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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
9/55

萩 1

ー「Multi Tactical Nuclear Power Slave Unit」。

  

日本での公式呼称は「核動力多目的戦術主従機」。


歩兵戦術がそのまま運用できる戦機兵というカテゴリーは、本来であればありえない兵器だった。


開発が始まった当初の世界では、戦機兵のような大型の二足歩行ロボットを兵器として運用するには「戦車よりも大きく脆く、航空機に対して非力で、一機当たりのコストで機械化歩兵師団を賄える」という兵器としては致命的な欠陥を抱えていた。


まっとうに考えればこれらの技術的な困難及び重大なデメリットによって、そもそも弱点だらけの人型である必要もなければ、被弾面積が上がるため大型化する必要もないというのが大方の意見であった。


実際、諸外国ではドローンなどを代表する無人化及び小型軽量かつ大量生産が可能な兵器の方が合理的であると判断されており、中国でも攻撃用ドローンを大量に配備していた。


これらの諸問題を解決したのは序盤から度々言及していたトラフダイトと電子機器の発達にあった。


「トラフダイト」の耐熱性、放射能遮断性に優れた物理的にも強靭かつ軽い性質を利用することで15メートル級の巨体を人間のように稼働させるに足る小型レーザー核融合エンジンの開発に成功。


また、装甲材も「トラフダイト」から発見された「Tr」(=トラウニウム)という元素を金属元素に化合させることにより、従来の複合装甲を超えた驚異的な防御力と装甲そのものの軽量化を実現。


これらの要件を満たしても、なお戦機兵は兵器としての有用性を疑問視されていた。


先述したが、こういった大型起動兵器においては、資材やコストの問題がまず確実について回る。


人型である以上、駆動部に対して常に負荷がかかり続け、人間のように治癒することもないため他の兵器と比べて劣化が早い。


また、武装は既存の人間用の武器を拡大化したようなものが多く、単純なサイズアップによる製造コスト高騰は避けられなかった。


しかしながら此度の中国の侵略行為を良しとしない各国によってトラフダイト以外の必要な物資物を十全に供給できる協力を得ることで採掘プラントを開発。


これによって現状無制限にトラフダイトを採掘できる設備が整い、九州に点在する自動車工場を急遽戦機兵製造に転用も同時進行したことでコスト及び交換サイクルに対して急速に解決の日の目を見ることになる。


戦機兵という全く新しいカテゴリーはトラフダイトの発見抜きには成立しえない兵器だったと言える。


ーこのような兵器が現れた発端は中国のミサイル飽和攻撃によって人材及び既存兵器を多く失ったことが多分にある。


旧自衛隊は、最後の砦である九州防衛のため、早急な人員確保及び兵器の増産が急がれていた。


彼らが西に撤退したタイミングで運用可能だった兵器は損失や故障によって稼働率が平時の2割を切り、ほとんどが破棄せざるを得なかった。


多くを攻撃で失い、そこから避難民の護衛をしつつの南下によって更に数は減少。


頼みの綱の航空機もEMPパルスによって多くが撃墜され、残った機体も新素材のトラフダイトを用いた特殊塗料によってEMPパルス対策は一応施されながら少数運用されているが、数としては心許ない。


とは言え九州防衛できる航空戦力は辛うじての温存に成功している。


大した航空機を持たない解放軍には脅威ではあったからだ。


もっとも、有効な反撃手段とされる爆撃は解放軍が占領している都市に対して行うことに対し、九州に避難してきた元々その地域に住んでいた人々の心情にも芳しくなかった。


そもそも解放軍の各部隊は指揮系統が乱立しており、前線では兵器を分散配置させているため、精密爆撃は対費用効果が薄いと判断、もっぱら対戦闘機及び爆撃機の要撃任務に就くこととなる。


米国から各種兵器を購入する手段も無くはなかったが、前述した中国に懐柔された議員によって兵器の供給は双方に対して一切行わない宣言を行った。


とは言え米国の武器メーカーからの購入は可能だった為、戦機兵や歩兵の各種武器は供給されることとなった。


また、それ以外の欧州諸国では臨時政府日本に戦闘機を無償供給する目論見があった。


だが旧自衛隊幹部の激しい抗議を受け、やむを得ずに辞退している。


これは、現状喉から手が出るほど欲しい戦闘機をフイにしてまでも、彼らの欧州メーカーの不信は根深いものがあった。


実際、無償供給とは名ばかりで密約として「トラフダイトの供給」及び「レーザー核融合炉の開発方法の提示」を要求しており、吞まざるを得ないという日本の足元を見るかのようなカードを切ってきた。


当時の臨時政府は当然拒否。


譲歩案としてトラフダイトの供給のみも要求されたが、中国にわたる可能性も否めないとして、断固辞退している。


これらのこともあり、歩兵や陸上兵器を主力とする戦車や各種陸上兵器を品質を落としてでも濫造することも考えられたが、それに足りる搭乗員と生産工場が先の攻撃にて絶対的に不足していた。


また砲術や運用の専門の知識と技能を要する為、一週間程度の訓練では戦場に出られるような促成兵を作ることは困難である。


そこに白羽の矢が立ったのが戦機兵である。


11型の実戦運用は先に示した通りの大戦果であり、操縦系統もレバーとペダルによって基本的な操作が可能。


搭載OSによって元々インプットさせた機動パターンをその状況に応じて最適に判断し、並の人間が乗っても熟練の兵士のような機敏で確実な戦闘機動を行え、一週間程度の訓練でそれなりの運用が可能だった。


「歩兵戦術をそのまま運用可能」

「マニュピレーターの搭載により、重機も兼ねた少人数での高い作戦遂行能力」

「大型サイズによる個人単位での携行火力の大幅な増加」

「対人戦においての敵への威圧行為」


といった大型二足歩行兵器における新たな戦略的優位性を得ることで、戦機兵の実戦での運用性は一気に現実味を増した。


何よりも自動車工場程度の設備でも多少の改修で生産可能だったことも大きく、九州に点在する工場を転用しつつ、更に別途工場を作ることで数を増やしていくことに成功している。


ー戦機兵量産の報を受け、富士教導隊であった部隊をそのまま統合軍教導隊として改組した部隊が機体戦術を次々と確立していく。


更に11型の実戦投入によって詳細なデータを得ることで、統合軍はここにきて大量生産向けの更なる新型戦機兵を開発していくことになる。


この開発には旧自衛隊技研がそのまま統合軍技研として改組された技術部を中心に、民間人の技術者も募った。


こうして官民問わずの共同で11型をベースとした主力量産機を開発開始。


民間の技術者も共同開発することで、従来の概念にとらわれない柔軟な発想によって様々な主力機案が噴出。


最終的には11型よりも安価かつ強靭な複合装甲及びOSのアップデートにより装甲を強化し、反応速度を若干落とし操縦性を更に容易にした「21型甲」は、まずは11型での訓練を積んだ旧自衛隊などの兵士に初期生産型が与えられた。


解放軍の九州侵攻に歯止めをかけるべく、初期生産型のパイロットたちは死力を尽くし、中国地方に進出しつつある解放軍を度々撃退し、その進撃を遅延させてきた。


その戦闘については今は多くは語らないが、空中戦艦・戦機兵という優位性はあるとはいえ、多数の軍勢に対して果敢に遅滞戦術を行い、時には機体の鹵獲を防ぐために自爆も辞さないほどの勇戦であった。


初期生産型を駆るパイロットの奮戦によって得た戦闘記録を基に更に機体・OS双方にアップデートをかけた「21型乙」は、九州のあらゆる工場の総力を結集して生産され、半年足らずで想定していた定数の機数の配備を可能にした。


これ以降、解放軍の進撃は下関で完全に停滞し膠着状態を生んだ。


少なくない犠牲を伴いながら、日本という国体を維持することに成功した事は後の歴史でも評価されている。


ー夜半、「雲仙」は雲上にあった。


漆黒の艦体に映えるほどの満月が映り込み、ある種の幻想的な光景を生み出していた。


ここまで大型の艦艇が空を飛んでいたのならば発見されてもおかしくないのだが、雲下は曇天であり、彼らの姿は目視されない。


加えて偵察機も飛んでいない状況は、彼らにとって絶好の襲撃タイミングだった。


解放軍とて、初動における偵察行動がいかに勝敗を左右するかを正規軍ではないが一応の理解はしている。


しかしながら偵察のために供給の少ない貴重な戦闘機を飛ばし、都度統合軍の空中母艦群による強力な電子妨害によって落とされる状況では不毛でしかない。


その上にそれらの損耗も、32特務中隊による度重なる補給基地襲撃についても中国共産党本部からの追求とその先にある粛清を恐れて隠蔽している有様だ。


解放軍幹部には「革命の志」はあった。


それが解放戦争と称して虐殺の限りを尽くし、中国の後ろ盾で日本全土を焦土にしても共産主義的に見て(・・・・・・・・)より良い国のための浄化作業とすら思っていた。


だが、志だけでは革命は為しえない。


半世紀以上も時代遅れな暴力革命という選択をした彼らには中国共産党という強力な後ろ盾があったからに過ぎない。


党本部は活動家でしかなかった彼らに武器を与え訓練を施し、前述の通りに核を含めた自作自演の自衛を称した弾道ミサイル飽和攻撃を行った。


そして公然と「正規の指揮系統を外れた義勇兵」と偽り10個師団近くの戦力をも預けていた。


しかしながら空中母艦及び戦機兵が登場し、九州の臨時政府が樹立して統合軍として旧自衛隊が再編された途端、あと一歩まで迫っている日本全土の制圧が1年以上も停滞しており、損耗だけが増大していくことに党本部は苛立ちを募らせていた。


中国党本部としてはあくまで解放軍は侵略のための使い捨てにできる尖兵にしか過ぎない。


党本部にしてみれば内ゲバで戦争が片付いた頃に解放軍に歩み寄り、そのまま協調関係を謳いながらいずれは中国の省として吸収する腹積もりだった。


それを10個師団近い戦力と飽和攻撃によるお膳立てをしたにも関わらず、下関から前線が動かない。


何なら動かないどころか統合軍の定期攻勢の度に若干ではあるが後退しつつある状況だった。


それ故、ここ数カ月で結果の出せない解放軍幹部の数名が既に党本部の意向で粛清されており、残った幹部たちは明日は我が身と慄いている状況である。


結局、貴重な航空戦力は温存するのが解放軍の当面の方針になった。


だが、彼らとて無能ではない。


歩兵だからこそできる拠点制圧を人海戦術の無理押しで潰し、戦機兵に対しても現行兵器で対処するノウハウを少しずつではあるが構築しつつある。


ただ、それでも戦機兵による絶対的優位性は未だ崩れず、戦闘機は補給の見込みがない現状、来るべき大攻勢のために温存され、徴用兵の血をもって辛うじて奪取を免れている状況だ。


本来消耗品であるはずの戦闘機よりも人命の方が安上りという旧来の共産主義的な考えのまま、解放軍は時代遅れの暴力革命を推し進めていた。


ー「篠田大尉、そろそろ降下地点だ」


弱冠30代にして雲仙艦長を拝命した芹沢大佐は月に照らされた艦橋内で航路図を眺めながら篠田に伝える。


32特務中隊は書類上では「統合軍航宙艦隊第2戦隊」所属の「雲仙」直属の艦載機部隊となっている。


だが、実際は雲仙も32特務中隊も統合軍参謀本部直属の「特殊戦略作戦室」預かりであり、航宙艦隊の指揮系統からは外れている。


故に彼らは艦隊とは別に独自行動の権利を与えられており、統合軍の大規模作戦には基本的に裏方としての参加しか行っていない。


「了解、こちらはいつでも発艦可能です」


機上の篠田は計器の最終確認を行いつつ、事務的に返す。


「承知した。あと3分で降下を開始してくれたまえ。なお、作戦終了後は0500までに指定地点に来てくれ」


「了解、それではまた殲滅してきますよ」


「ふん・・・。後部ハッチオープン、降ろし方準備」


「後部ハッチオープン、降ろし方準備します!」


いつものように不敵に口角を上げる篠田を一瞥すると、芹沢は艦橋要員に降下準備を下知し、下士官の復唱を受ける。


芹沢は篠田自体の力量と人柄を買ってはいるが、相変わらず虐殺前に妙に陽気になる彼女の奇癖については好まなかった。


旧自衛隊所属の彼は未だに本来自分たちが守るべき対象までもが戦場に出ていることに苦々しく感じている。


平時なら20代前半の女性があんな笑い方をするものではない。


こんなことがなければ人並みの普通の人生を送っていただろうと思うと自身の不甲斐なさがやるせない。


「艦長、目標降下地点です」


隣の雲仙副長が伝えると、芹沢は頷き、指示を開始する。


「了解。降ろし方、始めい」


「降ろし方、始めっ!」


復唱から戦機兵の脚部固定ロックが解除され、彼雲仙と同じく漆黒に輝く空挺仕様に換装した22型が次々と飛び立ち、雲下に沈んでいく。


「・・・いつものように帰って来いよ」


特務中隊の彼女らには直接通信で伝えなかったものの、芹沢は独りごちる。


彼女らを送り出す事しかできないことは旧自衛隊気質の彼からすれば、芹沢たちの不甲斐なさによって陥った状況を尻拭いさせているようにも映り、国の命運という重責を若者に背負わせている上層部に若干の怒りを感じていた。


だが、それでもこの戦いには彼女らを含めた若者の力が必要不可欠であり、今日まで多勢を相手に堅守してきたことも理解している。


だからこそ芹沢は自分にできることを全うするしかないと考えていた。


彼女らが作戦を終えて、雲仙(帰る場所)を守らなければー、と。

今回は期間が空いてしまったので長めに出しています。


ちなみに裏設定を今後はあとがきでぽつぽつ書こうかと思います。


・日本政府の九州避難について

初期の核を含めた弾道ミサイル攻撃に対し、たまたま佐世保に観艦式で集結していた海上自衛隊の決死の迎撃及び西部方面隊に秘匿されていた電子妨害兵器、迎撃ミサイルによって無力化している。


本土と比べて都市機能の損害が比較的少なかったことで避難民の安全確保の受け入れ態勢が最も整っていたこと。


真っ先に支援を申し出た台湾との連携と西部方面隊の残存戦力が温存されていること。


上記二点が主な理由だったりします。


・欧州航空機メーカーへの不信論

「アドーアの悲劇」や「三菱F-1」で調べていただくと分かるのですが、ざっくり言えば「欧州メーカー製エンジンが非力だったので改良依頼をメーカーにお願いしたがロクに対応してくれず、仕方なく自力で改良したら導入時の契約のためにその改良情報がタダで丸ごとメーカーに行き、その改良版を売り込みされた」、という内容です。


ぶっちゃけ空自に対して次世代主力戦闘機を選定する第四次F-X候補としてユーロファイターがかなり

有利な条件で提示してきたにも関わらず袖にしたのはこれが原因の一端だったりします。

(その時も改良情報の提示はメーカーに求められていたし・・・)


ただし、欧州に存在する銃器メーカーに関しては、旧自衛隊から納入実績もあった為、通常の武器弾薬及び戦機兵用のそれを適価にて納入しています。


後出し後出しで申し訳ございません。

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