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鈴蘭の客人  作者: 稲葉 鈴
クリスタラー領
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プロローグ -01

「なろうテンプレート」なるものを見ました。

テンプレートの時点でとても面白そうだったので、書いてみることにしました。


私は書いていてとても楽しいです。

 ばきばきばきばきばき。


 背後から、聞き慣れない音がする。

 振り返っては駄目だ。振り返ってはならない。振り返らずに走るんだ、っていうのもあるけれど、振り返ると多分体より先に心が死ぬ気がする。おそらくすぐに体も後を追うだろうけれど。

 いやその方がむしろ楽なのでは? って思わなくもないけれど、振り返らずに走った方がいいと思う内は愚直なまでに右足と左足に頑張って貰いたい。


「っは、っは、っは」


 右足跡左足には頑張ってもらいたいけれど、現代日本人の持久力なんかたかが知れている。私のさっきの決意はすぐに揺らいだ。右足と左足は頑張ってくれているけれど、わき腹がもう駄目だと言っている。

 座り込んで休みたい。

 いつこのマラソンが終わるのかわからない。そもそも終わるのだろうか。終わるとしたらそれは私の人生も終わるのでは? そう思ってしまったので、私はもう少し走ることにした。大学在学中に買って、共に就職活動を戦い抜いたリクルートスーツのジャケットのボタンに指をかける。

 だって腕が振りづらいんですもの。

 今までありがとう。最後にできればもうひと働きしてほしい。

 振り返らずに、私はジャケットを斜め後方に放り投げる。ちゃんと放り投げられたかはわからない。振り返ることができないから。それでもばきばきと恐らくは木が、多分上方の枝が折れる音が一瞬収まったので、戦友は使命を果たしてくれたのだと思う。

 本当はパンプスも脱ぎたい。一応、辛うじて、ヒールはそんなに高くないけれど、それでもパンプスはスニーカーではない。走るようには出来ていないのだ。

 あ、いや、スニーカーでも意味ないだろうか。ここ、多分、森だし。

 足元はデコボコしている。草が生えているのはいい。草に棘があってストッキングはおろかパンツすら引き裂いて血がにじんでいるのも今はいい。多分落ち着いたりお風呂に入ったりしたら痛いだろうけれど、それは生き延びたってことだから、きっと私はほっとするだろう。

 隆起した木の根っこもいい。足元をちゃんと見て、乗り越えれば済む話だ。避けてもいい。

 けれど石はそうはいかない。砂粒だって大きければ痛いんだ。裸足で走ったらすぐに足の裏は血だらけで、あの何かにつかまってご飯になってしまう。

 だから私はローヒールのパンプスで頑張っている。

 せめてもの救いは、今日は部署内の大掃除の日で、タイトスカートじゃなくてパンツを選択していた点だ。これタイトスカートだったらもうとっくに私はあの何かのご飯になっている。

 右足にぐっと力を籠める。次は左足に力を込めて。


「GURUUUUUUUUAAAAA!!!!!!」


 どうやら戦友と名付けたジャケットの目くらましは解けてしまったようで、咆哮があがる。そういえば初めて声を聞いた気がする。

 声は、真後ろではなかった。少し、距離がある。もしかしたら追い回していたぶって食べる種族なのかもしれないが、それでも私は両足を懸命に動かした。

 方角があっているのかもわからない。

 いたずらに森の奥へと進んでいるのかもしれない。ゆっくりと方角を見極めるなんてできないし、出来たとしてもその方角に何があるのかもわからないのだから。

 だから、もう少しだけ、諦めないで走ってみることにした。


 ばき! ばき! ばき!


 木の枝を折る音は、さっきよりも荒くなっている。気がする。私を追いかけている何かは、お怒りなのだろう。それでも距離は縮まらない。ありがたいのか、いたぶられているのか悩ましいあたりだ。

 そんな益体もないことを考えながら、走る。走れているだろうか。そろそろ小走りになってないだろうか。


 てぃりん。


 視界の右上に、スズランの花が現れて、揺れて、消えた。この音は、そのスズランの音色だと、何故かわかる。

 なんでさ。

 いや、待って。どこから突っ込めばいいの。

 なんでスズランなの。なんでスズランが鳴るの。どうしてそのスズランが鳴ったってわかるの?!


「Ich habe mein Bestes gegeben. Es ist schon okay.」


 涼やかな声が、私の左からやってきて横を駆け抜けた。

 もう、振り返っても大丈夫だと。思ったから私は振り返って、そのまま座り込んだ。

 これまで見たくなかった、私を追いかけてきたものが視界に入る。なんだろう、あれは。赤い毛皮をした、四本腕の、二足歩行の。……くま? 私の知識の中ではクマが一番近いような気がするけれど、クマは四本腕じゃないし赤くない。いや赤いクマのキャラクターは探せば星の数ほどじゃんじゃんいそうだけれど、ここまでリアルでもないだろう。

 それと切り結ぶ人は、格好良かった。金の髪を耳の後ろで一つに結び、その尻尾が動くたびに揺れる。マントも一緒に舞うので、彼がどうやって戦っているのはいまいち分からないけれど、劣勢ではないようだった。見る間にクマ? には傷が増え、雄叫びの勢いも弱くなり、ついには地面に倒れた。

 倒した、殺した……のだろうか。漫画とかアニメとか小説とかゲームとかでは光になって消えてドロップ品だけ落ちたりするけれど、ここは、どうやらそういう世界ではないようだ。


 てぃりん。


 また、スズランが鳴った。

 視界の右上にスズランが現れて揺れて鳴って消える。

 私はおかしくなってしまったのかとも思うけれど、いや、あんなのに追いかけられたおかしくもなる。おかしくなっていい。そういう意味では私は正常だ。

 ……正常かな?


「大丈夫?」


 座り込んで、彼とクマの戦いを見ている内に、私の息は整っていた。辛うじて。動けるか、と言われたら、自信がないけれど。


「ありがとう、ございます」


 喉はからからで、うまく唾が出てくれない。喉の奥がねっとりとへばりついている。声は、辛うじて、言葉の体裁をとっていた。


 いや、待った。ストップ。

 なんで、この人の言ってることが分かるの? 最初に会った時、何かを言ってくれたのはわかったけれど、何もわからなかったのに。今は、わかる。


「あなたは、お客人(バルドゥイーン)様でいいのかな?」

「ばるどぅいーん?」

「そう、ここアーベルは女神バルバラを信奉していてね。彼女は時折、異界から客人を招くんだ。それが、バルドゥイーン様」


 なんとなく、わかったような気がする。

 これ、就職活動の現実逃避にみんなでお勧めしあった、「異世界転移もの」ってやつだ。多分転生の方じゃない。私は、私だし。私じゃない記憶もないし、いやあのクマに追いかけられているときに、前世の私がよみがえったのかもしれないけれど、なんでクマに追いかけられていたのかの記憶はない。

 私の記憶に、も、祖語はない。多分。


「帰った、ひとは、いるのですか?」


 そうだ。

 大体の物語では、帰る方法は無くて。けれどあくまで大体の、であって、帰っている物語もある。

 私は、私は。


「申し訳、無いのだけれど」

「そうですか」


 ああ、帰れないんだ。


「私は司祭様方ではないので、そういった類の物語に詳しくないんだ。聖都カンナビヒの書物殿には何かあると思うのだけれど」


 あ、帰れるかもしれないんだ?

 そうか、そうだよね。普通に生きていたら、そんな話は詳しくないと思う。自分の意思で残った人の話、の方が通りがよさそうだもの。

 少し、元気が出た。

今日中にプロローグは全話アップします。

その後は基本月水金更新予定です。


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評価貰えないとダイレクトに書く気消えるよね。


2024.12.19 加筆修正しました。

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