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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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舘山 3

ー数日後、佐野の発案から始動した海兵隊所属の戦機兵部隊との共同演習訓練は芹沢主導の元、糸島半島にて篠田含めた32特務中隊の数名がアグレッサーとして参加している。


初回に行われた模擬作戦演習としては行われたのは「半島に対し、海上からの支援砲撃後に十数機で上陸。防衛部隊を撃破ないし撃退して続く戦機兵部隊主力が安全に降下して陣容を整えれるよう降下地点での前哨拠点設営地域の確保を行う」といった内容だ。


アグレッサー役としては先述の篠田以下22型数機が兵俑機()として、他は火砲及び兵俑機で構成された警備部隊で構成されており、火砲群は実際に運用されている120mm迫撃砲及び155mm榴弾砲に訓練用のレーザー発振器を取り付けて対応する事になった。


訓練前の前提として、解放軍は艦隊発見はできず、必ず初動は受ける想定で、艦隊からの攻撃以降はEMPパルス弾を使われている想定でで各種レーダーは原則使用不可。


加えて特殊任務の関係上、実弾及び模擬弾を使わないレーザー発振器によるデータ上の撃破判定で行われ、上空の「雲仙」によって撃破判定が行われる。


勝利条件としては海兵隊側は「敵戦力を一定数漸減し、拠点設営地域を増援が来る3時間の間、地点を確保し続ける」事、アグレッサー側は「海兵隊の2/3以上の殲滅ないし地点確保の阻止」だった。


まず、初動における護衛艦隊群からのミサイル攻撃から開始。


今回は発射した想定としてデータ上のみでの内容であったが、敵の配置などの事前情報は無い中で頂上付近や見通しのいい「配置されていそうなかつ周囲を俯瞰しやすく、撃ち下ろしが可能な高所陣地」に対して重点的かつ的確に行われ、その位置に伏せていた火砲群に命中、次々と撃破判定が出る。


攻撃を受けてアグレッサー側の警戒警報が発せられ、攻撃配置に着こうとする中、海兵隊戦機兵部隊は海上用のホバーでもって想定された各々の上陸地点へ疾走していく。


当然、視認された火砲群から上陸阻止の為の反撃が行われるが水上を高速移動しつつ不規則な機動で翻弄する為、砲撃は虚しく空を切る。


海上で落伍したのは1機のみでそのまま他は上陸に成功し、先ほどの砲撃から敵位置を割り出し、少なくとも上陸地点から可視可能な火砲に対してはライフルやロケット弾でもって次々と撃破していく。


海岸線の部隊をあらかた片付けたタイミングで橋頭堡を確保した海兵隊はそのまま拠点設営地域に向けて前進を開始した。


「現状までで見るなら、母艦からの上陸から迎撃までの流れは第2、第3師団所属機よりも的確な対応を取れているな」


上空の「雲仙」で地図上に敵味方問わず各機の状況がリアルタイムに表示されるデータを見ながら無線越しに篠田に呟く。


いつもであればすぐに返事がくるが、今日は珍しく篠田からの返答がない。


「おい、大尉ー」


「失礼、少し深慮していました」


再度の呼びかけでようやく篠田が反応を返す。


「らしくないな、訓練とは言え気を抜かないでもらいたい」


「申し訳ありません。まぁ、海兵隊とて流石に十八番(・・・)は非の打ちどころもない」


珍しく反応が悪かったものの、それでも彼女は聞いていないようでいてちゃんと聞こえているのであるから侮れない。


「だろうな、彼らとて実戦が洋上からの砲台だけではな」


通信を聞く限りだと通信を密に取りながら周囲をクリアリングし、進路上及び進路を妨げる敵を反撃を許さぬまま排除しながら地図を丁寧に塗り潰している。


「ただ、この後はどうでしょうね。急襲作戦にしては少しばかり丁寧(・・)すぎるし、割に詰めが甘い」


篠田の言は概ねこの後の状況を言い表したものとなった。


「丁寧」とは評したが、実際は進撃速度が遅すぎ、上陸してからの彼らは橋頭堡から数百メートル地点で小競り合いを続けていた。


手古摺っている相手は撃っては移動を繰り返す野砲牽引車であり、戦力比を鑑みれば時間をかけている暇はない。


そしてその野砲部隊の動きに遅滞行動及び指向性がある事を彼らは気づいていない。


野砲隊はてんでバラバラのように見えて、その実海兵隊を足止めしつつ、反撃準備が整いつつある火砲群のキルゾーンへと誘い込んでいた。


アグレッサーの火砲群は初動のミサイル攻撃と丁寧なクリアリングによって目立つ箇所や目下脅威度の高い重砲などは撃破されたが、実戦で経験した巧妙な隠匿をほぼ完璧にトレースしている為、未だ半数以上が健在である。


彼らは集中砲火という戦術を取らず、解放軍が今までもやってきたように待ち伏せ攻撃でもって陣形として最も脆い両翼側の機体を急襲。


海兵隊側は通常訓練とは異なり、対兵俑機レーダーが使えないシチュエーションは少なかった為に、目視での発見が遅れ、まずは脚から射抜かれ、起動不能になったところで次々とコックピットや主機部分などバイタルパートに直撃判定を食らって落伍していく。


確かに戦訓としては彼らも座学上で理解はしていたものの、実戦でもあったような建物の瓦礫裏や海側を向いていない陣地などによって通り過ぎたところを後方から撃たれてからようやく気付いて対処するという有様だった。


待ち伏せしていたアグレッサー部隊をもぐら叩き気味になんとか駆逐し、想定する橋頭保確保地点に到達したのはそのうちの6割だけとなってしまう。


もっとも、盤面上での戦力比だけで言えば海兵隊はまだ十分戦える。


ただし、それはあくまで敵側の増援がない楽観的な想定であり、彼らは目標地点にたどり着くまでの掃討に時間をかけすぎ、既に撃破判定を受けた火砲群がアグレッサー側の増援という形で復帰し、彼らの想定進路上に続々と集まってきていた。


そうしてようやく拠点設営地帯となる地点にたどり着いた海兵隊部隊に対し、ここに来て火砲を集中運用することにより、苛烈な集中砲火を浴びせかける。


海兵隊機も士気こそは衰えておらず、果敢に反撃するが、四方からの密度が高い火力投射の前に一機、また一機と地に伏していく。


以前から記載しているが、基本的に「動」を主体とした戦機兵において固定陣地の防御というのは非常に困難な作戦であり、機動力から来る回避性能とそれをもって有り余る装甲の頑健さを生かせない限られた範囲内においてその防御力は必ずしも頑健とは言い難い。


確かによく耐えている方であるが、守りにくい地点に対して高所からの撃ち下ろしも含めた火砲の集中運用の前には少ない斜面や構造物に身を顰める他なくなっていく。


当然、アグレッサー側の指揮官である芹沢は陣地構築の為に増援が来る事を想定し、それより前に殲滅するよう企画、アグレッサー側の最大兵力である兵俑機3機全てを差し向けた。


指令を受けた篠田は僚機2機、1分隊の兵俑機が稜線を伝って陣地を奪還する為に動く。


ー「対戦機兵戦闘はよく訓練されていたと聞くが、果たしてどうかな」


篠田は稜線の影を使いながら移動しつつ、独りごちながら彼らの凡その配置を推察する。


いつもであれば「彼」の助言が得られるのだが、肝心の「彼」は先日の一件以降、静かにしている。


もっとも、静かにしているというよりは「様々な感情が渦巻いて他を考える余裕すらない」といった具合だ。


彼女も何を思っているのかは把握していたが、少なくとも現状においてまともに戦術思考できる心理状態ではない事だけは確かである。


彼女としても気がかりではあったものの、感性が常人と異なる自分では「彼」に対してかけてあげる言葉が分からないし、また彼もそれを望まないのだ。


「心の傷の特効薬は時間である」ー、とある本で読んだことがある。


実際に彼には時間が必要な気がする。


それ故に敢えて声をかけずにそのままにしていた。


一応、彼女とて戦術のイロハは実戦において磨いてきている為、特段自身だけの戦闘に支障を来す事は無い。


ただ、いつものように俯瞰した視点での思考を肩代わりしてくれる存在がいない故に正直なところ普段より味方を含めた戦術思考という余計(・・)な思考をしないといけない事が厄介だとは思っていた。


「それにしてもー」、と彼女は内心ぼやく。


実際に自分で動かしてみた兵俑機は想定以上に動きが鈍い。


機体そのものはいつもの22型だが、兵俑機役としてOSに訓練用のデチューン設定を施されている。


訓練用として機体を解析したデータから得られた兵俑機相当の性能でしか動けないようにシステムにリミッターがかけられているものだ。


歩行速度そのものはそこまで変わりがないのだが、小回りが効かない上、構え動作すらも操作してからの遅延が酷く、動き出してからも遅い。


特にハイエンド機に乗り慣れた篠田達からすれば11型よりも下回る動きの悪さに辟易する程だった。


とは言え、アグレッサー側としては海兵隊の彼らに精鋭としての模範を示す必要がある。


やるのであればこの機体の特性を存分に活かす他ない。


前述した通り、「人型兵器」という広義では戦機兵と兵俑機は同一ではあるものの、狭義では想定される運用法が根本的に異なる。


要は篠田達は22型でやっていたような機動力を使った速攻と得意の白兵戦という手は使えない。


勝利条件だけを見るなら撃退でも十分ではあるし恐らく火砲群の足止めに対してこのままいけば彼女らが出て来なくても時間超過によるアグレッサー側の勝利は確実だ。


ただ、彼女の性格上としてその(・・)選択肢は無い。


「恐らく敵の配置は想定陣地の等間隔で置かれている。この地点を起点として山影を使って少尉と准尉は右翼から進入。私が合図したら端の奴に仕掛けろ」


「「了解」」


僚機の彼らとて激戦をここまで潜り抜けてきた連中だ、この言葉だけで篠田の描いている流れを把握できた。


分散し、篠田機を残して彼らは先んじて移動する。


「さて、とー」


先程までの「彼」を案ずる少女の姿はない。


既に意識はこれからの戦闘に向けている。


この鈍亀(・・)でどこまで大立ち回り出来るかー、それだけが今の彼女の思考を支配していた。

・レーザー発振器による被弾判定及び撃破判定

直接照準ないしレーザー発振タイミングでデータ上にて弾着シミュレートが行われ、対応範囲内に入っていた場合は被弾判定がデータ上で処理され、損傷度合を計算した上で撃破判定とする。


特に戦機兵は一部を損壊しても戦闘続行可能の場合がある為、機体の部位ごとに細かく被弾判定を設けられている。


データ上で一定数の損傷が認められる被弾を受けた場合、管制システムより該当部位の機能をカットして不稼働状態にすることが可能。


これによって損傷時の対応を含めた演習が可能であり、損傷機体での挙動に慣れることで幾らかは生残性を期待できた。


・全滅判定について

「投入戦力の5割以上が戦闘機能を喪失したら『全滅』である」というある言説に則れば、既に海兵隊はこの時点で作戦遂行能力を喪失しているのだが、実際のところは「全滅」という損害判定というのは各国及びその軍隊内でも指標となる線引きは現代においてないとされている。


確かに各国における過去の戦闘記録にも「およそ3~5割の喪失において、作戦遂行能力の減退が見られる」という文献は残っていたり、旧日本軍では5割前後が全滅に近しい判定であったとされるが、これも各人の解釈によって曖昧であり確たる指標はない。


というのも、戦力の内訳や作戦目的によっては半数以上の喪失であっても作戦続行できる場合もあり、一概に「何割」という線引きを引くのが難しい背景がある。


ちなみに32中隊は3~4機での分隊規模で分散行動を常に行っており、1機が落伍した時点で分隊は後退し別分隊に合流しつつ、該当機には随伴1機をつけ、戦闘地帯から離脱できるようにしている。


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