宇部 6
ー篠田は自機を後にし、格納庫隣の搭乗員待機室に入る。
そこには既に彼女の部下たちが何名かで談笑しながらたむろしている。
彼女が室内に入ると目を合わせ、その場で雑な敬礼をする。
本来ならこのような敬礼は無礼に当たるのだが、彼女自身、堅苦しいのが苦手なのもあって返礼ではなく手をひらひらさせてそれに応じる。
「さて、作戦の最終確認だが、まだ揃っていないな」
待機室の窓の外から先ほどまでいた格納庫を眺めると、整備士とあれこれ話していたり、コックピットで調整をかけている隊員がちらほら見られる。
「まぁ、いいさ。始めるぞ」
待機室にある自分のロッカーから小型の喉頭マイクと骨伝導イヤホンを取り出し、それぞれ首と耳に付ける。
格納庫で整備中の者も含め、この装備に関しては他の隊員たちは既につけており、集まらずともやり取りは可能であった。
「先日補給基地と補給線を叩いたばっかりだが、忌々しいことに敵さんの補給線が再構築されつつある」
スクリーンに投射されたマップでは、先日の補給基地より下関ルートへの×マークがつくものの、それ以外の他の線から下関に矢印が流れる。
「我々の目標はこれを殲滅し、かつ物資の輸送ルートを断つことで後方攪乱し、本隊の下関攻略戦を円滑に進める布石になる」
それらの線を支持棒で叩き、×を空に描く。
実態として、解放軍は先日の補給基地及び掃討作戦の結果、最前線の下関に展開する部隊に物資を一時的に輸送できずにいた。
複数ある補給ルートの中では主要な役割を得ていたらしく、実際相当数の物資が集められている状態だ。
ただ、当該基地壊滅によって与えられた打撃は一時的な事だったらしく、別の補給線より最前線に物資が輸送されているという情報が入っていた。
統合軍諜報部が先日の作戦終了後通信傍受などで得た情報とも重ねた結果、先日叩いたルート以外にもまだ大きなルートが残っているという確証を得るに至った経緯がある。
「これをやらねぇと本州奪還は夢のまた夢、つまりはそういうことらしい」
実際、空中母艦と艦船での大規模輸送で首都奪還作戦も目論まれていたが、上陸したところで首都圏を守るだけに足る大部隊をその場で駐屯及び防衛するだけの兵站が間に合わない事で頓挫した過去がある。
補給問題も米海軍の協力を得れば一応の解決は見るが、中国の息のかかった米国の一部議員の圧力によってあくまで日本国内における内戦という扱いになっており、米海軍も積極的な攻勢支援は行えないとした。
それでも妥協点として米太平洋艦隊のアジア地域治安維持を目的とした日本海での海上封鎖は解放軍のさらなる増強を抑えており、戦力が一時的に拮抗している。
ただ、これもいつまで続くか分からないギリギリの駆け引きの上にある為、臨時政府にとって一刻も早く本州の一部でも奪還することで国際社会に正当性をアピールしようと目論んでいる。
このまま長期化して九州のみの勢力範囲が続けば、日本という国はこのまま九州のみの国家として再編されかねない。
臨時政府にとっても、一敗地に塗れ、統合軍に再編した旧自衛隊諸士にとってもそれだけは最も避けるべき事態だった。
故に本土の地を一部でも確保する必要が特に迫られている。
「前回のように一つずつ強襲をかけて叩く。物資も含めて徹底的に破壊しろ」
「質問です、各集積所の敵の部隊規模はどの程度でしょうか?」
「情報によると、前の基地よりも多い。そして厳しい警戒態勢が続いている」
部下の質問に彼女は米国から情報提供された衛星写真を眺めながら答える。
「先日俺たちが派手にやりすぎたんだろうな。敵さんもさすがにこれ以上の被害は望まないと見える」
口元に笑みを浮かべながらそう答えると、隊員たちもつられて笑う。
戦闘中を除けば篠田は不思議と愛嬌のある性格をしており、あまり軍規に厳しくなく、部下の生命優先であることからも隊員たちにはそれなりに慕われている。
もっとも、本来の彼女はどちらかというとそういう性質の女性だった。
彼女が戦闘狂であるのは、ある事と関係がある。
それが発露するたびに彼女はひどい頭痛に苛まれ、投薬や戦闘中のアドレナリンによる感覚麻痺を起こさない限りは頭が割れんばかりの痛みを感じる。
その激痛を軽減させるため、彼女は必要のない惨殺を行っているー、周りからはそう見られている。
だが、内実は異なる。
よもや彼女が「ある人間が近くにいる場合、ありもしない記憶が発露し、そのたびに強烈な頭痛が始まる」というような特異な体質に起因する問題とは思いもしなかった。
ー現状、下関に駐屯する解放軍に対し、統合軍は定期的な攻勢をかけ、間引きを行いつつ順次追い落とすつもりで臨んでいる。
ただ、前述の通り解放軍のゲリラ戦術と市街の破壊をなるだけ抑えるという臨時政府の方針の為、犠牲は少ないものの敵の必死の抵抗によって攻略までが難しい状態になっている。
海峡間は狭く、双方の砲撃も双方陣地にすべて届くような至近距離にありながらにらみ合いが続いている状況である。
要因は二つ。
一つは戦機兵や空中母艦の登場によって数こそ解放軍が多いものの、戦力比で見れば拮抗を起こしていること。
もう一つは解放軍の九州島侵攻がことごとく阻止されていること。
統合軍は上陸自体を難しいように本州と九州への陸路となる関門橋及び関門トンネルを爆破、24時間体制で防衛及び下関への定期攻勢によって九州島への上陸を抑えた。
また、迂回して九州島全域への各所揚陸を図る解放軍艦艇も呼応した海上自衛隊残存護衛艦及び前述の通り一部協力体制をしている米海軍によって海上封鎖を実施することで通行そのものを阻んでいることだ。
中国としても米海軍相手に火砲を交えることは避けたいらしく、以降は制圧した本州への陸上部隊の逐次追加を米海軍の目を盗んで細々と行っている状況だ。
そもそも本来であれば戦力の差は歴然であったと言っていい。
初戦における飽和攻撃と義勇軍の増援によって、総戦力の人員で考えれば統合軍は解放軍の10分の1程度の人数にも満たない。
加えて解放軍には使い捨て前提の戦闘ドローンが無数に供給されていた為、臨時政府の敗戦は必至とみられた。
ただし、ドローン兵器の対策については旧自衛隊は研究し尽くしていた。
EMPパルス攻撃が有効な事、加えて操作に必要な周波数を探知し、既存の携帯会社のアンテナから特定の電波が発信できるように調整、攻撃行動そのものを妨害、あるいは逆に操作して逆襲に転じるという戦術理論が確立されていた。
これによって解放軍に供与されたドローンは統合軍として本格的に反撃に転じられたタイミングでそのことごとくを操作不能、あるいはコントロール権を奪われた挙句に逆探知され自身のドローンの攻撃で大損害を被ることになり、以降のドローンの大量投入運用は見られなくなった。
それでも戦力差の開きは如何ともし難く、各国も日本全域が陥落する公算が高いとし、頃合いを見てPKO軍の介入、国連が指定した暫定政府の樹立も考えられた。
仮にそうなった以上、その国は日本国民のための国ではなく、渡航してきた中国人も混ざった多民族国家になってしまう可能性を孕んでいた。
その先にある、過去のPKO介入が行われた諸国と同じような末路を想像するのは容易であった。
だが、先の戦機兵及び空中母艦という新兵器群によって奪還の糸口を見出した。
そういう意味では戦機兵は今後の歴史に重大な意義を残した。