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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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舘山 5

ーその夜、駐屯地内会議室の一室にて演習内容についてのデブリーフィングとして参加した面々が揃っていた。


「ーであるからして、最終盤面での最適解は散開して飛び込んできた敵機を即包囲殲滅し、再度散開を行う事であった」


芹沢の演習開始から終盤までの事細かな評論を熱心に聞き入り、ノートに書き連ねる海兵隊諸士を見遣りながら、篠田は同席していた佐野の隣でぼんやりと彼らの席の向こうにある窓の外を眺めていた。


特段、何かを思案していた訳ではない。


ただ単純に参加していてアグレッサー側の指揮をしていた彼女からすれば芹沢の講義については話半分でも分かるほど情景を覚えている為に傾聴する必要が無かっただけだ。


「ー概ね以上である。最後に総評を述べる」


海兵隊の連中は筆記の手を止め、一様に芹沢に視線を集中させる。


だが、それぞれあまりいい表情ではない。


当然、防衛側が地の利を得た上で既に配置していた強みがあったとはいえ、格下の兵器を使う相手に全滅を喫したのだから渋面になるのも致し方ない事だろう。


「今回の演習については作戦の第一目標である降着地点の陣地確保は失敗。評価としては厳しいものを提示せざるを得ない」


案の定の回答に対しある程度そう告げられる覚悟はあったものの、実際に現実として突き付けられたことで消沈した彼らは重く頷く。


「ーただ、初回という事も鑑みればこんなものだろう。それに、第二目標の敵部隊の漸減については特に脅威度の高い重砲及び兵俑機をすべて排除したことについては評価に値する」


芹沢の思わぬ評価に項垂れていた海兵隊員達は顔を見上げ、彼をよく知る特殊戦略作戦室の面々は呆気にとられていた。


「甘いようにも聞こえるが実戦経験の有無は大きいと私は考えている。以降の演習を重ねるごとに成長を期待している。私からは以上だ。佐野少将は何かありますか」


「いや、無いさ。今日はご苦労だった。この後は各自自由にしてくれ」


「ありがとうございます。ー篠田上級大尉は何か」


「いえ、何も」


実際、自分の気になった事は全て芹沢から言及されているので彼女から重ねて言う事は無かった。


「結構。次回の演習は3日後を予定している。前日には今回と同様にブリーフィングを行う、以上。それでは解散」


ー海兵隊の面々と特殊戦略作戦室の参加者が去った後、会議室には佐野と芹沢と篠田だけが残る。


「どういう風の吹き回しですかね」


篠田が頬を緩ませながら芹沢に先程の真意を尋ねる。


「君から言われるとは思ったよ・・・。だが事実だろう。実戦経験が希薄な彼らに君たちの相手は荷がかちすぎる」


「そうだぞ篠田。芹沢君から直々に鍛えられたのだからあのぐらいやってもらわないと困る」


「それはそうなんですがね」


「『私たちの時にはこんなに甘くなかった』。とでも言いたげな顔だね。それだってちゃんとした理由がある」


佐野は葉巻の先端を切り、ライターで炙る。


「君が元いた部隊が壊滅して再編された時に、『開聞』艦長の吉村君から相談を受けてな」


口腔内に堆積した煙を吐き、言葉を続ける。


「『新兵ばかりの部隊の中で本来であれば逃散してもおかしくないところを咄嗟に状況を判断し、敵の手練れ部隊を壊滅させた者がいる』という話から始まった」


「そんな話を吉村中佐が、ですか」


「そうだ。結局、彼の言い分は『部隊は再編成するからこれを機に『開聞』所属の戦機兵部隊を任せてみたい』という話だったから私はそのまま承諾するつもりだったんだがね。たまたま同席していた芹沢君が引き留めてこう言ったんだよ。『それ程の逸材であるならば現在新編成中の特務部隊に召集したい』、とな」


「佐野さん、その話は」


「なんだ、篠田に話していなかったのかね君は。シャイな男だ」


「当人にそんな事を話しても仕様がない事でしょうに」


「いいや、機会があれば言うべきだぞ。本人の励みになるからな」


かかっと笑い、葉巻を深く吸い、先ほど同様に煙を吐き出した。


「結局、その言葉が切欠で君は特殊戦略作戦室入りを果たした、という訳だ。吉村君も『芹沢さんがそういうのであれば』という事で快く了承してくれたよ。もっともそれが君にとって幸か不幸かは分からないがね」


「それはそれは・・・、吉村中佐には後でお礼を言わないとですね。『引き留めてくれたらあんなシゴキを受けなかったのに』って」


「篠田ー」


芹沢が恥ずかしさやら不躾な物言いやらに思わず顔をやや赤らめる。


「冗談ですよ、怒らないでください。逆に芹沢さんがいなければ関西奪還作戦辺りで戦死してたんだと思います」


「冗談でもそういう想定を考えてほしくはないんだがな・・・。今日の最後とて自機の撃破まで織り込み済で動いていただろう」


「当然、『指揮官である以上、勝つ為には自身も手駒のうちに入れろ』と教えたのは芹沢さんでしょう」


「それはそうだが、死を前提とした戦術を、部隊長の君が率先してやるのは褒められるものではない」


「でも、今回は解放軍役ですから。このぐらいはしてきそうだな、と」


「ああ言えばこうー」


二人の軽い言い合いを見ながら佐野はふと呟く。


「君たちを見ていると仲睦まじい兄妹を見ている気分だよ」


「「いえ、それはないです」」


二人からほぼ即答で回答され、きょとんとした後、その場で笑い転げる。


つられた二人も顔を見合わせた事でなんとなくその場の雰囲気もあって笑う。


下関奪還からが激務の日々であった彼らはこうして3人揃って談笑し、笑いあったのは何か月ぶりであろうか。


駐屯地を薄く照らす半月は、そんな彼らを見守りつつ、煌々と輝いていた。


ーそれから数週間、海兵隊は演習を繰り返す毎に解放軍相手の戦い方について徐々に良化してきていた。


彼らは実地を徒歩で確認し、待ち伏せに適した地形を研究した上でどう対応するかの流れを自身らで確立させてきていた。


相変わらず上陸時の海岸制圧は非常に良いのだが、上陸して進撃する際も相互の間隔を取りながら待ち伏せに適した地形を丹念にクリアリングし、潰していくようになってきている。


ただ、アグレッサー側である特殊戦略作戦室部隊とて一筋縄ではいかない。


毎回のように巧妙な再配置を行い、本命と陽動を織り交ぜて力をつけてきた海兵隊諸士の進撃を阻み続ける。


結局10回近くの演習を行い、海兵隊側が作戦目標を達して勝利したのは1回のみであった。


いずれも兵俑機役の篠田達と砲群との緻密な連携の前に半数近くを戦闘不能に追いやられている上での勝利であり、規定時間内迄の降着地点確保という戦略的勝利を達したに過ぎない。


もっとも、芹沢と篠田からしてみれば「概ね順調」といったところではある。


アグレッサー側は射撃リンクが使えている上に特殊戦略作戦室は一切手を抜いていない関係上、恐らく実際の解放軍よりも遥かに精強な相手として立ち塞がっている。


言い方は悪いが「勝てなくて当然」というところだ。


だが、その中においても海兵隊の彼らは挫ける事なく、何なら回を重ねるごとにダメージコントロールが上達してきていた。


攻撃を受けるにしても彼らはバイタルパートを外すような回避機動や防御を必ずと言っていいほど行うよう意識的に機体制御を行い、戦闘不能であっても自力の撤退は可能なレベルに抑えている。


これについては佐野の意向で特に芹沢や篠田には重点的に指導するよう指示をしており、難易度は高いが少しでも生残性を上げる為には必要不可欠な技能を叩きこんだ。


「どんな状況であろうが、生き残り、帰還できれば戦訓を得ることが出来る。そうして生き延び続けた者は自然とどのような状況にも対応できる精強な兵士になる」ー、というのが佐野の考えで、事実として特殊戦略作戦室の面々は過酷な作戦に従事しながらも生き長らえてきた結果、精強な部隊と相成った。


佐野はそれを訓練を通して疑似体験をしてもらう事で、「海兵隊が作戦を達せずとも生き延びることが出来る部隊」になればいいー、そう思っていた。


他方、芹沢は終始渋い顔をしている。


確かに他の部隊員よりも飲み込みがよく、根性もあるので順調ではあるのだ、通常ならば(・・・・・)


ただ、あくまでそれは他の通常部隊と比較した際の話であり、彼らがこの後に遂行する任務内容を鑑みればこのままではとてもではないが出せない。


海兵隊に求められるのは「首都圏にある解放軍本拠地への直接攻撃を企画した強襲作戦」におけるLZ確保だ。


当初の計画段階では航宙艦隊でもって首都圏に直接降下して本拠地の殲滅を目論む想定だったが、関西奪還作戦時の戦訓から航宙艦を真っ先に狙われた場合の想定被害が甚大になるリスクを孕んでいる為、撤回。


次点案として32特務中隊らの特戦室部隊を降下、侵攻し、航宙艦隊が1個旅団程度を揚陸し、首都圏に速攻をかける案が候補として上がった。


だが、特戦室付きの部隊では数が少なすぎ、一時的な奪取は出来るものの、主力が急襲失敗時に航宙艦隊が部隊を収容する地点の確保という時間を稼ぐ前に潰滅する恐れがあった。


そこで白羽の矢が立ったのが下山亡き今、宙ぶらりんにされて身寄りがない戦機兵特務海兵部隊だった。


解放軍側は海上からの攻撃に対して地続きの要所よりも脆弱な部隊の配置を行っている事が諜報によってもたらされた。


これは、彼らが縦深防御戦術を採る関係でもあるのではあるが、恐らくは海軍の陸戦隊の存在を認知していない節がある。


加えて指導している中国軍自体も海岸線の攻防については日本ほどの知識と練度を有していない事が大きい。


上記の理由もあって「手持無沙汰で下山亡き今、曖昧な立場にある海兵隊こそ特殊戦略作戦室の部隊との共同作戦を行うにふさわしい」と抜擢されたわけではあるが、実力は流石に如何ともしがたい。


無論、海上戦力の準備射撃もあるが、それでも彼らは海岸の制圧だけでなく敵陣のど真ん中を抜けていく都合上、撃破され脱出できたとしてもその後の生残性は怪しい。


これが沿岸部の確保だけであるなら現状でも海軍の直接照準による援護が望める以上、一応は遂行可能だろう。


だが、彼らが投入される想定(・・・・・・・)の戦場において、沿岸を確保したところで強力な防御陣地による集中砲火で揚陸したところを海へと追い落とされる上、最悪の場合はシーレーン防衛の一翼を担う艦隊にまで累が及ぶ。


結局彼らはEMPパルス散布内かつ四面楚歌の中、海上からの的確な援護射撃はまず望めないまま地点確保が可能な機数を保持しつつ突破しなくてはならないという訳だ。


それの意味するところは32中隊と同様のレベルに達せなければ任務成功はおろか、最悪壊滅するリスクを孕んでいるという事になる。


佐野とて彼らをむざむざ死地に追いやりたくはない。


だからこそ芹沢や篠田指導の下、訓練を付けさせるように取り計らったのではあるが、それにしたって圧倒的に時間が不足している。


作戦まではあと2週間。


あと1週間で32中隊と共同訓練を行う必要があるが、芹沢の見立てではそのレベルに達しているとは到底言い難い。


演習で出来た事が様々な要因で実戦ではまったく出来なくなるというのは往々にしてある。


その感覚を掴まない事には恐らくこのまま演習を続けてもそんなに意味はないだろう。


ただ、初戦がこの内容であれば成長はおろか、最悪全機撃破すらあり得る。


作戦の実施については佐野の方に何度も参謀本部と掛け合ってもらって延期を伝えているのではあるが、如何せん膠着状態が長引けば下関の二の舞となる事を危惧している参謀本部としては、第2.第3師団の再教練など待っていられない。


温存している第1師団でもって前線から離れた本拠地にいる解放軍本部に対し速攻を仕掛けたい思惑がある。


勿論、関東の本部周辺こそ固いものの、主力のほとんどを御殿場にやっている事は衛星からの映像で把握していた。


少なくとも関東の兵力で最精鋭の第一師団を足止めできる規模の戦力は解放軍には無いと見るのが妥当だろう。


成功すれば戦争終結、失敗があるとしても解放軍の関東方面撤退による空振り程度で飛び地かつ重要地域を奪還し、関西からの残存兵力と主力と思しき部隊が結集している御殿場周辺の布陣に対して挟撃が可能になり、仮に御殿場の主力が急報を受けて関東に戻ってくる動きを見せれば、第1師団は早々に引き上げた上で関西方面の第2.第3師団で動けるものをかき集めて御殿場に進撃を行い、前線の膠着を崩せるという算段だ。


当然、大きなデメリットもある。


俄かに考え難い話ではあるが、仮に関東に別の大部隊が秘匿されていたとすれば、最悪第1師団は関東で孤立無援のまま多勢に無勢で戦う必要があるというリスクも抱えていた。


虎の子の第一師団が壊滅ないし長期離脱せざるを得ないとなると、折角奪還した地域を再侵攻されるリスクが飛躍的に増大する事になる。


無論、そうならない為に参謀本部での諜報は盛んであり、様々な情報を統合した結果、秘匿された部隊は存在しない確率が高値を示した事で作戦の実行に踏み切った。


だが、実情は芹沢の眼前の通りで、LZの確保すら怪しい部隊を先鋒として強襲するというのは見切り発車もいいところだ。


最悪の場合、彼らを陽動として利用し、32中隊を含む特殊戦略作戦室の戦機兵部隊で本命のLZ確保に踏み切る方針も考えたが、芹沢の矜持がそれを許さない。


時として無謀に近しい、どう足掻いても犠牲が伴う非常な作戦を命じられることは日本限らず各国の歴史内でも往々にしてある。


だが、それは一種の思考放棄ではないかー、と彼は思っていた。


芹沢とて、誰も死なないようには尽力するが、「絶対死なない」と思って作戦指揮を執っている訳ではない。


それでも、次の作戦投入について、「彼らは不要な犠牲にしかならないのではないか」と考えている。


言い方がは悪いが32中隊の肉壁程度であれば役目を果たすことはできるだろう。


それでは下山の遺物であるために扱いに困り、死に場所だけ提供されているようなものだ。


彼らは彼らの預かり知らぬところで政治の為に死地に追いやられるのだけは避けたい。


この後、参謀本部に赴いて作戦の延期を具申しようー。


芹沢はそう決意しながら眼前の演習の様子を見守っていた。


LZランディングゾーン

軍事用語では主にヘリの着陸地点。

航宙艦の場合でも同意義として使われるが、巨体故に国内では限られた地帯でのみしか存在しない為、海上に着水するケースが多い。

通常、戦機兵はワイヤー降下で展開するのがセオリーだが後方打撃支援用の重砲などの陸戦兵器又は物資については懸架の為の時間がかかる為、

専ら戦機兵を先に降ろして周囲警戒網を張った上で艦が着陸ないし着水し展開するようにしている。

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