夕飯
シャルロッテさんが用意してくれた寝間着は、袖は肘までの長さで、裾は膝が隠れるくらいの頭からかぶるタイプの布の服だった。スウェットのようではあるけれど、生地は多分綿とかそういうのだから、違う気もする。
それから、くるぶし丈のズボン。
前開きではない、パジャマというのがしっくりくる。
「こちらへどうぞ」
シャルロッテさんは夕飯の準備をするために部屋から出て行ってしまったので、パジャマを着るのもソファへと連れて行ってくれるのもギーゼラさんだ。何なら靴下も履かせてくれた。
慣れないことばかりで恥ずかしいけれど、お客様扱いをされているというよりはどちらかというと怪我人扱いをされている、が近い気がする分、なんとなく気楽ではある。明日の朝は分からないけれど。
「おまたせしましたー」
シャルロッテさんが、あの、映画とかで見る、銀色のワゴンに乗せて夕飯を運んできてくれた。
「バルドゥイーン様は、お酒はたしなまれますか?」
「年齢的には成人していますので飲めますが、あんまり」
美味しいとは、思えない。もしかしたら、美味しいお酒に出会えていないだけなのかもしれないけれど、まあそれはそれとして。
「本日はできれば飲んでいただきたかったですが、無理はできませんので、お飲み物はこちらで」
ローテ―ブルに載せられたのは、湯気を立てるマグカップ。甘い香りがする。
「ホットワインです。色々入れて苦手だったら困るので、シナモンだけですが、温まりますよ」
お風呂上がりでこれっぽっちも凍えてはいないけれど、ありがたくホットワインを貰う。匂いを嗅いでみれば、そんなにお酒の匂いはしない。温めた時に飛んだのか、それともシナモンの匂いが強いのか。
せっかくなので一口飲んでみると、甘いブドウの味わいと、それからシナモンが鼻に抜ける。美味しい? シナモンが好きな人にはとても美味しいだろう。今の私にはシナモン強いなー、という感想しかない。是非眠くない時にまた飲みたい。
その間に、着々とワゴンからローテーブルへと食料が移されていく。厚く斜め切りにされたパンに、薄切りのサラミ、ハム、焦げ目が美味しそうなソーセージ。瓶詰のあれは、ジャムだろうか、それともパテと呼ばれるものか。ホットワインの入ったマグカップを気が付けば両手で抱え込んで、私はシャルロッテさんがローテ―ブルに並べるものを一つずつ眺めていた。
「多くない?」
「ビアンカさんからの指示で、私とギーゼラさんもここで夕飯を取るようにと」
一人での食事は寂しいな、と思っていたところだから、思わず二人の顔を眺めてしまう。ギーゼラさんは少し嫌かもしれないけれど、シャルロッテさんは嫌がっていないようだ。
「あら。それじゃあバルドゥイーン様、私たちもお相伴にあずかりますね」
「よかった! 一人で食べるのは、今日は寂しいなと思ってたんです」
私の言葉に、シャルロッテさんとギーゼラさんは顔を見合わせた。今日ばかりは理解してほしい。
「まあ、そうですよね」
「知らない場所に飛ばされて、挙句にアイベンシュッツですもんね」
ワゴンに乗っていた食器と料理をすべてローテ―ブルに移動させた二人は、それぞれ椅子に座る。シャルロッテさんは向かいのソファに、ギーゼラさんは化粧台前の丸椅子を持ってきた。私は、この部屋に運び込まれた時の椅子に埋もれている。
「それじゃあ給仕はまず私がしましょう。バルドゥイーン様、分からない食材はありますか?」
「パンもハムもソーセージも、多分こっちにもあるものだと思います」
製法とか味とかはまあこの際脇に置いておくとして。それは食べたらわかるだろうし、そもそも私は他の国の食材にそれほど詳しくないし。
「その、瓶詰は何ですか」
「ベリーのジャムですね。他のものは塩気が強いですから、甘未として持ってきたのでしょう」
「チーズと併せても合いますよ」
忘れてた、と、シャルロッテさんがワゴンからお皿をローテーブルへと移した。なぜ二人がかりで忘れているのか。もしかしたら二人とも、疲れているのかもしれない。
それもそうか。二人にとってもイレギュラーですもんね。
「シャルロッテさんのおすすめは後にして、まずはギーゼラさんのおすすめをください」
自分で考えるのは力強く放棄する。食べてみて、美味しかったら覚えればいい。
お城の料理人さんの、もしかしたらそうじゃなくてビアンカさんのチョイスかもしれないが、少なくとも美味しくないものはチョイスしていないだろう、という信頼感で考えるのを放棄する。だって私、スズランのお客人、だそうだし。宗教上のお客様に、美味しくないものは出すまい。
「それではまずはこちらをどうぞ」
ギーゼラさんは厚切りのパンの上に、美しく小さい壺から恐らくはバターを取って塗り、その上にハムとチーズを乗せた。あ、このコンビはこっちでも鉄板なのか。
「チーズは薄く切ったものを好む人も多いですが、私は厚切りのままの方が好きで」
「町のおじさんたちはそれを貧乏くさいとかって言いますよねー」
「ご当主様は丸のままかじるのがお好きなことは、その男衆には内緒にしておきなさいな」
「むしろ丸かじりは貴族の遊びなのでは」
そもそも一般市民が丸ごとを入手するのはお高そうである。現代日本においては確か売っていたと思うけれど、買ってどう保存するのとかって問題もあるし。多分その辺りは、こっちだって変わらないはずだ。
ギーゼラさんが手早く、ギーゼラさんとシャルロッテさんの分も盛り付けて小皿に取分けるのを待って、私はホットワインのカップをテーブルに置く。ちびちび飲むと、そのたびにシナモンの香りが抜けるのが、癖になる。
「いただきます」
見たところ、パンも、それからハムもチーズも向こうで見たものと大差はないように見える。ハムは少し肉っぽいかもしれないけれど、こんなのがあったような気もするし。
「あ、美味しいです」
「お口にあったようで何よりです」
「じゃあお次は、こちらをどうぞ」
私がギーゼラさん作のオープンサンドをほおばっている間に、シャルロッテさんはソーセージを三人分に切り分けて、それぞれの小皿へ盛り付けてくれていた。ちなみに、彼女のお皿は綺麗になっているので、もうパンは食べ終わったらしい。
シャルロッテさんにあわせて、ギーゼラさんがフォークを配膳してくれる。頂いたフォークで、ソーセージを刺してほおばる。
「セージ入りの奴だ! 美味しいですよね、これ」
「臭み消しとして入れているんですが、そちらでも同じことを考えたんですね」
美味しいものは、国境どころか世界線を超えるらしい。単純に同じことを考えただけかもしれないけれど。少なくとも、食いしん坊はどこにでもいるのだということで、ギーゼラさんと、シャルロッテさんとは意見が一致した。
次回更新は1月17日19時です
評価ブクマありがとうございます。嬉しいです。
20220124 誤字修正しました。報告ありがとうございます。