゃないだろうか。


「まあそんなことは気にしないことにして、一応城内の案内をしよう」


 玄関ホールまで戻ってきた私たちは、両開きの玄関ホールを抜けて、外へと出る。上着は羽織っていないが、寒いことはない。暑くもなく、温かく心地いい。


「そういえば、ワンピース着てくれたんだな。キルヒナー夫人も喜ぶだろう」

「シャルロッテさんもそう言っていました。何がお嫌いなんですか?」

「動きづらいんだよ」


 困ったように眉を下げて笑うトリクシーに、だろうなとしか思わない。同じ理由でスカートを好まなかった友人を知っているから。

 ただ私に言わせてもらえれば、パンツルックもそりゃするけれど、それよりスカートやワンピースの方が楽だ。まあこの辺りは、個人の嗜好以上のものではない。


「じゃあありがたく、いただきますね」

「うん、そうして欲しい」


 嬉しそうにトリクシーは笑って、城を見上げた。

 つられて私も城を見上げる。うん、城だ。


「昔、はじめて私たちの先祖がこの土地に来た時、ここにはこの城はなかったんだ」


 トリクシーはそういって、道沿いに街を見た。だから私も、一緒になって街を見る。街は、可愛い。各ブロックごとに、同じ色で建てられている。


「あの三角屋根が教会で、ここまで道はまっすぐなんだ。最初の頃、あの教会は広場に面しているんだけれどね、その広場の向かいに、屋敷があったと聞いている」


 今はもう、無いってことなのだろうか。


「最初は広場に沿って柵を置き、その柵を護っていた。人が増えたから、柵をもう一周外側に作り直して、そこまで家々を作ったという。そうやって人の領地を広げて、まずはあの壁と、この城を作った。そのころここは私たちの家ではなく、兵士たちの拠点だったんだ」


 玄関の脇には、二本の塔があり、その塔をつなぐように回廊がある。それはつまり、見張り用ということなのだろう。


「それからもっと森の近い所に壁を築いて、そちらに拠点を移した」


 トリクシーは街とは反対方向に視線をやったから、そちらを見る。多分昨日も見たと思うけれど、壁の向こう側にも城があった。城というよりは、もっと要塞に見える。壁で、全然見えないけれど。

 前に漫画で読んだ領主の館、みたいなのは騎士団寮だと教えてもらったけれど、他にも、お城があったのだ。


「父の執務室はあちらにあるし、兄たちの執務室も同様だ。私の部屋は、あちらにもある」


 トリクシーはもう一度、いま彼女たちの住んでいる、そして私の間借りしている城に視線を戻した。

 両開きの玄関の前には、数段の横に広い階段がある。そこを一段飛ばしで上がって、トリクシーはドアを開けた。私も、それにくっついていって、城内へと入る。



次回更新は1月31日19時です。

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