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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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舘山 8

ー想定よりも容易くLZの確保に成功した「雲仙」及び32特務中隊だが、芹沢の顔はいつにも増して渋面である。


彼がLZ地点の早急な確保に伴う脅威の排除として戦機兵だけではなく航宙艦をも前面として運用する急襲作戦を立案した際、参謀本部は非常に渋った。


航宙艦による射撃能力は確かに高いが、巨艦故に的になりやすく、回避もままならない。


そもそもの運用指針が打撃支援を主としたものであり、最悪のケースであれば撃沈されて麾下の戦機兵部隊もろとも敵地ど真ん中で孤立し、全滅する恐れすらあるからして当然の反応ではある。


そして艦の替えは戦機兵ほどではなく、再建するにも現在進行している戦機兵生産のレーンを複数潰した上に再建ともなると長期を要する為、ぶっつけ本番とは言え光学迷彩を使用したとしてもハイリスクな対応に他ならない。


渋る参謀部付きの官僚の面々の中で鶴の一声が大村から出る。


事前に特殊戦略作戦室の面々から相談を受けていた作戦内容について、多大なリスクを伴う事を認識しながらも「光学迷彩を搭載した航宙艦の運用指針を示すいい機会である」、「1隻と戦機兵1部隊程度(・・)でこの戦いが終わるなら安い」と宣った事で、参謀本部長直々のお墨付きを得たという事で不承不承ながらも了承に漕ぎつけた。


事実、陽動にまんまと掛かった無防備な舘山基地に対して先制攻撃が成功し、順調に事は推移している。


ただ、「自分の意志で最も効率はいいが不必要な犠牲が伴う一手を切った」自身の安易さに嫌悪の感情があった。


当然想定していたとはいえ、露見した場合の「雲仙」が払うべく多大なる代償(・・)と基地施設の完全な無力化の為に非戦闘員もまとめて殺傷する事になるのは作戦の立案次点からも重々承知していた事だ。


無論、特殊戦略作戦室の連中はそういう覚悟がある上に幾分かマシではあるとは思いながらも芹沢らしからぬ博打に近い賭けであったし、舘山基地内に籠っていた連中について例外なく殺傷し、生きていても重度の熱傷で苦しんで息絶えるのは明白であり、生存者は微々たるものになるのは容易に想定できていた。


それを「命令だから」「戦争だから」「テロリスト相手だから」と後から正当化するつもりもないし、罪悪感を感じる事もない。


もとより、以前から行われている篠田の趣味(・・)を認識しつつも、罰則を与えていない時点で自身とて彼女のそれ(・・)を黙認している訳だし、今後もとやかく言うつもりはない事からも自身も虐殺を行う「一味」の一人だという自覚がある。


芹沢の論理では篠田や「雲仙」のクルーといった自分の部下たちとて虐殺者そのものではあるが、彼らを危険な目に遭わせ、虐殺の実行者たらしめるよう命令したのは紛れもない自分である。


それ故にこの作戦の全部において「もっといいやり方はあった」と自身の脳内で試行し、そして自己嫌悪に陥っていた。


とは言え、それを察せられるのは士気の上で好ましくない為、いつものように渋面を見せてやる他ない。


「舘山基地、主だった地上施設や兵器も軒並み沈黙。基地全域の制圧が完了しました」


「ご苦労。ー32中隊、聞こえるか。『雲仙』はこれより付近の迎撃施設に攻撃行動を行う。中隊はそのまま基地周辺の警戒を厳とせよ」


自身の思考をおくび(・・・)も出さず、本当に忙しいのはこれからなのだからー、と自分に言い聞かせ、先ほどまでの思考をシャットアウトし、淡々と作戦を次段階へと進める。


ー至る所から黒煙を上げている舘山基地の様子は東京アクアライン上にある旧「うみほたる」の解放軍観測基地によって観測され、本部に急報が届けられる。


「何、館山が陥落しただと」


幹部の中でも最古参であり、ゲリラ戦のエキスパートとして解放軍の軍事行使権限のほとんどを掌握している源原にとって、統合軍の飛び地攻撃は青天の霹靂であった。


「はい、先ほどから通信を試みていますが応答ありません。恐らく駐屯している部隊は壊滅かと」


「総攻撃前の後方攪乱か。それにしては随分と大胆なことをする」


いつもであれば総攻撃前に補給線を叩きに来るのが統合軍の常だ。


近く、御殿場の主力とぶつかり合う為に航空戦力の漸減を目論んだと考えるなら合点はいく。


ただ、EMPパルスを握っているのはこちら側であり、航空攻撃の優位をコントロールできる立場にある上、例え統合軍に制空権を取られたとしてもEMPパルスと対空兵器群で彼らの少ない航空戦力を撃退・無力化することは容易だ。


正直なところ、ゲリラ主体の解放軍からすれば地上部隊との連携が取りにくい航空機はあくまで敵航空機への対抗手段でしかない。


とは言え、統合軍が航空戦力の漸減を目論んだ攪乱作戦を行うなどまるで前例がない。


「それが・・・、敵は例の『バカガラス』なのですが、現在も舘山基地周辺の対空施設に対し執拗に砲撃を続けており、撤退する気配がありません」


その報告に対して源原は更に訝しむ。


報告している士官ですらイレギュラーの多さに困惑していた。


解放軍では航宙艦というのは統合軍にとって「極力前線で前面に出したくない」という認識だ。


事実、過去に出張ってきた事例は関西での一大攻勢時であったように自軍の部隊で如何ともしがたい状況にまでなってようやく艦隊規模での投入をしてきた一回きりであり、「超大型で優速なAC-130以上の制圧能力を持つ多目的な輸送機」と思っていたし、その評価は概ね正鵠を得ている。


それが夜間とは言え、雲量の少ないタイミングで低高度を維持しながら制圧砲撃し、周囲に目立つような火力投射を行う真似は今までになかった。


過去に連合赤軍にも所属し、実際に中国に赴いて軍事訓練を相当期間受け、優秀な成績を修めた彼が沈思を始めた。


「航宙艦の大火力を使い、戦機兵を温存するような展開があるとする。そうくると考えられる目標はー」


恐らく戦機兵の火力をこの後に使う、それも母艦を前に出してまでやるという事は戦機兵部隊のこの後の動きは盛んになる想定はつく。


つまり、舘山を落として戦機兵部隊でどうしたいかー。


試行の中で、源原は一つの結論に達する。


「なるほど・・・、米軍介入を前に首都圏急襲して速攻をかけるつもりか」


米国の武力介入の話は源原の耳にも入っている。


恐らく、米国から正式に臨時政府にも通達された事で米国主導による武力介入より前に早急に首都の解放軍本部を叩いて制圧し、形骸化した各地の解放軍に降伏を呼び掛けながら日本政府主導のまま国土奪還を果たしたいのだろう。


この介入は日本もそうであるが、解放軍にとって死活問題だ。


解放軍の装備では未だに世界最強の軍隊を誇る米軍に対抗し得ない。


仮に兵俑機の定数が揃ったとしても状況は変わらない。


あくまで戦機兵と戦う際の対抗手段として対等に立てるだけであり、陸海空が綿密な連携を取ってくる上都市への被害を完全無視した状態でに物量で圧倒できる米軍相手には非常に分が悪いだろう事は容易に想像がつく。


鬼札のEMPパルス弾を用いれば航空戦力をある程度漸減はできるだろうが、彼らがEMP対策をせずにむざむざとやられに来るわけがない。


ただ、彼は戦況が統合軍優勢で進み、ちょうど東海を挟んで再度の膠着が起こってからの介入タイミングには米国以外の政治的意図を感じていた。


「このタイミングで米軍が動くという事は・・・、ーなるほど、そういうことか」


源原はこの時点において、党本部の青写真をようやく理解し、そして項垂れた。


他の幹部連中は源原のあまり見ない様子に困惑している。


最も、これを理解できる頭があるなら解放軍は関西を失陥する事もなかったし、下関の膠着も打破できたであろう。


彼の中では党本部の思惑がようやく実像と結びついていた。


ー解放軍を使って日本を統一すれば上々。


解放軍の劣勢が見えたあたりで米軍に介入させ、支配地域の治安維持として本国の軍を進駐させ、残った解放軍支配地域の実効支配を行い、米国と交渉を進めて長期的な割譲を目論むのが次点。


そもそも、解放軍は最初から手落ちしたところで痛くも痒くもない駒である。


どう転んでも中国は少ないリソースで日本の領土を得られるー、という事だ。


源原は解放軍の中ではやや特殊な男であった。


彼が求めるのは栄誉や富ではない。


彼は連合赤軍と中国共産党からの直の薫陶を受け続け、日本を赤化しなければならないと本気で思い、考え、実行に移す事だけを考えており、自分の身は二の次だと思っていた。


確かに彼には正真正銘の革命戦士としての自覚があり、それはこの閥の中で誰よりも強く高潔な志であっただろう。


それ故に赤軍時代から温めてきた日本赤化のクーデター計画を時代遅れと揶揄されようと綿密に練り、党本部と粘り強い交渉を行って今回のクーデターに漕ぎつけている。


ただただひたむきな日本赤化計画への執念、その為には己の屍が道脇に転がってもいいー、と心から思っている点では己の利益を優先して文脈を都合のいいように切り取って用いる眼前の幹部連中や橋田のような形だけの男とは決定的に違う。


「・・・そういう思し召し(・・・・)であるのであれば我々は最後まで抵抗するだけだ」


米軍の介入という第三勢力の台頭によって図らずも盤面を強制的に動かされた形であり、捨て駒になり下がった事は心苦しく、歯痒いものがあるが、それでも赤化の人柱となるなら本望。


そう思い直し、そうであるならこれ以上の失陥は許容は出来なかった。


「同志諸君、我々はどうやら腹を決める時が来た。これ以上の後退を党本部は望まぬ」


源原の発言に幹部連中はざわつく。


また何かを方便に撤退すればいいー、そういう肚であった彼らからすれば源原の発言は到底理解できない。


「今から奪われた舘山基地に統合軍の最精鋭部隊が降下し、首都奪還の為に陸路でこちらに攻撃を仕掛けてくる。これから数時間が勝負だ」


どよめきが起きた。


皆一様に「早く逃げなければ」という顔をしている。


役得だけを享受して何も為さない彼らを見遣り、源原は冷徹に告げる。


「申し訳ないが諸君らは私と共に死守をしてもらう事になる。今度ばかりは退くわけにはいかない。我々は日本解放の為の礎になる覚悟を見せる時だ」


「では一旦我々は退却し、奪取させた後に御殿場の本隊を呼び戻して包囲をー」


「その本隊が下がった後の関西方面の統合軍主力はどうする。下がった分、奴らは当然攻めあがってくるぞ」


「しかしー、それでは我々の生命の保障はー」


1人が立ち上がり、抗弁をはじめて間もなく、大会議室の中に銃声が響く。


先程まで生命の保障を宣っていた幹部の一人は眉間から血を噴出させ、そのまま座先に力なく座り込み、事切れた。


「何か勘違いしているようだが、諸君らの生殺与奪の権は軍権を与えられた時点から私が握っている。軽率な保身は辞めておくことだ」


まだ銃口から煙が出ているCz75を握ったまま、源原は一同に睨みを利かせる。


「生き残りたければこの首都である東京を死守する他に道はない」


その場の全員が押し黙る。


「何か意見はあるかね、もっとも、建設的な勝つ為の算段でなければ先程の者と同様の末路にはなるがね」


ただ、源原にとって不幸なことは最悪の想定は的中していたものの、それに対して勝つ算段は無かった事だ。


彼の考える最悪のケースは恐らく下関以降動きが見られない構成された第一師団だろう。


精強な部隊として温存してきた彼らをすべてここにぶつけてくるとすればこちらの対応されている戦力では容易く蹂躙されるのが関の山だ。


恐らく半日経たずに東京に日本国の国旗が翻るのは想像に難くない。


一同がこれまで十数秒の沈黙をしている中、会議室の後方に立っていた一人が恐る恐る挙手する。


「あの、どのみち東京に配備されている防衛線力では我々の手持ち戦力では抵抗も微々たるものになりかねません。かといって御殿場の本隊を全部こちらに戻せば関西方面の敵は遊軍になり、守備の無い御殿場は容易く奪取される」


「そうだな、そういう覚悟で臨んでもらいたいよう私は先程伝えたはずだが」


「勿論理解しています。ただ、敵の目的ははっきりしている以上、それを阻止すればいい」


「ほう。では、彼らの目的は君には何かわかると」


「ええ、今回の彼らの目的は源原同士の言う通り精強な部隊でのみの速攻にて行う首都圏、特に政府機能中枢に関わる主要施設の多い区域の支配権奪還です。それであれば撃退する為にはこちらは千葉に御殿場の後備えも含めた兵俑機を結集させて真っ向から会戦を仕掛ける他ない」


ー彼の断言に一同がざわめく。


目標を絞れているならなおさらその区への防衛網を強化すればいいだけであるにも関わらず、彼は積極防衛として前線押し出しの意見具申をしている訳だ。


少数ゲリラで多数の兵器を相手取る戦術しか知らない幹部連中の感性であれば正気の沙汰ではない思考だろう。


「どのみち、御殿場という劣悪な足場であれば兵俑機は無用の長物です。そうであるならば少しでも勝算のある千葉の平野部で展開し、迎え撃つ形にした方が有益でしょう」


「成程、理屈は通る。だが、その陣地構築までの時間をどうするつもりだ」


挙手した男は前に進み、座っている上級幹部の隙間から東海・関西地方の詳細な地図を広げる。


「はい、考えています。愚行するに、敵は舘山基地を軸に部隊を集結させ、恐らくは千代田区と新宿区目掛けて侵攻を行う筈です。横須賀方面の戦機兵部隊はその陽動でしょう。現に動きは活発ながら進撃速度が速くない」


横須賀の戦機兵部隊の進軍ルートを地図上に書きながら説明を続ける。


「そして、舘山基地に現時点の報告で確認できる敵の数は『バカガラス』とその付随部隊である中隊規模の戦機兵部隊しか確認できていません。となると、本隊はこの後に続々と集結するでしょう。本隊の候補としてあり得るのは近頃目撃報告の無い温存されていた筈の第一師団かと」


関東平野の地図に次々と書き込みながら説明する彼の明晰さに源原は思わず感心した。


彼の読みは源原のそれと一致しており、敵の詳細な投入部隊と動向までを推察している。


「ふむ、続けろ」


「はい、ありがとうございます。最悪の想定にはなりますが、最精鋭の第一師団を23区内で向かう撃つとなると、我々とて得意なフィールドにありながら容易く蹴散らされ、今からおよそ数時間程度で施設の奪還をなされると見ています」


彼は舘山から東京までに一本の線を引き、新宿区と千代田区に×印を付ける。


一見弱気ともとれるこの発言は戦機兵の強みを理解しているが故の思考だろう。


実際、今の今まで市街戦で対等に戦えたのは統合軍が奪還後の事を考えて極力建物破壊を制約していたところにある。


前述の通り、方針は既に転換し、建物破壊も許容される今の戦機兵部隊は水を得た魚のように下関に展開していた解放軍部隊を殲滅し、掃討しきっていた。


確かに解放軍も市街地のゲリラ戦は得意分野ではあったものの、軛を解かれた戦機兵はそれ以上に市街戦を得手としている。


前回の関西においても少数部隊に翻弄された事が結果として一度戻した前線が再度押し込まれる要因になっている。


「耳が痛い話でしょうが、このまま首都圏の都市部まで素通りさせ、23区内のゲリラ戦では勝ち目は薄い。第一師団に現状真っ向から対抗できる戦力は我が方にはほぼ無い。彼らの機動力と火力によって我々の防衛部隊は迂回によって置き去りにされるか、再転換の間もなく各個撃破の憂き目に遭うのは火を見るよりも明らかでしょう」


下関では明確な重要施設というのが無く、統合軍は下関市街全土の奪還が目的であり、建物の破壊制限があった為に、区画ごとに自由に動いて抵抗することによって戦機兵部隊と渡り合ってきていた。


だが、今回ばかりは解放軍側にとっても政府主要施設というのは統治や指揮を執る上で極力残しておきたい施設が目標であり、迂回で回避された部隊が第一師団を追って千代田区と新宿区に入ってきたとしても施設を背にされた戦いが故に有効な反撃手段が取れない。


「ーここまでが23区での防衛のみで抗戦した場合の想定です」


そして彼は再度館山に丸を付ける。


「現在確認できる『バカガラス』と随伴の戦機兵部隊の主目的は本体を集結させる起点の確保と周辺地域のクリアリングが主任務でしょう。第一師団だったとしても、航宙艦に搭載されたままであれば恐れるに足りない」


「要はある程度の安全確認が取れない限りは降下をさせてこないと」


「ご明察です。ここで敵が一番しくじりたくないのは進撃前に精鋭の戦機兵部隊を航宙艦ごと沈められる事と、隙だらけになる降下中や発艦中を攻撃され漸減される事を最も嫌う。故にリスキーだが最短距離である東京湾からの海上ルートと首都圏直上の降下をしてこない理由にもなり、筋が通る。それであるなら起点となる舘山基地を安全な降下・再編成地点を担う拠点にさせないことが肝要です」


「君の肚が読めたよ、つまりは『舘山での結集をなるだけ妨害ないし遅滞させ、その間に浦安や習志野方面に転換が容易かつ戦機兵に対抗できる可能性の高い兵俑機部隊と重砲を早急に再配置させ、撃退する』と」


「理解が早くて助かります。兵俑機の本質は密集陣形による強固な躯体を活かした一個の移動要塞としての運用です。御殿場は確かに我々解放戦線の通常兵器の運用であれば最も得意なフィールドですが、兵俑機はそもそも対戦機兵の為の兵器だ。それを平野部で最大限に活かします」


「このプランであれば戦機兵は最も苦手とする広範な平野部での戦闘を強いられ、こちらの兵器でも撃退の可能性が上がる。兵器の特性上、これは第一師団とて例外なく避けたいところだろうが、こちらは東京への入り口を塞ぐように配置し、兵俑機の配置転換の容易さを活かし、敵は正面突破を狙う他ないように仕向けるー、と」


「その通りです。どのみち迂回して一時的に回避されても奪還地域に最大の脅威になる部隊を残したくはないでしょうしね」


概ね兵俑機の本質を理解した上でそれを最大限生かすような戦術を構築ができているー。


無能連中の中に埋もれていた稀有の才能を目の当たりにしたことで源原の表情がやや緩くなる。


「ただ関西方面の統合軍と横須賀の部隊が首都急襲に動くリスクは考えているのか。抽出した分、減った戦力のせいで御殿場を取られましたでは元も子もない」


「いえ、関西の統合軍が動く事は現時点ではあり得ません。するのであればもう(・・)している。また、横須賀方面の敵も陽動と米国に対するパフォーマンス目的がほぼほぼでしょう。あくまで統合軍の最終目標はは日本全土の奪還であり、首都圏奪還は最優先だとしても御殿場とていずれ落としたい。とすれば御殿場を攻めあがるには正直もっとじっくり着手したいはずであり、関西奪還で消耗したところに間を置かずして進撃するような無謀な真似は陽動でもしないし、出来ない。今回の攻撃は少数精鋭における大将首ただ一点のみを絞った特殊作戦でしょうから」


男は地図に御殿場とその周辺の解放軍本隊の陣地になっている部分を次々と丸を付けていく。


「それに、御覧の通り、御殿場は天然の要衝です。特に脅威になる戦機兵にとってもぬかるんだ地盤と高所からの撃ち下ろしに対しては脆弱であり、正面切って切り込むのは無謀だ。無論、我々もそれを熟知した上でその要衝を最大限に活かす布陣をしています。つまり、運用として浮いている兵俑機を首都防衛に回したところでも御殿場の堅持は可能だと判断します」


敢えて敵の目標である東京の守りそのものを空にしてでも積極的防衛策をとってそもそも侵入させない方が合理的であると判断したようだ。


源原としても「やるとすればそれしかない」と思っていた戦術だった故にこの男との意思の噛み合いが心地よい。


「御殿場からの配置転換中に横須賀方面の部隊が妨害に来る可能性は」


「ゼロではないでしょう。ですが戦力的にも兵俑機2個師団を足止めするにはあまりに足りない。そして横須賀の米軍基地が庭先での戦闘は頑なに拒むはずだから必ず介入してくる。デモンストレーションの要素を持たせたことが彼らの部隊の自由を奪ってしまったということです」


彼は横須賀の部隊が陽動である事を看破した上で戦力比を計算し、米軍が動く事も見越していた。


「つまり、横須賀は度外視した上で私が想定する千葉県への再配置後の防衛線の引き直しはー、こうなります」


地図上に三つの大きな線が描かれる。


「第一防衛線は房総半島、第二は習志野、最終ラインは船橋です。ー念の為お伝えすると、これらすべてを磨り潰されたら我々幹部一同はこの場所で歩兵傾向火器で最後まで抵抗の意志を見せるしかありませんね」


「そうならない為に最善を尽くそう。すぐに御殿場の兵俑機部隊全てを千葉方面に転換だ。第一防衛線は現在千葉県内に展開している部隊と黒虎(コクコ)部隊で担う。速度が勝負だ、間に合わせろ」


下知を受けた何名かが部隊名を聞いて蒼白になる。


黒虎部隊は解放軍の最後の切り札として設立され、「唯一戦機兵部隊と互角以上(・・・・)に戦える存在」として長らく秘匿されてきた。


その部隊の責任者である男は事の重大さをよく認識していたものの、解放軍の中では比較的良心的な思考の持ち主だったために静かに逡巡した。


だが、正規の軍事教導を受けた彼とて「ここで出さなければ宝の持ち腐れである」とも理解しており、数秒後に静かに力強く頷き、直ぐに手元の通信機器で麾下部隊に出撃を命じる。


源原自身も通信を23区内の部隊につながる周波数に合わせ、通信を始めた。


「舘山へ侵入した統合軍部隊に対し、東京区内の重砲を使って、釘付けを行う。精度は高くなくてもいい。とにかく弾薬に糸目はつけず基地に対して撃ち続けろ」


砲部隊を預かる部隊長からの「了解、舘山基地に対して無制限断続射撃を行います」と返答が返ってきたのを聞いた後、立ち上がって先ほど意見具申した彼の元へ赴き、肩を叩く。


「青木同志、といったな。君は防衛戦の指揮を預けたいと思うが、やってくれるか」


「無論、源原同志からの頼みとあれば。またとない栄誉です」


双方が握手したところで会議室から自然と拍手が漏れ、次第に部屋全体に響く喝采となる。


米軍の介入という統合軍も解放軍も望まぬ強大な第三勢力の動きを前に、両軍は図らずも強制的に盤面を動かす必要が生まれた。


そしてこの介入は後世から見た際にこの戦いの転換点として記録され、更なる泥沼と出血を強いる消耗戦へと誘われる結果になるのだが、詳細は後の展開に譲る。


・ブラスト爆弾

所謂サーモバリック弾と呼ばれる「燃料気化爆弾」の一種であり、正確には「対施設用指向性燃料気化爆弾」と呼称されている。


来たる関東奪還作戦の際には解放軍ゲリラが地下鉄や地下道を利用した神出鬼没なゲリラ活動を行う事は容易に想像がついており、それらを構造物を破壊することなく殲滅する手段として技研で開発された。


爆弾はドラム缶大の爆弾本体と底部などに固定用のスパイク、掘削用のドリル兼流入口ノズルのアタッチメントユニットを搭載して運用。


起爆プロセスは目標への指向方向の固定から始まり、地盤や外壁部をドリルで突破した後にドリル部分が開口。


開口部からは圧縮された高可燃性の混合ガスを噴出させ、対象施設に対して毎秒10㎥噴出し、ある程度施設内に充満したところで本体内部の炸薬を起爆し、ガスに引火。


引火したガスは高速かつ激しく燃焼し対象施設内を駆け巡り、その高温、爆風、そして急激な気圧変化と酸素消費によって内部の人員を確実に殺傷することが出来る。


特に機密性の高い部屋についても対防毒や対爆風を施した通気口そのものに設置するのではなく、その通気口の中途からドリルで侵入し充満させることでより対抗手段を無力化させ、圧縮ガスを噴出する事によって曲がり角などによる減衰効果を軽減する為に深部まで確実な殺傷能力の維持が可能であった。

 

また、主となる可燃性混合ガスは一定の圧力を加えた際には高圧が低圧部分に対して移動する性質を用いて移動が可能だが、ある程度の距離まで行って圧力が落ちてくると急激に減速しその場にとどまろうとする性質がある。

(ベルヌーイの定理、エネルギー保存の法則等)


この為、噴出時の加圧を変更する事によって効果範囲もある程度調整が可能であり、ある程度の区画のみ、あるいは建物のみを指向して攻撃が可能であり、従来の燃料気化爆弾特有の問題であった「空中などで使用した場合、効果範囲の広大さに伴う非戦闘員への無差別殺傷」も比較的抑えることが可能。


ただし、この加圧弁などのシステムが従来の素材では建物全体に十数秒でガスを充満させるほどの加圧量を噴射する装置が大掛かりになりすぎて設置に難儀し、おまけに故障の際は解除が厄介だったり物理破壊された際の誘爆リスクも高く、調達価格も高額になる関係で対費用効果が合わないとされて開発を終了していた経緯がある。


これもトラフダイト合金によって小型化かつ耐久性も高く、万一故障時に備え、混合ガスは爆弾内部で別々の容器から噴出時にのみ混合させることで誘爆の威力及び範囲の大幅な軽減にも成功。


とは言え、調達価格は相変わらず高いが、民間人保護を最優先事項としている統合軍のニーズとも合致している為、供給されている。


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