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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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舘山 4

ー海兵隊部隊は確保すべき地点において未だに遮蔽物を使いつつ応射しているが、状況は好転しない。


道中で曲射が可能な砲を有する機体を潰され、残余は通常のライフルやロケットランチャーなど直接照準しかないような状況で顔を出しながら応射するので精一杯だ。


そうしている間にも回り込んできた砲で炙り出されたり、大口径砲の余波によって彼らの被弾・被撃墜判定ばかり増えていく。


「中佐、こちらの弾薬もこのままいけば枯渇します。指示をー」


士気の高い海兵隊隊員たちだが、流石にここまでの形勢不利だと弱音が出てくる。


「・・・やむを得ん、艦隊に支援攻撃を要請する」


これ以上戦機兵部隊のみでの打開は難しいと考えたのか、中佐は形勢不利な際に打つよう示し合わせた暗号打電を艦隊に送る。


彼にとっても海兵隊の力量を示す好機と思っていただけに、この決断は心苦しい。


ただ、それはそれとして勝つ為に使えるものは使う。


任務成功とプライドは天秤にかけられないし、海軍ならではの戦い方でもって勝利を収めればいいー、そう考えることにした。


打電は中継ブイを通じて艦隊が受電、すぐさま打撃支援として「トマホーク改」対地ミサイルが海兵隊隊長機から送られてきたデータを基に彼らを包囲しつつあるアグレッサー側に向けられて発射される。


「雲仙」に表示されるリアルタイムモニターに表記された艦隊からのミサイルは海兵隊機からのレーザーによる最終誘導データによって主力になる大型火砲と砲が集中している部分に次々と着弾判定をつけ、海兵隊を釘づけにしていた正面の砲群を沈黙させた。


海兵隊機は立ち上がり、体制の立て直しを図る他の砲群に向けてようやく本格的な反撃を開始しようと試みる。


しかし、彼らの左翼にいた2機が急に撃破判定を食らい、落伍。


「新手、どこに潜めていた・・・?」


左翼に隊の意識が集中したところで今度は右端の機が掃射を受けて撃破。


好機に対して出鼻を挫くような攻撃、そして現れる人型の巨人。


そこで海兵隊隊長はようやく自分たちが相対している敵を知覚できた。


「戦機ー、もとい兵俑機による攻撃です」


「やはり温存していたか・・・。全機散開しつつ応射、まずは左の2機を潰すぞ」


既に残りは全体の1/3を割り込んだ6機、だが戦機兵相手であれば訓練の成果は出せる。


右翼からの攻撃は2機で抑え、最も脅威度の高いアグレッサー2機に隊長機含めた残り4機の射撃が殺到する。


アグレッサーの22型は稜線を使って回避を試みるも、曹長の駆る1機は無意識レベルで「いつもの」回避行動を取っていた為、退避行動が遅れた。


そのまま逃れること叶わず、脚部に集中砲火を受け転倒。


そこにロケットランチャーの直撃を受けて撃破判定を受け、脱落。


残った少尉機は稜線に逃れつつ、ライフルで応射を続ける。


しかし兵俑機相当のデチューンに全く慣れない為か、行進間射撃では動き回る戦機兵相手に照準が追い付かない。


少尉は先日、敵の兵俑機と対面した際に感じた機体挙動の悪さはずっと解放軍の練度不足と思っていたが、実際に自身が搭乗した事でようやく問題は敵の練度どころの問題ではない事を認識した。


しかし、タダ(・・)でやられるつもりもない。


防盾を構えると、敢えて敵に向かって突進する。


当然射撃は集中するが防盾によって遮断し、敵中央の1機に対して盾を突き出して機体の重心も預けた上で押し倒す。


倒れた機はもがきながらも少尉機の防盾をむしり取り、発砲しようとしたところに横から伸びてきたライフルをZERO距離でコックピットに突き付けられ、そのまま撃破判定を食らった。


少尉は続けてライフルを横に向け、不用心にも足を止めたままの1機に対して発砲して左腕部を損傷させるに至る。


しかし、これまでであった。


反対方向にいた2機に対応できず、そのまま側面にライフル弾を受けて曹長同様撃破判定を食らい、被撃破判定。


これで戦力比は損傷機含め5対1、まともな思考回路であれば篠田機に勝てる要素は万に一つも無いと言い切れる差があった。


ー「思ったよりやるじゃないか」


2機を相手取りながらも対戦機兵戦における海兵隊の手際の良さに篠田は感嘆する。


海兵隊側の勝利条件である3時間まであと30分ほどだが、こちらの戦力を効果的に漸減し彼らは維持に必要な機を残している。


どうにも彼らを過小評価していたようだ。


彼女からすれば、いくらデチューンされ重めのハンデをつけられたとは言え、短時間でこちらのの2機を撃破されるとは思ってもみなかった。


曹長も並の戦機兵部隊員の中であれば頭を張れる腕があるし、少尉においては先日の佐世保の一件で篠田と共に突撃したα分隊の一人で兵俑機複数を相手取りながら2機を撃破し1機を無力化して敵部隊員を捕虜にしているほどの技量を持つ。


実際、戦機兵同士の演習でも操縦技術だけで言えば中隊内で篠田と比肩し得る男だ。


その彼が撃破されたとあれば、認識を改める他ない。


皮肉にも彼らは下山からクーデター時の尖兵として猛訓練を受けただけの事はあり、兵俑機相手の対処に長けていた。


「実戦経験の浅さが悔やまれる」


篠田は心からそう思った。


呉の乱入に際しても艦上からの砲撃に終始していたのだから、機動戦闘を行う機会が無かった事は彼らにとって損失である。


恐らくもっと前線に出る機会があり、場数をこなしていたら32中隊に勝るとも劣らない部隊に成り得るだろうー、と。


ただ、同時に可能性として「そうあったかもしれない」は「そうはならなかった未来」に他ならない。


結果として彼らは実戦の機会が無く、かつ直属の司令である下山が死んだことによって善悪はどうあれ存在意義を見失った。


彼女にとっていつだって「もしも」はない、あるのは「今」という結果だけなのだから。


篠田は稜線の影で射撃をやり過ごしながら手元のコンソールを何度か操作した後、顔を出した上で撃ってくる海兵隊機の方向に向け、やや後退しつつライフルにストックしていたグレネードを放つ。


2機の目の前で炸裂したグレネード弾頭からは煙幕が飛び出し、海兵隊機の視界を遮った。


視界を急に喪われた2機は「僚機を落とされたアグレッサー機が形勢不利として一旦仕切り直すために煙幕を展開しながら後退し、仕切り直しを図っている」と推測を立てる。


少なくとも特務部隊の隊長ともあろうものが正攻法で戦う事は無いと思っていたし、如何せん彼我の機体性能差は歴然としている為、妥当な判断だろう。


そのまま下がるとアタリ(・・・)をつけていた為、そのまま篠田機の方向に向けて煙幕の中を前進。


だが、彼らは篠田の行動の意図を取り違えていた。


煙幕の範囲外に出たところ、2機共々側面からのレーザー照射を受ける。


彼らには何が起こったか分からない。


分からないまま、大型砲による攻撃を受け、2機共即時撃破判定を食らう。


「掛かったー」


自身を囮として得た2機の位置情報データを残存の火砲部隊へ送っており、「煙幕を脱する際、篠田機のいる方向へ追撃姿勢で出てくる」と読んで指示を出していた。


ミサイル攻撃を生き延びた戦機兵を一撃で屠れる重砲は残余が2門であったが、如何せん動く的に当てれるほど小回りはない。


他方、篠田の兵俑機も注目力が高いが射撃精度が劣悪な上、僚機不在によって単機では精度を補う為の優秀な射撃情報リンクが無用の長物と化していた。

 

故に彼女は敵機の移動方向を指向させ、兵俑機の強みである射撃情報リンクを砲兵部隊との連携に用いた。


動きに指向性を持たせた上で観測データを有した大口径砲はあらかじめ決められた予想地点に対して砲を向け、顔を出したところを狙い撃つだけで良くなる。


結果、読みは当たり、瞬く間に2機を潰した。


「これで1対3、さてどうする海兵隊諸君」


ー足止めしていた筈の2機が瞬く間に落とされた中佐は絶句する。


いくら特務部隊の精鋭が相手とは言え、明らかに性能の劣る兵俑機相当の相手に得意の対戦機兵戦で後れを取っている事に驚愕を隠せない。


演習前に顔合わせした際には軍人に似合わないようなあどけない雰囲気の篠田を見て少し驚いた事が記憶に新しい。


ただ、その時点で彼女から発せられるどこか底知れないモノ(・・)も同時に感じていた。


そして今、そのモノ(・・)がどういったものだったのかを再認識させられることになっている。


怜悧かつ大胆、己の命すらもベットした上で確実に殲滅していく様はとても「汚れ仕事と対人戦闘で虐殺ばかりを好んでいる集団」という訳ではないのは確かだ。


まったく風聞というのは信用ならない、兵器の性能差で侮り、無闇に交戦させた自分を恥じ入るばかりだ。


こうなればプライドは二の次である。


要は勝てばいい訳だ。


何も勝つだけなら彼女の得意な舞台で馬鹿正直に踊る必要はない。


「兵長は私とで射撃で重砲を墜とす。中尉は後方カバーとして必要に応じて援護を。規定時間は残り15分、守り切れればこちらの勝利だ」


既にアグレッサー側の勝利条件である2/3以上の戦力漸減は果たしているのだが、地点からの撃退には至っていない。


他方、海兵隊側脅威度の高い敵兵器の殲滅は出来ている為、あと15分地点維持するだけで勝利条件を満たす。


確かに戦機兵は防衛戦に不向きではある。


だが、アグレッサー側はそれ以上に攻勢に出れるほど残余が無い。


脅威度が高い重砲とて先程の攻撃によって位置が割れており、それさえ撃破すれば後は鈍重な兵俑機と火力に乏しい野砲集団だけになる。


残った野砲だけの集中砲火程度であれば3機で15分程度粘る事は造作もないだろう。


中佐の判断は教本やセオリーに則ればそう間違っていないし、現状打てる中では最善手だ。


戦力比でみれば優勢ではあるが地点確保が最優先の任務において、万に一つを考えても妥当なのは明らかである。


ただ、中佐は留意すべきであった。


32特務中隊、ひいては篠田の戦い方はその最善手を容易に潰してくるものだと。


ー篠田の側からも彼らが重砲を潰しに来るのは想定していたし、敵機撃破を確認後にすぐさま次の射点に移動することは下知していた。


ただ、巨体であるが故に回避が鈍い牽引式の重砲では別の射点に移動しようとしたところを丘陵から顔を出した海兵隊機2機の射撃によって反撃もままならず撃破。


その勢いのまま彼らは攻勢に来るかと思いきや、海兵隊の3機はそのまま丘陵部の斜面の向こうに引きこもっていく。


「こちら側の最大打点を潰して制限時間まで粘るー、か。まぁ、そうなるだろうな」


徹底した待ち伏せと奇襲でもって部隊のほとんどを潰された以上、無闇に仕掛けてアグレッサーが伏せている藪蛇(・・)を踏むよりかは賢明だと判断したのだろう。


実際、決定打足り得る砲は全て撃破されており、以降の増援もない。


いつもの彼女であれば単機で突撃し得意の白兵戦で首級を挙げるところではあるが、火砲との連携が無ければ打点に欠ける兵俑機相当の性能でそれは為し難いだろう。


「さてー、どうするか」


一か八かで自機だけ突撃して顔を出したところを野砲に取らせるか。


それだと顔を出させる時間を何としても捻出しなければならないし、丘陵の先の状況が見えない以上、先で待たれていたらただの犬死だ。


「野砲と共に進出して目標を絞らせないようにするか・・・?」


そう考えたが、すぐに思い直した。


恐らくは真っ先に自機だけやられるか、時間までに回り込んで攻撃を達成し得ないのが関の山だ。


ただ、このまま座して敗北を待つよりはマシだろうー、そう思い彼女は無線で伝達しようとしたが、無線ボタンにかかる指が独りで(・・・)に押すことを拒む。


ー倒す算段はあるにはある。


「やっと起きてくれた。ーもう大丈夫なのかい」


数日ぶりに「彼」の声が聞こえる。


ー良くはない。ただ、他の事を考えていた方がマシだ。


「そうかい、それじゃあその算段とやらを披露してよ」


ー分かっている。だが、その為に欲しいのは彼らがいる正確な座標だ。


普段程の気力は感じられないが、それでも動いてくれたことが彼女にとっては嬉しい。


彼女の並外れた操縦技量も彼の戦術眼あっての事だ。


「要はその座標を割り出せば(・・・・・)いいんでしょ?」


ーそうだ。それと、各火砲で例の弾頭を使えるのはあと何門ある。


「およそ6門、とは言え重砲よりかは火力は劣る」


ー充分、ではやろうか。


「各位、特殊弾を持つ部隊は特殊弾装填。これより本機が敵の座標を割り出す。座標報告が来たタイミングで問答無用で撃て。その他の砲は丘陵地帯に対して自由射撃、とにかく顔を出させるな」


指示を出しながら敵の潜む丘陵の手前に向けて、グレネード弾を数発放つ。


弾が空中で炸裂し、先ほどと同様の煙幕が広がる。


篠田機は先程まで隠れていた遮蔽物から身を乗り出し、進行方向に盾を構えながら丘陵地帯に向けて駆け出した。


彼我の距離はおよそ1.5キロ、22型なら造作もなく詰められる距離だが今の性能では長くすら感じる距離だ。


眼前に煙幕が発せられた事に対し、海兵隊が迎撃の射撃を放つ。


煙幕は赤外線センサーを含めた各種センサー類を通さない仕様であり、訓練用のレーザーは乱反射する為に弾道が不規則になるのだが、「雲仙」の方で各機の射撃に応じた弾丸の想定進路を補正し、煙幕の中にいたとしても弾丸の想定命中進路上にあれば機体の被弾判定になる。


実在しないデータ上のみで認識できる弾の進路が篠田機の左右を掠めていった。


とは言え、彼らは彼女の位置を特定できておらず、煙幕の方面に掃射しているだけに過ぎない。


ー牽制のつもりだろうが、それをやるには機数が少なすぎたな。


逆に射撃を受けることによって篠田は海兵隊各機の凡その位置を掴めている。


「彼」がぼやきながら、濃い白煙の中に飛び込み、弾が飛来してきた正面方向に向けてライフルを十数発放ち、直ぐに11時方向に軌道を変える。


当然、先ほど射撃した地点に対して猛烈な応射が飛んでくる。


「反応はいいんだけどねー」


「それ故に読み易い」とは続けなかった。


言わずとも、「彼」には心中呟くだけで通じるし、同じ感想を持っている。


恋慕といったようなセンチ(・・・)な感情ではない、運命共同体としての奇妙な一体感。


彼女にとって、こうして2人(・・)の思考が噛み合う瞬間が心地いいと思えた。


顔を出したところに砲群の援護砲撃が付近に次々と着弾し、丘陵に引っ込み、折を見て顔と腕部だけを出しつつ篠田機が来るであろう方角に撃ち続ける。


ただ、篠田からすれば砲群から頭をひっこめたタイミングは砲群より都度入る為、その度に進路転換を行い、容易に居場所を掴ませない機動を行っていた為、彼らはともすれば見当はずれの方角に撃ち続けていた。


海兵隊が潜んでいる丘陵まで残り数百m。


彼らは射撃からグレネード弾投射に切替え、範囲攻撃でもって足止めを試みる。


だが、彼らの撃つ方向には篠田機はいない。


丘まで残り十数m。スラスターを使って一気に距離を詰め、彼らの右翼方向より躍り出る。


3機とも反応こそし振り返って即時射撃の態勢を取る。


だが、篠田の手前に位置する左腕を損傷した中尉機は急激な振り返りに対し、本来は姿勢制御の為の腕の稼働が無かった為に体勢を崩し、その後の明暗を分けた。


篠田機より至近距離でライフルを放たれた中尉機はバイタルパートを抜かれ撃破判定。


残る2機からの射撃をそのまま崩れ落ちようとした中尉機の肩を掴み、盾代わりとして防ぐ。


「よし、砲各隊に観測座標位置と想定散開範囲を送る。そちらのタイミングで撃て」


座標データが砲群にリンクされ、砲群にとって丘陵の向こうで認識できなかった海兵隊の位置が丸裸になった。


データ上で砲群が次々と放たれ、丘陵の先に次々と飛来していく。


付近に次々と着弾し、海兵隊機1機が被弾し、擱座判定。


篠田機付近にも着弾していく中、画面上の弾着予測範囲をちらりと見遣り、彼女は冷静に中佐機に対してグレネードを発射。


中佐は篠田機のグレネードを回避し、わずかに盾とされた中尉機の隙間から露出している篠田機の胴体にライフル弾を叩きこむ。


篠田は回避操作を行ったが、如何せん反応性が悪すぎ、回避もままならず撃破判定を受ける。


中佐の見立てでは篠田の算段とは恐らく兵俑機の強襲と同じタイミングで砲と連携を行い広範に砲撃を飛ばし、戦機兵の動きを鈍くさせたところで篠田が仕留めるか、観測データを収集して砲群の斉射でこちら側を殲滅する目論見だったのだろうと考えた。


実際、ほぼ想定通りに状況は推移している。


ただ、惜しむらくは篠田機が兵俑機相当の性能であった事、残余の野砲が直撃以外で決定打足り得ない火力しか有していない事の2点でもって海兵隊側に反撃の余地が生まれた。


一矢報いた事に思わず笑みを零しつつ、直情から降ってくるデータ上の砲弾に対して回避運動を行った。


あとは数分砲撃をやりすごしてしまえば勝ちだー。


ほんの僅かな安堵の気持ち。


データ上で砲弾の幾つかが彼らの頭上で割れ、無数の子弾が降り注ぐ。


気づいたときには中佐樹は全身に被弾判定を食らい、撃破されていた。


「先日の交戦記録にあった敵の対戦騎兵用特殊弾、か・・・」


勝利をほんの目の前で取りこぼしてしまい、呆然とした中佐が力なく呟く。


「敵は必ずこちらの想定外を衝いてくる」ー、防衛大学で旧大戦を経験した元陸将の講演で終始言い続けていた文言がふと思い出される。


相手を侮り、「いつもと同じような攻撃をしてくるだろう」という油断と慢心は、時として部隊に不必要な代償を払う事になる。


つまりは自身ないし味方の誰かがほぼ確実に死ぬという事だ。


講演の際に聞いていた時は大戦を生き延びた人間の、事実に基づいた重みこそ感じられたものの、当時の彼には「実戦」など想像すらできないし、同僚の誰かが死ぬなんて考えもよらなかった。


現実には演習とは言え、たかだか地帯の確保の為だけに彼我の性能差が歴然な格下の敵に全滅させられた。


少なくとも実戦こそ希薄だが肝煎で召集を受け、結成時から共に研鑽を積んだ仲間たちも残らずやられている事に強い衝撃を覚えている。


「まぁ、経験がな・・・」


篠田は倒れた22型のコックピット内でディスプレイに表示された「演習終了」の文字を確認した後、ハッチを開放し外に出て眼前の海兵隊機を見遣った。


過小評価していた訳ではないが、アグレッサー側とて無傷と行かず、主要な砲群を潰された上に虎の子の兵俑機も全機落とされているという想定以上の被害を受けている。


とは言え、海兵隊の戦機兵10数機を全滅させたとあれば単純な兵力差でとして充分お釣りが来る内容だ。


ただの教科書通りにしか動けない解放軍の木偶(・・)よりかは骨があるー。


そう思いながら胸元から煙草を取り出し、火を灯した。


・「EMPパルス弾」の命名由来

EMPが「Electro-MagneticPulse」の略なので日本語訳すると「電磁パルスパルス弾」になってしまう。


元々は「EMP攻撃を行える新兵器」として脅威と捉えていたのだが、時の首相が臨時議会で「EMPパルス弾」と発言してしまった事を受け、テロリストの兵器に対して恐怖感が植えつけられぬよう敢えて通称で揶揄するようになったという経緯がある。


(データ上ではあるが)今回使用されたのは通常爆薬で構成された弾頭。


ちなみに公的文書では「広域電磁パルス投射弾頭」と呼称。


・トマホーク改

米国対地ミサイル「BGM-109 トマホーク」に対EMP対策及び一部改良を加えて統合軍が使用している兵器。


EMPパルス対策の為に装置トラフダイト加工を施した上に、弾頭の換装によって任務に応じた運用が可能。


・EMPパルス弾の発生機序

発射されたタイミングで弾頭内に光電効果や電離作用を起こす物質を積載した大量の小弾が周囲に飛散し、光電子やオージェ電子、イオンを多量に生成。


生成された電子は電子拡散を生じ、効果範囲内に滞留している電子の運動によって電磁波が放出される。


効果時間は作用を起こす物質の搭載量によって決まり、短ければ数分、長ければ数十分もの間、電磁パルス放射が持続的に発生。


解放軍は戦闘時に電磁パルス放射の値を測定しており、時間経過とともに効果が弱まったところで再度同じ地点に発射して効果時間の延長を図っており、電磁パルス放射中において未対策の電子機器などが範囲に入るとサージ電流によって本来想定していない電流が回路を流れることによって損傷する。


・旧陸上自衛隊の兵器群

九州に落ち延びた戦車や戦闘ヘリなどといったはEMPパルス対策を施した上で残余機は運用中。


戦機兵部隊の足並みと合わせるのには不向きである事、防衛戦における戦機兵の優位性が低い関係で防衛用として九州内での運用が主。


ただし、先日の関西奪還と言ったような大規模作戦には絶対的に不足している兵力差を埋めるべく動員しており、練度の高さも相まって一定の戦果は挙げていた。


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