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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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宇部 4

ー篠田と新米曹長二人のやり取りの最中でも戦況は推移していた。


一機の22型が持つライフル下部から放たれた

グレネード弾が兵舎に直撃する。


使われている炸薬はサーメート弾というテルミット焼夷弾の一種で、弾殻が兵舎の壁を吹き飛ばし、中で炸薬が作動する仕組みになっている。


炸裂した炸薬は化学反応が生み出す爆発的な熱によって、ようやく反撃体制を整えようとしていた兵舎内を一瞬で地獄絵図へと変えた。


強烈な熱と炎によって殆どは全身を焼かれ即死。


だが、一部の人間は全身に火が回りながらも死ねず、あるいは熱風で肺をやられのたうち回り、燃えた構造物の中でうめき声を上げながら次々と倒れ伏す。


なんとか外へ逃げおおせた者も、そのことごとくが待ち構えていた22型の対人機銃掃射で肉片と化す。


一方的な蹂躙の中、抵抗する小規模の勇敢な人員もいた。


遮蔽物を利用し、手持ちの携行火器で一矢報いんとしている。


ある解放軍兵士が一機の戦機兵に背後の倉庫ドアから対物ライフル「AMR-2」を構える。


観測手もいない中、高倍率スコープで足元の兵士処理の為、こちらに背を見せて立ち止まった一機の関節部を覗き込み、転倒を目論む。


戦機兵とは言え、無敵の存在ではない。


人型である以上、可動域たる関節部は脆弱で背部からその1メートルにも満たない装甲の隙間を狙えば関節内のシリンダー部分は破損し、バランスを保てずに転倒する。


以前彼は優秀な対戦機兵工作部隊に参加し、

何機かの戦機兵をその部分の狙撃で行動不能に陥らせ、撃破に貢献した。


同胞を無様に殺された怒りを滲ませながら彼はトリガーに指をかけ、そして引こうとしたところで彼の命運は尽きた。


彼がトリガーを引くより早く、彼のいた構造物は他の機体が放ったグレネード弾により発生した爆風が彼を包み込んだ。


やがて更なる爆発と共に建物は崩壊、彼の持っていたAMR-2とそれを握りしめた黒焦げの腕が10数メートル先の路上に転がった。


基地としての機能は攻撃開始から15分以内にほとんどを喪失し、32特務中隊はそれから掃討作戦に移った。


なおも生存者はいることにいたが、基地のいたるところで発生している大規模火災を消火するので精一杯で、反撃より先に逃亡を目論む者が後を絶たなかった。


無論、逃げる者は見つけ次第ことごとく機銃掃射を受け、踏み潰され、無様に殺された。


中には両手を挙げたり白旗を振って降伏の意思を示すものもいた。


篠田は戦う意思のない彼らを睥睨し、鼻で笑うと戦機兵のライフルを彼らのいるところに数発放つ。


人間サイズでいえば砲弾にも匹敵する弾体が彼らごと地面を穿つ。


悲鳴を上げる暇もなかった。


血煙が上がり、彼らの四肢は粘土のようにもがれ、死体というにもおぞましい凄惨な「肉塊」になり果てる。


彼女はその酸鼻極まる光景を眺め、堪えきらない様に笑い出した。


ー解放軍は中国からの軍事支援を半ば公然と受けてはいるが、国際法での扱いは「武装組織」であり、正規の軍ではない。


前述したように彼らは組織としての統率が低く、虐殺や略奪が常態化しており、日本政府は九州に逃れる前から中国政府に対して幾度となく遺憾の意を示してきた。


その中には義勇兵を称して人民軍の一部兵士を解放軍の主力として抽出している為、実質的には中国軍の一部ととってもいいのだが、中国政府はこれを否定。


「人民軍兵士の参加は一部過激派による暴発」、「日本国と我が国は交戦状態にはない」と各国に喧伝。


当然、各国がそれに納得するわけもないが、さりとて強大になった中国相手に正面切って批判する国は少なかった。


それゆえに、同盟国であり、対中路線を進めてきた米国を除き、大半の国が臨時日本政府に対する「難民支援」の名目で物資提供を行うのみである。


一方、九州にある臨時日本政府は当然国際法上の日本国の認定である為、戦時国際法を遵守する事を各国にアピールし、一定の評価を得ている。


しかしながら32特務中隊は運用の特殊性から「可能な限り作戦行動は秘匿されるべき」という命令が優先されており、明らかな戦時国際法違反であったが、司令部より黙認されていた。


故に解放軍の中でも彼らの存在は有名であるものの、そのことごとくが32中隊の徹底的な生存者狩りによって証言者が少なく、半ば「幻の掃討部隊」扱いされている。


その「日本の虐殺部隊」の見聞は他国でも知るところとなっていたが、解放軍の無法ぶりに日本に対して一定の同情を示す者が多い。


32中隊の所業を含めた日本の国際法違反については中国政府のみが猛抗議する状況である。


どのみち中国側の見解では「一部兵士の暴発」であり、あくまで公的な宣戦布告を行っていない為、中国政府の指揮下より外れた部隊に対する虐殺行為を抗議する謂れもないのだが。


ーその中、一人だけうずくまって震えている生存者がいた。


運よく弾体や破片が致命傷で当たらなかったのだろう。


彼は地に丸まり、こちらに背を向けてずっと震えている。


「運がいいな、お前」


外部スピーカーで彼女の声が響いた途端、彼は体を大きくびくりとさせ、更に縮こまる。


その屠殺される前の家畜のような怯え方に彼女は強い嗜虐心を抱く。


「その命、大事にしろよ?」


彼女は一言投げかけると、機体の踵を返して次の目標を求める。


「偶々」生き残ったことが彼女自身の気まぐれを起こさせた。


彼女の人生そのものを顧みると、「偶々」という不確定要素を拾い続け、ここまで生きて来たという思いがある。


彼女の過去については今は語るまいが、少なくとも戦争で大きく人生を狂わされた一人だった。


自身が「偶々」を拾って生き永らえたのに彼にだけそれを適用しないのは興醒めもいいところだ。


無様な姿で生き続けることが死ぬことよりどれだけ辛いか、あるいはその同じような境遇に同病相憐れむといった感情が入ったのかもしれなかった。


もっとも、他者からすれば不要な殺戮を行った上での狩る側の生殺与奪権を利用した「気まぐれ」でしかない。


そういう意味では彼女の大義というのは名目でしかなく、他者から見れば彼女自身が行う虐殺の自己弁護に過ぎなかった。

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